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農文協トップ主張 2007年6月号

安くてよく効く、土もよくなる
石灰防除のすすめ

目次
◆土壌改良、肥料、そして防除へ
◆病気が出てからでも効く石灰散布
◆病原菌を封じ込める作物の抵抗力
◆石灰は作物の抵抗性を誘導する
◆石灰は総合的に効く
◆「石灰防除」で土もよくする

土壌改良、肥料、そして防除へ

 今月号「減農薬特集」の巻頭特集は「安くてよく効く石灰防除」である。

 石灰と農家のつき合いは古くて長い。江戸時代後期には、各地で石灰の利用が盛んになり、明治時代には消石灰による土壌改良が勧められている。そして昭和初期に「炭酸石灰」と命名された肥料が登場する。今日でいう「炭カル」だが、その名づけ親は宮澤賢治である。賢治は、イーハトーブ(岩手県)の土壌は酸性が強く、石灰施用による土壌改良が必要だと考え、「東北砕石工場」で行なわれていた、石灰石を細かく砕いただけの石灰岩抹・石灰石粉の採掘事業を技師として支援し、これを「肥料用炭酸石灰」と名づけた。そこには、貧しい農家でも入手できる安価な炭酸石灰で土づくりを進め、農家・農村に役立ちたいという賢治の深い思いがあった。

 こうして石灰は酸性を矯正する土壌改良資材として定着していったわけだが、石灰は作物に不可欠なカルシウム分を供給する肥料でもある。「小岩井農場」を応援していた賢治も、作物(飼料)の石灰含有量を高め、石灰分を含有する良質の牛乳が得られることを、石灰施用の目的の一つに掲げている。

 この石灰の肥料的な効果をより積極的に活用する技術が本誌でも追究してきた「石灰追肥」である。石灰は生育に必要な肥料分(カルシウム)であり、生育の中〜後期に多く吸収されるから、それにあわせて追肥することが大事、とする考え方だ。ポイントは、硫酸石灰(石膏)や消石灰などの溶けやすい肥料を選ぶこと。これを実施した農家は、ジャガイモがよくとれた、トマトの尻腐れがでなくなった、水に沈むトマトができたなどの成果をあげている。

 そして「石灰防除」である。石灰追肥でカルシウムがよく効いた葉は病気にもかかりにくいといわれてきたが、そんな石灰の防除効果をより積極的に生かそうというわけだ。

病気が出てからでも効く石灰散布

 石灰は確かに「安くてよく効く」。今月号で紹介した「石灰防除」の事例を順に列記すると、以下のようになる。

▽ダイコンの軟腐病に苦土石灰の上澄み液1000倍散布(54ページ)

▽ハクサイの軟腐病、キュウリの褐斑病、トマトの葉カビ病、イチゴの炭そ病に苦土石灰の葉面散布、水溶液散布(56ページ)。

▽ネギの小菌核腐敗病に石灰(粒状消石灰)の表面施用(62ページ)

▽イネのイモチ病に有機石灰の葉面散布・上澄み液散布(68ページ)

▽ジャガイモのソウカ病に消石灰追肥(70ページ)

▽トマトの青枯病に生石灰の水溶液散布(72ページ)

▽リンドウの灰色カビ病に石灰追肥(硫酸石灰の穴肥)(74ページ)

 石灰追肥として土に施すやり方もあるが、興味深いのは、石灰の粉を直接、葉にかかるように散布したり、水に溶いて散布したりするやり方だ。イチゴの炭そ病予防のために、苦土石灰を葉が真っ白くなるぐらい散布している茨城県の大越望さんは、散布した後、必ずかん水する。上からかん水すると、水と一緒に石灰が流れ落ち、葉と葉の間や地際のクラウン部など、手散布ではかかりにくい部分にも付着する。

 そしてもう一つの特徴は、イチゴの炭そ病の場合を除き、病気が発生したあとでも、それを止める効果が高いことだ。

 ダイコンの軟腐病への苦土石灰の上澄み液散布では、葉っぱのとろけ始めている部分が黒くなってフタを被せたようになり、軟腐病が止まってしまうという。

 キュウリでは、葉の表面が白くなるくらい苦土石灰をかけてみたところ、難病の褐斑病がピタリと止まった。褐色の病斑の跡は残るのだが、病斑のふちが硬く固まって、そこからは広がらないのだという。

 さらに、不思議なことがある。

 石灰を施用して酸性を改良し、pHを中性に近づけると有害なカビ(糸状菌)が減り、細菌や放線菌が増殖しやすくなるといわれている。フザリウムをはじめ多くの病気はカビによるものだから、酸性改良で土壌病害を減らすことができる。しかし、ナス科作物の青枯病やハクサイの軟腐病は細菌病であり、ジャガイモのソウカ病は放線菌による病害で、これらは石灰施用で発生が多くなることが知られている。だが、先にあげた事例ではみごとに発病を抑えている。pHの改良効果だけでは石灰の防除効果は説明できない。どう考えたらよいのだろうか。

