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Ruralnet・農文協食農教育2001年11月号

食農教育 No.17 2001年11月号より

「回転焼きと鯛焼き」グループ。
「回転焼きと鯛焼き」グループ。地域で有名な「回転焼き」の店に資料請求。実際に出向いて技を伝授してもらう。
 「総合」の導入と図書情報     

食の民俗学に挑戦

兵庫・福崎町立福崎東中学校(前任校)
中右孝人



 福崎東中学校では、平成12年度から本格的に「総合的な学習の時間」に取り組むことになりました。職員間で話し合い、2年生では郷土の偉人である「柳田國男」を糸口に、「民俗学」に挑戦させてみようということになりました。そのなかで、郷土に対する愛着心を育て、わが国、わが町の伝統的な文化を見つめ直させることができればと考えたのでした。

身の回りの素朴な疑問を出し合う

 「民俗学」は身の回りのすべてのものが調査研究の対象となります。まず、身の回りの素朴な疑問を出し合いました。「財布に5円玉を入れたらお金が貯まるというのはどうして?」「お店の前に塩が置いてあるのはどうして?」。いろんな声が教室の各所であがっていました。それを各グループ5〜6人のメンバーでじっくり話し合い、研究テーマを決めていきました(グループを固めてから、それぞれのテーマを決める。順序が逆転していますが、時間数や生徒のまとまり具合を考え、あえてこの形をとりました)。

 何度も話し合い、各グループのテーマが出そろいました。その内容を大まかに6つの分野(祭、伝、食、信、言、地)に分け、学年の教師が1つのグループを指導することにしました(表)。

 なかでも、「もち」「回転焼きと鯛焼き」「おせち料理」「雑煮」「塩」など、「食」に関連するテーマはとくに多くみられました。「食」は生徒たちにとって最も身近で毎日の生活に根づいています。それでいて素朴な疑問が多く、正月のことを考えただけでも「どうしておせち料理を作るのか?」「鏡もちを飾るのはなぜか?」「お正月に雑煮を食べるのはどうして?」などいくらでも出てきます。まさに「食」文化は、民俗学の研究対象の宝庫といえると思います。

空き教室に民俗学の図書コーナーを特設

「回転焼きと鯛焼き」グループ。
「回転焼きと鯛焼き」グループ。地域で有名な「回転焼き」の店に資料請求。実際に出向いて技を伝授してもらう。
「おせち料理」グループは各家庭へ
「おせち料理」グループは各家庭へ、どのような詰め方をしているのかアンケート調査をし、伝統的なおせち料理(写真)と現在のおせち料理を作り比べた。昔のおせちは手がこんでいた。今のは作りやすくてカラフル

 テーマ決定後はまず文献調査にとりかかりました。最初は、広い視野から研究テーマの概観をつかませる、一方でまた、より深く追究したい内容を見つけ出させるために、図書やHPによる調べ学習に限定しました。学校の図書館では、民俗学の専門図書がほとんどなく、まず、教師が集めてみようと、各担当教師が福崎町以外の近隣の図書館をまわり、借りられるだけの民俗学関連図書を集めました。学年担当7名がそれぞれ20冊近くの本を持ち寄り、空き教室を民俗学コーナーとして開放しました。

 民俗学コーナーはコピーをしない方針で運営したので、生徒たちは自分が求める情報を見つけてはメモをとっていきました。目的をはっきりさせていたこともあって、日ごろ読書の嫌いな生徒も熱心に読んでいました。また、「雑煮の○○」というような研究にピッタリの書物はなかなかありませんし、多くの書物のなかで自分たちの得たい情報はほんの数ページ。さまざまな本からの情報をつなぎ合わせていく作業が必要で、ぼんやりしている生徒がいなかったのが印象的でした。

 「雑煮」グループは、百科事典や「伝統と郷土の料理」(学習研究社)、雑誌「食べもの文化」(めばえ社)などをもとに進めていきました。この時点では次のようなメモを残しています。「雑煮とは、野菜・魚介類・鶏肉などを具にした汁に餅を入れて煮た料理です。現在では、正月の祝膳に用いますが、この風習は、室町時代末期に成立したそうです。しかし、雑煮という言葉はそれよりも前の室町時代前期からあり、儀礼的な酒宴の最初の献立として餅を煮て勧めていたそうで、臓腑を保養するためにだそうです」。

 さらに、図書から次々と新しい発見をしました。「関西は丸もちだけど、角もちを使うところが多いようだよ」「雑煮の味付けも関東と関西では違うんだって」……。この発見が次の活動を生む原動力となりました。

スーパーで突撃インタビュー!

 今回の取組みでは、図書を使って「目的をはっきりさせたらどのような活動を計画してもよい」ことにして、フィールドワーク計画書を提出させました。生徒たちは私たちの想像以上に自由な発想をし、24のグループ全てがフィールドに飛び出したのでした。その一端を「雑煮」グループの活動から紹介したいと思います。

 「雑煮」グループは、上記した新しい発見を「なるほどそうか」と思いながらも、自分たちの目や耳で確認したいと思いました。福崎町で各地域の雑煮の違いを実感できる方法はないか……。「スーパーに行けばいろんな人が来るからそこでアンケートしてみたら」との提案。すぐにアンケート用紙の制作に取りかかりました。

1 あなたの出身地はどこですか?

