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農文協トップ主張 1999年6月号

作物、圃場、地域の3つの空間を生かす
防除の変革

新しい防除は生きものも人間も元気にする


目次
◆「香りの畦みち」構想の大きな影響力
◆各地で広がる「景観形成作物」の利用
◆防除からみた3つの空間
◆地域空間―地域の植生と農薬散布状況
◆いのちの連鎖を空間に多様に配置する
◆防除の大変革にむけた情報ネットワークを

 「防除の変革で地域を豊かな生命空間に」しよう(昨年6月号の「主張」)という取り組みが、各地で大きく広がっている。土着天敵を生かすことを基本にした防除の変革は、防除=農薬散布というこれまでずっと続いてきた見方をすっかり様変わりさせ、今、防除は、生きものも人間も元気になる地域の空間づくりにむけた、大変おもしろい、やりがいのある仕事になってきた。

「香りの畦みち」構想の大きな影響力

 北海道美唄市では、昨年の本欄でも紹介した今橋道夫さんらがつくった「元氣招会」の取り組みがきっかけになって、こんな動きがおきている。地元の農協の販売部長さんが、米販売のために広島県の米卸に出向いた時のこと、相手の部長さんが「お宅の米の特徴を聞かせてもえませんか」と尋ねてきた。その時、「減農薬米とかいっても、通用しないな」と思った販売部長さんは、元氣招会の農家が進めている「香りの畦みち」構想の話をしたのである。

 この「香りの畦みち」構想は、畦にハーブ(ミント)を植えてカメムシを防ごうという取り組みだ。イネ科ではないミントにはカメムシがつかない。イネへのカメムシ被害は、畦のイネ科雑草についたカメムシが水田に移行して発生するので、ミントが畦を覆うとカメムシの被害がでなくなる。こうして、防除しなくても斑点米の発生を防げるようになったのである。カメムシの農薬散布をやめ、畦草への除草剤もやめた結果、田んぼにはクモの巣がたくさんみられ、トンボがいっぱい舞うようになった。ミントは花もきれいで香りもいい。今橋さんたちの米を買ってくれているパートナー(今橋さんは顧客をそう呼ぶ)にも魅力的で、昨年の春のイベントでは、30人以上が家族づれできて、2000メートルの畦にハーブを植えてくれた。

 そんな話をしたところ、「それはおもしろそうですな」となり、後日、大量の注文に進んだのである。ところが、そうは話したものの、ハーブの水田で米をつくっているのは元氣招会の農家だけで、それだけではぜんぜん量が足りない。こうして、この春の農協総会で、「ハーブの畦みちつくり」の事業計画が提案され、了承されることになった。その計画にもとづいて組合員に参加を募集したところ、25地区の農家が呼びかけに応え、ハーブの畦は予測の五倍近い、総延長6000メートルものスケールになった。今橋さんもこれまで蓄積してきたノウハウを公開し、農協ぐるみの取り組みを支援している。

 こんな反響もでてきた。「北海道土地改良連合会」がこの取り組みに注目し、今橋さんも講演に呼ばれ、大型基盤整備事業に、畦にハーブを植える事業をセットして行なうことが検討されているという。

 カメムシの防除から始まった取り組みが、水田の生物相や景観を豊かにし、消費者との結びつきを強め、米の販路を広げ、土地改良事業のあり方にまで影響を与えることになった。無農薬とか減農薬というレッテルではなく、人と生きものでつくる地域の豊かな空間が、大きな影響力を発揮しているのである。

各地で広がる「景観形成作物」の利用

 畦のハーブは、害虫を減らし、新しい景観をつくる。こうした「景観形成作物」を取り入れようという動きが各地で盛んになってきた。平成2年度からの水田農業確立後期対策事業でも、景観形成作物の活用を取り上げている。

 全国の380の農業改良普及センターが行なった畦畔雑草の調査によると、困る雑草として、ヨモギ、メヒシバ、ヒエ類、ススキ、スギナ、ギシギシ、オヒシバ、エノコログサなどがあげられている。大半がイネ科雑草で、これらはイネと共通の病害虫のすみかになり、大型の雑草は作業の邪魔になったりもする。そこで、景観づくりも兼ねて、各種の「グランドカバープランツ」を活用する(注1)。

 富山県井口村では、圃場整備と並行して、畦畔にシバを植えることにした。その結果、除草が楽になっただけでなく、カメムシなどの害虫が激減した。シバはイネ科ではあるが、イネと共通する害虫はほとんどない。畦畔のシバは地域の景観を変え、空き缶拾いや花壇の手入れなどに参加してくれる人も多くなり、夏休みやお盆休みには村に帰省した人が積極的に草刈りの手伝いをしてくれるという。ただし、反面「子どもたちが植物や昆虫を捕る場所が少なくなった」などの声がでてきて、そこで村では予定を変更し、人手がなくてシバを植えられない家の水田畦畔を「雑草の園」として、残すことにした。

