主張

新しい農村政策と「みどり戦略」の一体化で地域と地球の未来をひらく

 目次
◆基本計画の具体化が始まった
◆焦点は半農半X、農山漁村発イノベーション
◆地域政策が変われば産業政策も変わる
◆みどり戦略は基本計画と一体のもの
◆必要な技術は農家にある、地域にある

基本計画の具体化が始まった

 6月4日、たいへん心強い報告書が農水省から公表された。表題は「地方への人の流れを加速化させ持続的低密度社会を実現するための新しい農村政策の構築――令和2年食料・農業・農村基本計画の具体化に向けて」。副題にあるとおり、昨年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」を具体化する議論を続けてきた有識者による二つの検討会の「中間とりまとめ」という位置づけだ。

 基本計画とは、1999年に制定された食料・農業・農村基本法に基づき、政策に関する基本的な方針を「おおむね5年ごと」に定める重要なもの。2020年3月の新基本計画では、当時の安倍政権下で「農業の成長産業化」に傾斜したものになる恐れがあったが、全国町村会や中山間地域フォーラム、JA全中などの全国組織が相次いで危惧を表明するなどした結果、「半農半X」や「田園回帰」という言葉を織り込みながら「地域政策の総合化」という新機軸を打ち出した。

 今回の中間とりまとめでは、その具体化のために検討してきた内容が明らかにされた。二つの有識者検討会のうちの一つ「新しい農村政策の在り方に関する検討会」の座長を務めた明治大学の小田切徳美教授は、本誌と同時発売の『季刊地域』2021年夏号(46号)でその内容と意義を解説してくれている。また、新基本計画と中間とりまとめにある内容は、『季刊地域』が取り上げてきた記事内容と符合するものであり、最新の46号からも農水省が打ち出した新機軸を体現している実例がよくわかる。ここではそれを読者のみなさんと共有していきたいと思う。

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焦点は半農半X、農山漁村発イノベーション

 小田切先生によれば、基本計画が打ち出した「地域政策の総合化」は、前政権下で農産物輸出や農地集積等の産業政策が強化される一方で地域政策が「空洞化」した、という指摘を受けてのもの。総合化には「しごと」「くらし」「活力」という三本柱があり、その一体的展開を「総合化」とした。なかでも注目されるのが「しごと」で、半農半XやUIターンによる田園回帰の流れを農村に定着させるには、所得と雇用機会という経済的側面がカギになるからだ。農地集積が進むなかで農村人口を維持するには農業以外の仕事が必要になる。そこで、農水省が農林水産分野の枠をはみ出して提起したのが「農山漁村発イノベーション」である。

 イノベーションは一般に「技術革新」と訳されることが多い。最近流行りの「スマート農業」の解説などにもよく登場する言葉で、農業成長産業化路線のにおいがプンプンする。だが、小田切先生はこう書いている。

「イノベーションは、元来は『新結合』というより広い意味であった。それに従い(中略)農山漁村の諸資源、諸テーマの組み合わせによる、しごと創造が目指されているのである」「従来からの『6次産業』を含みつつも、それを超えた概念である。つまり、加工や流通という分野に限らない、産業概念の拡張が意識されている」「本誌(『季刊地域』)にもしばしば登場する『ジビエ』『農泊』『再生可能エネルギー』『廃校跡地利用』などの挑戦を包括的に取り上げ、農村政策として、その拡大や安定化のための政策的対応を宣言したものと言える」

 農山漁村の諸資源と諸テーマの「新結合」で新しい仕事を生み出すことが農山漁村発イノベーション。そして、そのどまんなかに位置付くのが、農業と他の仕事を組み合わせて暮らしをつくる半農半Xだというのだ。『季刊地域』21年冬号(44号)では「兼業農家・多業農家が増殖中!」という特集を組んだが、半農半Xも兼業農家・多業農家もほぼ同義。この特集に限らず『季刊地域』の最近の号には半農半X、兼業農家がたくさん出てくる。

 たとえば46号に登場するのは和歌山県かつらぎ町の猪原有紀子さん。猪原さんは、2年前に新規就農してブルーベリーと原木シイタケ栽培を始める一方、地元に多い果樹農家の規格外品を活用し、小さい子供が大好きな「グミ」に似た食感の無添加ドライフルーツを開発した。グミを泣いて欲しがる長男に、添加物の多いおやつを与えたくなかった自分の葛藤体験が発想のもと。実際の加工作業は、コロナ禍で仕事を減らしていた障害者福祉施設に委託する。同じ悩みを抱える若いお母さんたちの熱い支持を得て売れ行き好調だ。つまり規格外品という地域資源を、子育てや福祉と組み合わせて事業化したのだ。また猪原さんは、就農前に勤めたウェブマーケティング会社で磨いたスキルを活かし、コロナ禍の下、農家向けにインターネット産直のオンライン講座を開講したりもしている。さらに、原木シイタケ栽培は太陽光発電と組み合わせたソーラーシェアリングで売電。現在は「日本一お子様連れを歓迎する観光農園」開業に向け最終準備のまっただ中、という多業ぶりだ。

