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農文協トップ主張 2008年6月号

石灰防除とポジティブリスト制
農家の防除は豊かに進む

目次
◆「石灰防除」の大きな反響
◆石灰防除はなぜおもしろいか
◆ポジティブリスト制から丸2年たって
◆「食の安全」の怖い面
◆「農家の技術」が「地域コミュニティ」を支え、担う

「石灰防除」の大きな反響

 昨年6月号では「安くてよく効く石灰防除」、10月号では「病気に強くなる肥料 石灰」を特集した。土壌改良剤であり肥料でもある石灰を、粉のまま葉にかかるように散布したり、水に溶いて散布したりして、防除にも生かそうというこの提案が、大変大きな反響を呼んでいる。

 納屋にいつでもある身近な石灰が防除にも使える。なんたって断然安い。これで病気が防げるならこんなうまい話はないが、大丈夫だろうか。こうして「石灰をかけても葉は焼けないか」「どのくらいかけたらよいのか」など、編集部に問い合わせが相次いでいる。

 そこで、編集部では読者の皆様にアンケートをお願いすることにした。記事を読んで早速ためした農家が多いようで、その体験をお寄せいただき、石灰防除の効果やその上手なやり方を深めたいと思ったのである。

 お寄せいただいた100通以上のアンケートを整理したところ、「効果あり」が75%、「効果はあるがやや問題あり」が9%、「わからない」が16%であった。効果があった作物も対象病害も多様で、ネズミやナメクジにも効果があったという人もいる。病気が防げるだけでなく、「イネが硬くなって手刈りするにもうんとラクになった」「困っていたニンジンの割れがめっきり少なくなった」など、作物の生育が変わり、品質がよくなったという声も多い(本号52ページ)。

「今までとは違った肌のよいきれいなジャガイモが収穫でき、すごくうれしかった」と、岩手県の高見洋子さん。アンケートの末尾に「ペンを握ることが苦手で重荷になり、考え考えているうちに遅くなりました。あまりにジャガイモの出来がよかったので、思い切って書かせて頂きました」という言葉を添えてくれた。

「効果がわからなかった」という声や、「果実が白く汚れた」などの問題を指摘する人もいたが、そんな皆さんも「今年はぜひやってみる」「効果があがる方法を何としても知りたい」と大変意欲的、それほどに「石灰防除」には大きな魅力が秘められているのである。

石灰防除はなぜおもしろいか

 石灰防除の魅力は、いつも使っているなじみの資材で病気が防げ、しかも断然安上がりなことにある。だが、それだけではない。肥料である石灰が病害虫に効く仕組みは複雑で、石灰資材の種類や使い方、作物や条件によって効果の現れかたも違ってくる。工夫の余地が大いにあって、そこが石灰防除の面白さだ。

 なぜ、石灰が効くのだろう。いろんなことが考えられる。

 まず、高pHの石灰には溶菌・静菌効果がある。葉面散布は葉面に付着した病原菌の拡大を抑え、土壌への表面施用は地表の病原菌を溶菌し、土の表面にいる病原菌がハネ上がって作物に付着するのを防ぐ効果も大きい。白い色を嫌う害虫も多く、表面施用には害虫防除というおまけまである。

 次に石灰の肥料的効果。カルシウムが作物によく吸収されれば、ペクチン酸と石灰が結合してできる作物体の細胞壁が丈夫になり、病原菌が侵入しにくくなる。

 さらに最近注目されているのは、「作物の抵抗性を誘導する」効果である。作物には、病原菌が体内に侵入してきたとき、病原菌に冒された細胞を取り囲むように壁をつくって封じこめようとする過敏感反応や、この壁を打ち破って広がろうとする病原菌に対して抗菌物質をつくって防ごうとする力があることが知られているが、石灰はこうした作物の病害抵抗力を強める。作物のもつ抵抗力が誘導される際に、石灰は重要な働きをしていることが明らかになってきている。

 石灰防除では使う量は少ないが、それでも土づくり効果は得られる。酸性改良によってリン酸や微量要素が効きやすくなり、また、微生物の活動が活発になる。繁殖した微生物は土壌の団粒化を促して土の物理性を改善し、カビを中心とする有害菌の繁殖を抑制する。

 溶菌・静菌効果、肥料効果、抵抗性誘導効果、土づくり効果、石灰はいろいろな形で病気に効く。そして、葉面散布した石灰も、土に表面散布した石灰もやがて土に入り、肥料になり、土壌改良剤になる。石灰をいきなり土に入れるだけではもったいない。直接的な防除効果を生かしながら、土もよくしようとする巧みなやり方が「石灰防除」なのだ。

 アンケートでは、「石灰は土を硬くするのではないか」と心配する声もあった。石灰は有機物の分解を進め養分の有効化を進める働きがあるが、それは、有機物が消耗していくことでもあり、こうして土がやせる心配がでてくる。しかし、石灰防除で使用する量は少なく、問題にはならないだろう。

