主張

「動」の読書運動の新段階 有機農業セミナーで広範な層に働きかける

 目次
◆有機農業セミナーがわかりやすい
◆聴講者の多彩な顔ぶれ、オンラインも
◆家の床が抜けるほどに
◆「動」の出版を新段階へ

 皆さんにとって読書とはどんなものだろうか? 知的好奇心を満たしたり、文学にひたったり、あるいは静謐な環境でゆったりとした時間を楽しんだり......。そして読書を通じて、自分自身の考え方や行動が変わることもあるだろう。農文協は、できればそんな積極的で能動的な読書を提供したいと考えている。いわば「動」の読書運動だ。

有機農業セミナーがわかりやすい

 おかげさまでこのたび『みんなの有機農業技術大事典』は増刷を迎えた。農薬や化学肥料を減らし、生きものや土と仲良くする農業を、という機運が着実に広まっていることを実感している。

 この『大事典』のエッセンスをより広くわかりやすく伝えたいと、農文協ではこのかん、執筆陣による連続セミナーを開催してきた。これまでに「耕さない農業」(2025年1~3月)、「有機のイネつくり」(同6~8月)、「菌根菌とその仲間たち」(26年1~3月)の3シリーズ計9回を開催し、計24人の研究者や農家に登壇いただいた。

 企画は思いのほか好評で、有料にもかかわらず、3シリーズの参加者は、オンライン参加も含めのべ700人超。特に「菌根菌とその仲間たち」には350人を超える参加があり、農文協本社の会場も満員御礼となった。

 各回の様子は本誌にレポートを掲載(直近は26年6月号p248)。さらに、セミナーのライブ感たっぷりに「農のとびら」シリーズとして次々に書籍化もしている。

 詳しい内容はこれらの記事や書籍をご覧いただきたいが、セミナー形式で語られる話は、とにかくわかりやすい。

 たとえば25年1月に開催した「耕さない農業」第1回には、不耕起栽培研究の第一人者である茨城大学教授の小松﨑将一さんが登壇。大学農場での実践やデータに基づいて不耕起栽培の理論をわかりやすく紹介していただいた。聴講者皆が驚いたのが、不耕起の圃場の保水力だ。

「実際に学生さんに測定してもらったんですが、不耕起の土壌とプラウ耕の土壌で、それぞれどれくらいの水分を保持できるかを調べたところ、不耕起の圃場は耕している圃場に比べて、1ha当たり20t多く水を確保するというようなことがわかりました」

『みんなの有機農業技術大事典』には図表や化学式などによる専門的な説明も豊富だが、その執筆者が聴衆を前に実際に語ってくれると、がぜん身近に感じられる。

 さらにこの回には、不耕起栽培の実践者である愛知県新城市の松澤政満さん(本誌で好評連載中。p140など)が一緒に登壇した。不耕起土壌の保水力について、松澤さんも同じことを耕作者の立場から語ってくれた。

「大雨が降ったときに、不耕起の畑は水をスッと吸い込む。ミクロのダムが無限にあるみたいな、そんなふうに考えられます。うちは急斜面の畑がほとんどですが、大雨が降っても濁り水が全然出ないってことで、いろんな学者や先生方が来てびっくりするんです。地上部に草の葉がいっぱいあると雨の衝撃を受け止めるし、地面には有機物がいっぱい貯まっているので、それも緩衝力を発揮して、雨水が跳ね上がることもありません。だから水が濁ることはありません」

 農家の口から語られる実践で、理論はいっそう説得力と裏付けをもってくる。このときの講座の内容は、「農のとびら」シリーズ『耕さない農業入門講座』(農文協刊)に収録されている。

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聴講者の多彩な顔ぶれ、オンラインも

 参加者の多彩さにも目を見張った。もちろん多くの農家に参加していただいたが、農文協の読者としては、まったく新しいタイプの方も多かった。著名なレストランで働いた経験をもつシェフが、飲食業と農業を組み合わせた新しい業態の創造を考えて参加。都区内で税理士を本業としながら、食べる分の米だけはつくっているという方も参加。本誌4月号の主張でもみたように、自然の調和力・循環力を活かす農のあり方が、農家以外の人々をも広く惹きつけているに違いない。オンラインでも、北海道から沖縄まで大勢の参加をいただいた。

 24年12月の初回のセミナーの場では、1年前に脱サラ新規就農したばかりの方と、同じ県で新規就農を予定していて翌春から研修を受ける予定の方が知り合いになり、連絡先を交換していた。セミナーという場を設けてよかったと嬉しくなった瞬間だ。

 半年後の25年6月、その就農予定の方は「有機のイネつくり」の回にもオンラインで参加し、チャットで質問をしてくれた。

「10年以上耕作放棄された田んぼを5月末に借り受けました。6月上旬までに生い茂った草を刈り終えて、ようやく地面が見えた状態です。来期の田植えを目指して今からしておくべき準備があればご教示ください」

