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学校にとって出前授業とは? 出前授業は学校をいのちある世界に向けて開く◆編集部 電車がひっきりなしに走る小田急線。新宿駅から数えて五つ目の東北沢駅にほど近いところに、東京都世田谷区立北沢小学校はある。正門の真ん前は交通量の多い井ノ頭通り、まわりは住宅が立ち並ぶ。一年から六年まで単級で、一クラス二〇人から三〇人、全校児童一五六人というこじんまりとした都会の小学校だ。北沢小学校が「いわて食育」首都圏交流事業に取り組んだきっかけは、学校栄養職員の関根美知子先生がこの事業に手を上げたことだった。 きっかけは栄養士さんの給食食材へのこだわり
交流事業が始まる前の年に、交流事業のことを聞いていた関根先生だが、そのときは世田谷区内の前任校からの異動が決まっていた。「次の学校で交流事業に取り組んでみたい」と思っていた関根先生は、北沢小学校に異動になり、校長先生の了解を得ることができると、さっそく事業に応募したのだった。 関根先生のこの行動力の背景には、「学校給食には安全な食材を使用したい。学校給食を通して、生産の現場や食材のもっているいのちを子どもたちに伝えたい」という関根先生の思いがある。 都内の栄養士がいる自校方式の小学校は、学校独自の献立を栄養士がつくり、食材も、栄養士が自分で発注して取り寄せることができる。関根先生もそうしているのだが、食材に対するこだわりはなかなかのものだ。調味料に対するこだわりに、その一端が垣間見える。 味噌は、秋田県仁賀保農協の無農薬ダイズを使った味噌。醤油は、埼玉県内のメーカーが国産ダイズを原料に醸造している醤油だ。塩は、岩手県で昔ながらの製法でつくられている手づくりの塩を取り寄せている。塩で料理の味が変わると思うからだ。しかも、実際につくっているところを見学してから注文するという徹底ぶりだ。 そんな関根先生は、「生産者が学校まで来てくれて、子どもたちに直接話してくれるなら、これほどありがたい話はない」と、思ったのだった。 生産者の言葉が生きている!子どもの輝きが違う!さて、岩手県から来る生産者は、北沢小学校のほうからはどのように見えているのだろうか。またその出前授業はどのような影響を子どもたちに与えているのだろうか。 たとえば岩手県花巻市の農家、藤原将志さんは、六月の中旬に、四年生のダイズの種まきと、五年生のバケツ稲の田植えに来てくれる。そして十一月には稲刈りと脱穀、籾摺りに来てくれる。そして、コメは人間の力だけではできないこと、自然があるからこそコメはできるけれど、自然にはよい面と悪い面があって、収穫間際に大風が吹くと、稲が倒れてしまうこと。そういうことを淡々と話してくれる。 そういう生産者の話を聞いて、「実際に食べものをつくっている人の話は、言葉がひとつひとつ生きている」と関根先生は感じる。 「子どもの輝きが違うんですよ。勉強のときは下を向いて発言できない子も、出前授業で食農体験をやっているときは生き生きしている。岩手の農家の出前授業のときには、農家のお話を聞くだけではなく、必ず子どもたちもいっしょになにかつくります。そういう体験は子どものなかに必ず残っていくと思っています」 生産者の出前授業によって、食べものが実際に生み出されるいのちある世界に学校が開かれる。都会の学校に、農山漁村からの風が吹き始める。そして、子どもたちが生き生きと輝き始める。 出前授業を学校の“日常”のなかに位置づける「学校栄養士にとっては、献立がいのち。栄養的に満たされているかどうかということだけでなく、献立にはつくった人の思いがこめられている」というのが、関根先生の持論だ。 関根先生は、沖縄慰霊の日の六月二十三日には、かならず沖縄の日常料理の献立を出すことにしている。千葉県出身の関根先生は、沖縄慰霊の日と聞いてもはじめはピンと来なかったが、沖縄出身の友だちから「沖縄慰霊の日は、戦争で多くの人が犠牲になった沖縄にとって、戦争が終わった大事な日」と聞かされ、以来、八月十五日の終戦記念日は夏休みで学校給食がないということもあり、沖縄慰霊の日は沖縄料理の献立にすることにしたのだ。 このように思いをこめて日々の献立をつくる関根先生は、月ごとにまとめた献立表を保護者に配るだけでなく、献立の日めくりカレンダーをつくって各教室やランチルームにかけて、子どもたちに見てもらっている。 関根先生は、毎月の献立のなかに「いわて食材の日」を設け、その日は岩手県産の食材をなるべく用いるようにしているが、岩手県の生産者による出前授業がある日は必ず「いわて食材の日」にして、出前授業に来てくれた生産者と子どもたちが、いっしょに岩手県産の食材を用いた給食を食べられるようにしている。 たとえば、五年生が行なっている「鮭の郷土料理と料理実習」では、岩手県庁の人が来てくれて鮭を解体し、子どもたちは鮭料理にチャレンジしたが、当日の給食は、岩手の鮭を使ったチャンチャン焼き。このように、出前授業といういわば非日常の体験が、給食を通して、子どもたちの“日常”に根を下ろすようにという思いを伝えるのが「いわて食材の日」の献立なのだ。 北沢小学校では、学校全体の取組みのなかでも、出前授業や出前授業に関連した体験が、その場だけの体験に終わらないように工夫している。
四年生の場合はダイズをテーマにしているが、六月中旬に、花巻市の農家、藤原さんといっしょに岩手県産のダイズの種をまき、大きくなったダイズの生育を観察し、秋には、ひとり一株ずつ抜いて、体育館の玄関で干す。この北沢小学校産のダイズに、岩手県産のダイズを加え、豆腐をつくる。自分たちでつくったこの手づくり豆腐と、市販の豆腐と食べくらべてみると、味が全然違うことに子どもたちは気づく。「売っている豆腐はもう食べられない」という子どもまでいる。 このように一年生から六年生まで、生活科や総合的な学習の時間、家庭科や理科、社会などの時間を使って、年間を通して子どもたちの関心が持続するように、出前授業や関連した体験が組まれているのだ。 北沢小学校の「いわて食育」首都圏交流事業の取組みは平成十七年度で終了したが、岩手県花巻市にお願いしたり、文部科学省の事業を使ったりして、北沢小学校では岩手県の生産者による出前授業を継続してきた。今年度は、「食育」を校内研究に位置づけ、関根先生と担任が連携して、これまで以上に力を入れて全学年で食育の研究事業を行なっている。出前授業はそのための欠くことのできない柱になっている。 |
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