2 雑煮に入れるのは丸もちですか角もちですか?

3 味噌汁ですか、すまし汁ですか?

4 雑煮にはどんな具を入れますか?

加西サービスエリアにて、全国の雑煮調べ
加西サービスエリアにて、全国の雑煮調べ。バス旅行客を中心に聞きこめば、地元に居ながらにして生の全国情報が集まった

 そして、地元のスーパー「ボンマルシェ」にアポイントをとり、突撃インタビューへ。中学2年生といえども、「すいませんが、アンケートに答えていただけませんか?」の一声が出ないものです。最初はしり込みして譲り合うような場面も多かったのですが、慣れるにしたがって遠慮せず声をかけられるようになりました。積極的にインタビューするのが、日頃は発言が少ない生徒だったりして、生徒たちの違った一面も見ることができました。

 このインタビューのなかでもたくさんの発見をしました。「たしかに図書で調べた資料のように、兵庫県ではほとんどの地域が丸もちを入れている。でも、兵庫県の南西部出身の人はすまし汁と答えた人が多かった。どうしてだろう?」

サービスエリアで全国の雑煮を一気に聞き取る

 しかし、地元のスーパーでのアンケートということもあって、調査対象が福崎町を中心とする地域に偏ってしまいます。生徒たちは、もっと広い範囲で調べたい、また、新たな疑問も解いてみたいという気持ちが出てきました。「駅に行けばもっと多くの地域の人からも聞けるのでは?」「福崎の駅を利用しているのだから変わらないと思うよ」「どうしよう?」……。「そうだ! サービスエリアがあるじゃない」。福崎町には大阪から山口まで中国山地を貫いた形で中国道が通っています。そのサービスエリアが学校から2kmほど離れたところにあるのです。

 さっそく加西サービスエリアに電話。地元の中学校ということで好意的でしたが、大阪の管理事務所の許可がないといけないとのこと。すぐさま電話を入れましたが、「前例がないので少し考えさせてほしい」との返事。「食」担当の吉識教諭が何度も取材の趣旨を訴えてやっとのことで許可をとることができました。

 そしてサービスエリアへ。係りの方の配慮で「ただいま、福崎東中学校の生徒さんが、雑煮についてのアンケートを行なっています。御協力お願いします」とアナウンスまでしてくださいました。バスが着くたびに生徒たちは積極的に声をかけていきました。さすがにサービスエリアだけあって静岡や熊本の方にもインタビューをすることができました。

 かなりの手ごたえがあったようで、「先生! 今度は下りのほうにも行っていい?」と声をはずませます。そのやる気におされて吉識先生はまた電話をかけて許可をもらった次第です。

 こうしてできたのが右の「地域による雑煮の違い」です。同じような分布図はすでに作られていて多くの方の目にもとまっていると思います。標本数も少なく、地域も限定されていますし、間違いもあるかもしれません。でも、生徒たちが自分で考え、活動し作り上げたこの資料はとても意義あるものだと思います。

 図書に記述されている内容は、多くの方の地道な調査や研究によって得られたものです。生徒たちは、このフィールドワークをとおして、調査・研究の追体験ができたのではないでしょうか。

本と現実を照らし合わせる

 雑煮グループはスーパーやサービスエリアでのアンケート結果をまとめてみました。いろいろな資料にあったように関西以西の地域は丸もちだということが自分たちの手で確認できました。でも、「兵庫県南西部からはすまし汁が多い」理由がわかりません。もう1度、図書資料に目をとおしました。そして、彼らなりに理由を次のように考えています。

 「京都周辺は京都の雑煮に近いです。これはなぜでしょうか。雑煮ができたとされる室町時代は京都が都でしたから、影響を受けやすかったのでしょう。兵庫県北部は山陰道が通っています。山陰道の起点は京都。京都での文化が山陰道を経由して伝わったのでしょう。しかし、同じ兵庫県でも南西部になるとすまし汁になります。これは、南西部が、魚や野菜も多くとれ、災害が少なく、さらに京都から遠いこともあって、京都にたよらず独立できたので、京都の影響をあまり受けなかったからだと思います」

 「雑煮」グループは図書で調べたことを、フィールドで再確認するという形で学習を深めていきました。そして、フィールドでの疑問をもう1度図書で調べようとしました。このように図書とフィールドをスパイラルに結びつけることができれば理想的ではないかと思います。

 「民俗学」は、研究対象が実際の生活にありますからどの地域でも取り組めますし、地域を見つめ直す機会ともなります。いろんな学校で取り組んでいただき、情報を交換できればと思います。

●福崎東中「民俗学に挑戦しよう」のホームページ
http://www.interq.or.jp/ox/nakau/index.htm

福崎町立福崎東中学校の紹介

 福崎町は民俗学の父、柳田國男の生誕地として知られる。伝統行事や風習が多く残っているが、中国自動車道と播但自動車道が交差するようになり、近年都市化が進みつつある。

 福崎東中学校は生徒数約400人、各学年4クラスの中規模校。学校前には県で3番目に大きい「長地」が広がり、学窓からの眺めは絶景。平成12年度、学校全体で「わが街―福崎町」というテーマで「総合」に取り組んだ。2学年「民俗学に挑戦しよう!」は、10月から1月の毎週火曜日の午後(計35時間ほど)を利用した。


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