主張

新しい農型社会のキーワードは「自給の地域化」

 目次
◆1970年代 近代化路線対抗のために「自給の見直し」
◆1990~2000年代 直売所で「自給の社会化」
◆思想家・守田志郎とアグロエコロジー
◆2020年代 新たな農型社会を「自給の地域化」で
◆70歳以上の農家こそ、農型社会の主役に

『現代農業』が、農家の持つ「自給の豊かさ」の見直しを強力に主張し始めたのは1970年代。61年制定の「農業基本法」が推進した農業の近代化(工業化)路線の矛盾が大きく露呈してきた頃のことだった。以来、「自給」は『現代農業』の大きな柱となった。それは、農家に潜在的に「自給の豊かさ」が伝承されてきたからだと思う。

 これまでの歴史を振り返りながら、今日的な「自給の見直し」の意味を考えてみたい。また、農文協が「自給」路線へ転換した際、強く影響を受けた守田志郎さんの思想を今日的に読み直し、その意味も再考してみたい。

1970年代 近代化路線対抗のために「自給の見直し」

 70年代に入ると、規模拡大・機械化・単作的産地化などの農業近代化路線の果てに、化学肥料依存がもたらす土の悪化や連作障害が深刻化。農薬中毒による農家の健康破壊も問題になった。投資や資材費増による借金も増えた。暮らしも変わり、「金、金で、むらの雰囲気も変わってしまった」というお年よりの声が多く聞かれるようになった。

 このころ『現代農業』は、本「主張」欄を開始。毎号のように「近代化路線にまどわされるな」と檄を飛ばした。その拠りどころになったのは、農家が農家である限り持っている「自給」の側面であった。堆肥などの農業資材から、ドブロクなど暮らしの面まで、『現代農業』は自給の知恵・工夫をどんどんとりあげ、生産と生活が一体となった農家ならではの経営のあり方として「自給型小農複合経営」を農家事例とともに打ち出した。

 この時代、むらにはまだ近代化以前の農業と暮らしの片鱗が残っていた。『現代農業』の普及(営業)職員は、農家やむらの暮らしのありようを徹底して聞いてまわり、その豊かさを再評価していった。当時それは「原形を見直す普及」と呼ばれ、年1回開催の「支部大会」(普及報告会)では「自給の見直し」の現場報告が次々熱く展開された。

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1990~2000年代 直売所で「自給の社会化」

 90年代になると、「自給の見直し」は「農家の技術」を伴いながら、直売所というもう一つの巨大な流れにつながっていった。兼業化が進むなかで、女性たちは、子供・家族の健康や家計のことを考えて自給を取り戻し、余った野菜や果物を朝市、日曜市などで販売した。自分で売ってみると、これがたいへん楽しい。やがて、漬物などの加工品も出荷されるようになり、直売所は年中にぎやかになっていく。これを農文協では「自給の社会化」と呼んだ。『現代農業』では直売所にあふれる農家の工夫を「直売所農法」や「直売所名人」と呼んで、にぎやかに紹介した。

 私自身、その当時普及の現場にいたので鮮明に覚えている。愛知県鳳来ほうらい町(現新城市)に「のーまんばざーる荷互奈にごな」という直売所があり、91年、その周辺の地域に『現代農業』の普及に入った。農林業センサスでは販売農家は一桁台の山間地地帯である。しかし、集落に行ってみると元気な農家がたくさんいた。50~80代の農家のお母さん中心に約50人の出荷者を組織し、夏には新鮮な野菜・花、冬には味噌・漬物だけでなく地元の薬草でつくる健康茶などが並び、一年中直売所はにぎやかだった。名古屋などからのリピーターも多く、農家のお母さんたちは「こんなものが売れるなんて」と言いながら地元の豊かさを見直しており、自分で自分の作物に値段をつけて売る誇りも感じており、直売所をきっかけに新たな仕事・生きがいを見出していることが普及を通じて実感できた。「時代が変わるぞ」とワクワクした気持ちを持ったことを思い出す。その後2000年代に向け、直売所ブームは全国に広がっていった。

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思想家・守田志郎とアグロエコロジー

 70年代に話を戻すが、当時、農文協が「自給」路線へ転換した際、強く影響を受けた思想家として守田志郎さん(1924~1977)がいた。守田さんは、近代化路線に農業・農村が壊されていくこの時代に、「共同体」(むら)と「農法」の豊かさを主張した思想家である。

 守田さんのいう「農法」とは、独自流派に「○○農法」などと名前をつける昨今の言葉の使い方とはちょっと違う。地域に生きる農家が作物と対峙し、地域の自然環境や暮らしや経営に合わせて創意工夫し編み出してきた合理的な農業の方法、いわば「その人なりの農業技法」のようなものを指していると思われる。そして、「豊かな生活は豊かな農法とともにあるのではなかろうか」といい、その農法を支えているものが共同体(むら)であると主張した。

 当時の学会では、村落共同体は前近代の象徴で「遅れたもの」とみなされており、「共同体がいったん破壊されなければ、近代化はない」という学説が主流だったが、守田さんはこれに真っ向から対峙。「農家ある限り、むらはある」「農業が、人間が生きるための一番の基礎なのだから、むらは日本の社会の骨組みの中で一番大切な要素」と主張して、学会の異端児となった。農業と工業の違いも明確にした。「農業は畑や田をつくって自然の形状を変え、品種改良や施肥によって作物や家畜の自然の営みに一定の修正の手を加えはするが、自然の循環を壊しはしない」とし、その対抗軸に自然の循環を壊す工業を位置づけた。

