地域に根ざす食と健康の活動交流誌

食文化活動タイトル

●健康長寿の「食養学」最前線1 … 日本人の健康戦略と食品の機能性

鈴木建夫 農林水産省食品総合研究所長に聞く

■新しい食生活指針が目指すもの

  皆さんは我が国で2つの食生活指針が出されていることをご存知でしょうか。昭和五八年に農林水産省から日本型食生活を評価した食生活指針が出されました。昭和六〇年には、一日三〇食品を食べましょうというキャッチフレーズで代表されるような「健康づくりのための食生活指針」が出されています。国民全体に食への関心を高めたり栄養知識を広めるために重要な役割を担いましたが、発表されてからすでに一五年以上が経過しようしています。そこで改訂の動きが出てきました。
 現在、検討されている新しい食生活指針の最大の特徴は、食素材から健康を考える農林水産省側と栄養面から考える厚生省側がいっしょになって協議を重ねたという点です。国民の健康を守ることを同じ目的にしていながら農水省側は食素材を提供する生産者・食品産業の立場を強調しすぎる面がありましたし、厚生省側には我が国独自の食料政策の視点が欠けていました。立場の違いから今まで別々だったのがおかしかったのです。今回はまた、消費者だけに求める食生活指針ではなく、食品産業側へも食生活のあり方を呼びかけているのも大きな特徴です。近々、内閣の承認を得て発表されます。  いずれにしろ食生活指針改訂の背景には高齢化社会を迎えて食と健康への関心の高まりという大きな流れがあります。またその根幹に日本型食生活のすばらしさを評価するという共通のベースがあります。

■日本型食生活のすばらしさの秘密

 日本型食生活の一番よいところはどこにあるのでしょうか。  まず何より食素材の豊富さにあると思います。欧米の食素材は、畜肉や穀類、いも類を中心にしておよそ二千種類です。アジアは雑食ですから多くの海産物を含めて一万種類もあります。周囲を海に囲まれ、刺身など鮮度志向が高い日本人では実に一万二千種類にも達すると考えられています。これがなぜすばらしいのか。背景には食文化の違いがあります。
 以前の欧米の食品研究では、体によい成分が見つかっても食文化の違いで摂取することが難しく、錠剤の形で利用しようとしたのです。欧米型の食生活指針というのはエネルギーや栄養面からみて不足するものを補うという科学的合理主義があります。でも、彼らにとっての食品と薬品は本来異なるもので、薬品には「食事の楽しみ」はありません。日本人には医食同源、薬食同源というアジア型の発想ありますね。食と健康の密着度が高い。思い入れが違います。食素材が豊富だということは、様々な食の効用を様々な形で楽しみながら取り入れることができ、健康づくりに結びつけることができるのです。

(中略)

■環境破壊によって危険にさらされる私たちの健康

 食と健康の問題は地球環境とも結びついています。
 農業環境技術研究所の陽(みなみ)先生がお話していますが、地球環境というのは三つに分かれています。まず一六センチの土、次に大気圏が一万五千メートルあり、そしてその上にあるオゾン層、これは地表にもってくるとわずか三ミリです。このオゾン層が私たちの健康と密接な関係にあることが最近の研究でクローズアップされてきました。フロンなどの増加によってオゾン層が破壊されると地表に降り注ぐ紫外線が増え、私たちの健康まで破壊されてしまうのです。
 ヒトは生きるために呼吸をしていますが、一生の間に一八トンの酸素を必要としています。一方、エネルギーとして一.七トンの脂質を摂取します。実はこの脂質と酸素が結合して一部で過酸化脂質という物質ができます。最近話題の活性酸素もこれに含まれています。この過酸化脂質というのは、私たちの様々な病気の原因になっていると考えられています。たとえば六〇兆個あるといわれるヒトの体の細胞の細胞膜を壊してがん・老化・アレルギーの原因になります。もう一つ、その細胞の一つ一つに二メートルもの遺伝子が組み込まれていますが、この遺伝子がやはり過酸化脂質によって傷つけられ、がんの引き起こしたり、老化を促進します。つまりヒトは生きるために欠かせない脂質と酸素を取り入れながら、死ぬための過酸化脂質を常に作りつづけているという宿命にあるのです。
 そうした過酸化脂質の発生は、オゾン層が壊されたり、薄くなったオゾン層を潜り抜けてくる紫外線が引き金になっています。極論すれば、紫外線が私たちの体を傷つけていると言えます。一昔前は、子どもは外で遊び太陽の光を浴びて真っ黒になりなさいといわれましたが、最近は一部のコギャルを除いて、日焼けは奨励されないはずです。

■防御物質を上手に利用して健康長寿を実現しよう

 この紫外線の害に対して動物は本能的に防御策を講じています。日陰に入ったり、ヒトの場合は日傘をさしたり、化粧をしたりと紫外線の害から体を守ろうとしています。
 植物はどうでしょうか。実は植物も紫外線が嫌いなのですが、逃げることができません。そこで自分で防御物質を出します。つまり自分の体の中に日傘を作り出しています。それが一般的に言われるポリフェノールという化合物です。このポリフェノールについて次回以降に詳しく解説いたしますが、例えば色素がすべてポリフェノールの仲間になります。ワインの色素やニンジンの中のカロテン、トマトの中のリコペン、お茶の中のカテキンなどすべて仲間です。私たちが、このポリフェノールを持つ食品を上手に利用すれば健康を保ち長寿を実現できるのです。
 私たちの体の中には、もともと体内に発生する活性酸素を壊す酵素を持っていますが、この酵素が多いほど長命だというデータがあります。リスザルは酵素の含量が少ないので一〇年、チンパンジーはヒトの半分の酵素含量ですから五〇〜六〇年、ヒトの場合が一〇〇〜一一〇年。過日亡くなられた「キンさん」はまれな存在ではなく、ヒトの天命をまっとうしたというのが、我われ食品科学者の考え方です。食品の持つ防御物質を上手に体の中に取り入れれば、つまり戦略的に機能性食品を活用すれば誰もが健康長寿を実現できると考えているのです。次回以降、その防御物質にはどんなものがあるのかを具体的に解説してゆきます。
(文責・編集部)

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