主張
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農文協トップ主張 1997年7月号
いま、地域を興す絶好の時期
発想を変える4つのポイント

高齢者/地域市場/教育/ネットワーク

目次
◆日本一の高齢者村をつくろう
◆「地域の価値」を発見し、高め、住みやすい農村空間をつくる
◆小中学校の生徒は感動とドラマの授業を求めている
◆「地域」と「学校」とのネットワークを


 現行の農業基本法が制定されるまえに、まず総理府に「農林漁業基本問題調査会」が設けられた。この4月に、同じく総理府に「基本問題調査会」が設置されたが、その名称は「食料・農業・農村基本問題調査会」になっている。2年後に制定が予想される新農基法は、農業だけでなく農村という視点からも検討されるであろうことがこれでわかる。この点についてはわれわれも増刊号『新農基法に提案する』で大いに提言したところだ。
 しかし、農山漁村を地域社会とする市町村は、そんな新農基法の立法動向に左右されずに、これからの社会のあり方を見通して、地域色豊かな「農山漁村地域形成計画」を立て、実行していくことのほうが大切だと思う。そのポイントはつぎの4項目である。
 第一に、高齢者を活かすこと。高齢者の多様な個性・能力を活かせる条件と機会(労働市場)をつくることである。今までのような企業誘致によって雇用を増大させるのではない。地域自然を活かし、そこにしかない産業、国際化に負けない産業を興すことによって、それは可能である。
 第二に、その市町村にしかない固有の「地域価値」による地域(物産)市場を興すこと。今までのように大量生産のロットとコストダウンによって他産地と勝負するのではない。地域固有の価値観・味覚・好みに対応する地域物産を興し、多様な流通ルートを使って広めていくのである。
 第三に、食べ物と農業の地域教育を興すこと。今まで農村は「農工間の所得均衡」を目指して都会の子どもをつくるのに熱心であった。しかし、故郷の生産・生活の原体験が失われた今、普遍的・科学的な教育では「学ぶ意欲」「生きる力」が育めないことが明らかになった。食べ物と農業というきわめて個性的なものの持つ教育力を、農村空間という教育環境のなかでつくっていく。それが地域の子どもをつくるために必要な時代になったのである。
 第4に、以上の3項を一体的に推進するために地域情報ネットを興すこと。全国の先達に学び、その情報を地域化するための情報編集リーダーが育たなければならない。全国情報を地域化することは新しい実践をつくることである。その新しい実践による発見と創造が新しい地域情報を産む。こうして地域・経営をつくる新しい実践がそのまま固有の地域情報をつくる活動になり、世界に向けての情報発信基地になっていく。そのような新しい住民運動を興すことが必要なのである。

◆日本一の高齢者村をつくろう

 これまで地方の経済を活性化するという目的のために、農村工業を導入したり、事業導入によってさまざまな施設を作ったりしてきた。しかし、それらは円高になると安い労働力と安い原料を求めて海外に移転したり縮小されたりして、必ずしも過疎対策には結びつかなかった。市町村別の『地域活力図鑑』(全10巻、農文協刊)をみると、80年代後半からそうした状況にある市町村が大変目につく。
 経済の活性化を先に考えるのではなく、新しい人生80年時代のライフスタイルを実現する場としての地域づくりを先に考えなければならないのである。今そこに住んでいる高齢者が長寿と健康を享受できる生産、暮らしづくりが先でなければならない。
 しかし現実に生きている高齢者は、行政とマスコミの「高齢者お荷物観」キャンペーンによって、今の社会システムの中で行き場を失っている。高齢者が年をとるに従って人口移動率が高くなる傾向に注目した鰍X州地域計画研究所では「高齢者はなぜふるさとを離れたのか」の調査研究を平成8年1月にまとめた。高齢者が安心して生活を続けられる地域づくりを模索したこの調査では、65歳以上の高齢者が、高度成長期に大都市に転出した息子・娘のもとに後追い転出する例が急増している実態やその背景をさぐっている。沖縄県浦添市・宣野湾市の出身者が故郷に残った親を呼び寄せたケースでは、次のような聞取り調査の結果が報告されている。
 (1)宮古の城辺町から親を呼んだが、出てきて3日目に「都会の生活に飽きた、島に帰りたい」といって帰っていった。高齢で独居しているのは心配だと呼んだのだが、都会に連れてきても車が多いので外を散歩することもできず、1日中テレビを見るしかすることがない。退屈で苦痛の3日間だったのだろう。(2)都会に呼んだ親が田舎に帰りたいといっても、孫も血縁者も田舎に残っていない場合は、親に我慢してもらって都会に住んでもらうことになるが、すぐに病気がちになったり、体調を崩したりしてしまう。運動不足になる上に、話し相手もいないからだと思う。(3)都会に呼んだけれども、以前からの高齢性痴呆がかえって進行し、仕方がなく施設に入れたらすぐに亡くなってしまった。もっと、田舎ののんびりした場所で最期を迎えさせてあげたかったと悔やんでいる人がいる。
 故郷から都会への人口移動は、生きがいを失わせ、命を縮めさせる。だから、今そこに生きている高齢者が生き生きと暮らせる村づくりこそが重要になる。「ここが暮らしやすいから高齢者がたくさん住んでいるのだ」と胸をはれる村づくりを推進しなければならない。それはとりもなおさず、今ライフスタイルの変革を求めている都市高齢者が故郷に帰還できる条件をつくることである。
 農村の高齢者は、すでに「生涯現役」であり「プロシューマー」(生産する消費者)であるというライフスタイルを実現している。都市の高齢者は、そうした農村の高齢者のライフスタイルを求めはじめた。日本1の高齢者村をつくる条件は成熟してきたのである。高度成長期に村から都市に職を求めて転出した人々はちょうど定年間際になっている。まずその世代の同窓会づくりから開始して、農村に人を呼び戻そう。

