主張

なぜ今、「耕さない農業」に人は惹かれるのか

 目次
◆予想外に反響があった不耕起
◆大きい農家にも小さい農家にもニーズあり
◆広がる理由――新たな二つの世界
◆自然の調和力・循環力に惹かれて
◆答えは土の中にある

予想外に反響があった不耕起

 雑誌の企画は、いつも順風満帆に生まれるとは限らない。本誌2023年1月号で「ムダ耕やめた! 時代は浅耕・不耕起へ」を企画したときも、編集部としては正直不安だった。不耕起はそれまでもやっている人はいたが、どうも一部に限られる印象があったからだ。しかし近年ジワジワと広がる新しい潮流を感じていたことも事実で、思い切って読者に問いかけてみることにした。

 結果は予想を大きく上回る反響が寄せられ、編集部も驚いた。その後に続けた「がんばらなくても土が育つ 耕さない農業」(23年10月号)も好評で、さらにそれらの記事をもとにした単行本『農家が教える 耕さない農業』も爆発的に売れ、「耕さない農業」が時代を引っ張るキーワードとして定着した。

『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念セミナーでも連続講座「耕さない農業」が盛り上がり、そのままそれが『シリーズ農のとびら 耕さない農業入門講座』という書籍にまとまって、これもよく売れている。農家はもちろん、一般の人にも広く読まれていると考えざるを得ない状況で、いわば「社会現象」と言っていい広がりを見せている。

 なぜ今、「耕さない農業」がこれほど注目されるのか。その理由を、これまでの本誌の記事から改めて探ってみたい。

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大きい農家にも小さい農家にもニーズあり

「耕さない農業」といっても完全な不耕起だけを指すような狭い概念ではない。浅耕、部分耕、ウネ連続利用、省耕起など、土をなるべく動かさないで作付けるための多様な工夫こそが技術である。そこには緑肥などで畑を覆い土を裸にしないことがセットになっている。興味深いのは、農家が抱える課題がそれぞれ異なるにもかかわらず、この農法が幅広いニーズに応えるという点だ。

――大規模畑作農家の声

 北海道の畑作地帯では「リジェネラティブ農業」(大地再生農業)が広がりを見せている。置戸町でジャガイモや小麦などを約60ha作付けする廣中諭さんは、豪雨による表土流亡に毎年悩まされていたが、省耕起や緑肥を取り入れてからは、その防止効果をまざまざと実感することになった。30haでキャベツやカボチャを栽培する美幌町の石田秀樹さんは、地域の高齢農家のリタイアで面積が増え、作業時間を確保するために省耕起に切り替えた。そこで気づいたのが、ロータリ耕やプラウ耕などは「やらなくても大丈夫なことが多い」こと。燃料費の削減効果も大きいという。小清水町の和田徹さんは、深耕を繰り返しても土が一向に改善せず収量も伸び悩み、「この畑を子どもに渡せるのか」という思いから、省耕起や緑肥に踏み切った。

――直売所農家や菜園農家の声

 高齢農家や面積の小さい農家にも、「耕さない農業」は必要とされている。長野県松川町の牛久保二三男さんは、古希(70歳)を迎えて作業の一つひとつが体にこたえるようになってきたため、自宅横の畑約30aで不耕起栽培を始めた。「これならラクだから続けられる」と嬉しそうに語る。福島県二本松市の根本利恵子さんは、自家用野菜を不耕起栽培でつくって5年目。これまでは春に一度、夫や息子にトラクタをかけてもらっていたが、不耕起なら機械を頼まずに済むので「女一人でも続けられる」と話す。その仲間の三木幸子さんは、この猛暑のなかでも不耕起畑の草の中で育ったエダマメの姿に驚き、「お盆に帰ってくる息子たちと食べられる」と喜んでいる。

 大きい農家にとっては異常気象や労力不足、資材高騰への対策として、小さい農家にとっては農業を続けるための手段となっている。25年10月号では「耕さない農業 ちょこっと不耕起のすすめ」として、本誌3度目の不耕起巻頭特集を企画したが、読者アンケートには「背中を押された」「ぜひやってみたい」といった声が続々と寄せられた。

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広がる理由――新たな二つの世界

 大型機械が入る以前は、日本でも「耕さない農業」がベースだったはずだ。作付け部だけに鍬を入れる部分耕や表面だけ削る浅耕があたりまえだった時代を経て、機械化による全面耕耘農業に変わってきた。そんななか「不耕起栽培」という言葉は、自然農法で有名な福岡正信氏の造語とされ、1970年代に各地で実践者が出てきたものの、面的な広がりはなかった。今になってそれが広がりつつある理由は、おもに二つあるように思う。一つは「土壌生態系」の働きが徐々に解明されてきたこと。もう一つは「土壌炭素」の働きが広く認知されてきたことだ。

▼菌糸ネットワークの世界

 耕さなければ土壌生態系は回復する。その生態系の中でとくに注目されているのが、菌根菌(p245、252)やチッソ固定菌など、植物に養水分を提供する菌の存在だ。菌根菌は植物の根に入り込み、糖をもらう代わりに菌糸を張り巡らせ、リン酸などの養分や水を集めて供給する。菌糸は土1gの中に20m以上あるとされ、「第二の根」とも呼ばれる。チッソ固定菌は空気中のチッソを固定し、菌糸ネットワークを通じて植物に供給する。このネットワークは目に見えない地下世界で繰り広げられる壮大な仕組みであり、多様な生きものの共生世界を創り上げている。

