「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2007年4月号
 

食農教育 No.54 2007年4月号より

食育ネットワーク

学校給食は地域と学校をつなぐ教材の宝庫

三重・松阪市立天白小学校 草分京子

 一月、学校給食週間がはじまり、脱脂粉乳・くじらの竜田揚げという「昔の給食メニュー」を珍しそうに食べる子たち。六年生が社会科「戦後の復興」で「学校給食の役割」を調べ、なぜ脱脂粉乳とコッペパンだったのか? 当時の給食と今の給食の役割の違いは何か? を学んだときに、この献立を実現しようと、給食センターの栄養士さんたちと考えたものです。

 「生きるのに必死だった戦後。未来を生きる子どもたちのために、学校給食がはじまったんだね」「今は生きるための栄養を摂るというよりも、給食をとおして『学ぶ』ことができる。私たちは、生産者や調理する人のこと、旬の地場産物や家畜の命、自然のことを、給食から学ぶことができた」……こんな子どもたちの学びを、たくさんの方が給食の「献立」に生かしてくれるのです。

食材を支える人たちと出会う

 私たちの学校のある三雲地区の小学校四校、中学校一校、合わせて一日一三七〇食をつくる三雲給食センターは、設備も職員数も決して豊かではありません。しかし、みんなで創り上げる学校給食の実現を目指しています。まずは、地域の生産者を訪ねてまわり、地場産物を使った「生産者の顔の見える学校給食」に取り組みました。

 生産者をランチルームに招き一緒に給食を食べ、お話を聞かせていただいたり、給食委員会がインタビューに出かけ、ビデオで紹介したりすることが増えました。自分たちの地域で何がつくられているか、ほとんど知らなかった子たちが、今では「タマネギは三雲で一番たくさんつくられる」「日本一の青海苔の町」「三雲ならではのイエローミニトマト」と自慢できます。枝豆は、生産者が学校給食のために無農薬でつくってくださったものを、みんなでさや取りします。朝どりイチジクや梨もおいしく、台風で大変だった年も、まず学校へと届けてくれます。(株)ミエミートさんのおかげで県内産の安心・安全な畜産物を給食で食べられますし、三重中央卸売市場の魚屋さんが届けてくれる魚を給食で食べることで、旬の魚の名前を覚えました。

 三雲ならではの学校給食に、七月のウナギ弁当があります。「子どもたちに暑い夏を元気に乗り切ってほしい」と、地域の養鰻場と調理員さんたちが、朝早くから大変な思いで調理してくれる献立です。私たち教職員も、旬のおいしい魚や農産物を給食に出したいと、社会科や総合学習で出会った人を給食センターに紹介し、ネットワークを組みます。そして給食に関わる人の思いを、子どもたちに伝えるのです。

イエローミニトマト生産者を訪ねて給食委員会の子どもがインタビュー
生産者の情報満載の「みくもっ子ランチ」

仕事の現場で働く人の思いを学ぶ

 給食の食材を納入する生産者・流通関係者とは、ただ給食上のふれあいだけでなく、生活科や総合学習・教科のなかで、ふだんからのつながりがあります。だから、「今日は○○さんのつくった大根で……」という給食献立の紹介があると、「ああ、あの人だ」と親しみを持てるのです。

 例えば、三雲軟弱野菜部会の方たち。EMボカシ肥料を使った土つくりで、ほとんど農薬を使わないホウレンソウ・小松菜は、冬の給食食材として献立によくあげられます。その部会の方たちは、環境を学ぶ四年生の「生ゴミからのたい肥つくり」の先生となっています。四年生は、土つくりからはじめる野菜栽培や、その野菜の調理・加工を楽しんでいます。また、低学年の生活科「嬉野大根づくり」の先生でもありました。三年生の大豆づくり・五年生の米づくりは、地域の専業農家グループとの共同作業です。また、近海物の旬の魚を仕入れてくださる三重県中央卸売市場の魚屋さんは、三年生「市場の働き」の学習や、五年生「日本の水産業」の先生です。魚の話はおもしろく、目の前で大きなマグロをさばいてくださるその手つきに、子どもたちは拍手大喝采でした。

 ふだんから、このように子どもたちとふれあってくださる生産者の方たちは、「この子たちに、おいしい野菜を食べてもらうようにがんばっています」「旬のおいしい魚をより安く食べてもらいたい」と言っています。豊かな学校給食が実現するのは、「目の前の、この子たちのために」という、地域の人びとの思いがあるからでしょう。

