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農文協トップ主張 2019年3月号

家族農業の時代が始まった
国連「家族農業の10年」と「小農の権利宣言」が意味するもの

 目次
◆TPPへの怒りをあきらめない
◆TAGという言葉は政権の捏造語
◆国連総会での「小農の権利宣言」の採択の意味
◆「家族農業の10年」が目指すもの
◆「小農」「自営」が地域と働き方を変える

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TPPへの怒りをあきらめない

 2018年12月30日、米国を除く11カ国による環太平洋連携協定(TPP11)が発効した。2月には欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)も発効する。昨年9月末の日米首脳会談で決まった「日米物品貿易協定」(TAG)交渉もまもなく始まろうとしている。

 2010年10月1日、菅直人首相(当時)が突如「TPP交渉への参加検討」を表明して以来、8年余りの月日が流れた。この間、政権は民主(当時)から自公に移り、東日本大震災・福島第一原発事故をはじめ大きな出来事を経て、ついにこの日がやってきたという思いがする。TPP11とEPA、TAGは三位一体のものであり、米国を含む当初のTPPが、より徹底した形で実現されつつある。

 日本政府がTPP交渉への参加を検討し始めた2010年の年の瀬、農文協は経済学者の故・宇沢弘文氏をはじめとした論客を集め『TPP反対の大義』を緊急出版した。翌2011年4月には『季刊地域』で「TPPでどうなる日本?」を総力特集し、TPPが農業のみならず国民生活の多方面に与えるマイナスの影響を明らかにした。

 この間宇沢氏を代表世話人とし、生活クラブ生協やパルシステム生協連、大地を守る会などの消費者団体が賛同して「TPPを考える国民会議」が結成され、反TPP運動は燎原の火のごとく全国津々浦々で展開された。地方では岩手県や長野県中川村のように、農協や農業関係者だけでなく、建築業者や生協などが結集して反対運動が展開された自治体もあった。

 こうして大いに盛り上がった反TPP運動が、いまや見る陰もない。マスコミの取り上げ方も少ない。テレビや大手新聞はせいぜい、「チーズやワインがどれだけ安くなるか」という大都市の消費者の目線でTPP11やEPAを取り上げるばかりである。

 ただ急いで言っておけば、筆者はここで「国民の意識の低さ」を嘆こうとしているわけではない。もちろん、諦めることは安倍政権の思うつぼであり、けっして(広い意味での)TPP反対を諦めてはならない。しかし、そうかと言って「TPP反対」をただただ唱え続けるのも芸がない。

 もう少し別の角度から「世界」の潮流に目を向けてみてもいいと思うのだ。TPPに代表されるような飽くなき自由貿易推進、“生産力の低い”農林漁業のような産業は撤退させて、より効率よく、という路線は、果たして世界全体の潮流なのだろうか。

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TAGという言葉は政権の捏造語

 そのことを考える前に、まずはTPP11発効後の焦点となっているTAGについておさらいしておこう。そもそもTAG(Trade Agreement on goods=物品貿易協定)なる言葉そのものが、安倍政権の捏造語であることは、このたび緊急出版した『TAGの正体』(JAcom農業協同組合新聞と農文協の共同編集)のなかで多くの論者が明らかにしている。9月の安倍・トランプ会談で交渉開始に合意した貿易協定をTAGと呼んでいるのは日本側だけで、トランプ政権の中枢にいるペイン副大統領ですら、この会談の直後に「歴史的な日米FTA(自由貿易協定)交渉開始を決定した」と明言していたほどなのだ。

 日本側にはこれをどうしてもFTAと認めたくない事情があった。それは、TPP11を批准するに際し、米国抜きに交渉を進めれば、結局米国と二国間自由貿易協定をTPP以上の水準で結ぶハメになるのではないかと危惧する声があり(政治的・軍事的に米国に依存している日本はサシでの交渉では不利になるから)、それに対して安倍政権は、「TPP11は米国をTPpに引き戻す戦術であり、日米二国間でFTA交渉に入ることはない」と言い続けてきたからだ。今回交渉開始が決定したのは、あくまで物品に関する貿易協定であって、サービスや金融などを包括的に扱うFTAではない、と言い募っているわけである。しかし、共同声明には「物品、サービスを含むその他の重要分野」と「他の貿易・投資の事項」の二段階で日米貿易協定交渉をすすめることが明記されている。これをFTAと呼ばずして、何をFTAと呼ぶというのだろうか。

 昨年9月の日米首脳会談で安倍首相はTAG交渉の間は自動車の関税を引き上げないという約束をとりつけたとアピールしている。このことをもって、「農業を犠牲にして自動車を守った」という声も農業界から上がっているが、そのようなとらえ方は狭いと『TAGの正体』で田代洋一氏(横浜国立大学名誉教授)はいう。詳しくは本書を読んでほしいが、TAGではISDS条項(投資家と国家の紛争解決にかかわる条項)や円安誘導を禁じる為替条項、医薬品や広範囲の知的財産保護など、国民生活全般にかかわる事柄が米国にとって利益のある方向で議論されていく。

