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農文協トップ主張 1988年05月

アメリカ農民との連帯による国際化を
覇権的国際化から協調的国際化へ

目次

◆米国農民が農産物自由化圧力に反対決議
◆食糧で世界を支配する覇権的国際化
◆米国経済を破たんに導く覇権主義
◆輸出拡大で米国農業が衰退
◆協調的国際化の道が世界を救う

米国農民が農産物自由化圧力に反対決議

 ガット一〇品目につづいて、牛肉・オレンジ、そして次はコメと、アメリカの放つ農産物自由化要求に、農業関係者は戦々兢々とし、自由化推進論者は、このときとばかりに輸入拡大・自由化をうたいあげる。

 自由化論者でなくとも、これほどにマスコミがアメリカの要求、さらにはそれに続けとばかりのEC、カナダの要求を伝え、農産物市場開放だ、国際化だとあおりたてれば、つい「自由化やむなし」と思い込まされてしまう。日本の食糧は日本の大地から、と願う人びとの中にも、「日本の農業は大切だが、もっと規模を拡大して、世界の農業とたちうちできる強い体質の農業に」という考えには、なんとなく同感してしまう人がある。

 農産物自由化、あるいは規模拡大によるコスト低減――日本国民の頭の中は、国際化一色にぬりかえられてしまい、これしか道がないかのような雰囲気が、世の中を支配している。

 ところが、世界中がそうなっているのではない。自由化要求の本家本元のアメリカでさえ、いま自由化圧力へ反旗があがっているのである。それも、日本が農産物市場を開放すればもっとも喜ぶはずのアメリカの農業団体が、アメリカ政府の強硬な対日要求に対して反対の決議をしているのである。

 アメリカの農業団体は、「世界農業の安定は、世界中の家族農家が存続繁栄してこそ初めて実現できるものである」との見地から、日本はすでにアメリカ農産物の最大の顧客であるとして、アメリカ通商代表部の、日本農家への対決的なやり方に反対している。また、長期的には、農産物貿易で巨大な利益をあげている穀物メジャーなど多国籍企業を通さない形で、日米農民の直接的交渉によって貿易を考えていくのが望ましい、としている。

 この決議文、くわしくは一五〇ページをご覧いただきたいが、決議の背景などについてはさまざまな解釈も成り立つ。一つには、アメリカの農家からすると、日本が自由化しても、牛肉やオレンジではオーストラリアや南米に勝てずアメリカからの輸入はふえないばかりか、むしろ減ってしまうこと、あるいは日本が牛肉を自由化して畜産がつぶれればエサを輸出できなくなることなど、日本の自由化がアメリカ農家にとってかえって不利益になるという側面がある。そうした農家の当面の「打算」が働いているとみることもできる。

 また、この決議に署名した団体は「全米農民組合」など五団体で、いずれも小農場を組織している団体であり、この五団体のいずれかにアメリカ家族農場の三分の二が加盟しているという。そのため、これら団体に加盟する中・小農場はやがて衰退していく存在であり、残る農場こそアメリカ農業を代表する生産力・輸出力の高い大規模農場であって、これらはみな自由化要求に賛成しているのだ、という見方も成りたつ。

 しかし、より重要で本質的なのは、この中・小農民の団体が、アメリカの自由か圧力のもたらす弊害を、ひとりアメリカと日本の農家にとって問題なのではなく、世界農業の問題、ひいては国際経済の問題としてとらえていることだ。決議文では、現在のアメリカならびに世界経済の矛盾を解決し、全体の健全化をはかるのには、世界の家族農家を利するような政策こそが基本だ、と結論づけているのである。

 これはまさに、世界経済の混乱を正すための、アメリカの中・小農民による、「もう一つの国際化」宣言である。

食料で世界を支配する覇権的国際化

 つまり、いまアメリカには、二つの国際化の道がある。片やアメリカ通商代表部の動きに象徴される国際化であり、もう一つが、中・小農民が訴える国際化である。そのどちらが世界の未来を拓く道なのか。