 日頃『季刊地域』や『現代農業』の編集にかかわるわれわれは、農村から「農家を減らさない」ことを編集方針の柱の一つとしている。その農家とは専業農家だけではなく、むしろ多くは兼業農家である。農村での暮らしを守り農地を維持するには、少数の大規模経営だけでは不可能だからである。農水省の新しい農村政策はわれわれのそんな思いと重なるもので歓迎したい。

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地域政策が変われば産業政策も変わる

 農山漁村発イノベーションは、個人や家族経営だけでなく、会社や組織、グループレベルで地域に雇用を増やす取り組みも含んでいるという。その主体を前述の「中間とりまとめ」では「農村地域づくり事業体(農村RMO)」と名づけた。これは、小学校区単位などで地域課題に対応する組織として各地に誕生している地域運営組織と、営農活動にとどまらない事業を展開する集落営農組織を合わせたようなイメージらしい。なお、基本計画の二つ目の柱「くらし」では「地域コミュニティ機能の維持や強化」を位置づけるが、農村RMOはその主体でもある。

『季刊地域』46号には農村RMOの好事例もある。連載5回目を迎えた「ひっぽの挑戦」の一般社団法人筆甫地区振興連絡協議会(宮城県丸森町)だ。連載の副題に「困りごと解決で培ってきたむらの自治力」とあるとおり、この協議会が地域コミュニティの中核となり、東日本大震災と放射能被害からの復興や獣害対策、農産物や日用品の販売店運営と移動販売、特産品開発などに取り組んできた。そして46号の記事では、デイサービス事業と保育所を始めた「NPO法人そのつ森」と、震災後に遊休地での太陽光発電事業を始めた「ひっぽ電力株式会社」が紹介されている。人口約500人ほどの筆甫地区に次々生まれたこれらの法人組織は、協議会と連携して機能しており、全体として農村RMOの役割を果たしていると言えるだろう。

 また、昨年の新法施行による「特定地域づくり事業協同組合」が各地に急発生していることを伝える記事もある。この協同組合は、一年のうち特定の時期に人手が欲しい事業者が連携して通年雇用をつくり、田園回帰や地元出身の若者の仕事づくりをねらった新しい仕組み。先の中間とりまとめでも、半農半Xや農山漁村発イノベーションを支える存在として期待されている

 小田切先生の記事では、以上のような新しい農村政策の内容を紹介しながら、最後に、それが農政全般にまで影響を与えつつあることを指摘している。具体的には、これまで中心的な担い手の特定化に利用されていた「人・農地プラン」に、「継続的に農地利用を行なう中小規模の経営体」や「農業を副業的に営む半農半X」を実質的な担い手として位置づけたことを挙げている。

 そもそも新基本計画のねらいは、地域政策と産業政策のバランスがとれた農政を確立することにあったという。両者はいわば農政における車の「両輪」。半農半Xとその新しいしごとづくりを地域政策に位置づけたことは、地域政策・産業政策の両輪を結ぶ車軸を太くして両者に好循環を生み出す。中間とりまとめには、従来の大規模経営に加え、半農半Xや農村RMOなど多様な形で農に関わる者を育成・確保し、地域農業を持続的に発展させていく発想が必要だ、ともある。

 農政の潮目が変わった。そう言ってもいいような情勢変化が起きつつあるのだ。

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みどり戦略は基本計画と一体のもの

 ところで先月号の主張で取り上げたのは、30年後の日本の農林水産業を見据えた農水省の「みどりの食料システム戦略」。2050年までに農林水産業のCO排出量実質ゼロ、化学農薬半減、化学肥料3割減、有機農業100万ha(全国の耕地面積の25%)を目指すものだ。『季刊地域』46号にはみどり戦略と基本計画のつながりを指摘する記事もある。

「『みどり戦略』の策定は、新基本計画に多様な経営体の重要性を復活させた人たちによって行なわれており、『大規模化のための技術でなく、篤農家でなくても誰でも農業ができる技術を普及することで、農業や有機農業の裾野を広げ、農村に人を呼び込めるようにしたい』という意図が示されている」

 これは、みどり戦略策定の内情を知る東京大学の鈴木宣弘教授の指摘である。46号の小特集「『みどり戦略』にもの申す」で6人の研究者・農家にコメントを寄せてもらった中の一節だ。

 一方、農的社会デザイン研究所代表の蔦谷栄一さんは、谷口信和東大名誉教授との対談(「みどりの食料システム戦略――夢満載 そのロマンに賭けるべきか、現実を直視すべきか」JAcom農業協同組合新聞、21年5月28日)で次のように語っている。