 山梨県白州町では、畦畔にシバザクラを植える取り組みが行なわれている。これで草刈り労働が軽減されたが、それでも除草は必要だ。そこで町内の花好きの有志五六名で「花のボランティアの会」が結成され、植付けや除草作業に参加している。町内に別荘をもつ都会の人も汗を流し、町内の企業から協力が寄せられたりして、地域ぐるみの取り組みに広がった。今、地元では、「シバザクラまつり」を計画している。

 転作田の利用もある。赤城山麓の田園地帯、群馬県新田町では、県の事業を活用して転作田にコスモスとヒマワリを導入した。これにコムギとイネを組み合わせる体系である。開花期間中には、花畑マラソン、写真コンテスト、お花畑芸能大会などが開かれ、地場コーナーでは地元酪農協の乳製品やアイスクリーム、新鮮な野菜、そして生活改善グループの皆さんの手づくり味噌やヒマワリの実を利用した饅頭が人気を呼んでいる。コスモスやヒマワリの茎葉をすき込んだ水田では、コムギやイネも順調に育っている。とくにヒマワリはVA菌根菌の密度を高め、土のリン酸を効きやすいように変えてくれるので、後作の生育もよくなる。その実はナッツとして利用でき、油もしぼれ、その粕も有機質肥料として利用できる。

 農家による景観形成作物の利用は、花で地域を美しくするだけではない、多様な展開をみせる。

防除からみた3つの空間

 さて、防除に話をもどそう。景観形成作物を入れるとそこに新しい生物相が生まれる。それが、土着天敵の供給源になれば理想的だ。生物相は空間的なものであり、防除の変革の基本になる土着天敵の活用は、空間への着目からはじまる。そして、防除からみた空間は、3つに分けることができる。作物空間、圃場空間、地域空間の3つである。そうみることで、防除の作戦が立てやすくなる。

 一番目の作物空間。一つの株でも葉の表と裏、株の上部と下部では生物相も害虫の発生のしかたもかなり違ってくる。典型的なのはチャである。チャの表面の摘採面には葉が密に繁り、そのため通常の農薬散布では樹の内部へは農薬が届かない。そして、この樹冠内部には多くの土着天敵が増殖し、害虫を抑える重要な役割があることがわかり、これに注目した新しい総合防除体系が構想されている。具体的には害虫密度が少ない一番茶は農薬なし、新芽への加害が問題になる二番茶は農薬をかけるが、極力天敵への影響が少ない農薬を選択する。そして害虫も増えるが天敵の活動も活発になる三、四番茶は天敵主体でいく。こうした考えを基本にした三重県での3カ所の農家圃場試験では、農薬の使用量が慣行の36〜57%となり、被害もでなかったという(注2)。

 二番目の圃場空間。これにもいろんな方法がある。高木一夫氏(日本植物防疫協会)は、防除を根底から変える方法として「モザイク畑」と「周辺バリア植物」を提案している(本誌106ページ)。たとえば、野菜畑では、かつての都市近郊野菜地帯がそうだったように、多種類の野菜をモザイク状につくり、その境目には、チャ、クワ、ツゲなどの低い生け垣や、常緑の灌木を一定間隔で植える。こうして、天敵の保護(とくに越冬)を図るのである。先の水田畦畔の景観形成植物は「周辺バリア植物」でもある。

 こうした天敵温存植物は「バンカープランツ」とも呼ばれ、今月号でも、いろいろな活用法が紹介されている。

地域空間―地域の植生と農薬散布状況

 そして三番目は、地域空間である。地域の植生によって昆虫・害虫相が変わるからである。愛知県の農家・水口文夫さんが、興味深い指摘をしている(98ページ)。

 水口さんのところは市街化区域で、畑は分散しており、それぞれ周囲の状況がちがう。A圃場はキャベツ産地の一角にあり、キャベツ畑が連続している。B圃場は原野にあり、周囲には自然林や牧草地、茶園、花卉栽培、多品目の野菜畑などがある。C圃場は、となりに数名の家庭菜園がつらなっている。そして、圃場により害虫の出方が大きく異なる。A圃場では周年コナガが発生し、ブロッコリーなどを植えるとたちまちやられ、その他の害虫も多く、8回ぐらいの農薬散布が必要になる。それに対しB圃場では、害虫が少なく、ブロッコリーで3〜4回の農薬散布ですむ。C圃場は以前はA圃場と同じぐらい農薬散布を必要としていたが、周囲で家庭菜園が行なわれるようになって3年たった頃から病害虫が減りはじめ、いまではA圃場とB圃場の中間ぐらいだという。

 地域の作物や植生が多様であるほど、多様な天敵が活躍し害虫の被害が減るのである。土着天敵を活用する防除では、自分の圃場だけでなく、地域の農業や植生にまで目を広げなくてはならない。

 その場合、とくに重要なのは、地域全体の農薬散布状況である。これを変えることで、地域の昆虫・害虫相が変わる。埼玉県本庄市の野菜産地では、こんな取り組みが進んでいる(115ページ)。