 アメリカ通商代表部の目指す国際化の道の最大の特徴は、食糧を武器にして世界を支配しようとする国際化、つまり、「覇権《はけん》的国際化」であることだ。アメリカ中・小農民が訴える国際化の道は、世界各国の農民=家族経営のすべてが繁栄することによって世界経済を健全化する国際化の道、つまり「協調的国際化」である。二つは根本的に異なる。

 食糧を世界支配の武器にする覇権的国際化は、第二次世界大戦後のアメリカの世界戦略そのものである。世界支配の手段といえば、まず誰にでもわかるのが軍事力である。しかし軍事力と食糧の二つがあって、アメリカは初めて世界の覇者となりえたのである。

 戦後とくに一九五四年以降、アメリカは、自由主義各国に盛んに小麦を中心とする食糧「援助」を開始した。この「援助」は各国の経済復興をうながすのと同時に、各国に軍備増強をすすめるものであったことが重要だ。つまり、食糧を与えることで支配的立場に立ち、また他国に軍備を増強させながら自らはさらに強力な軍事力をもつことで、いっそうその支配的立場を強固にする。この戦略は確実に成果をおさめ、アメリカを頂点とする一大同盟ができあがった。

 ところが、食糧による覇権と軍事力による覇権をすすめ、それが成功すればするほど、アメリカの経済は破たんしていく。食糧援助には莫大な金がかかる。軍備増強はやはり莫大な非生産的な出費を必要とする。一九六〇年代、アメリカはベトナム戦争の泥沼化なども加わって、国家経済はきわめて悪化した。貿易収支の黒字は縮小、資本は海外へ流出、ドルの力が急速に衰えた。

 こうした国家経済の破たんをどうとりつくろうか。アメリカがとった道は、さらにいっそう覇権的な手法を強める方向だった(これが覇権主義の基本的宿命であり、やがて破たん状態はより深刻になる)。

 一九七〇年代、アメリカは食糧を戦略物資として使う政策を一段と濃厚に打ち出した。この政策のもとをつくった委員会には、食糧援助を機に膨大な利益をおさめ急速に成長した穀物メジャー・カーギル社の副社長が、委員長としておさまっていた。ニクソン政権のもと、政府と穀物メジャー=多国籍企業が一体となって、アメリカ穀物輸出大作戦が開始されることになったのである。その戦略は次の三本柱からなっていた。

 (1)まず、安い穀物価格と、条件のいい融資などをエサにして、他国にアメリカ農産物に対する魅力を感じさせる。

 (2)エサにくいついてきたら、自由貿易の名のもとに、相手国の関税を撤廃させるなど、輸出の障害をとり除く。

 (3)アメリカの農産物に対する海外諸国の依存度を高め、それが実現したら、作付制限を行なって不足状況をつくり出し、農産物価格の引上げを実現する。

 他国の食糧をアメリカ穀物でおきかえ、莫大な利益をあげる。この一段手のこんだ覇権的な政策のもとで、アメリカ農業は一九七〇年代急速に輸出産業としての性格を強めていった。アメリカの穀物輸出は、「一九七〇年には三六〇〇万tであったものが、一〇年後の八〇年には一億一〇〇〇万tと三倍強にまで増加した」「一九七〇年にはわずか一一%だったトウモロコシの輸出比(生産量に対する輸出量の割合)が一〇年後には三一%と、実に三倍近くにも増大した」(中村耕三「世界のパン籠は本当に大丈夫か」『世界週報』六十一年十一月十八日号)。

 一〇年の間に、数量で三倍、金額で六倍もの農産物輸出の拡大、耕作面積の三分の一にも及ぶ輸出向け生産の集中。一九七〇年代の空前ともいえるアメリカの穀物輸出ブームは、食糧を戦略物資とし、同時に国家経済を再建するというねらいからみて成功したのか。

