主張

アグロエコロジーは「育てる人」と「食べる人」の関係を変える運動だ

 目次
◆待望の翻訳書の発行
◆科学と実践と運動を統合する
◆有機農業の「取り込み」に動くアグリビジネス
◆「風景をつくる」ごはんとは
◆「選ぶ─選ばれる」関係を変える
◆「内向きの価値」から「外向きの価値」へ

待望の翻訳書の発行

 アグロエコロジーという言葉を最近よく耳にするようになった。直訳すれば、アグロ(農業)とエコロジー(生態学)を合わせて、「農生態学」となる。でもこれだけでは何のことかよくわからないかもしれない。

 カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)でアグロエコロジーを専門に研究している村本穣司さんは「持続可能な農業とフードシステムを実現するために『科学』『実践』『運動』を統合する営み」と定義する。地球環境問題と食料安全保障が喫緊の課題となるなか、工業的な論理によって資材やエネルギーを多投し、規模と効率を追求する農業のあり方がもはや立ちゆかないことが明らかになってきた。そんななか、「国連家族農業の10年」や「小農の権利宣言」に見られるように、伝統知を生かした小規模家族農業の価値が国際的に見直されつつある。

 そこでは工業的農法に対して、より持続性の高い代替農法が採用されている。有機農法、自然農法、バイオ・ダイナミック農法、リジェネラティブ農法など、流儀や呼び方は様々だが、共通するのは作物や農地を他の生物や地域の自然生態系とのかかわりからとらえ、外部からの資材やエネルギーの投入を抑える視点だ。そのあり方を表現するキーワードがアグロエコロジーなのである。

 アグロエコロジーに関しては、わかりやすく体系的・総合的な解説書が久しく求められてきたが、このほど待望の翻訳書が発行される。題して『アグロエコロジー:持続可能なフードシステムの生態学』。英語圏の大学でもっとも広く使われているアグロエコロジーの教科書である。原著者はUCSCのスティーヴン・グリースマン名誉教授。この分野の研究を1970年代から牽引してきたパイオニアだ。同時に、ワイン用ブドウとオリーブを有機栽培する農業者としての顔をもつ。その翻訳書はUCSCでグリースマン氏の薫陶を受けた村本さんをはじめ、日本で有機農業や生態系農業などの研究に携わる20人の研究者が協力して完成させた労作である。

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科学と実践と運動を統合する

 B5判500ページをこえる本書の内容をここで紹介するのははばかられるが、先の村本さんの定義に沿って一言でいえば、代替農法とフードシステムをめぐって科学と実践と運動を統合する本といえる。

 本書全体を貫くのは、生態学すなわち生物と生物、生物と環境の関係を研究する「科学」である。その知見を生かして、作物と環境、作物同士や環境、動物との相互作用などが綿密に考察される。続いて、攪乱や遷移といった生態学の概念も駆使しながら、農場を「農生態系」としてとらえ直していく。いわば、農学を生態学で包み込む手法だ。こうして、地域の自然生態系を生かして外部からの投入資材をできるだけ減らそうとする様々な代替農法が従うべき生態学的原理を指し示し、その違いを超えて協働する「実践」の可能性をひらいている。

 こうした「科学」「実践」の書としても画期的だが、ここで強調したいのは、本書がそこにとどまらず、フードシステム全体を変革する「運動」の書としての側面をもつことである。

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有機農業の「取り込み」に動くアグリビジネス

 「フードシステム」とは耳慣れない言葉だが、「食料の生産から加工・流通、消費にいたる社会の仕組み」のことである。今日、アメリカや日本の消費者は大規模な食品流通、食品加工企業が牛耳るフードシステムに完全に支配されており、ふだんそれを意識することすらない。消費者は自分の思い通りに野菜や加工食品を選んでいると信じているが、その実、アグリビジネスの手のひらの上で踊らされているにすぎない。それは有機食品についてもいえる。

 村本さんはアメリカで有機農業がもっとも盛んなカリフォルニア州において、「有機農業の慣行化」が進んでいることをレポートしている( 現代農業2023年11月号p239、村本穣司「『慣行化』した有機と『本当の』有機」)。慣行化した有機農業とは、「農場の大規模単作構造を維持したままで、化学肥料を有機質肥料に、化学合成農薬を有機認証農薬に取り換え、認証有機農業の基準を最低限クリアするにとどまっている農法」のことである。こうした有機農産物は消費者の選択肢の一つとして、スーパーマーケットに陳列される。アメリカでは有機食品商標(ブランド)もまた、巨大食品企業に買収・統合されつつある。

 このような大企業による有機農業の「取り込み」によって何が起こるだろうか。なるほどスーパーマーケットで有機農産物や有機加工食品を好んで購入する消費者は増えるかもしれない。だがそこでは有機食品への要求が個人的な健康と選択の問題に矮小化され、小規模で外部投入が少ない農法によって生産されるといった根本的な要求から遠ざけられていく(『アグロエコロジー』p428)。

