現代農業 特別号
21世紀に引き継ぐ農業の技術 自給の知恵

現代農業特別号
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 ●Part4
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Part4 21世紀の地域型畜産を拓く

荒れた山が生まれ変わる
芝山への肉牛放牧

■編集部

日本の放牧地には、日本育ちの草がいい。荒れた山に野芝を植えた芝草地放牧は、牛の繁殖障害を追い出し、急傾斜の山に通路までつくってくれる。野芝と放牧牛は、荒れた山を宝に変える。
●1990年(平成2年)1月号74頁 原題「芝山は利子を生む山―山村が、肉牛が面白くなる」

 「1度この方式を始めたら、ふやす人はいても、やめる人はいませんよ」

 この方式とは―芝草地放牧。日本在来の野芝で山をおおい、そこに土佐褐毛の繁殖牛を放牧する方式である。

 芝、といわれても、ピンとこない人が多いかも知れない。あの短い草丈では生産力は低いだろう―といった見方が常識だ。

 いわば日陰者の存在を余儀なくされてきた日本の野芝が、これまた全国的にみれば「優等生」とはされない土佐赤牛と結びつくことで、ガゼン輝き出したのである。

山を経営に取り込む努力

 高知県大正町は、全面積の93.5%が山林原野で、農地はわずか1.6%という山の町。大正町相去地区は四万十川の小さな支流を奥に入った所にあり、川ぞいのごく狭い範囲に田畑があるだけで、両側に山が迫る。

●97%が山林の経営

 この相去に住む中町楠広さん(53歳)も、芝草地の魅力にとりつかれた1人だ。中町さんは昭和58年に3haの山に芝を植え、繁殖牛15頭を放牧。今年また30aふやし、いずれは全体で5haくらいの芝草地にする構えだ。中町さんは、芝を取り入れてわずか数年めにして、「野芝草地をつくって、利子を生む財産を得た」という名言を残している。

 家のすぐ裏の、平均25度、最大40度もある急斜面の3haあまりの芝草地。「利子を生む財産」とはどういうことだろうか。

 中町さんの経営基盤は、およそ田畑80aと、山25ha。山林の割合は97%を超える。だから、山を暮らし・経営の中に上手に取り込むことが、代々、最大の腐心のしどころであった。

 昔はそれが林業であり、やがて昭和40年代の初め、この地区には栗が入った。現金所得がより多く求められる時代、中町さんも家の裏山の急斜面を拓いて栗を植えた。面積は2.5ha。栗によって、山をグッと経営に引き寄せたのである。

 いっぽうその頃牛も飼っており、昭和40年には繁殖牛5頭、肥育牛20頭がいた。そして、やはり所得拡大を目指して、肥育牛を45年に60頭、50年には70頭に増頭。

 こうして、林業―栗―和牛という形で山村に生きる経営をつくってきたわけだが、しかし、栗の方は他部門との労力の競合のため管理の手がまわらず、期待した収入が得られなかった。そこで早くも45年には繁殖牛の放牧場として使い始めている。ところが、栗の下草はイバラやワラビなどが多く、有効利用とはいえなかった。

芝で繁殖成績が急上昇

 こんな状況をガラリとかえて、再び山との濃厚なつきあいを取り戻すことになったのが、芝草地である。

 芝はランナー(ほふく茎)によってふえていく。そこで、放牧地の造成はふつう、ランナーを10cmくらいに切り、1m×1m間隔に3本くらいずつ植え付けていく。斜面にクワを打ち込み土に少しすき間をつくり、そこに芝苗をさして、クワを抜き、おさえつける、という方法だ。苗用の芝をとってほぐし、切りそろえる作業も含めて、10aを植えるのに5人役を要したという。

 植付けと同時に牛を放し、それから3年が芝草地の養成期間だ。初めは山野草がワッと出る。草は牛が食ってくれるが、ドッとはびこるワラビなどは刈らないといけない。初年めは、草刈りに3回入った。2、3年めも1回は刈った。「ここまでがつらいとき」だが、3年後に芝草地がほぼできると、牛がみるみる変化してきた。

●草の質の優秀さ

 発情が鮮明になったのである。どの牛も分娩後45〜60日ではっきりした発情がくる。だから、種付けもほとんどの牛が1回で決まるようになった。これで1年1産は確実になり、62年には、15頭の母牛で16頭の素牛を出荷している。

 なぜ芝草地にして繁殖成績が向上したのか。中町さんは、草の質のよさを第一にあげる。肥料を効かせて緑の濃いイタリアンを与えたときとはまるで違うからだ。それから斜面での運動。芝地に放牧すると、削蹄を全くしなくても蹄がいい形になっていることも関係あるだろう。蹄の形がいい牛は姿勢がよく、生理が狂わない。

 中町さんは、“草の質のよさ”を第一にあげたが、芝が他の輸入牧草と決定的に違うところは、水けが少なく、センイ・乾物が多いこと。芝の乾物割合は実に31%もあり、ふつうの牧草の2倍。このことが体によいのは、糞が実にきれいなことからも想像できる。

●変わる常識―芝の生産力

 そして、この乾物割合の高さが、「芝は飼料生産力が低い」という常識をひっくりかえすのである。県畜産試験場の草地では生草生産量が年間1ha当たり29t、中町さんの草地では25tという数字が出ているが、この生産量に乾物割合の高さをあわせ考えると、牧草生産量に匹敵することになる。

 しかも芝は、年間(高知では4〜10月)の生長のしかたがなだらかだ。寒地型牧草の場合、生長に山谷があり、ピーク時には食い残し・踏みつけによる損失が出る。これに対し、芝草地は生長量の100%近くが利用量というわけである。こうした点が、高知県が芝草地を積極的にすすめる科学的裏づけである。

●大幅なコストダウン

 芝1haで、200日間3頭の繁殖牛が、補助飼料なしで放牧できる。中町さんの場合、3.3haに15頭で、子牛も一定期間は放すから、朝夕2回ワラなどの補助飼料を与えている。それでもエサ代はグンと安くなるし、裏作や転換畑でつくる飼料作物のほとんどを、冬の良質粗飼料として確保できることも大きい。

 こうして、繁殖成績の向上、飼料費の低減、削蹄や病気対策に要する費用の減少などにより、素牛1頭当たり費用は、約23万円。これは県畜産会の指標である約31万円に比べてもかなりの低コストだ。まさしく、芝草地が生み出す利子である。

牛が芝草地を育てる

 芝草地が生み出す利子、芝の恩恵は大きい。しかし、これの面だけ見たのでは一面的だ。中町さんは、芝と土佐褐毛牛との相性のよさを強調する。

 土佐褐毛牛は、芝を植えたあとの急斜面を、きれいな草地に変えてくれるのである。

 そして、芝はまず、牛が踏んで硬くなったテラスを好んで根づく。ここで他の草を追い出してふえ、それから、下に向かってランナーを伸ばしていき(芝は上から下へと伸びる性質がある)、全体をおおいつくすのである。芝は牛に踏まれればランナーが切れるが、切られることにより、各節からよく発根する。

 こうして、「踏む芝が伸びる踏む」を繰り返すうちに、テラスはいつしかなだらかになる。芝は露出した岩の上にまでランナーをはわせ、そこに土を止め、緑のじゅうたんができる。

 芝は良質粗飼料を与えて牛を育む、牛は食い踏むことによって芝を育む

――この関係こそ、中町さんが取りつかれた芝の魅力である。


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