◆「地域の価値」を発見し、高め、
住みやすい農村空間をつくる

 農村の都市への働きかけは地域に活気をもたらす。そればかりでなく、高齢者を中心としたグループが地域の負の資源と思われていたものや、この間顧みられることのなかった資源を顕在化して地域に活力をもたらしている事例が増えてきた。
 愛媛県新宮村もそのひとつである。「小さな産地だけど、土着天敵の力を借りて村じゅうで無農薬茶」に励む防除革命の最先端村だ(本誌6月号巻頭特集)。この地では65歳以上が3割を超え、担い手不足が深刻な山間傾斜地を抱えた村だからこそ「年とっても続けられる無農薬栽培」が求められていた。昭和58年、たまたま脇さんというお茶農家の家族3人が入院してひと夏農薬散布ができなかったところ、秋にはクモやハチが殖えていた。これに驚き感激した脇さんが、農薬をかけない栽培を決意したのがことの始まりである。それは放任栽培を決意したのではない。「茶畑周囲の杉の木を伐って雑木を植え、天敵が入りやすくする。病害対策として山草をしき込み、山茶が丈夫に自生している状態に近づける」など、農村に眠っている知恵を駆使し、天敵が活躍し作物が病害虫を寄せつけないような環境を村じゅうで作っていった。
 高齢者が「生涯現役農業」をやっていく上で、そして農村を都市型高齢者をも含めた農都両棲空間にしていく上で、本誌6月号で紹介しているような「防除革命」は決定的な意味を持っている。自然力を豊かにし、身体を健康にする働き方に農作業を変え、ゆとりのある経営をつくる防除革命は、「地域価値」を高めて物産と市場を興し、「豊かな高齢社会」をつくる最大のポイントである。