「基本計画では多発する自然災害や、家畜疾病対策、SDGsへの対応といったことがスローガン的には出ていますが、十分には盛り込むことができなかった。そこですぐに(みどり戦略の)検討作業に入ったということだと思うし、逆に言うと、国際情勢や環境をめぐる情勢からすると、今のような農政だけでは海外に十分に対抗できないということだと思います。(中略)私は基本計画とみどり戦略は一体になっているという理解の仕方がいいという感じがします。やはり担い手の問題も含めた基本的な農業構造の問題は基本計画を前提にしているわけですが、基本計画には盛り込めなかったものがみどり戦略となった」

 みどり戦略は、一見するとスマート農業に代表される「革新的技術・生産体系」(これもイノベーション)オンパレードの印象があるが、それだけではないというのだ。基本計画とみどり戦略が一体化して、豊かな地球環境を維持する持続性のある農業をつくるという見方だ。もしかして、AI(人工知能)やゲノム編集、RNA農薬などの「革新的」な科学技術頼みの戦略に見えるのも、有機農業はもとより農業もよく知らない首相官邸や財務省、経済界などを納得させる〝高等戦術〞なのかもしれない。

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必要な技術は農家にある、地域にある

『季刊地域』46号の「『みどり戦略』にもの申す」では、有機農業を実践する農家のみなさんが、農水省の戦略に足りない内容を当事者としてじつに的確に補ってくれている。

「今まで農水省は、有機は好ましいが普及はなかなか難しいというスタンス。いや、やる気がなかった。それなのに、有機を進める指導者育成もしないまま、一転してこんなことを言い出した。いま1%ぐらいかなあ(実際は0.5%)。それを25%! 本気で言っているのか? 農業者数も増やさんとなあ、1戸の面積も増やさんとなあ……」

 これは山口県田布施町で約6haの田んぼを有機栽培する木村節郎さん。木村さんはアイガモと出合って除草剤なしの米づくりを始め、イネを食害するジャンボタニシに除草させるという逆転の発想で除草剤と完全に縁を切れた。除草ロボットに期待する前に、今や「地域資源」といってもよいジャンボタニシの活用を農水省も本気で考えてはどうか。それに、スマート農業で省人化を進めるより農家を増やすことが先決ではないかとも言っているのだ。

 一方、こちらは茨城県龍ケ崎市の横田修一さん。「『スマート農業』全部を否定するつもりはありませんが、いま話題になっている技術には、農家をますます考えない状態にしてしまうのではないかという懸念があります。(中略)僕は、作業は自動化してもいいが、作業の本質にある作物を育てるための観察や判断を自動化してはダメだと思います。そこは農家自身が技術を磨いていかなければならないところです。

 それはみどり戦略とも関係します。もともと農業は、工業のように規格品を次々つくれるわけではない。しかも有機栽培の技術のようにあいまいで不確実で再現性の低い技術を使っていくとしたら、より詳しく観察したり、そこから判断したりすることが求められてくると思うんです」

 横田さんが代表を務める横田農場の経営は164haの米づくり。うち3haはJAS認証を受けた有機栽培だ。他の大部分の田も、農薬・化学肥料を県基準の半分以下に減らしている。そのために横田さんが挙げることの一つは、ムダになることが多い田植え時の苗箱施用剤(農薬)を使わないこと。そして、最近問題になっているイネカメムシの被害は捕虫網を使ったすくい取り調査で防除の要否を自分で判断すると言っている。じつは本誌91ページにそのやり方の詳細が記事になっているのでご覧いただきたい。

 そもそも本誌には、全国の農家が磨き上げた減農薬・減化学肥料や有機栽培の技が毎号のように載っている。みどり戦略実現の恰好の「教科書」と言ってもよいだろう。横田さんの記事の前にある、愛知県西尾市・尾崎大作さんの「おとりイネ」によるカメムシ対策(88ページ)も必見だ。カエルに天敵として働いてもらうとも書いている。

 最後に『季刊地域』46号から、福島県二本松市の菅野すげの正寿さんの「『みどり戦略』にもの申す」。

「これまでの政策は、農地を集約し、規模拡大し、担い手を育成するという方向できました。みどり戦略に地域の農地を守る視点はあるんでしょうか。私は有機農業を広げていくことにはもちろん賛成です。でも、有機認証を受けた人だけの有機農業では農地は守れません」

 菅野さんは、旧東和町の住民が町ぐるみで立ち上げたNPO法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会の初代理事長。同会では、地域の有志が設立した堆肥センターでつくる堆肥をベースに、農薬や化学肥料を半減させる栽培法を地域に広めてきた。さらに菅野さんはいま、高齢でリタイアする農家の田んぼを、米づくりをやりたい消費者に参加してもらって維持する構想を温めている。半農半Xを生み、農村に人を増やす素地ともなりそうだ。

 半農半Xや田園回帰で農業をする若者は、有機農業や自然農法への関心が高い。新しい農村政策がみどり戦略と一体化してこそ、30年先の日本の農業が見えてくる。

(農文協論説委員会)



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