ボカシ肥で野菜をつくるグループの農家と嬉野大根づくり(生活科)
三重県中央卸売市場の魚屋さんが目の前で大きなマグロをさばく

子どもの「関わる力」を引き出す

 子どもたちにとって、給食は単に「与えられるだけのもの」ではなく、関わり学ぶ「教材」です。

 春、はじめて学校給食と出会う一年生。給食にスムーズに親しむことができるかどうかは、学校生活を楽しくすごせるかどうかのキーワードともなります。給食センター見学を数回行ない、自分たちもタケノコの皮むきを「お手伝い」しました。自分たちのむいたタケノコが、翌日、タケノコご飯になって出されて大喜び。こうして、どんなふうに給食が届けられるか知ります。

 自分たちで育てた野菜を給食センターで買い上げてもらったり、これも自分たちで育てた大豆で味噌づくり部会の方とつくった味噌を給食に使ってもらったり、給食でよく出されるイエローミニトマトを生産者の方と自分たちも栽培してみたり……など、給食をとおして食材や生産者と関わり学び、地域が好きになっていくのです。

 地域の食文化を学ぶ六年生。苗つくりの時期の「サブラギご飯」と、田植えが終わった時期の「野上がりまんじゅう」のつくり方を聞き取り、地域のお年寄りと一緒に調理しました。そして、サブラギご飯や野上がりまんじゅうを給食で出していただき、その後も田仕事と共にあった地域の食文化を学び続けています。

地域に伝わるサブラギご飯 (写真のおにぎり)を給食に
この味噌が、給食の豚汁になる

 三雲は、北海道の名づけ親・松浦武四郎の町です。アイヌの人びとの文化と人権を守った武四郎に学び、武四郎記念館の学芸員さんとアイヌ料理も体験しました。そのアイヌ料理は、アマムイペ・チェプオハウ(鮭汁とご飯)などの「たけちゃんランチ」となって毎年、三雲の子どもたちは味わうことができるのです。

 食から、給食から、世界が広がっています。

松浦武四郎にちなんで、アイヌ料理を学ぶ

 三重県中央卸売市場へ「早朝市場見学」に出かけた三年生。ズラリと並ぶ大きなマグロに驚き、給食にマグロを出していただくよう、給食センターにお願いしました。そして、そのマグロはどこの海でどんなふうにとれて、どこへ水揚げされ、どうやって市場や給食センターから私たちの学校のランチルームへくるのか、「給食マグロの長い旅」の学習がはじまります。

 三雲の冬の海を彩る青海苔は、山の森がつくるきれいな水がないと育たないため、山・川・海を結ぶ環境学習の大事な教材です。寒い冬の海で働く生産者に学びながら給食でいただく、温かい青海苔の味噌汁は、冬の献立の定番となりました。

早朝の市場に並ぶマグロを見学
三雲の冬は、青海苔つくりの季節。生産者の話を聞く子どもたち

 こんな学びを続けていると、自分たちの食べる食材に、たくさんの人が関わっていること、支えてもらっていることが実感できるのです。

松阪肉を追って命を学ぶ

 今、六年生の子どもたちは、卒業制作に「松阪牛物語」の版画絵本に取り組んでいます。但馬で生まれた子牛が松阪の肥育農家で育ち、天白小学校の子どもたちとふれあい、食肉公社で解体され、給食食材となってみんなのおなかに入り、血となり「心」となっていくお話です。これまで学んだことをたくさんの方に伝えよう、完成したときにはお世話になった方々を招いて……と計画し、がんばっています。みんなにとって本当に、心に残る学習でした。

 この学習は、三雲町が市町村合併で松阪市となった年、「リクエスト献立」として松阪肉をリクエストしたときからはじまりました。松阪牛ってどんな牛のこと? と、自分たちがリクエストした牛のことを調べ、その歴史やトレーサビリティ(生産から消費までの過程)のことを知っていきました。肥育農家の方は、学校に子牛を二頭連れてきてくれました。「エサは一頭一頭の好みに合わせます」「でも、エサより大切なものは愛情です。常に体をさわり娘同様に育てています」「牛を送り出すときは寂しいが、今までよくがんばってくれたな、おいしい肉になってみなさんに喜んでもらえよと送り出します」という話を聞かせていただきました。

 学びは広がり、三重県畜産協会のおかげで、肥育牛の牧場体験に行くことができました。乳牛は体は大きいが臆病で、みんなが行くとドッと逃げるのに、松阪牛はみんなに体をすり寄せてきます。いつまでもエサをやって、みんな牛のそばを離れようとしませんでした。

学校に子牛を2頭連れてきてくれた肥育農家の森本さん
肥育牛の牧場体験

 肥育農家が牛を送り出す食肉公社への見学も実施しました。

 牛の解体作業は圧巻でした。素早く、大きなナイフを何度も熱湯につけながらの作業は危険です。そして、その技術に目を見張ります。背骨は真っ二つに。皮は少しも傷つけずに。こんなふうにして牛は肉となり、肉だけでなく、子どもたちが使うランドセルや野球のグローブの素材も提供してくれます。こうして牛の命を生かす仕事をしている人たちがいると知ったのです。