 本書の副題が「フードシステムの生態学」であり、その第六部が「持続可能なフードシステムの実現」に割かれているのは、運動抜きの科学では持続可能な農業は実現しないとグリースマンが考えているからにほかならない。オルタナティブな農法はオルタナティブなフードシステム抜きには実現しない。

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「風景をつくる」ごはんとは

 日本ではどうだろうか。1961年の農業基本法以降の選択的拡大によって、日本の農業は単一作物の産地化と施設化が進められてきた。水田は機械化稲作体系に適する大区画に整備された。その結果、平野部では画一的な風景が広がり、中山間地域では耕作放棄地が増えている。

 景観工学を専門とし『誰でもできる石積み入門』などの著書がある東工大教授の真田純子さんは、助教時代に過ごした徳島県での体験から、美しい農村の風景を守るためには、自分たちの食べ方を変えなければならないのではないかと思い至った。普通、行政や学者が考えがちなように美しい景観を切り取って「保全」するのでは、全体はよくならない。全体がよりよくなるには、まず消費者である自分が変わらなければならない。そこから真田さんの小さな実践がはじまった。

 真田さんが立てた食べ方の原則は次の通りである。

1. 基本は徳島県内産の食材
2. 選べるときはなるべく過疎地域のもの
3. できるだけ産直市で購入
4. 調味料など難しい場合は四国内
5. 加工品は天日干しや伝統的手法のもの
6. 旅行先で買ったものはOK(むしろ積極的に)
7. それ以外は栽培過程に配慮がなされたもの

 このような選択をしていると、自然と旬の野菜を買うことが増えてくる。食が「自然」や「地域」に寄り添うようになる。

 もちろんひとりの消費者が行動を変えたからといって、すぐに農村の風景が変わるわけではない。しかし、値段とか安全性といった内向きのベクトルで食品を選ぶのと、どうすれば農山村の環境が守れるかという外向きのベクトルで食品を選ぶのとでは、消費者の「ベクトル」の向きがまったくちがう。それを社会全体に「システム」として広げていけないだろうか。

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「選ぶ─選ばれる」関係を変える

 真田さんはこの個人的な体験を出発点にした『風景をつくるごはん』という本のなかで、都市(消費者)と農村(農家)が幸せな関係になるような「社会システム」を追求している。少々長くなるが引用してみよう。「農村が、都会の人びとに選んでもらえるよう、農産物を買ってもらえるよう、常に顔色をうかがわなければならないのはおかしい。現状では、都市と農村は『選ぶ│選ばれる』という不平等な関係にある。都会と農村の関係を結び直すことができないだろうか。

 都会と農村の関係は、長い時間をかけてつくられてきた。その関係の下地には、農業や地方創生の制度、流通の形態などがあり、それらが暮らし方や活動を規定し、人びとの価値観をつくっている、それらの総体を本書では『社会のシステム』と呼びたい。この『社会のシステム』は社会のベースにドンとあり、あらゆる『当たり前』をつくっている。都市と農村の『選ぶ│選ばれる』という関係は、当たり前、仕方ない、そういうものだ、と受け入れるべきものとは思えない。

 50年後、あるいは100年後に都市と農村が良好な関係であるために、そこに向かって社会のシステムを変えていきたい。」(『風景をつくるごはん』p35)

 真田さんは、このような関係を変えるためには、農家の「まっとうな経済活動」が報われるような制度的な裏づけが必要だという。具体的には地理的表示を一歩すすめて、風景に象徴される農村環境や文化の保全に資する農業を価値化し、認証していく仕組みを提案している。

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「内向きの価値」から「外向きの価値」へ

 翻訳書『アグロエコロジー』に話を戻す。この本ではフードシステムを持続的なものに変えるためには、食をめぐり行動する市民すなわち「フードシチズン」を育てることが不可欠だという。フードシチズンとは「民主的で、社会的また経済的正義に根ざし、環境的な面からも持続可能なフードシステムを脅かすのではなく、支えるような食をめぐる行動をする」人のこと(『アグロエコロジー』p441)。

 こう書くと少々大げさに聞こえるが、真田さんが掲げた原則のようなことを意識する消費者が増えていけば、農業はずいぶんやりやすくなる。それには農産物や食品の「内向きの価値」(安全性、栄養価、鮮度など)だけでなく、景観や環境などを含む「外向きの価値」を「見える化」する仕組みも必要だ。そこではいまはやりのDX(デジタルトランスフォーメーション)も大いに活用できるだろう。

 食が変われば、農も変わる。農家は「選ばれる」側から主体的に「選ばせる」側へ。アグロエコロジーは、そのような都市と農村の関係を変える道をも、指し示している。

(農文協論説委員会)

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