 石灰と有機物は深い関係にある。昔から、堆肥づくりに石灰チッソや過リン酸石灰が使われてきた。石灰を混ぜることで発酵を促し、良質の堆肥をつくるとともに、発酵によって生まれる有機酸と石灰が結びついて効きやすい有機石灰がつくられる。有機物を補給しつつ石灰も生かし、土をよくしていく伝統的な方法だ。石灰は、地域の有機物利用、有機物循環を支える資材としても活用されてきたのである。

 そんな、多様な働きをもつ石灰だからこそ、使い方も多様になる。どの石灰資材を選び、いつ、どのように散布するか。農家それぞれに工夫して、使いこなすほかはない。農薬は決まった使用法を厳守することが大事になるが、石灰防除はそれぞれの農家の工夫が命である。自分の田畑や作物にあった使用法を見つけるには観察眼も求められる。そこが難しいし楽しい。そんな農家の工夫や知恵を学びあいたい。そんな気持で、アンケートにもとづく今月号の「石灰防除、100人に聞きました」を編集した。農家の技術は個性的・地域的だから互いに学べる。互いに学んでそれぞれの工夫をより豊かにしていく。個性・地域性が豊かになる「方法」を技術として提供したい。それが「農家がつくる『現代農業』」の使命だと考えている。

ポジティブリスト制から丸2年たって

 さて、話は変わるが、2006年5月から「ポジティブリスト制」という法律が施行されている。この法律によって、国内外で使われているすべての農薬・動物用医薬品・飼料添加物(以下、「農薬等」)について残留基準が設定され、個別に残留基準が設定されていない成分の場合には、0.01ppmという一律基準が適用された。この基準を超えた作物は流通禁止の措置がとられるが、ポジティブリスト制が施行されて2年、月に2〜3件の割合で国産作物の基準値オーバーによる出荷停止が発表されており、栃木県のイチゴでは、直接的な損害だけでも1億3000万円以上といわれるような大きな損害を出した。西田立樹氏は、この間の残留農薬基準違反の事情を報告しながら、次のように述べている(本号236ページ)。

「(残留農薬の)問題が発生した後、必ず『基準値を超えていますが、食べても健康に被害を及ぼすことはありません』と行政から発表されます。問題ないのに、なぜ出荷停止や回収廃棄を行なわなければならないのか? この単純でもっとも重要な質問に、誰からも明確な答えはありません。

 そもそも残留農薬基準値は、毎日食べているいろいろな食材から、農薬を長期にわたって口にしたとしても健康被害が出ないようにするという考え方がもとになっています。ですから、基準値を超えた食材を一つ口にしたとしても、まったく問題ないのです。問題がないものを廃棄してよいはずがありません。

 EUなど外国では、基準値を超えると当該農家に指導が入りますが、安全上問題がなければ作物は回収されません」

 さらに、基準値オーバーで問題となった作物には比較的マイナーな葉もの野菜が多くを占めており、これらの一律基準値を緩め、さらに「同じ農薬でも作物ごとに基準値がバラバラなのはわずらわしいうえに意味がないので、作物群をもっと大胆にまとめるべきでしょう」と提案している。

 いま、農薬残留が食の安全性を脅かしている、という状況にはない。中国ギョーザ事件の場合も、検出された農薬(メタミドホス)の濃度は極めて高濃度で、農薬散布による残留農薬ではないのは確かだ。

 残留農薬で心配になるのは、隣接する作物への農薬の飛散だが、これも、食の安全性を脅かすことは考えらない。むしろ、飛散防止は農家のためにこそ必要である。飛散が多いということは、農薬をムダ使いしていることであり、さらに、散布する人への飛散も多いということである。農薬の最大の被害者は農家であり、その被害は、空中に漂う農薬からくる。自分の健康だけでなく、周囲に農薬が漂うのは地域の人々にも気分がよいことではない。そこで今月号でも、静電防除やキリナシノズルなど、飛散の少ない、農薬がムダにならない防除法を紹介した。静電散布は葉裏にも農薬がよく付着し、薬液が半分でよく、後進散布すれば身体にかかる薬液はほとんどない(本号175ページ)。

「食の安全」の怖い面

「食の安全」は大変大事なことである。しかし、「食の安全」を一面的に、機械的に強調することには、実は、怖い面がある。

 先月号でふれたが、中国一の野菜産地である山東省では近年、日本向けの野菜生産から小農家が排除されている。中国の零細農家が栽培した作物は農薬の使用回数などの監視の目が行き届かないとの理由で、仲買人が買い入れを拒否するようになったからである。こうして零細農家はやむなく、輸出企業の直営農場の農業労働者や、日本向け冷凍食品をつくる食品工場の労働者として働くことになる。

 消費者の「食の安全」への関心の高まりが、輸入農産物離れ、国産農産物への志向を促しているのは確かである。しかしたとえば中国では、ギョーザ事件以降、検査体制を急速に強めており、「食の安全」が輸入の歯止めになる状況も一時のことであろう。