 BSE対策として実施されてきた米国産牛肉の輸入制限は4月にも撤廃されることがすでに決まった。米通商代表部の報告書には日本の貿易障害として、原料原産地表示制度や収穫前後の防かび剤の使用制限などが列挙されている。遺伝子組み換え食品の表示を含め、食といのちにかかわる日本の政策が骨抜きにされていく可能性は高い。

 そして、TPP11とEPA、TAG(内実は日米FTA)という貿易協定と「規制緩和」という名の国内での法改正は表裏一体で進められていくだろう。このことは種子法廃止の経緯を見ても明らかだ。そこで不利益をうけるのはなにも農家ばかりではない。

 もう一つ注意が必要なのは、「悪いのは巨大企業の利益を代弁する米国で日本はもっぱら被害者」なのかということだ。『TAGの正体』のなかで内田聖子氏(アジア太平洋資料センター共同代表)はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉の場で日本が医薬品特許の保護延長や、植物の新品種の知的財産権の保護に関する国際条約の批准の義務付けを主張し、インドやタイ、ラオスの民衆から反発を受けていることを報告している。他の国々との間で、企業の活動がやりやすいように貿易交渉を誘導しているのは日本も米国と同じなのである。

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国連総会での「小農の権利宣言」の採択の意味

 ここからは、世界の潮流を別の角度からみてみよう。TPP11発効の少し前、真逆の方向のニュースが舞い込んできた。2018年12月18日、国連総会で「小農と農村で働く人びとの権利宣言」が採択されたのだ。

 この「小農の権利宣言」は家族経営など小農の価値と権利を明記し、国連加盟国全体に、小農を評価し、その生活水準を保つことやそのための財源確保や投資を促すという画期的な内容である。この宣言については日本ではほとんど知られていないし、国連総会での採択についてすら、大手マスコミは黙殺している。しかし、2008年に国境を超えた農民運動組織ビア・カンペシーナが世界中の小農リーダーをインドネシアに集めて、この宣言の元をつくって以来、国連人権理事会などでの10年にわたる議論を経て、ついに国際社会を動かす潮流となったという事実は重い。

 ちなみに、採決の結果は賛成121、反対8、棄権54。中南米やアフリカ、アジアなど、途上国の多くが賛成したのに対して、反対は英国、米国、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、スウェーデン、ハンガリー、グァテマラ。これらの国々に追随してヨーロッパの多くの国々が棄権に回った。残念ながら、日本も棄権に回った国のひとつである。

 国連総会に先立つ国連人権理事会での議論の過程では、宣言に絶対反対が米国、宣言策定には反対しないが文言を限定しようとしたのが英国やEUの国々だったという。

 宣言は小農と農村に働く人びとが保証されるべき権利として、以下をあげている。生存権、生活の質の向上への権利、結社や自由な意見を表明する権利、土地とテリトリーへの権利、価格と市場を決める自由、農業生産の手法への権利、種子と伝統農業の知と慣行への権利、情報と農業生産への権利、地元農業価値の保護、生物多様性の権利、環境を保全する権利、正義への権利……。男女平等や協同組合の支援も謳われている。

 このうち、宣言に反対する国々の攻撃対象となったのが、「小農の権利宣言」のなかの、「食料主権」「集団的権利」「土地・自然資源への権利」「種子への権利」にかかわる条文である。そこには食料輸出国の論理や巨大アグリビジネス企業の利害が見え隠れする。日本政府が棄権した理由について外務省は「農村の人々の権利は既存の仕組みの活用によって保護される。固有の権利があるかについては、国際社会での議論が未成熟」と説明する(『日本農業新聞』2018年11月22日付)が、実際は米国やオーストラリア、ニュージーランド(TPP11に参加する食料輸出国でもある)などの国々に忖度した結果ではなかったか。

 しかし、途上国を中心とする多数の賛成国は、たとえば「種子への権利」が知的所有権を侵害すると修正を求める米国、EUなどに対して、人権は知的所有権より上位の権利であると、毅然として主張を退けたという。

 もう一つ重要なのはこの宣言が「小農と農村で働く人びとの権利宣言」というその名の通り、林業、漁業、伝統工芸やその他の関連産業など、小農を取り巻く多様な職業の人びとの権利を保障しようとしている点である。そこには小農は世界の農業と農地を担っているだけでなく、「地域社会に根ざす存在であり、地域の景観とアグロエコロジカル(農業生態的)なシステムを保全する」という見方がある。

 小さな農業を核として関連する自営業を配置する――この農村政策は日本にも通じるものである。このことはあとで考えよう。

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「家族農業の10年」が目指すもの

 すでに、国連は国際家族農業年(2014年)の啓発活動を10年延長し、2019年〜2028年を国連の「家族農業の10年」とすることを決めている。この提案は中米のコスタリカが発議し、国連総会で全会一致で可決された。ここでは日本も104国の共同提案国に名を連ねている。今後10年、国連加盟国に対して、家族農業を中心とした農業政策の策定を求める国連の啓発活動が続けられ、各加盟国は政策対応を求められることになる。世界の農政の転換を促すこれまた画期的な決断といえよう。

