主張

オーガニック給食は、食と農のしくみを変えるマスターキー

 目次
◆オーガニック給食が伸びている
◆給食無償化をめぐる懸念
◆韓国の「親環境無償給食」から何を学ぶか
◆公共調達をめぐる世界の動き
◆オーガニック給食はマスターキー

オーガニック給食が伸びている

 2025年5月2日、東京・新宿で全国オーガニック給食協議会の総会が開催された。オーガニック(有機)給食を推進したり、関心を寄せる自治体やJA、生協、市民団体や個人など、約100人が参加した。同協議会会員は現在41自治体、71団体(JAおよび農業関係団体27、生協および流通26、市民団体18)、177個人にのぼっており、2023年6月の設立以来、着実に増えている(現在の事務局は栃木県小山市農政課)。

 この協議会に参加している自治体は、農水省が「みどりの食料システム戦略」の一環としてすすめるオーガニックビレッジ宣言を発した自治体とも重なっている。オーガニックビレッジとは、有機農業の生産、流通、加工、消費に地域ぐるみで計画的に取り組む自治体のことで、当初は2025年度までに100自治体を目指すとされたが、2024年12月に131自治体と前倒しで目標達成。2030年度までに200自治体という新たな目標が掲げられた。このオーガニックビレッジが活用する「有機農業産地づくり推進事業」には、「有機食材を使った給食と食育の試行」も支援メニューに組み込まれている。

 有機農業に取り組む自治体が増え、その柱としてオーガニック給食が位置づけられているのである。

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給食無償化をめぐる懸念

 そうしたなか、学校給食をめぐっては、子育て世代への支援を強化する観点からの無償化の動きも活発だ。今年2月、自民、公明、維新の3党は学校給食の無償化について合意し、令和8年度(26年度)からまず小学校の無償化を実施し、中学校でもできる限り早期に実現する、という文書を取り交わした。

 給食無償化については、一律で実施するのではなく、貧困家庭に限って実施すべきではないかという意見もある。だが、一部の家庭だけを無償化することはその家の子どもにスティグマ(引け目)を負わせ、差別を生む原因にもつながりかねない。日本の学校給食は戦前の萌芽期には貧困家庭にのみ与えられていたが、同様の配慮から、全児童に提供されるようになった歴史を忘れてはならない(藤原辰史『給食の歴史』岩波新書)。

 またいっぽう、地場産給食やオーガニック給食を推進する立場からは、給食無償化について、給食費を抑えるために安価な食材や加工食品に依存することで質が低下することへの根強い懸念も出されている。たしかに、価格の安さが優先されるなら、地場産品や有機農産物の利用が後退する恐れもある。

 そこで、全国オーガニック給食協議会総会前日の5月1日には、全国有機農業推進協議会、日本有機農業研究会などの主催で、この問題をめぐる緊急の院内集会が開かれた。

 集会に先立っては自治体職員や保護者・市民などを対象に、給食無償化に伴う懸念や期待などのアンケート調査を実施。集会ではその結果が報告された。それによれば、無償化未実施自治体の保護者・市民の75%が無償化に伴う「質の低下」を懸念していた。また、約90%の保護者・市民が地場産・有機食材の積極的な活用を希望しているものの、「価格差」や「流通の不備」などの理由で現実的には導入が難しい状況も浮き彫りになった。

 集会では参加者と文部科学省や農水省、内閣府の担当者との質疑が交わされ、参加者は各省担当者や国会議員らに、「給食の無償化は未来志向の制度改革と位置付けるべきで、すべての子どもに『学ぶ・食べる・育つ』環境を保障することを求める」などと要望した(「教育新聞」記事による)。

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韓国の「親環境無償給食」から何を学ぶか

 学校給食の無償化とオーガニック給食を同時に推進するという意味では、お隣の韓国がよいお手本になる。

 全国オーガニック給食協議会の総会後の講演会で、秋田県立大学名誉教授の谷口吉光さんは、韓国でも先進的といわれる華城市の事例を報告した。ソウルにほど近い人口約94万人の華城市では、幼稚園、小学校、中学校、高等学校合わせて13万6000人と保育所6300人を対象に、年間を通して親環境(有機)無償給食を実施している。日本の現状からみれば驚くべき規模といえる。

 100万人規模の大都市で、市をあげてオーガニック給食を可能にしているものは何か。

 その一つは、給食と農産物の地産地消というふたつの事業を統合して推進する「フード統合支援センター」の存在である。華城市では学校給食向けに米を含めて年間2900tにのぼる農産物を供給しており、その57%にあたる1658tが市内産の親環境農産物(安全で環境にやさしい農産物)。市は農産物集荷センターを建設して、半公半民の財団法人に運営を委託している。直売所と集荷センター、それを統括するフード統合支援センターは、華城市の親環境給食の推進の要となっている。