◆小中学校の生徒は感動と
ドラマの授業を求めている

 また、地域を興すには地域教育の確立も大切である。なぜ教育なのか。生活科が始まって体験学習、調べ学習、課題研究など地域を教材にする科目が増えてきた。昨年の中教審答申では「ゆとり」と「生きる力」が21世紀の教育の中心的キーワードとして謳われている。耕作に手が回らない遊休農地や減反田は、これからの教育にこそ必要なものである。農村は遠くの消費者に働きかけるより前に、地域の学校、子どもたちに働きかけるべきだ。実はそうした動きは各地に澎湃として起こっていて、6月末発行の増刊現代農業『楽しいね、食べ物教育・農業教育』(仮題)に詳しく報告される。
 ここではブラックボックスと言われている教育現場で一体何がおこっているかを中心に見ておこう。
 「インターネットのホームページで、『現代農業』の主張のタイトルを見ました。それで96年1、2、5、7月号の主張の中身をぜひ見たいので、ファックスを送ってもらいたいのですが」。ある教育学部付属小学校社会科専任のF先生からの問い合わせである。小学校5年生の社会科で米についての授業をしたいと思って、インターネットを使っているうちに農文協のホームページ「ルーラルネット」にたどり着いたわけである。
 ちなみに、ルーラルネットの無料ホームページには、『現代農業』95年1月号からの「主張」のタイトル一覧と、(F先生は気がつかずにファックス請求されたが)全文が載せてある。F先生が見たいと思ったのは
 ▽1月号…農家が自由に米を売れることの意味
 ▽2月号…「生産調整」ではなく、「生産創造」を
 ▽5月号…今年、思いっきりおいしい米をつくって産直しよう
 ▽7月号…米産直を核に新しい食品流通を創り出そう である。
 「今、日本国内では米の産直が多くなっているようですね。でも、一方では生産調整の強化とか、ミニマムアクセス米の輸入枠の拡大などいろいろあります。これをどう教えたらよいか、米をめぐっての授業をやりたいんです。それで材料を集めているところです」と言う。
 実際に5年生の1学期に使われている教科書「新編 新しい社会」を見ると、じつは47ページもを「わたしたちの生活と食料生産」として農林漁業に割いているが、中山間地農業の難しさとか生産調整とか食べものの安全性のこととか、社会科の教師でなくとも農業の専門家でさえ、どう教えるか悩んでしまうに違いない内容なのである。それでも熱心な先生はこのようにして自分で教科書にはない生きた情報を集めている。
 地域の農家を臨時講師として登壇させることも盛んになってきた。全国農業協同組合中央会の企画でつくられたビデオ「学校農園でいきいき農業体験――地域の農家がぼくらの先生」は、千葉県我孫子市立第二小学校での「農業を体験させるなら、半端でなく本格的に!」という地域と学校の思いで実現している教育の実際をえがいたものである。1年生の野菜つくりから5年生のモチ米つくりまで、毎年様々な農業体験を積み上げていく中での子どもたちの成長や学校と地域・家庭との関係の変化が描かれている。
 教育にお子様ランチはいらない。今の学校教育の問題点や、今の子どもの足りないところをあげてメニュー化しても、所詮それは対症療法の域を出ない。本当は子どもたちに「自分は大人になったら△△になろう」という夢や欲求がなくなっていることが問題だ。いやむしろ子どもたちにそれがないのは今の社会と大人のあり様が拒否されていることに他ならない。高齢社会悲観論がそうさせているのである。
 しかし、「生きる力」の教材は地域の中に無数にある。そして「生きる力」の先生は地域に無数にいる。それらを全部取り込んで21世紀型の教育は創造されなければならない。過疎地農家の自然な暮らしづくり、生きざまをかけた農業と生活の知恵のエネルギーが、そのままで子どもたちに「感動とドラマ」を感じさせるのである。子どもたちはそこにすばらしい自らの未来を見る。

◆「地域」と「学校」とのネットワークを

 今1番必要なことは、都会の定年退職者・その予備軍が故郷の小中学校を介してふるさとを守ってきた同級生農家とつながることである。インターネットなどの新しいコミュニケーション手段も駆使しながら、固有のつながり(ネットワーク)を回復することである。バブル経済がはじけるまで、あるいは平成大凶作がおこるまで、都市型高齢者は故郷を忘れることができた。それが21世紀を目前にしたいま、ふるさとに目が向きはじめた。大地に根を生やした人生を模索しはじめたのである。このネットワークを成功させるものは、何よりも農村地域自身の内部ネットワークである。
 今年で、第14回を迎える日本教育新聞主催の「教育総合展」が7月23日から3日間、千葉県幕張メッセにおいて開催される。今年度の最大のテーマは「農村は「生きる力」の教育空間」である。市町村が持つ「農村空間」、それを構成する山・川・田畑・動植物などの自然、それに働きかけ働きかけられる農家とコミュニティが結びついたとき、新しい教育がつくられることを、この総合展ではシンポジウムと実物展示で余すことなく表現する。地域・地方の発展を願う人、「生きる力」の教育を創造したいと考えている人、それを応援したいと思っている人、それらのすべての人々の協力で教育総合展を成功させたいと思っている。
 「地域」と「学校」を結ぶネットワークこそが、農村と都市の双方が元気になるキーポイントだからである。
 『現代農業』『農業技術大系』『日本の食生活全集』をインターネット上で検索できる「ルーラル電子図書館」は、このネットワークの交流情報館として構築されたものである。また、『現代農業』本誌の全ページの写真をカラー化したことは、学校でも使えるものになったことにより、地域と学校とのネットワークの情報的基礎になったと確信する。
 地域教育、地域のネットワーク確立のため、都会から人を呼び戻すため、そして地域を興すため、読者諸兄の全面的な奮闘をお願いする。 (農文協論説委員会)


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