絵文字(ひとつぶのお米にあいたっぷり)をバックにした古屋勝さん、良子さんご夫妻食農教育 No.55 2007年5月号より
北海道旭川市・古屋勝さんに聞く
古代米で田んぼに文字を描こう
文・絵 中田ヒロヤス
田んぼから「文字」でメッセージを発信
六月中旬。旭川市に広がる田園地帯のとある一画に、うっすらと「文字」が浮かび上がってくる田んぼがある。
「大雪山麓のこの田んぼから、何かメッセージを発信することはできないだろうかと考えて、思いついたのが絵文字だった」と語るのは、同市東旭川町地区で農業を営む古屋農園代表の古屋勝さん(六〇歳)。文字が浮かび上がる田んぼの持ち主であり、仕掛け人だ。旭川市は北海道のほぼ中央部に位置し、古屋農園はいま話題の旭山動物園から車で約五分のところにある。古屋さんは市内の農業者仲間といっしょに農業塾「旭川農業2世紀塾」を設立し、これまで二〇年あまり、地元の小学校をはじめ、都会の消費者との米作り体験や修学旅行生の農業体験などの受け入れを行なってきた。農業を「いのちを生み出す生業」ととらえ、生産者と消費者との顔の見える信頼関係づくりをめざしている。そこで古屋さんが常に考えているのが、生産現場の思いを消費者や子どもたちへどのように伝えるかということ。その活動のひとつが、今回の「田んぼからのメッセージ」だった。「絵心がなくてもメッセージを直接伝えやすい『言葉(文字)』なら描けるな」と、単純な発想ではじめた活動はあっという間に今年七年目を迎える。
描く文字は「募集」で決める
はじめた当初は古屋さん自身で言葉を考え、試験的栽培をひとりで行なった。当時道産品種の「ほしのゆめ」が人気を集めていたことから、「おいしいよ ほしのゆめ」という文字を描いた。「おいしいね」ではなく「おいしいよ」としたのは、共感よりはむしろメッセージ性=主張のあるものにしたいという思いからだ。
この取組みがラジオ番組で取り上げられたのをきっかけに、翌年からメッセージを募集し、古屋さん夫婦が決めることになった。また、描く文字は子どもでも読めるように「ひらがな」を原則としている(ちなみにこれまで漢字を試したのは「米」のみだとか)。募集にしてからは、農業塾の塾生や古屋農園の消費者サポーターや大学生、地元の小学校の授業などに合わせて、毎年六月第一週の日曜日に日程を定め、「田植え体験」活動としてみんなで植えてもらうようにしている。
キャンバスとなる田んぼは二反五畝ほどの道路に面した角の区画。偶然にもこの田んぼが文字を描くにも眺めるにも最適の場所だった。この道路は丘陵地を越えとなり町へと続くゆるやかな坂になっているため、大きな櫓を組まなくとも、この道路を通るたびに誰でも文字の確認ができる高さにあるのだ。「基本はここから眺めたときに読めるようにする、ただそれだけのことなんだけどね(笑)」と、今回門外不出の工夫を特別に教えてもらった。
「古屋式」文字の描き方
まずは、北海道の田植えシーズンである五月中旬に、ふつうに田植え機で田植えを行なう。下地となる稲は「ほしのゆめ」や「ななつぼし」。文字部分は古代米と推定される葉が紫色の品種(品種名はなく古屋農園では「紫稲」と呼んでいる)を使い、二色で表現。品種が違うため、先に植えた苗を抜いて、その抜いた部分に紫稲をみんなで手植えする。下地の苗の田植え後すぐにこの作業を行なうと、文字以外の部分の苗も踏み荒らされてしまうため、田植え後一週間ほどたって、下地の苗がきちんと活着したことを確認してから行なうことにしているのだが、なんと、文字の寸法取りや苗を抜く作業は、田植え体験の前日に古屋さんひとりですませるという。
では、どのように文字を測定しているのだろうか。
田んぼの見える坂の道路に立って、その位置から写真を撮ったとき、左右の収まる幅を確定(図1)。そのまま田んぼに向かい、その幅の両端に苗木用の支柱で目印を立てて範囲を決定する。文字数は、だいたい一〇〜一五文字程度で二段組が見やすくわかりやすい。文字の大きさは一文字一六畳ほどで、実際田んぼに描く文字は、標準の文字を縦倍率(約二倍)に引き伸ばす。「車を運転していると道路に描かれた『止まれ』とかの文字があるでしょ。真上から見ると細長い文字も、その文字の上を車で通過するとそれとなく標準の文字として読める。あの原理といっしょなんだ」という。ここで注意するのは、そのまま倍にするだけでなく、横の線はより太く描くのがポイント。筆の幅は、狭いところで約六〇〜七〇cm、太いところで一mくらい。
文字の描き方は、一画ずつ始点と終点に支柱を立て、支柱を目印にそれとなく文字を浮かび上がらせ頭で文字をイメージしながら支柱に沿って苗を抜いていく(図2)。「この作業はコツさえつかめば誰でも簡単にできる」という。
文字の米の収穫も体験型で
収穫までの管理作業は古屋農園で行なっている。古屋農園ではできるだけ農薬を使わない栽培に取り組んでおり、この文字の浮かび上がる田んぼも農薬を抑えている。例年収穫の日に合わせて先に文字の周辺までをコンバインで刈ってしまってから、修学旅行生や塾生が「稲刈り体験」として残った紫稲を中心とした稲を刈り取る。収穫は鎌を使った手刈りで行ない、「はさがけ」までを体験してもらう。
古屋さんは現在、旭川グリーンツーリズム推進会議の代表も務める都市と農村の交流の先頭に立っており、「これからもわたしたちのメッセージを、田んぼから発信していければと思っています」と語る。
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