 この質問に、この回の講師である舘野廣幸さん(NPO法人民間稲作研究所理事長)と川俣文人さん(同理事)が丁寧に回答してくれた。

「耕作放棄地で草だらけの場所は、栄養分がたっぷりある状態です。その栄養分は雑草の中に入っているので、それをイネに吸わせることを考えましょう......」

 翌26年に入った頃、その方から「今春から稲作に初挑戦する予定です」との嬉しいお知らせが届いた。

 何やらじわじわと動きが起きている。そう確信した。

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家の床が抜けるほどに

『みんなの有機農業技術大事典』からセミナーが始まり、執筆者と読者、読者どうしが直接影響し合うことで実際に技術が動く。読書がカギとなってのこういう農法変革の動きは、決して新しいことではない。1960年代、山形県川西町の精農家・片倉権次郎さんは、イネを徹底的に観察し、出穂20~30日前のイネの姿に着目した施肥などで反収5石(750kg)を超えるイネの多収技術を生み出した。片倉さんが著した『誰でもできる五石どり』(68年)は10万部を超える大ベストセラーとなり、稲作増収運動がおおいに盛り上がった。

 片倉さんは、本を書いただけでなく、技術を聞かれれば誰にでも教えた。オンラインセミナーなどまったくない時代、片倉さんの家には技術を学びに、全国からびっくりするほど多くの農家が訪ねてきた。人が多過ぎて家の床が抜けたという逸話まである(18年1月号p30)。

 こんな稲作増収運動の盛り上がりを、67年当時農文協の専務理事だった岩渕直助が「農家の自己変革」として次のように語っている。

「本を読む、自分で先進地の農業を見てくる、試験場の研究結果を自分自身の経営に取り入れるといったようなくふう、これは農民自身でとられて高まってきている[略]。

 自分自身で本を読んで成果を出していくという過程は、その人が変わっていく、つまり自己変革とは意識の変革である。読書とは、こういう意味をもつものだ」(『文化運動基本文献集・文化財論』農文協、非売品)。

 この農家の自己変革こそ農文協が一貫してめざしてきたものだった。目的は農民の自立と農村文化の向上。そのために1940年の設立から、スライド、紙芝居、演劇などさまざまな活動を行なった。やがてそのなかから有利な手段として選んだのが出版物だった。

 なぜ運動の手段として出版物が優れているのか。岩渕はいくつかの理由を挙げている。そのひとつが、出版物がもつ「自己変革へのより高い属性」だ。講演会だけだと「聞きっぱなしに終わることが多い」のに対し、本を読むことはもっと能動的に、学んだことを自分の実践に活かすのに適しているというのだ。

 もうひとつ岩渕が強調しているのが出版物の「動員力」。

「講習会などでは一つの会場でせいぜい多くて200~300人、平均100人程度。100回やったとて動員力はたいしたことはない。ところが出版物は、『現代農業』に10万の読者がいるとして年間120万人。それだけの力があることになる」(要約)

 ただしこの動員力という点では、現代は条件が大きく変わってきていると思う。オンラインという手段の発達によって、岩渕が述べた講演会の限界を突破できる条件が整ってきたのではないか。仮に定員が30人の小さな会場だとしても、そして遠くの人は会場に足を運ぶのが難しいとしても、オンラインでなら日本中(世界中?)の数百人(数千人?)が同時に見ることも理屈上は可能である。さらに録画の配信によって、農繁期で都合が悪いといった時間的制約も超えられる可能性が見えてきた。

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「動」の出版を新段階へ

 岩渕は、先の箇所に続けて、研究者・学者の研究成果の単なる発表としての出版を「静」としたうえで、農文協の出版は「動」でなければならないと語っている。

「動というと、非常に積極的に動こうとするものです。人間の意識変革をねらったもの、あるいは文化を創造しよう、広めようというような、積極的に人間を見、ぶつかっていって変えていくというふうなものなんです」(要約)

 農文協が長年、バイクで農家を一軒一軒回り、普及(営業)をしながら対話交流し、そこで知り得た情報や農家の本音を本作りに反映させるという手法をとってきたのも、情報を一方通行にはしない、「ぶつかって変えていく」「動」の出版のためだ。

 いまや「耕さない農業」への関心、あるいは自然の調和力・循環力への関心が、農家という枠を超えて社会に広がっている。より広範な人たちに積極的に「ぶつかって変えていく」ためにも、出版物とセミナー、対面とオンライン、さまざまなツールも活用し、新段階の「動」の読書運動を広げていきたい。(農文協論説委員会)

(農文協論説委員会)

*『みんなの有機農業技術大事典』執筆陣のセミナーは現在、シリーズ4として「BLOF理論とアミノ酸吸収」(全3回)を好評開催中(詳細はp283)。ぜひご参加ください。

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