 もう一つは、親環境無償給食を核とした「食の政策」が、市民主導の「フード委員会」によって推進されていることだ。この委員会は市民団体の代表、環境や食に関連する福祉団体の代表、行政職員、教育庁職員、学校長、栄養教諭などから構成され、その決定にしたがって、市役所の各部署が部門横断的に食の政策を実施する体制になっているという(注1)

 こうした華城市の「食の政策」は、学校給食への親環境農産物の供給を支援する条例の下で、市場価格との差額の補填、新規就農して親環境農産物を生産する農家への資金的・技術的支援といった施策とともに行なわれている(注2)

 行政による法的な保障と支援、市民の政策参加が大都市でのオーガニック給食を可能にしているのである。

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公共調達をめぐる世界の動き

 とはいえ、日本でオーガニック給食を推進しようとした場合、まだまだ障害は多い。

 愛知学院大学教授の関根佳恵さんは、新刊の農文協ブックレット『どう進める? オーガニック給食──世界の動向と日本のこれから』(注3)のなかで、給食の公共調達に有機食材を導入しようとする際に想定される五つの疑問を掲げている。

1なぜ現状維持ではいけないのか。

2有機食材の導入が、食材費の値上がりや、ひいては給食費の利用者負担や自治体の財政負担増加につながらないか。

3有機農家が少なく、地域に1軒もない現状もあるなかで、安定的な有機食材調達のためにどのような仕組みや支援制度が必要か。

4有機農業を始めたい人がどこで技術を習得したらよいか。

5最安値・非差別待遇を重んじる公共調達に政府が介入することは、経済ルールに抵触するのではないか。

 ブックレットではこの疑問に答えるべく、「公共調達をめぐる各国の取り組み」として、ブラジル、アメリカ、韓国、フランスの事例を紹介している。ちなみに「公共調達」とは、「政府機関や地方自治体などの行政が民間企業から物品やサービスを調達すること」をいう。給食でいえば、学校給食だけでなく、病院や介護施設、役所、刑務所なども含まれる。

 五つの疑問それぞれへの答えはブックレットを読んでいただくとして、ここではそのなかからフランスの例をみておこう。

 フランスではマクロン政権の大統領選挙時の公約に基づき、2018年に公共調達における食材購入費の20%以上を公的認証を取得した有機農産物にする法律(通称エガリム法)が施行された。その効果もあり、2018年には学校給食全体で有機食材の割合は目標値を大きく上回る57%となっている。そして、食材費は有機食材が多い自治体のほうが低く抑えられており、それは旬の食材の利用、冷凍食品の使用減、タンパク源の多様化(ベジタリアンメニューの増加)、食品ロスの低減などの工夫によるものだという。

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オーガニック給食はマスターキー

 先述の谷口さんは、「オーガニック給食のゴールは給食に地場産の有機食材を導入することではない。子どもたちに『よい食』を提供すること、そしてオーガニック給食をきっかけに地域の農業・環境・社会をよりよい方向に変えていくこと」だという。

 そこに行政、JA、農家、消費者などが結集していく。そこでは流通の整備も課題となるが、新たな施設を設けなくても、JAの直売所など既存の組織を活用する手立てもあるだろう。有機農業・自然農法に関心が高い新規就農者や技をもつ高齢者を支援することで、地域の活性化にもつながる。

 給食をきっかけに家庭の食事の嗜好が変われば、地域の消費構造も変わり、スーパーマーケットや外食産業もそれに合わせていかざるを得ないだろう。

 関根さんはブックレットでこう書いている。

「公共調達は複数の課題を解決する『親鍵』(マスターキー)として使うことができます。つまり、一本の鍵で複数の扉を開けられるということです。この『親鍵』を使うかどうかは、政治的な意志で今すぐに決めることができます。法律によるオーガニック給食の義務化や給食費の無償化という選択を私たちがすれば、公共調達によって社会は確実に変わっていきます。これは、私たちが今どのような道を選択するかが問われているということではないでしょうか。」

 親鍵を握っているのはわれわれなのである。

(農文協論説委員会)

(注1)全国オーガニック給食協議会での谷口吉光氏の講演資料による。

(注2)関根佳恵著『どう進める? オーガニック給食』(農文協ブックレット24)

(注3)関根佳恵著 『どう進める? オーガニック給食』(農文協ブックレット24) は、24年の全国オーガニック給食協議会の総会での講演「オーガニック給食をめぐる世界の動向と日本の今後の取り組み」をベースに、全面的に加筆・修正したものである。

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