「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2011年3月号
 


森源治郎 編/市川智子 絵

食農教育 No.79 2011年3月号より

畑で読書!著者が語る

『ホウセンカの絵本』制作秘話

森 源治郎

 ホウセンカは、専門的な研究がほとんどされていない花。
『ホウセンカの絵本』は、花の専門家・森源治郎先生が、一からそだてて観察して、できあがった絵本です。(編集部)


 私は、奈良の大和三山の一つ耳成山のふもとの農家で生まれ、子ども時代を過ごしましたが、そのころ、農家の庭の片隅でホウセンカがよく咲いており、子どもたちが果実に手を触れてタネを飛ばして遊んだものです。しかし、生活様式が変わるとともに、次々と新しい種類の植物が導入されたこともあって、いつのまにかあまり見かけなくなってしまいました。

 そんなホウセンカが、小学校三年の理科の教材に取り上げられていることもあって、『ホウセンカの絵本』の執筆依頼をうけました。

 執筆に先立って、まずホウセンカについての情報収集からはじめましたが、情報そのものがあまりにも少ないうえ、あっても内容の確かさに疑問をいだかざるを得ないものもありました。そこで、自分で実際に栽培し、観察を通してホウセンカに関するより確かな情報を収集することにしました。その過程で、自分でも感動するような場面に巡り合うことがありましたので、そのいくつかを紹介させていただきます。


つぼみのついたホウセンカを挿し木すると、こんな姿になる


通常の栽培でできるホウセンカ。栗山淳撮影(以下、K)


ホウセンカの挿し穂。葉えきにつぼみがついている(K)

挿し木繁殖でこんな形に花が咲く!

 絵袋(タネ袋)に入ったホウセンカのタネをまいてそだてると、種々の花色や花型のものが混じっており、同じタイプの花を咲かせる株を揃えるのは意外と難しいものです。そんななか、倒れた株の地面に接した茎の部分から根が出ているのを見て、ホウセンカは、挿し木でも繁殖できるのではないかと考えました。

 私は赤紫色の花を咲かせる株がお気に入りでしたので、これを親株にして挿し木繁殖を試みることにしました。この株は、すでに一二本の側枝を出し、各側枝で開花が始まっていました。側枝の先端五〜七cmを切り取り、バーミキュライトに挿しました。

 挿し木して一週間後にそっと掘りあげてみると、すでに挿し穂の基部から白い根がたくさん出ているではありませんか。さっそく、この発根苗を花壇に植え付けて栽培したところ、実生株(タネからそだてた株)とちがって分枝することなく、一本立ちの茎に地際から上に向かって赤紫色の花を咲かせていくのです。これは挿し穂を採取した時点で、すでに各葉えきに発育中の花芽が存在し、これらが順次発達して開花したためです。開花最盛期の株は「これ本当にホウセンカ?」と疑いたくなるほどゴージャスな草姿をしていました。


ホウセンカの来歴やいわれを紹介する頁。海にもぐる男性が、魔除けのためにホウセンカの液で爪を染めたという言い伝えを実証するため、実験を重ねた

爪紅は花びらではなく葉で染める!

 ホウセンカには、爪紅(ツマベニ、ツマクレナイ)といった別名があります。これは、中国や韓国では、昔、若い女性や子どもがホウセンカで爪を赤く染める習慣があったことによるものだそうです。また、日本の天草島でも、かつて旧暦六月三十日の夏越しの行事に男性が魔除けのために爪を赤く染めて海にもぐる習慣があったそうです。

 いくつかの資料によると、赤い花の花びらをすりつぶして爪の上にのせ、ラップなどで包んで一晩置くと爪が赤く染まるそうです。

 さっそく、この方法にしたがって、自分の手の爪を染めてみましたが、ほんの少し赤く染まるものの、とてもツマベニ、あるいはツマクレナイというには、ほど遠いものでした。また、一部の資料を参考にして、花びらにカタバミの葉を加えたりもしましたが、なかなか期待したようには染まりませんでした。

 失敗を繰り返すなか、花びらの数をもっと増やしてみることにし、数十個の花びらをすりつぶしてその搾り汁を濃縮し、これで爪を染めることにしました。濃い鮮やかな赤色の汁を爪に塗って、これでうまく染まればと思いましたが、十分乾燥させたあとでも、やはり水で洗うと簡単に流れ落ちてしまうのです。

 若い女性や子どもが、爪を赤く染めて楽しむために行なわれたのであれば、こんな方法でもよいのかもしれませんが、少なくとも海にもぐる際の魔除けに爪を赤く染めるのであれば、水につけても流れ落ちないものでないといけないはずです。

 ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返すなかで、赤い花びらの代わりに葉を用いることにしました。その結果、なんと、あの緑色の葉を用いることによって、爪がやや茶色がかってはいるものの、きれいな赤色に染めることができたのです。そして、いったん染まると水の中に入れても色落ちしないのです。私の手の爪は、新たに伸びてくる部分と入れ替わるまでの約六か月間、まるでマニキュアをしたように赤く染まった状態になっていたのです。

 このことから、かつて夏越しの行事で海にもぐる際、魔除けのために爪を染めるのに使われたのは、花びらではなく、葉であったものと確信しています。


ホウセンカの花びらを使った、ハンカチや爪の染め方を紹介。花びらと同様の方法で、葉を使った染色もできる


絵を描いてくれた市川智子さんも、自分の爪に染め液を塗って実験


花びらを集めて染め液をつくる

きれいな草木染めができる!

 ホウセンカは、さまざまな色のきれいな花を咲かせることから、これを使った草木染めをしてみたいと思うのは私だけではないと思います。しかし、ホウセンカの草木染めに関する資料を探してもなかなか見つかりませんでした。

 そこで、一般的な草木染めの手法を参考にして挑戦することにしました。その手順は、まず草木を煮てつくった染め液に、布や糸を入れて染めてから、媒染剤に浸けて染料を定着させ、水洗いして乾燥させると出来上がりというものです。しかし、ホウセンカの場合、この手順では媒染剤の種類をいろいろ変えてみても、すぐに退色し、布に染料を定着させることができませんでした。

 そこで、思いつくまま、いろいろと手法を変えて試してみましたところ、染め液そのものに媒染剤としてミョウバンを加えることで、やっと、きれいな花色に染めることができたのです。このときも、失敗の連続だっただけに、きれいに染まるのを確認できたときは、「やった!」の思いでした。

 以上、ホウセンカの執筆にあたって、自分で栽培し、試すことによって、多くのことを学ぶとともに、改めて自分で確かめることの大切さを痛感したしだいです。

 読者の皆様にも、植物と人間の関わり、植物のもつ不思議な仕組みなどに関心をもち、自分で栽培し、自分の目で確かめ、新たな感動を味わっていただくことができれば、こんなうれしいことはありません。


赤い花(上)とピンクの花(下)で染めたハンカチ(小倉隆人撮影)


自宅の庭でたくさんのホウセンカをそだてて観察・実験をした(K)



「田舎の本屋さん」のおすすめ本

この記事の掲載号
食農教育 2011年3月号(No79)

特集 園芸絵本『そだててあそぼう』大特集! 絵本を持って畑に行こう
◆畑で読書!◆アイデアいっぱい!教科書にある植物◆作物のふるさとから世界を知る◆地方品種がおもしろい!◆知って得する農作業の実際 [本を詳しく見る]

 ホウセンカの絵本

森源治郎 編/市川智子 絵
「爪紅」の別名をもつかわいい花。タネがはじける秘密、双子花におもしろさし木実験、爪染めにハンカチ染めと楽しい遊び方満載。 [本を詳しく見る]

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