食肉公社で解体された牛の獣魂碑の前で

 見学後、獣魂碑に手を合わせる子どもたちから、「この牛の命をいただいているとわかった」「でも牛の気持ちを考えるとグッとくる」「食べるってこういうことだったのか」という感想が出ました。

 こんな学びのなかから生まれる授業を、栄養士の先生や「ネットワーク推進委員会」(一二八頁参照)の方々に見ていただいて、リクエスト献立が実現するのです。

 献立は、肉を無駄なくおいしく食べてもらうよう、昨年は「牛丼」、今年は「肉入り味ご飯」に、子どもたちが話し合って決めました。そのリクエスト献立をいただくとき、「私たちの願いを実現してくれる人がいる」「たくさんの方がこの献立に関わってくれている」「私たちの食はみんなが支えてくれている」「命をもらって生きている」、そう思えるのです。

子どもが変わる 地域が変わる

 こんなふうに、たくさんの方に支えられて学ぶことができる子どもたちは、確実に変わってきました。何年か前、本校では教育困難な状況が一部に現われ、子どもたちが授業に集中できない時期もあったのですが、今ではすっかり落ちついています。いろいろな方を学校に迎えることも多いのですが、みんながしっかり感想を言い、お礼を言い、次の学習へと発展させてくれます。こんな子どもたちの姿を見て、ますますいろいろな方が手をさしのべてくれ、学びが広がっていくのだと感じます。

5年生の農業発表会

 五年生で米づくりを学んだときのことです。関わっていただいた地域の専業農家グループ・農業研究部・食料事務所・JA・農林水産課・給食センターの方をお招きし、農業発表会を開催しました。子どもたちが学んだことをもとに、たくさんの方が一堂に会し、農業について話し合うことができたのです。「地域の農業をどうするか」「食糧自給率をどうするか」と、いろいろな立場の人が考えを出し合うことができました。食をとおして子どもが変わり、子どもが変わるとまわりの大人も変わります。食教育は、教育の豊かな「相乗効果」を生み出しています。 

 「食教育」を進める一番の力は、「子どもたちの学ぶ姿」です。こんな力をつけたい、こんな学習をしたい……教員は、地域の方と常に話し合って、地域を歩いています。

 三重県からの事業指定を受け、「三雲地域食生活いきいきネットワーク事業推進委員会」が組織されて三年目を迎えました。行政・生産者・流通関係者・保護者などの代表者からなる組織です。こうした行政のバックアップはありがたいのです。そのおかげで、いろいろな講演会や子どもたちの体験も組織できました。地域の中に、ネットワークを組んで子どもたちの食を考えようとする気運もできてきました。「食」をとおしてネットワークができ、安全でおいしいものを子どもたちに、という運動に高まっていくように感じます。

保健士さんとの「歯と食生活」の学習

 しかし、推進会議そのものは年に数回しかありません。そもそも、「組織」があるからやっているわけでもありません。子どもたちを目の前にして教材を組み立てる教師が、日常的に地域を歩き、地域の人とふれあい、どんな授業にしていくかを話し合っています。もちろん給食センターの調理員さん、栄養士さんも、「子どもたちの笑顔が見たいから」と、夏休みの料理教室にも、ふだんの授業にもしょっちゅう顔を出しているたのもしい味方なのです。

 また、養護の先生たちは、「三雲地域・歯と食生活学習プログラム」という学習を、各学年別に組み立ててくれました。発達段階を踏まえて、「おやつのとりかた」「カルシウムをとって強い歯をつくろう」などの学習を進めるとき、町の歯科医さんや保健士さんにも、「子どもたちの先生」になっていただいています。一年生は、歯科衛生士さんを招いて「親子歯みがき教室」を行ないました。六年生が「生活習慣病」の学習をしたとき、グループに分かれて、地域振興局の保健福祉課・学校医さんを訪ねて聞き取りしましたが、たのもしい味方は、地域にたくさんいます。

 学校と地域は、数年間かかって、このような関係を創り出してきました。「子どもたちの食と健康を守る」……今こそ、手を取り合ってやっていかなければならないことだと思っています。

 食教育は総合と教科をつなぐ要

 天白小学校ではいろいろなことをやっていますが、「食科」という教科時間はありません。あくまでも当該学年の教科・道徳・学級活動、そして総合的な学習の時間のねらいに沿って行なう必要があります。しかし、それらの学習を単発でやっていては不十分です。

 そこで本校では、教科や道徳・学級活動・総合的な学習の時間を、総合的・横断的に進めるという考えで、食教育を進めています。

 例えば、「松阪肉を給食の献立にしよう」の単元学習は、理科・家庭科・道徳・総合的な学習の時間を、図1のようなねらいを持って進めていきました。年度当初に計画を立てて、このような考えで進めていけば、十分に食教育を進めることができると思います。

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