 現在、世界の潮流になってきたアグロエコロジーは、守田さんの思想から読み取れる。守田さんの思想は、日本の農家・農村から学んだものである。そうならば、日本の農家の「自給の見直し」が、アグロエコロジーの描く世界を実現させることになるのではないか。

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2020年代 新たな農型社会を「自給の地域化」で

 地球沸騰化、極端な気候変動、土壌環境の悪化、農村集落消滅の危機、食料危機などは、農業・農村のみならず地球に住むすべての人の問題になった。

 そんな時代だからこそアグロエコロジーが注目され、農家農村の潜在的な自給の豊かさの発揮が待たれる。新たな「自給の見直し」時代の到来である。だがこれまでと違うのは、農家だけではなくその地域に住む多くの人たちとも一緒に見直していく時代、ということである。ゆえに「自給の見直し」は、「自給の地域化」になっていく。その先には、地域ごとに豊かな特色を持った農法と農型社会があちこちに誕生していく。

 90年代からの「自給の社会化」は、まだ農家―消費者という関係性を脱していなかったように思う。直売所は最初、農家のお母さん方からのお裾分けというところからスタートしたが、やがて直売所が商的規模を拡大するにつれ、そこは消費者にとって購入場所の選択肢の一つに過ぎなくなってしまった。消費者と農家は「選ぶ―選ばれる」関係のままだった(現代農業23年12月号の主張欄)。

 これからは、地域内で非農家と農家とが同じ食と農の当事者になっていく時代になる。ここ10年、田園回帰・半農半X・菜園ブームなど、食と農に関心を示す人達は確実に増えている。彼らと新たな関係をつくり、さらに地域の人をどんどん巻き込んでいけば、おのずと「自給」が地域化していく。「自給の地域化」とは、守田さんが描いた「むら」と「農法」を新たな形で回復することだ。

 たとえば「直売所農法」は、農家の「自給」の農法を取り戻したものであり、ゆえにじつに多様性と可能性に富む。その特徴は少量多品目であり、つくりまわしにより土ができる。守田さんのいう「地力とは作物と作物の間柄の関係なのである。作物の並べ方によって落ちたり、維持されたり、高められたりする」(『農家と語る農業論』p259)にも重なる。今各地で、新規就農含め、小さい農業を実践する人が増えている。彼らの多くはこのような自然の循環を壊さない農業を実践しようとしている。

 自然の循環を壊さない農法で生産された農産物を地元で食べることが「自給の地域化」につながる。「みどりの食料システム戦略」にともない「オーガニックビレッジ」宣言をした自治体は91(2023年8月末)になり、その多くが学校給食への地元農産物の導入をセットで取り組む。子供を中心にすれば、その親も食の当事者になっていく。給食を機会に子供達を農の世界に連れ出せる。

 本誌で何度も紹介してきた映画『百姓の百の声』の自主上映会も活発になってきた。埼玉県小鹿野おがの町では、この映画を見て農家の持つレジリエンシー(復元力)に感銘を受けた農業委員・玉川寿々子さんら「百笑会」の企画で、なんと500人以上が参加。豆腐店、レストラン、自然食品店など地元農産物に関わる多くの人達も協力した。「自給の地域化」は、「農法」がそうであるように、地域でさまざまな形がある。そこに住む人たちが、「豊かな農法とともに豊かな暮らし」を感じればよいのだと思う。国の政策に振り回されなくてもよくなり、気が楽になる。逆に、国の政策を地域が主体となって利用すればよい。

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70歳以上の農家こそ、農型社会の主役に

 本誌23年10月号に登場した80歳になる長野県・細井千重子さんは、「裸の土はかわいそう(裸地は貧になる)」という思いから、落ち葉、ワラ、土手や畑の草、小さなせん定枝など、あらゆる有機物を作物の間に敷き、畑全体を「有機物マルチ」している。マルチの下はどこをとってもミミズがいて団粒の土。「私が目指してきたのは、足るを知るていねいな暮らしと、生きものと一緒の多様性のある楽園」と語る。これこそ、守田さんの言う豊かな「農法」ではなかろうか。そして「ここ10年くらい、村内外の子ども連れの若者たちが私の暮らしや菜園に興味をもち、学習会や見学に参加してくれ、また孫たちが子育てしながら楽しそうに実践を始めていて、私にとって大きな希望です」。新たな伝承が生まれようとしている。

 細井さんの年代の方々には、守田さんが描く「農法」と「むら」を実体験として持っている農家が多い。そして今、その経験と知恵を求めている人が確実に増えている。これらを伝承する(師匠になる)ことが、「自給の地域化」とそれにつながる農型社会をつくっていく原動力となる。『現代農業』では、1月号より「国民皆農」の流れを農家とともにつくるというコンセプトで、「みんなで農!」のコーナーを創設(p28)。誌面でも、地域の「自給」を土台とした農型社会の創造を支援していく。

(農文協論説委員会)

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