主張
水路掃除は関係人口をつくる絶好の「関わりしろ」
目次
◆地球10周分の水路を守る共同作業
◆労力不足に中山間直接支払を活かす
◆町の人たちは「楽しい」から参加する
◆水路掃除の一体感、充足感
◆自然と対話する労働は楽しい
地球10周分の水路を守る共同作業
今年も田植えの季節がやって来た。日々の作業の忙しさと再び米づくりが始まる高揚感に、今だけは米価の心配も吹き飛んでいるかもしれない。
田植えよりも少しさかのぼる時期の作業になるが、田んぼの水路掃除を話題にしたい。地方によって泥上げ、堰払い、堰さらい、井上げ、水路普請などと呼ばれる地域の共同作業のことだ。
日本全国の農地に張り巡らされた水路の長さは40万kmにもなるそうだ。数字で言われてもピンとこないが、それが地球10周分にもなると聞くと途方もない長さに驚く。私たちの食となる作物を育てるインフラ。そのメンテナンスとしての水路掃除が、農家の減少とともに人手不足に陥っている、という声が各地で聞かれる。
どうしたらいいのだろうか。本誌『現代農業』の増刊号である『季刊地域』2026年春号(65号)の特集「どうやる?誰がやる?田んぼの水路掃除」にそのヒントがある。
労力不足に中山間直接支払を活かす
農水省の交付金「中山間地域等直接支払制度」の対象地域の方なら「ネットワーク化」という言葉を聞いたことがあるのではないだろうか。農家が急減する現状を踏まえ第6期対策(2025〜29年度)から盛り込まれた要件で、集落協定どうしの連携や統合で農家の減少に対応しようというものである。交付金の満額交付を受けるためには、29年度までにその計画書を提出することになっている。ただネットワーク化には、複数の集落協定の連携・統合のほかに、「多様な組織等の参画」という方法もある。この後者の要件を満たし、水路掃除の労力確保に活かしている例が『季刊地域』春号に紹介されている。
千葉県の南端にある南房総市。東西を低い山に挟まれ、緩傾斜の田んぼが広がる千代地区では、地区内にあるNPO法人が中山間直接支払の集落協定に加わることでネットワーク化を実現した。NPO法人ゆうき農園みよし村は、地元の有機米農家・八木直樹さんを中心にできた組織で、有機農業を核に新規就農者と農作業に関わる消費者を増やす目的で25年2月に発足した。
千代地区では毎年1月中旬に、中山間直接支払の共同活動として排水路の泥上げをしている。そこに今年初めてNPOから3人の若手がスコップを持って参加した。NPOの支援を受け、昨年から有機米づくりを始めた新規就農者と、市内の他の地区で有機野菜をつくる兼業農家。そしてもう1人は、いずれは就農したいという夢を持ちながら、毎月のように神奈川県川崎市の自宅から南房総市のNPOの畑へ通うサラリーマンだ。
すぐ隣の山名地区の集落協定も、ネットワーク化で水路掃除の参加者を増やしている。地元の古民家を拠点に農業・農村体験を提供する「ヤマナハウス」の運営者(非農家)2人が集落協定の構成員に加わったのだ。「多様な組織等の参画」は、構成員の10%以上の非農家個人が加わる形でもよい。山名の集落協定は19人だったのでこの条件を満たすことができた。
ネットワーク化は、交付金が8割に減額されず満額支払われるための要件だ。いわば交付金の支払いに新たなハードルが課されたわけで、それに反発する農家もいるだろう。そもそもむらの共同作業の労力不足は、政府・農水省が小さい農家、兼業農家を減らす政策を長年続けてきたからだ。だが、批判はしたうえで、これを地域の農業を支える仲間探しのチャンスととらえるのはどうだろう。
聞くところによると、消防団とネットワーク化して水路掃除の人手確保を計画している集落協定もあるらしい。地域の水路は農業以外の役に立っていることも多い。声をかければ喜んで協力してくれる人が近くにいるかもしれない。
町の人たちは「楽しい」から参加する
意外なことに、水路掃除は地域外の町の人たちも引きつける。「江ざらいに助っ人60人が集まった」というのは、富山県南砺市の小院瀬見集落。年4回、江ざらいとこの地で呼ぶ水路掃除の参加者は回を追うごとに増え、昨年最後の回は総勢60人にもなった。小院瀬見は内陸部の豪雪地で住民はわずか4世帯8人。そこに助っ人が集まるようになったきっかけは、小院瀬見を含む8集落を束ねる自治振興会が有志を募り、水路掃除の応援に加わったことだった。
そして数年前、県外から近くに移住してきた女性2人が、集落の田んぼで自然栽培の体験教室を始めたことで、小院瀬見ファンが拡大。さらに最近は、富山県が始めた「とやま農業・農村サポーター」のボランティアとして水路掃除に駆けつける人も増えた。
2kmもある水路の土砂や落ち葉をひたすらスコップですくうのは重労働のはず。しかし、みんな小院瀬見を「素敵な場所」と楽しそうに話し、参加者が増え続けている。水路掃除は地元の農家が行なうもの、たいへんな作業という見方は改めたほうがいいのかもしれない。水路掃除にはいわゆる「関係人口」を増やす力がある。
