保育所を地域の食育の発信拠点に
◆日本保育協会岩手県支部女性部長 若葉保育園園長 中村美喜子
日差しの優しさに応えて花壇や畑の緑がいっせいに輝き始めました。食物を栽培する者にとっては、新しい生命の息吹に一年中でもっとも胸躍らせるときです。保育園の小さな菜園でも、子どもたちがあれこれ迷って蒔いた野菜の種が可愛らしい芽を出し始めました。
ほんの五〇年前は、家庭の一回の食事をつくるために、今とは比べものにならないほど、多くの手間と時間が費やされました。
ご飯を炊くためには「薪」の準備から始めて、炊きあがるまで微妙な火力調節が必要なことから、竈のそばを離れるわけにはいきません。ですから、その間にお味噌汁と大きなおかず(お魚や根菜の煮物)と小さなおかず(炒め物やお浸し)をつくり、常備の佃煮や漬け物を準備するのです。
家庭の主婦は、そうした食事を、集った家族が「美味しい」と食べてくれるのが楽しみでした。それはまさしく家事の一部だったのです。
日頃は慎ましい食事も、時節の行事には「ハレ」のご馳走がつくられ、食生活にも変化がありました。「食べる楽しみ」や「母の味」は日常の食事から生まれたのでしょう。その頃の多世代同居の暮らしのなかで、高齢者は食に関する躾の部分を受け持っていました。
好き嫌いせず食べ物を大切にすることや食事のマナーなど、人として生きていく基本を、子どもたちに体験させながら教えていました。こうした家庭での食の営みは、高度経済成長のなかで急速な核家族化と女性の家庭外就労とともに、そのほとんどが失われました。
私たちは、子どもたちが一日の大半を過ごす保育園で、かつての心と体に優しかった食生活や食習慣を取り戻したいと考えてきました。
そこで、家庭の食事の実態を把握しながら、保育園が供給すべき栄養量を踏まえたうえで、子どもたちが自ら育てた野菜を、収穫し調理して食べる体験をさせたり、季節や行事にちなんだ日本の伝統的な食事を味わわせることで、こどもたちが望ましい食生活を営むための基礎を培ってあげたいとさまざまな取組みをしています。
和食が見直されるなか、保育園の調理室では、まさに食生活の原点に立ち返っての食事づくりが展開されています。保護者も巻き込みながらのこうした取組みは、子どもたちに日本の食文化を伝えていくことでもあると思います。
子どもたちはままごとが大好きです。見ていて微笑ましいくらい調理の様子を細やかに模倣します。食材を刻む様子、鍋をかき回したり、お茶碗を洗う様子、家庭の台所でお母さんのすることを憧れの目で見ているのです。この時期にお手伝いをさせながら、上手に出来たことをたくさん誉めてあげると、子どもたちは将来、食事づくりが苦ではなく、楽しめる人になれると思うのです。
食育のチャンスは日常生活のなかにたくさんあります。どの子も心身共に健康で幸せな人生を謳歌できるよう、保育所を地域の食育の発信拠点に据えて、みんなで心を込めて、食べることの楽しさや大切さを子どもたちに伝えていきましょう。
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