「クオラムセンシング」と呼ばれる働きも最近わかってきた。菌の多様性と密度が一定数を超えると、菌同士がコミュニケーションを取り合い、土中の養分を最大限に活用し始めるという。病原菌に信号を送って増殖を抑える「クオラムクエンチング」という働きもある。土壌が健康になるにつれ、菌同士が送り合う信号の数が多くなり、干ばつへの抵抗性や作物の生長などにも寄与するという。

 肥料や農薬に頼らなくても作物が育ち、異常気象にも耐えうるのが本来の土。だが、過度な耕耘や化学肥料の多投があると、こうした菌糸ネットワークは破壊されてしまう。「耕さない農業」は、土壌が持つ本来の自律的な機能を取り戻す農法といえる。

▼炭素貯留で土が育つ、温暖化防止にも

「土壌炭素」という言葉も最近よく耳にするようになった。ピンとこない人もいるかもしれないが、簡単に言えば土の中に溜まった炭素(有機物)のことだ。植物が光合成で取り込んだ二酸化炭素が、作物残渣や堆肥などを通じて土に入り、分解されにくい形で残ったものをいう。耕せば耕すほど土壌炭素は大気へ放出されてしまうが、不耕起にすることで土に蓄えられる。しかも長期間安定的に蓄えることができる。

 最近とくに注目されているのは、作物残渣や堆肥など外からの炭素投入に対し、緑肥や作物が光合成でつくった糖の約20%を根から土壌へ放出する「液体炭素」だ。根からの供給なので、土中の深いところにも安定的に炭素が投入される。微生物にとってこれはご馳走で、菌糸ネットワークも発達する。また、菌糸はグロマリンという粘質物質を出し、小さな土壌粒子を束ねて団粒をつくり、その中へ炭素を安定的に固定する。土中に炭素が1%増えると、1haの畑で水を20万〜25万l貯蔵できるという。腐植が増え、保水力や肥沃度が高まる。つまり、炭素は健全な土壌をつくる鍵なのだ。

 土壌炭素はさらに、温暖化防止でも注目されている。2015年にフランス政府は「4パーミル(1000分の4)」プロジェクトを提起。年に0・4%ずつ土壌炭素を増やそうという取り組みだ。日本でも山梨県で主に果樹農家がせん定枝などを炭にして畑に入れ、土壌炭素を増やす取り組みが始まっている。茨城大学の長期観測試験では不耕起区の表層で炭素増加が確認され、8年間で耕起区に比べて10~21%も増加した。緑肥を組み合わせると増加率が高まることがわかっている。

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自然の調和力・循環力に惹かれて

 それにしても、「耕さない」という否定形は、どこか消極的イメージを伴う。が、今の時代は「やること」より「やらないこと」に価値を見出すものだ、とも聞いたことがある。忙しさの中で効率を求めての「やらない」ではなく、自然に任せ、自然の力を取り戻すために「待って見守る」という意味での「やらない」である。

 長野県南相木村の細井千重子さんは、不耕起有機物マルチの畑を大事にする。「裸の土はかわいそう」「草の根が、ミミズが、菌が土を育ててくれる」といった細井さんの思いに共感して、大勢の人が学びにくる。

 無理に手を入れるのではなく、自然に任せることで整っていく、循環していく――。このことを大事にする感覚は、農村だけでなく社会全体にも広がりつつあるのかもしれない。異常気象が激しさを増し、人の力ではどうにもならない問題が増えるなかで、土が本来の働きを取り戻す姿に希望を見出す。格差拡大や戦争・紛争が続く世界において、菌糸ネットワークの高度な社会性に魅了され、土や自然と調和するような農の在り方に安心を覚える。平和と希望を感じる。

 こうした感覚こそが、この農法が農家以外の人々をも惹きつける理由なのかもしれない。

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答えは土の中にある

 だが「耕さない農業」を現実の農業経営に取り入れていくには、まだまだいろいろ模索が必要だ。

 ニュージーランドの土壌生態学者ニコール・マスターズ氏は、この農法との向き合い方についてこう語る。

「子育ての方法が一つではないように、土壌についての答えも一つではない。『自然ならどうするだろうか?』と問うてみよう。多くの答えは土の中にある。生命力に満ちた健全な土壌は、その土地に住む人々だけでなく、社会全体を、そして地球を健やかにしてくれる」(『リジェネレーター』ゆっくり堂)。

 答えは土の中にある――自然のシグナルに耳を澄まし、土を蘇らせる。そのためには、農家の五感を使った観察眼が欠かせない。スコップで土を掘り、作物の根やミミズなどの土壌生物を見たり、触って匂いを嗅いだり......。その変化を感じたとき、農家は土と向き合う楽しさを味わうことができる。同時に、それは健全で平和な社会への営みでもある。「耕さない農業」から、今後ますます目が離せない。

(農文協論説委員会)

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