主張
「つくり手」と「食べ手」をつなぐ「鳴子の米プロジェクト」20年
目次
◆農家を減らせば解決するのか
◆「消費者」が多数派になった社会
◆消費者ではなく「食べ手」を育てる
◆品種と価格を農家自身が決める
◆ご飯の向こう側が見えてくる
◆「つながるごはん」――鳴子から全国へ
農家を減らせば解決するのか
「米の生産コストを下げるために、(小さな農家には)補助金を払ってでも離農してもらって大規模化したほうがいい」
テレビの朝のワイドショーでコメンテーターがそんな意味のことをいっていた。ああ、またか、と思う。
そんなことをいい出す学者や評論家はこれまでもたくさんいた。彼らにいわれるまでもなく、農政も「経営体」の選別と規模拡大を政策の基本に置いてきた。その結果、農家数は激減してきたのではないか。最近発表された2025年農林業センサスによれば、農家(基幹的農業従事者)は5年前の調査から25%も減ったという。
大規模経営、法人、企業参入いろいろあっていいが、小さな農家にも存在意義がある。とくに中山間地域では連担化が困難で大きな機械が入りにくい。畦畔も広く管理に手間がかかる。大小さまざまな農家がかかわることで、地域の農業は成り立ってきた。草刈りロボットの手を借りたとしても、小さな農家が草刈りや溝さらいにかかわらなくなったら、大きな農家も立ちゆかなくなる。
テレビのコメンテーターは「消費者」の声を代弁しているにすぎない。消費者が考えていること、いいたいことをいうのが彼らの仕事なのだ。そうした、農業・農村の実態を知らない「消費者」が都会では圧倒的な多数派になってきているのである。
「消費者」が多数派になった社会
社会学者の徳野貞雄さん(熊本大学名誉教授)は現代社会を「ポスト農基社会」と呼ぶ。農業を基本とする社会が農基社会。ポスト農基社会はそれ以後の社会、つまり「消費者」がマジョリティ(多数派)になった社会のことだ。「消費者」が誕生したのは1960年代。農家の息子、娘たちが都会に出て、サラリーマンや主婦、すなわち「消費者」になった。「消費者」とは、食べものを「商品」として買うことしかできない新しい社会集団である。食べものが商品である以上、高い安いが一番の基準になることは当然のなりゆきであった。
ただ、この世代の消費者はまだ農村に根っこをもっていた。盆・暮れに帰る「実家」の周りには田んぼや畑があり、自給畑を含めればほとんどの親は農業にかかわっていたし、自分自身も田んぼや畑を手伝った経験があったからである。また、共同作業や村祭りなど、むらでの暮らしがどうやって成り立っているか、曲がりなりにもイメージをもっていた。
しかし、いまは消費者第一世代からみると孫の世代が働き盛りになっている。農村を離れても、農業がどういうものか国民の大半が知っていた時代(農基時代)は終わった。食べものがどのようにできているか、プロセスが見えていない人たちが大半である。私たちはそんなモンスターのような消費者と向かいあっているのである。
消費者ではなく「食べ手」を育てる
そんななか、令和の米騒動で米が注目されていること、関心を集めていることはけっして悪いことではない。米が連日トップニュースとして扱われるなかで、米と田んぼについて考える人は確実に増えている。そして皆が皆「米は安ければそれでいい」と考えるわけではない。この機を生かして、ご飯の向こう側を知る人、消費者ならぬ「食べ手」をもっと増やせないだろうか。
20年前の2006年、農家と消費者ではなく、「つくり手」と「食べ手」をつなぎ、中山間地の農業を持続可能にしようという取り組みが立ち上がった。宮城県旧鳴子町(現・大崎市鳴子温泉地域)の「鳴子の米プロジェクト」である。
2006年当時、鳴子はどんな状況にあったか。
鳴子は年間200万人もの観光客を集める温泉地だが、もうひとつの基盤である農業をみると、2005年までの10年間で農家戸数は16%、水稲作付面積は31%減少する一方、耕作放棄地は4・5倍に増加していた。2007年からは農水省が「品目横断的経営安定対策」を導入することが決まっていた。この新政策では、4ha以上の認定農業者、20ha以上の集落営農を農業の「担い手」とし、支援対象を絞り込むことになる。中山間地域で農地の小さい鳴子でこの条件に該当するのは5戸だけ。地域農業の先行きは暗かった。
このような危機的状況にあって旧鳴子町職員の安部祐輝さんが、東北各地のむらづくりを支援している民俗研究家の結城登美雄さんに相談したところ、地域の人の支えで農家が安心して米を育てられる仕組みをつくるしかないとアドバイスされる。
品種と価格を農家自身が決める
鳴子の水源地、鬼首は山間の寒冷地で日照時間が短い。まずは寒さに強くおいしい米を探そうと、古川農業試験場に相談、耐冷性がある低アミロース米「東北181号」を紹介される。安部さんは鬼首地区の3人の農家の協力を得て、「東北181号」を試験栽培。せっかくつくるならと、鬼首の秋の風景である杭掛けの天日乾燥で試みた。地域の人たちはおいしく炊くための炊き方実験やおむすびの試作に協力した。2007年、県の奨励品種に決定、地域の人々によって「ゆきむすび」と命名された。