「小農の権利宣言」の国連総会での採択と「家族農業の10年」設置は軌を一にしている。「小農の権利宣言」が掲げるアグロエコロジーや種子への権利、土地への権利、食料主権の概念が国際的に認知され、国連での採択に向けた動きがはじまったのは2008年頃。ちょうどこの頃に、「家族農業の10年」のもとになった「国際家族農業年」設置の動きも始まった。

「国際家族農業年」が定められた背景には次のような事情がある。すなわち、第二次大戦後進められてきた農業近代化や1980年代以降の新自由主義的なグローバリゼーションや構造政策がもたらした負の側面として、貧富の差の拡大や小規模家族農業の経営難、高齢化と離農、移民、スラム形成などが指摘された。さらに1990年代以降は多国籍企業の国際的規制が緩和されるなかで、土地や種子、水などの自然資源をめぐって多国籍企業や国家による新たな囲い込みがおきている。

 さらに、2007年から2008年の世界的な食料危機を受けて、既存の農業政策・農村開発政策の批判的な検討が行なわれ、それらの政策からの方向転換をはかる機運が国連機関や国連加盟国間で高まっていったのである。

 注目したいことは、家族農業を基本にした農業政策・農村開発計画への方向転換は国連の持続可能な開発目標(SDGs)とも密接にかかわるということである。

 家族農業はSDGsが掲げる貧困や飢餓からの脱却、気候変動への対応、海洋資源や陸上資源の保護や持続可能な利用、持続可能な生産消費形態、男女間の平等や社会的不平等の是正といった事柄において、大きな役割を果たす。

 TPPへの参加表明の直後、当時の民主党政権の前原誠司外務大臣は「GDPにおいて1.5%しかない第1次産業を守るために、98.5%が犠牲になっていいのか」と述べた。GDPという指標だけからみれば、たしかにその通りだが、小さい農業にはもっと大きな役割があり、その価値に国際社会は気付きつつある。

 いま国内では企業がさかんにSDGsに沿った企業活動を喧伝しているが、SDGsをそのような企業のイメージアップ戦略に矮小化してはならない。SDGsの実現が、家族農業を守り、発展させることと切っても切り離せないことは、いまや世界の常識なのである。

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「小農」「自営」が地域と働き方を変える

 2019年からはじまる「家族農業の10年」は小農と地域で働く人びとが結束して、仕事のあり方、地域経済のあり方を変える10年にしたい。哲学者の内山節氏は「働き方改革」というなら、なにより一人ひとりが誇りをもてるような仕事を生み出すべきだという。そこでは、これまでの社会の流れとは逆に「会社に雇われて消費する人びと」が中心となるのではなく、「自営して暮らしの糧をつくり出す人々」が中心となる社会への転換をはからなければならない(『東京新聞』2018年2月11日付)。その中心となる仕事は、食品やエネルギーといった暮らしの基盤を地域内で自給し循環する仕組みをつくっていくことだろう。

『田園回帰1%戦略』の著者藤山浩氏(一般社団法人持続可能な地域社会総合研究所 所長)は新刊『「地域人口ビジョン」をつくる』(農文協)のなかで、「21世紀の石高制」を提言している。江戸時代には「石高制」というのがあって、石(=大人一人が1年間暮らせる米の量)で大名の所領の大きさ(=年貢の量)を表わしていた。これは地域の潜在的食料自給力とみなされる。実際に江戸時代の石高と比べてみて、3000石のところに現在は1000人しか住んでいないとすれば、あと2000人分は持続可能な形で食料を供給する余力があるとみることができる。同様にエネルギーもどれだけ余力があるか調べてみる。中山間地域ほど、水力や風力発電など、自然エネルギーの開発余力がある。「家族農業の10年」が求めるアグロエコロジカルな地域づくりとは、小農と「地域で働く人びと」が力を合わせて、新しいテクノロジーも活かしながら、食とエネルギーを軸に仕事をつくり、持続可能な社会をつくっていくことなのだ。また、こうしたことを推進していくことこそがSDGsを実現する道でもある。

 農文協から3月はじめに発売される『よくわかる 国連「家族農業の10年」と「小農の権利宣言」』は、世界が家族農業を見直してきた意味をQ&Aも含めて整理し、「小農の権利宣言」の全文訳と解説も収録している。編集したのは、国連「家族農業の10年」の日本における公式サポーターである「小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン」。読むと元気が出ること請け合いだ。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2019年3月号
この記事の掲載号
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「地域人口ビジョン」をつくる 『図解でわかる 田園回帰1%戦略「地域人口ビジョン」をつくる』藤山浩 編著

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