本号は、いま都市農村交流事業で全国的な注目を集めている飯田市の取組みについて、飯田市農政課・井上弘司氏に執筆いただいた。
飯田市が平成十年から始めた無償の援農システム・ワーキングホリデーの登録者は平成十三年には約五〇〇名。その多くが大都会に住む人々で、このなかから飯田市に定住する人も生まれている。また平成八年から始まった、子どもたちに農作業などを体験させる体験教育旅行の参加者は、平成十三年には約二万三〇〇〇名。十四年の予約状況は前年の参加者をかるく突破しそうな勢いである。
飯田市の都市農村交流事業をとおして、都会の暮らしに飽き足らず、農的な営みのなかに自己実現を求める人々が確実に増えていること、教育改革の流れのなかで、子どもの「生きる力」と個性を育む、農村空間の持つ教育力に対する期待が高まっていることが鮮明に見えてくる。このような変化は、大量生産大量消費の仕組みのなかでの画一的なライフスタイルを脱却し、個性的な自己実現を求める時代の変化に根ざしている。
いま飯田では、朝市・直売所、農産加工、地域の食文化の聞き書き、棚田保全、夏休みの間の子どもたちの勉強を教える「寺子屋」など、それぞれの集落、そして集落によって構成される各地区をより魅力的で個性的にしていく動きが生き生きと展開されている。本号では一三集落からなる上久堅地区の動きが取り上げられている。それぞれの集落のなかで個々に開花しているさまざまな動きが、重層的かつ有機的に結合して、上久堅という個性的な地区を形成しているのである。
この独自なむらづくりの主役は、農村の女性と高齢者だ。有形無形のむらの宝を再発見し、豊かな知恵や手の技を添えてその宝を磨きあげていく女性や高齢者の自給的な営みが、むらをさらに魅力的で個性的なものにしていくのである。
飯田市の都市農村交流事業は、こうして生み出されたむらの魅力の、都会の人々へのおすそ分けといってもよいだろう。自給のおすそ分けの延長である朝市・直売所の個性豊かな農産物や加工品が「これでなければ駄目」という固定客を生むように、むらの魅力のおすそ分けが、都市農村交流のリピーターを生み出し、飯田への半定住、さらには定住につながっていくのである。
むらの女性と高齢者に担われて、飯田の農都両棲の時代が始まっている。
文化部