病原菌を封じ込める作物の抵抗力

 これまで、石灰の病害抑制効果として、次のようなことがいわれてきた。

▽酸性改良によってリン酸や微量要素が効きやすくなり、また、硝酸化成菌などの微生物が増殖し土壌中の有機物の分解促進・チッソの有効化(無機化)が進む。繁殖した微生物は土壌の団粒化を促して土の物理性を改善し、カビを中心とする有害菌の繁殖を抑制する。いわば石灰の土づくり効果によるものである。

▽石灰施用でカルシウムがよく吸収されれば、ペクチン酸と石灰が結合してできる作物体の細胞壁が丈夫になる。カルシウムが欠乏するとこのペクチン質を主成分とする層が薄くなり、病原菌が侵入しやすくなる。また薄い細胞壁では、糖など低分子細胞質成分が細胞外へ出やすくなり、これらの成分は病原菌の養分になりやすいという。石灰を充分吸収して細胞壁がしっかりしていれば病気にかかりにくくなる。こちらは、石灰の肥料効果によるものである。 

 しかし、これだけではなさそうである。予防効果はこれで説明できても、一度侵入してきた病原菌を封じ込めてしまう現象は説明しきれない。

 以前から、病原菌が体内に侵入してきたとき、作物はこれに対抗するために、過敏感反応を起こしたり抗菌物質を生成することが知られている。過敏感反応とは、病原菌が侵入してきたとき、これに冒された細胞を取り囲むように壁をつくって封じこめようとする反応である。この壁が見えるようになったのが病斑だ。そしてこの壁を打ち破って広がろうとする病原菌に対しては、ファイトアレキシンと呼ばれる抗菌物質をつくって賢明に防ごうとする。抵抗性品種は一般に、こうした抵抗力を発揮する能力が高い。  

 そして、この病原菌と作物のせめぎ合いに、カルシウムが大きく関わっているようなのである。

石灰は作物の抵抗性を誘導する

 これについて、渡辺和彦氏(元・兵庫県農林水産技術総合センター)は、カルシウム含量が高いトマトに青枯病菌を接種しても発病しないという試験(注1 山崎浩道ら・野菜茶試)に注目しながら、「宿主の抵抗反応におけるシグナル伝達や、菌の増殖・移行の制御に水溶性カルシウムが何らかの形で関与していると考えられる」と述べている(注2、以下同様)。

 病原菌のような外部からの刺激に対し、次のような現象が起きることが、最近注目されている。

 植物体のカルシウムは通常、細胞外の細胞壁や液胞中に多く存在し、細胞質内にはごく少ない。ところが、病原菌の侵入などの刺激が加わると、細胞外や液胞中に貯蔵されていたカルシウムがどっと流れ込み、わずか1〜2分で細胞質内のカルシウム濃度が100倍以上になるという。そのカルシウムやカルシウムと結合したタンパク質が各種の酵素を活性化させ、抵抗性を発現させると考えられているのである。

 「一般の植物個体でも細胞質外のカルシウム濃度が高ければ、細胞質内へのカルシウム流入が多くなるのは当然で、作物の病害抵抗性発現がカルシウムにより強化されるのは予想できます」と渡辺氏。さらに「イネのイモチ病における過敏感反応に、カルシウムイオンが情報伝達に重要な役割を果たしているとの研究もなされている」という。

 こうした抵抗性の付与、誘導はケイ酸でも確かめられているが、ケイ酸吸収が少ない多くの作物ではカルシウムが、抵抗性に大きく関与していると渡辺氏はみている。そしてカルシウムの葉面散布が、なんらかの形で抵抗力発現に関与していることは充分に考えられる。

 ハクサイの根こぶ病に対し、炭酸カルシウムの懸濁液(25倍)を定植後、株元にかん水すると大きな効果があるという報告もある(和歌山地域普及センター)。定植直後、根こぶ病菌は盛んに作物への侵入を試み、中には食い込むものもいるだろう。そんな根と根こぶ病菌とのせめぎ合いに、この懸濁液はどう作用しているのか。土壌にも充分カルシウムはあるのだから、この懸濁液に作物が直接触れることの効果、これによる抵抗性誘導が関わっていると考えたほうが、スジは通る。

石灰は総合的に効く

 石灰には、直接的な殺菌・静菌効果もある。

 鳥インフルエンザが発生したとき、消石灰散布で鶏舎やその周囲が真っ白になっていく光景がテレビから流された。高pHの石灰には溶菌・静菌効果がある。先に紹介したネギ畑への石灰の表面散布は、地表の病原菌を溶菌し、土の表面にいる病原菌がハネ上がって作物に付着するのを防ぐ効果も大きい。白い色を嫌う害虫も多く、表面施用には害虫防除というおまけまである。葉への石灰散布にも高pHによる溶菌効果があるだろう。

 こんな溶菌効果もある。石灰を施用すると土壌中の水溶性チッソが増加し、これに刺激されて休眠状態の病原菌の厚膜胞子が発芽する。しかしこの発芽管はアルカリ下では溶解するものが多く死滅する。こうしてラッカセイ、トマト、ピーマンなどの白絹病菌は、消石灰や炭カル施用によって死滅速度を早めることが知られている。消石灰が直接、病原菌の菌核(厚膜胞子)に接触するように散布したほうが効果は高いという。

