新展開のヒントをデータベースから
「そば」の位置づけが見えてきそう
『CD-ROM版日本の食生活全集2000』は、『日本の食生活全集』(全50巻)を電子化したCD-ROMの最新版で、全国5000人のお年寄りからの聞き書きと料理を再現した写真を集大成し、パソコンで縦横に検索ができるデータベース。今回のバージョンアップでは、さまざまなテーマに応じたガイド機能が充実し、旧版のユーザにも「見違えるように使いやすくなった」と評判の作品だ。
「そば」で検索すると、厖大な件数の記事がヒットする。それをどう絞り込んだらよいのかは、ある程度この全集の内容を理解していないと難しい面がある。そんなときに新機能「テーマガイド」は、目的のテーマに応じた記事へすぐに案内してくれる。
そばの関連では、各地の「利用のしくみ」、粒のままの利用法、手打ちそばのつくり方など、すでに該当記事がリストアップされている。
「利用のしくみ」では、そばという穀物がその地域の食にどのように位置づくのかが解説されている。さまざまな利用法、米や麦をはじめとする他の穀物との関係もわかる。ここにあるのは「そば」一般ではなく、具体的な地域の中にある「そば」の姿だ。
「手打ちそばのつくり方」では、小麦粉の有無やさまざまな「つなぎ」など地域による打ち方のちがいもわかるし、連続写真で手順を示した記事もいい。「おいしいそばを打つ」という課題には格好の情報だ。
そば屋さんに取材し、自ら栽培し、そばを打つというというダイナミックな活動と、聞き書きの資料調査とが結びついた学習プランも見えてきそうだとその場の雰囲気は盛り上がった。
「こねもの」っておもしろい
もう一つのテーマは「こねもの料理」。写真があるものだけで75件ある(写真がないものを加えると168件)。「こねもの」ってなに?
そばといえばめん類を思いうかべるが、かつては「こねもの」のほうがポピュラーな食べ方だったのだ(めん類としてのそばを検索すると100件がヒットする)。めん類は、年越しそばに代表されるように「晴れ食」。たしかに、細く切るのはたいへんな手間がかかる。当時はそばは「かっけ」「だんご」など「こねもの」としての利用法が圧倒的に多く、バラエティにも富んでいることがこんなところではっきりと見えてくる。「こねもの」としての利用こそ、そばの基本食物としての側面を明らかにするものだということは、前述「そば利用のしくみ」にも詳しく書かれている。
「そうか、めん類だけではなく、こねものも追究すれば、基本的な食糧としてのそばがよく見えてきますね」諸喜田先生はなにかピンときた様子。
「貧しい土地でも育つから各地で栽培されてきたという歴史的なことを学ぶ上でも大切なことですね」。
一度、このデータベースを子どもたちに見せてくださいませんか、とお願いされてしまった。
データベースで料理を決めよう
翌週、6月12日の11時から約1時間。5年1組の全員が職員室の隣の「準備室」に集まった。パソコンを部屋の中央に置き、液晶プロジェクタからスクリーンに画面を映し出す。子どもたちは床に直接腰を下ろす。いったい何が始まるのかと、それぞれが勝手なことを言い合ってかなり騒がしい。
「そばは、めん類だとみんなは思っているけれど、もともとはめんはそば切りといって、晴れ食でした。そうではない利用がたくさんあったということがわかったので、まずそのことから考えてみます。来週、その料理をつくって食べるけれど、今日はいったいどんな料理があるのかを農文協の方がCD-ROMで見せてくれるので、班ごとに料理を決めましょう」ということでスタート。前出の「写真で見るそばの『こねもの』料理」をひととおり見せてください、と先生から指示が出た。
これには正直なところ気が引けた。写真はあるものの、説明は文字だけ。子ども向きの表現がされているわけではない。なにしろ75種類もある。さっきの騒がしさからすれば、絶対に途中でざわざわしてくる…と思ったが、とにかくひとつづつ見せていく。事前にその75種類のリストは印刷して渡してあるので、子どもたちは、それと画面を交互に見ていく。
画面が替わるたびに「えぇー、これがそばなの」「うまそー」と騒がしさが増す。とくに子どもにはわかりにくそうなものには簡単な補足説明をしながら、結局すべてを見終わってしまった。騒がしくても集中力はある。
班ごとに話し合いが始まる。「もう一度見せてください」「印刷してください」とパソコンのまわりに集まってくる。プリントを持ち帰ってはまた話し合い、各班の料理は表のように決まった。
「こねもの」料理は大成功
調理実習は28日の午前中に行われた。各班とも、前週に印刷した解説を元に、それぞれ子どもたちなりのつくり方を準備していた。「こねもの」の名のとおり、こねた状態のままのものや、もちのような形にするもの、ゆでるもの、フライパンで焼くものとさまざまだが、約1時間半でどの班もでき上がった。
見た目はほぼ「全集」のとおり。味もいい。とくに熱がよく通ったものでは粉っぽさがなくなり、いもや味噌など他の素材の味も楽しめた。時間の都合で、そろっての試食ではなく、できたところからそれぞれがお裾分けをしたり、各班を渡り歩いては食べるという形になった。
前回のそば切りが固かったり、粉っぽかったりしたのとは対照的に、今度は味もしっかりしているため、料理らしい料理をつくったという満足感、達成感はまるでちがっていたようだ。
垣間見えた学習の新展開
データベースを見たときに、「そばがき」はおじいちゃんが自宅でよくつくっているという子がいた。また「串もち」の班で「ギョウジャニンニク」のことを青森のおばあちゃんに電話でたずねたら、ギョウジャニンニクは手に入らなかったけれども、地元で売られている「そばかっけ」と、「ニンニク味噌」を送ってきたという子がいた(その味噌を「串もち」につけて食べたがとてもおいしかった)。
夏休みに田舎に帰る子も多い。そのときには、そばのこと、昔の食べもののことを聞いてくる子も多いのではないかと諸喜田先生は期待している。
「こねもの」をつくって食べた後は、そばの栽培、そば屋さんへの調査へと、新たな活動が始まっている。「こねもの」の後、子どもたちは積極的な活動を展開している。さまざまなそば製品(そばボーロ、そばかりんとう、そばアイス、そば寒天など)を見つけ、プロのそば職人に話を聞きにでかけ、製粉所にも足を運んでいる。
夏休みを挟んで「秋まつり」までは「おいしいそば」の追究が中心となる。その後は改めて学習テーマを吟味していく計画だ。
そのときには「生きる糧」としてのそばを学び、食糧輸入や農業の問題にも迫れるようにしたいというのが諸喜田先生の考えだが、今回「こねもの」について調べ、体験したことが、総合学習の幅を広げ、より深い展開へ進むきっかけになりそうだという予感をもっている。
夏休みに入った学校でお話しをうかがった帰り際「秋になったらまたデモをお願いするかもしれません」と諸喜田先生。この後の展開も報告できるかもしない。