米国経済を破たんに導く覇権主義

 答は、破たんの深刻度をますます深めたということに尽きる。八〇年代に入って、アメリカの農産物の国際競争力は急速に低下した。七三、四年の「食糧危機」の経験から、世界は穀物の増産に向かい、輸入国だったところが自給力を向上させてきた。またECやアルゼンチンなどが穀物輸出の競争相手となって登場してきた。

 こうしたなかで八〇年代前半、国内価格支持政策とドル高政策をとるアメリカの穀物は世界市場で割高となり、八一年をピークに輸出は急速に落ち込んでいった。八一〜八二年にアメリカの小麦輸出量は四九〇〇万tで、世界の小麦輸出に占める割合は四九%だったものが、八五〜八六年には二六〇〇万t、三〇%へと減少した。

 そこでいま、「強いアメリカ」を標榜し覇権主義が濃厚なレーガン政権のもと、輸出価格をぐんと低くして、輸出量=食糧支配力の回復をはかっている。しかし、このレーガン流食糧覇権は、低い輸出価格と農家の手取りとの差額を埋めるのに、膨大な財政支出を必要とする。農務省予算のうち、不足払いに当てられる「価格・所得維持費」は、一九八〇年に二七億$だったものが、八六年には二五八億$と一〇倍にもふくれあがり、財政赤字の大きな要因となって、経済破たんを深刻化させている。

 まさに、七〇年代の覇権的農産物輸出拡大路線(と軍拡路線)のツケがツケを呼んで、アメリカの莫大な財政赤字がもたらされているのである(その赤字というツケを、まともに返せるアテのない借金でやりすごすために、日本のカネがアメリカに流れやすくする条件づくりとして、日本に対してマル優廃止や公定歩合引下げなどの圧力をかけるという覇権主義。これがまた世界経済を混乱させる)。

 食糧を世界支配の手段にする「覇権的国際化」はなぜ破たんするのか。食糧を手段とすることがそもそもの間違いなのである。

 人間の腹に入る食べものの量には限度がある。生産を効率化して値段を下げたからといって、それまでの二倍も三倍も食えるものではない。世界的にみればどこの国でも、とくに主食の自給努力を払うのがふつうだから、長期的には世界市場はせばまっていく傾向にある。また覇権主義が成功し、食糧の自給が破壊された国の多くは、人びとに貧困が拡大して、食いたくても食えぬ状況が広がる。

 食糧で覇権主義を押しとおすのはそうそうたやすいことではないのである。食えない者に食わせようとすれば、またまた金がかかり、経済は破たんの度を強める。

 これが工業製品ならそうではない。自動車が半値になれば二台もつことは可能だ。またコンピュータは、生産を巨大企業に集中して効率化し、開発を先端的にすすめていけば、自国の支配的地位を保ちつつ、他国に次々と売りつけることができる。食糧はこれと全くちがう。

 食糧を工業製品と同じように扱って、これで世界を支配し、ゆがんだ国家経済の穴うめをしようとすればするほど、経済の矛盾は拡大するのである(軍備も似た性格をもっている)。

輸出拡大で米国農業が衰退

 さて、アメリカの中・小農民の「協調的国際化」。彼らが訴えているのは、アメリカの(世界の)中・小の家族農家の利益を守ることがアメリカ経済の破たん状態を解決し、世界経済を健全にする、ということであった。

「覇権的国際化」=食糧による世界支配の根本的な誤りを、自らの経営・生活の問題とつなげて把《とら》え得たのが、アメリカの中・小農民だ。

 一九七〇年代の空前の輸出ブームは、「輸出拡大こそ農民の繁栄をもたらす」「アメリカは世界の飢えを救うパン籠」といった美名・宣伝によってかきたてられた。しかし、輸出穀物生産を二倍、三倍とふやす中で、多額の土地投資、機械投資が必要となり、また化学肥料や農薬の使用量が急増した。借金の金利は高く、機械・資材もこのときとばかり大メーカーによって引き上げられた。ブームの内実は、高コストの大借金農業だった。