 土つくり効果、肥料効果、抵抗性誘導効果、溶菌・静菌効果、石灰はいろいろな形で病気に効く。この総合力を上手に生かして、金をかけずに病気を防ぐのが「石灰防除」の醍醐味である。

 葉面散布した石灰も、土に表面散布した石灰もやがて土に入り、肥料になり、土壌改良剤になる。土壌改良剤としていきなり土に入れるだけではもったいない。直接的な防除効果を生かしながら、土もよくしようとする巧みなやり方が「石灰防除」なのだ。

「石灰防除」で土もよくする

 日本は石灰の原料となる良質の石灰石に恵まれており、石灰は国内で自給できる数少ない資源の一つである。その利用量は工業なども含め、年間で生石灰750万t、消石灰約250万t。そして石灰岩の多くはサンゴ礁など生物起源のものである。

 農業ではもっぱら土壌改良材や肥料として使われ、その一部は石灰ボルドー(石灰と硫酸銅を混合したもの)や石灰硫黄合剤(石灰と硫黄の混合)などの農薬にも利用されてきた。この古い農薬は価格が安く、カビにも細菌にも効き、使用回数制限もなく、JAS有機でも使える。収穫物に白く石灰が残り、いかにも「農薬をかけた」という姿になって嫌われるという難点があるが、この石灰分が抵抗性誘導に関与している可能性は充分にある。

 このように、石灰は日本の農業に大きな貢献をしてきたが、その一方では、さまざまにその害について取りざたされてきた。本誌でも、石灰のやりすぎによるアルカリ化の危険性や、カリ、苦土とのバランスが崩れている状況について警告してきた。 

 石灰は土を硬くすると心配する農家もいる。

 石灰は古くから、土質を安定させる資材として活用されてきた。中国の万里の長城では黄土を石灰で処理したものが使われ、古代インドでは粘土を石灰モルタルで固めてダムを建設し、日本では“たたき土”として土間の床などに使われてきた。そんなことが、石灰は土を硬くするという気持ちの背景にあるのかもしれない。

 そしてたしかに、石灰には土をやせさせる可能性が潜んでいる。石灰施用で有機物の分解が進み、微生物の活動が活発になり、チッソの無機化が進む。それが作物の生育をよくするわけだが、それは有機物が消耗し、地力が低下する過程でもある。水田に石灰を連年多量施用すれば有機物含有率の低下など土壌肥沃度がおちてくる。“石灰は親を富ましめ、子を貧しめる”ゆえんである。

 江戸時代後期、水田で石灰施用が盛んになったのは、石灰は干鰯(ほしか)などと比べると安いうえ、イネの生育がよくなり、害虫がつきにくいという経験を農家がもっていたからである。これに対し、多くの藩では石灰が米質を粗悪にし、地味を悪化させるとして、使用を禁止あるいは制限した。ワラをすべて持ち出す当時の水田で、石灰によるチッソの無機化効果に依存することは地力低下を招く恐れがあり、多くの篤農家もその危険性を訴えた。

 石灰をどう使うかは、農家の腕のみせどころである。

 石灰防除での施用量は、土壌改良に使う場合に比べるとかなり少ない。防除や肥料として生かし、その結果、土壌改良にもなる、ということを基本にし、酸性害が問題になる場合にのみ土壌改良として石灰を使うという考え方のほうが、石灰のやりすぎを防ぎ、有効活用する道といえる。

 有機物と石灰の関係も重要である。

 先に紹介したトマトの青枯病の試験では、カルシウム含量の異なる堆肥を施用し、その結果、カルシウム吸収は堆肥のカルシウム含量に応じて顕著に増加し、それに応じて青枯病も抑制されたという。これについて「有機物と共存しているカルシウムは吸収されやすい。この場合は有機物による水分保持力も関係している」と渡辺和彦氏は述べている。

 昔から、堆肥づくりに石灰チッソや過リン酸石灰が使われてきた。堆肥の発酵をうまく進めるためだが、それが石灰が効きやすい堆肥つくりにもなっていた。発酵によって生まれる有機酸と石灰が結びついて効きやすい有機石灰がつくられる。有機物を補給しつつ石灰も生かし、土をよくしていく伝統的な方法といえよう。石灰は、地域の有機物利用、有機物循環を支える資材としても活用されてきたのである。

 そんな伝統に学びながら、これに防除効果をあわせもつ、現代の石灰利用を発展させたい。「安くてよく効く」、そして土もよくなる“石灰防除”の工夫を積み重ねていこう。

(農文協論説委員会)

(注1)山崎浩道「Ca栄養条件と病害抵抗性」(農業技術大系『土壌施肥編』第2巻 収録)

(注2)渡辺和彦著『作物の栄養生理最前線 ミネラルの働きと作物、人間の健康』(農文協刊)1600円

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