コシヒカリのようなブランド米ではなく、試験場で開発されていたものの埋もれていた米を、地域の力で品種とし、世に送り出したのである。
では、この「ゆきむすび」をいくらで売るか。結城さんの提案は1俵(60kg)2万4000円。うち農家手取りを1万8000円とし、残りの6000円を新規就農者の育成や運営費にあてるというものだった。当時の農協の概算金は1万2000円程度だったので、さすがに高すぎるのではないかと危惧する声も出た。そこでこの値段を消費者にもわかりやすいように、他の食品に置き換えてみた。
ご飯茶碗1杯の米を約60gとすると、1俵の1000分の1。つまり、1俵2万4000円の米はご飯一膳なら24円だ。ポッキー4本、笹かまぼこ4分の1切れ、イチゴ1個とほぼ同じ値段である(いずれも2007年当時の価格)。これは果たして高いといえるだろうか。約400人を集めた2007年3月の鳴子の米発表会「春の鄙のまつり」では、これらの実物を展示。地域の店や女性グループがつくったたくさんのおむすびや「ふるい下米」を使った米粉の「はっと汁」やお菓子がふるまわれるなか、1日で50件の「ゆきむすび」の予約が集まった。
ご飯の向こう側が見えてくる
それから20年。「鳴子の米プロジェクト」はNPO組織によって運営されている。「つくり手部会」は10軒で作付面積は16ha、予約者は約700軒である。直営の「むすびや」も経営し、「ゆきむすび」のおむすびや弁当も販売している。5月下旬には手植え交流会、9月下旬にはイネ刈り交流会を開催。米の予約者を中心に「食べ手」と「つくり手」が一緒に農作業し、小昼では「ゆきむすび」を食べながら語り合う。
イネ刈り交流会ではちょっとした工夫がある。わざと12株だけイネを刈り残すのだ。NPO理事長で水稲と繁殖和牛の複合経営農家でもある上野健夫さんが、「この12株のイネから、ひとり1日3食分の米がとれます」と参加者に説明する。食べ手にご飯の向こう側を見せるための工夫である。
2025年9月のイネ刈り交流会に親子で参加した佐藤友恵さんは仙台市在住。5年前から「ゆきむすび」を予約購入し、田植え・イネ刈り交流会にも参加している。鳴子の米プロジェクトを知ったのは娘が小学生のときで、ママ友から田植え・イネ刈りが体験できることを教わった。「自分は田んぼがある場所で育ったけれど、娘は違う。子どもに米がどうやってできるか体験させたいと思いました」という。その娘さんもいまや高校生。交流会に参加するようになってからは、今まで気にしていなかったニュース、たとえば鳴子のダムの貯水率が低いというニュースを聞いて、交流会で会った農家の顔が浮かぶようになったという。
田植え交流会では江戸時代初期につくられた南原穴堰という水路を見せてもらった。水の乏しかった鳴子温泉の南原地区では、1330mもの水路トンネルを手掘りでつくり、いまも13haの水田を潤している。佐藤さんは400年もの間、地域の農家が水路を補修し、田んぼを守り続けてきたことを実感できたという。
「つながるごはん」――鳴子から全国へ
「鳴子の米プロジェクト」が20年目を迎えた2025年12月、その足跡をたどり、それが続いてきた要因を分析した本もできた。その名も『つながるごはん―つくり手と食べ手をむすぶ鳴子の米』(農文協)。プロジェクトの発案者である結城登美雄さん、推進役の安部祐輝さんや西大立目祥子さん、「ゆきむすび」を開発した永野邦明さんらがプロジェクトの発端と展開を振り返る。それだけでなく、鳴子に関心を寄せ、かかわってきた識者が専門分野から多角的に光を当てている。過疎地振興の第一人者である宮口侗廸さんをはじめ、CSA(地域支援型農業)研究の中川恵さん、タネと人との関係を追究する西川芳昭さん、社会教育の石井山竜平さん、農業経済の守友裕一さん、由布院玉の湯を経営する桑野和泉さんなど、錚錚たる顔ぶれだ。
安部祐輝さんはこの本の中でこう書いている。
「米プロ(鳴子の米プロジェクト)の目的は米を高く売ることではない。今離れてしまっている農と食の点をつなぎ直すこと、米を中心として地域の力を集めること、つくり手が食べ手と向き合い、お互いを信じて大きな力に変えることが目的だ。それが実現できたときに、再生産可能な価格に支えられ、地域の米づくりが継続できる。鳴子にこだわり、鳴子でできることを実践してきたが、それは鳴子以外でもどこでもできると考えている。(中略)この米がどこでどういう人がどういう思いでつくっているのか。それを繰り返し伝え対話を続けることで、米の安い高いを超え、つくり手と食べ手の信頼ができてくるはずだ」
そしていま、鳴子のような動きは全国各地で生まれつつある。
(農文協論説委員会)