 その結果、七〇年代後半から農家経営は悪化し始め、八〇年代には農業不況へと暗転した。八〇年代初め、面積当たりの利潤は、六〇年代中頃の半分まで低下したという。農場当たりの所得はごくごくわずかの大規模農場に集中し、圧倒的多数の家族農場の取り分は大幅に縮小した。

「一九八一年に、全米総農場数のわずか一%(農産物の年間総販売額が五〇万$以上である農場)が、全米総農場の農業所得の三分の二を受けとっていたのである。……一〇年間にそのシェアは、実に四倍にハネ上がっていた」(ジェームズ・ウェッセル『食糧支配』鶴見宗之助訳・時事通信社)。

 食糧を工業製品と同様に扱っての戦略物資化は、農家経営を悪化させたばかりではない。食糧の生産基盤である農地をも、苛酷なまでに痛めつけた。化学肥料や農薬多投による土の悪化、輸出向けに単作化していくことによる風食や水食面積の増大。一年に一〇〇万エーカ(四〇万ha)以上の土地が表土流出にさらされ、五〇年後には六二〇〇万エーカル、アメリカの耕地の一五%にもあたる耕地が消える、あるいは一〇〇年で国内農地の表土がすべてなくなる、といった警告も出されるほどだった。

 こうした土壌破壊は、農民の経営基盤をゆるがすものであると同時に、保全費用はまた大きなツケとなって国家のふところを圧迫する。ここに、アメリカの中・小農民が、政府の自由化圧力、食糧をめぐる覇権的国際化に反対を表明する理由の一つがある。アメリカ農家自らの存立がおびやかされるとともに、農業の存立基盤そのものが失われることへの危機感があるからである。

協調的国際化の道が世界を救う

 冒頭で紹介した決議文に、「穀物メジャー=多国籍企業を通さない形で、日米農民が直接的交渉によって……」とあったことを思い出していただきたい。ここにも、「協調的国際化」の重要な内容が含まれている。

 カーギル、コンチネンタルなど巨大穀物メジャーは、世界の穀物貿易の圧倒的部分を握っている。アメリカの食糧覇権の政策に大きく関与しつつ、その政策に乗って、あるいは政策を逸脱(たとえばソ連への小麦輸出)して、膨大な利益を上げている存在だ。この穀物メジャーは、アメリカの中・小農民が苦境にあえぐかげで暴利をむさぼっているだけではない。

 たとえば、発展途上国へ進出し、外国産小麦を持ち込んでその国の主食農業を衰退させたり、あるいは、途上国の農業生産を輸出用作物に切りかえさせて主食農業を縮小させる、といった働きもしている。その結果、アメリカ同様に農地が荒廃し、またきわめて多くの人びとに飢えがもたらされる、というケースが少なくない。

 穀物メジャーを問題にしているのは、アメリカの中・小農民の利害からばかりではなく、穀物メジャーの動きが世界の農民、世界の農地・自然、世界の食糧の行く末を極めて不安なものにしているからである。そのことはまた、アメリカ経済の破たん状態をますますひどくし、ひいては国際経済の大混乱をまねくことにつながるからである。

 国際化には二つの道がある。世界の圧倒的多数の農民(消費者)と、食糧生産と自然を衰退させ、アメリカ・世界の経済の混乱を招く「覇権的国際化」の道と、世界の圧倒的多数の家族農家の安定をはかりながらアメリカ・世界の経済を健全化させていく「協調的国際化」の道である。

 いま、アメリカと日本の経済摩擦があるのではない。あるのは、覇権的国際化と協調的国際化のせめぎあいである。覇権的国際化の基本的な誤りを、政府・財界の立場からは自覚できない。誤りを身をもって悟ったアメリカの中・小農民が、まず「協調的国際化」のアピールを行なった。このアピールに呼応して、農産物自由化圧力に屈せず、真の国際化につながる家族農業の発展、それを支える地域づくりに、力強く取り組んでいきたい。

(農文協論説委員会)

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