 長野の酪農家・小沢禎一郎さんが、かつての「のどかな酪農」をふり返りつつ、こんなことを書いている。

「牛乳は安全なものという前提があったのだろう。搾った牛乳は井戸水、川で冷却して集乳所へ。そこで簡単なアルコール検査をするのみだった。

 このような酪農は、(昭和30年、森永乳業の粉ミルクに砒素が混入した)砒素ミルク事件で一変する。被害者が粉ミルクを飲む赤ちゃんであり、今も後遺症が続く大事件となってしまった。これを契機に、牛乳の安全性への取り組みが強まっていったのである。

 その後、酪農家は、細菌数検査、そのための乳温冷却バルククーラーの設置を義務づけられ、牛乳成分検査、抗生物質検査、と速やかに実施されていった。事の始まりは一乳業工場での砒素混入であったが、牛乳は危険という風評をなくし、消費拡大の名目で、バルククーラー設置を義務づけられ、これを契機に60戸あった村の酪農家は3戸に減ってしまった。現在では、わが家のみである」(『現代農業2002年11月増刊』「スローフードな日本!」より)

「安全」を確保するために高額の設備が必要になり、その経費をまかなうために頭数を増やし、日本の酪農は輸入飼料に大きく依存せざるをえなくなっていったのである。

 あくなき「安全」を求め、その一方で「きれいな野菜」を求めるなら、無菌状態の閉鎖的な空間で完璧な衛生管理のもとに栽培する、という姿にいきつく。そこには、自然を相手に工夫を重ねる農家の姿はない。

 各地で賑わう直売所は、「安全」が一人歩きしない「安心の世界」である。もちろん農家は、買ってくれる消費者を思い浮かべて安全なものをと工夫しているが、そこでは「農薬を何回かけたか」といったお客とのやりとりはほとんどない。「顔の見える関係」から生まれる安心感が支配的で、「安全の証明」の必要性はないようなのである。

「農家の技術」が「地域コミュニティ」を支え、担う

 さて、ポジティブリスト制と石灰はなんの関係もない。そもそも石灰はポジティブリスト制が対象とする「農薬等」ではないし、さらに、ポジティブリスト制の施行と同時に適用された「対象外物質」の指定では、「人の健康を損なうおそれのないことが明らかな物質」として65の物質があげられ、そのなかにカルシウム(石灰)も含まれている。同様に、木酢、竹酢、その他農家が使う「自然農薬」も「農薬等」ではないので、ポジティブリスト制とは関係ない。一方、木酢腋ではホルムアルデヒド(発ガン性が指摘されている)が心配されているが、過大な仮定のもとの試算でも、その残留が生鮮キュウリに天然に含まれる濃度の半分以下で、農作物の安全性に影響するレベルではないとされている(2007年6月号116ページ)。

 しかし、「ポジティブリスト制にひっかかる恐れはないから、石灰を大いに使おう」というわけでもない。

 ポジティブリスト制や農薬取締法の改正で、農家が農協や指導機関が指示する方法でしか「防除」をやらない、やれない、ということになってはおもしろくない、と思うのである。

 農家の工夫が存分に発揮され、それゆえ学びあいや交流が活発になる。そんな防除法が石灰防除である。石灰防除に限らず、自然農薬も土着天敵の活用も、農家の知恵の交換が楽しい防除法である。

 最近、話題になっている大潮防除。「月のリズムで暮らす村」をめざす長野県泰阜村では、害虫は満月に産卵孵化するので、その4〜5日後にたたく、病気は新月の栄養生長に傾くころに発生しやすいので、その前に葉面散布や防除で対処する、という目安のもと、大幅な減農薬を実現している(前号5月号145ページ)。そんな防除の目安になる見方や道具こそ豊かにしたい。

 かつて、稲作の減農薬運動をリードしたのは、田んぼごとに違う害虫の発生のようすを自分で調べる「虫見板」という道具であった。最近では雨量計が「平成の虫見板」として人気がでてきた。農薬の残効は雨の量によって変化するもので、自分のところの雨量がわかれば、防除時期を判断する大きな武器になる(本号200ページ)。

 規制強化や「食の安全」で防除が画一化しせせこましくなるのではなく、農家の判断や工夫が発揮される楽しい防除法をどんどん開発していきたい。『現代農業』は、そんな「方法」や「道具」の交流誌なのである。

 産直・地産地消の広がりとともに、田畑や作物の自然力を引き出す「農家の技術」が多様に生まれている。今、肥料も資材も燃料も値上がりしている。こんなときは、金をかけない、ムダを省く、自分でやる、小さくやる、力をあわせることが大事だ。そんなやり方は楽しいし、人と自然、人と人を結びつける力がある。農家の技術は、「地域コミュニティ」を支え、担う。農家の技術が、地域住民・都市民を惹きつける。

(農文協論説委員会)

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