食をめぐる問題を一言で表現した「食育」
「食育」を大いに進めましょう
◆社団法人 日本栄養士会会長 神奈川県立保健福祉大学教授 中村丁次
かつて、インドの山奥で狼に育てられた子どもが発見されました。その子どもは、狼と同じように四つんばいになり、生肉をむさぶるように食べたのです。ほかの動物と異なり、人間だけは、人間が適正に育てないと、人間としての食事ができません。
では、人間としてどのような食事をすべきなのでしょうか。
現在、健康、栄養、医療、調理、農業、加工、流通、文化、価値観等から多くの意見が出ています。箸がもてない、料理ができない、家庭で食べない、感謝しない、弁当ばかり、欠食・個食・不規則である、拒食してやせる、過食して肥満する、生活習慣病になる、食物が安心できない、安全でない、自給できない、無駄に使うなど、上げれば限りがないくらい、多様な内容が指摘されています。
しかし、大切なことは、個々に発生した問題点を単に憂えるだけではなく、これらの点と点を結び、統合化した概念と政策、さらに教育により、総合的に解決すべき道を探ることです。
幸いなことに、わが国にはこれらを統合化し、一言で表現できる言葉がありました。それが「食育」だと思います。
「食育」という言葉は、明治三十一(一八九八)年石塚左玄が『通俗食物養生法』という本のなかで、「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と記したことに始まるとされています。
国は、「食育基本法」を作り、食育活動を国民運動として盛り上げようとしています。
食育基本法には、すべての国民が心身の健康を確保し、生涯にわたって生き生きと暮らすことができ、豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身につけていくためには、何よりも食事が重要であることから、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置づけています。
社会経済情勢がめまぐるしく変化し、日々忙しい生活を送るなかで、私たちは、毎日の食事の大切さを忘れがちになります。しかし、私たちの体は間違いなく、食物から摂取した栄養素の組み合わせからできているのであり、私たちのすべての活動は食物からのエネルギーによって営まれています。どのように食事に無知で、食事を無視したとしても、私たちが生きている限り食事の影響から逃れることはできないのです。
一日に約二kg、一年間で約七三〇kg、八〇歳まで生きたとして、人間は一生に約六〇tの物を体内に入れます。
安心し、安全で、健康によく、おいしい物を確実に食べられる環境作りも大切です。
このように、広くて深い意味を持つ食育活動をみんなの手で進めていこうではありませんか。
そして、将来、あの時、あの食育活動があったから、このように健康で、豊かで、安心した生活が送れると言ってもらえる時がくることを信じています。
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