米と田んぼを媒体として、関係人口を組織化しているのが岡山県美作市の上山地区だ。上山もまた棚田が連なる中山間地。ここでは、地元の農家が減る一方で、20年近く前から移住者を増やしてきた歴史がある。移住した人たちは、農業とは別の生業を持ちながら小面積の田んぼをつくる。10年ほど前に英田上山棚田団というNPOを立ち上げ、法人として農地を借りている。NPOが共同利用できる農機具も備え、米づくりをしたい新たな移住者が現われれば、すぐ仲間に迎える仕組みができている。
棚田団では、コロナ禍で外との交流が制約されたのを機に「稲株主制度」を始めた。いわゆる棚田のオーナー制なのだが、お米を買ってもらうだけでは終わらない関係づくりの仕掛けを凝らす。たとえば「株主総会」を開いて、年に一度は現地を訪れてもらう。地元の温泉、キャンプ場などの優待もつける。こうして「単にお米を買ってもらうのではなく、上山の地域と田んぼのことを自分ごとにして主体的に関わる」人を集めている。
その関わり方の一つ、稲株主が上山に訪れる機会の一つになっているのが水路掃除だ。上山の棚田の水源は大芦池というため池。毎年4月29日、この池に湧き水や雨水を引き込む水路を掃除するのが集落全戸参加のイベントになっている。昨年は稲株主とその家族40人が参加したそうだ。
現在の稲株主は約200人。その一人はこう話している。
「上山には温泉が好きでもともと通っていたんです。稲株主になったのも優待特典の温泉割引が目当てだったんですけどね。でも一緒に水路掃除や米づくりをやってみたら、もう楽しくて。日頃は会社勤めなんですが、上山の仕事はみんなでやっている感じがとてもいい」
稲株主も小院瀬見ファンも、水路掃除が「楽しい」から参加する。
水路掃除の一体感、充足感
では、自ら米づくりを始め、むらで暮らす一員となった人に水路掃除はどう見えているだろうか。長野県伊那市の細谷啓太さんは、輸出用に自然栽培米を生産するというちょっと変わった農業法人の代表として、8年前に山間の集落へ移り住んだ。田舎暮らしへの期待や地域への理想のようなものはなかったという細谷さん。人口減少と高齢化による水路問題をひしひしと感じながらもこう書いている。
「泥上げは、集落の人同士が互いの安否や状況を確認し合う貴重なコミュニケーションの場でもあり、地域の共通インフラを集落全体で維持していく意思を確認する連帯の場でもある。お金を払ってサービスを提供してもらう生活に慣れ切った30代の私にとって、泥上げの日に立ち上がるあの一体感には、形容し難い充足感がある」
集落の水路は「唯一無二」。それは「それぞれの地域の山や水源といった自然の特徴に沿い形成されている」からだ、とも書いている。むらで暮らす人たちは、先祖が造ったそんな水路に手を加えながら時を超えて引き継いできた。
用水路の起点は川に築いた堰やため池だ。そこから水は、地形を活かした緩やかな傾斜の水路を流れ、多くの田んぼを潤し、排水路を通って川へ戻る。
基盤整備された水田は排水路との落差が大きく、昔のようにはいかないが、ドジョウやフナやメダカは川から排水路をさかのぼり、田んぼを産卵の場にしていた。排水路と田んぼの間を水田魚道でつないで、昔の環境を取り戻そうと工夫する農家もいる。水田は、人が自然に上手に手を加えることでできた、イネと様々な生きものを育む場。水路はそれをつなぐまさに生命のインフラなのだ。
自然と対話する労働は楽しい
前号の「主張」で、トマト名人がトマトの葉を観察する「楽しみ」を取り上げた。作物の「顔色」を読むのは、安定生産のための技術であると同時に農業の楽しみ。イネと田んぼの延長としての水路をメンテナンスすることも、農家にとって楽しみだったのではないか。
毎年、泥を上げ、小さい川から取水するのに堰まで造り直す作業は、自然と対話する労働であり、先祖の知恵とつながる労働でもある。それを集落の住民が一体となって行なうのは、細谷さんが言う「充足感」を生む楽しい労働であるに違いない。
農家が減って労力が足りなくなれば楽しむ余裕もなくなるが、そこに新たな仲間が加わればどうだろう。町の人たちが水路掃除を楽しいというのも、水路掃除の本質の一端を感じるからではないか。作業の合間に聞く水路の歴史や米づくりの話は楽しいものなのだ。
水路問題の明確な答えは出ていない、という細谷さんが期待するのも水路掃除で人を呼ぶことだ。「水路は水を運ぶだけではなく、これまで関わってこなかった人を里山へ呼び込み、それぞれの暮らし方を考え直すきっかけになるかもしれない」と書いている。
関係人口づくりには、外の人たちが地域と関わる「関わりしろ」(余白)が大事という。人手が足りなくて困っている農村の余白をスコップ1本持って埋められる水路掃除は、絶好の関わりしろになりそうな気がする。
(農文協論説委員会)