 平成5年ごろより、難防除害虫のハスモンヨトウの被害が深刻になり、そこで性フェロモン剤による防除に取り組むことになった。フェロモン(メスのにおい)でオス成虫をおびき寄せ、捕殺する方法だ。農家が利用しやすいように、ペットボトルでトラップ(捕殺器)をつくり、1000ヘクタールの圃場に1000個のトラップが設置された。トラップをみていれば地域全体の害虫の発生状況がよくわかり、いろんな発見がある。トラップにきたハスモンヨトウを食べにアマガエルや多くのクモもやってくる。そして、ハスモンヨトウが九月に増えるのは、春から夏の農薬散布で天敵が減ることが大きな要因になっていることがわかってきた。スリップスやハダニ、アブラムシなどの防除に使う有機リン剤や合ピレ剤が天敵の密度を低下させ、天敵がいなくなった畑でハスモンヨトウなどの害虫が大手をふって振る舞うのである。露地では本来、天敵によって8割以上が死滅するとされるマメハモグリバエの被害が問題になるのも、天敵が少なくなっている証拠だ。そこで、地域ぐるみで天敵温存にむけ、防除改善に取り組むことになったのである。

 冬に収穫するネギや地下部を収穫するヤマトイモは、夏に多少害虫がでても経済的な被害につながらないということで、極力農薬を減らす。農薬も天敵に影響の少ないものに変える。こうした夏作への防除改善の結果、秋作も農薬を減らすことができた。こうしていい循環がはじまった。

 ペットボトルによるトラップ作りには、市内の小学生も参加している。どうも、新しい防除には、人を呼び込む力があるらしい。「食の安全性が叫ばれる昨今、本庄市の野菜がきっと皆さんの食卓を楽しませてくれることと思います」と、本庄普及センターの畠山修一さんはいう。

いのちの連鎖を空間に多様に配置する

 以上、作物、圃場、地域の3つの空間をめぐって、新しい防除のありようをみてきたが、この空間的な生物相は、じつは、四季を通した生物から生物への時間的なつながりによってもたらされる。

 たとえば、バンカープランツとして、ムギが注目されている。ムギにはムギクビレアブラムシが寄生し、その天敵であるアブラバチやショクガタマバエなどがすみつく。そこで、秋にムギを播き、さらに春にもムギを播いてその間にナスを定植したところ、ムギからムギへアブラムシとともに移った天敵が、夏までナスのアブラムシを抑えることがわかった(78ページ)。かつて広く行なわれていた麦間を利用した野菜つくりは、天敵を引き継ぐ仕組みでもあったのだろう。冬に裸地にすると、この力が弱くなる。

 ところで、最近、田畑からの窒素の流亡による地下水汚染を防ぐにも、ムギなど冬作の意義が大きいことがわかってきた。畑では秋から冬にかけて土壌の硝酸態窒素が増加し、しかも秋になると水の動きが下方に向かうようになり、こうして、硝酸態窒素が流亡する危険が高まる。普通の畑では、窒素流亡の大半が秋から冬にかけておこるらしい。冬作があればこれらの窒素が利用されて流亡はほとんどおこらないが、裸地ではそうはいかない。天敵を引き継ぐ冬作は、「環境保全」にも役立っていたのである(注3)。

 作物から作物へ、あるいは作物から周囲の植生へとつながるいのちの連鎖、これを空間に多様に配置する。地域の豊かな生命空間が、防除の土台をつくる。

防除の大変革にむけた情報ネットワークを

 冒頭に紹介した今橋さんは、今、畑版「香りの畦みち」構想に挑戦しはじめた。しかし畑は、作物、圃場、地域の3つの空間とそのつながりが大変複雑で、水田のようにはいかない。そこで今橋さんは、畑にいる天敵とそれがついている植物を調べて記録することにした。いろんな発見があっておもしろいが、限界も感じていて、次のようにアピールしている(70ページ)。

 「やはり畑は複雑でとても一人では調べようもありませんし、普遍的で再現性のあるデータをとるには、個人レベルではできそうもありません。全国で自分の畑の天敵を調べて情報交換しあっていくことにより、土着天敵による農薬不要栽培が可能になるのではないでしょうか。関心のある方、農文協を仲介役にお願いして情報交換をしましょう!」

 土着天敵を活用する防除は、今始まったばかりである。地域に固有の昆虫・害虫相の実態を把握するには、今橋さんのいうように、全国的な情報が力になるし、専門家の研究成果も大いに活用したい。地域の指導機関の役割も大きい。

 農文協から発行している「病害虫防除資材編」では、「土着天敵天敵資材」という巻を設け、土着天敵のカラー写真とともに、その見分け方、生態、農薬の影響、そして採取・飼育・増殖法までを解説している。自分の田畑にどんな天敵がいるか、それはどこにすみ、どこからやってくるかを調べるのに、大いに役立つ。また、作物別に防除法を扱った他の巻では、トマト、ナス、イチゴ、キャベツ、ダイコン、カンキツ、リンゴ、ナシ、チャなどの土着天敵を生かした実践的な総合防除体系例が14例紹介されている。「病害虫防除資材編」に収録されている専門家の知見に自分の田畑の発見を加え、情報交換をしていくことで、自分の田畑の、そして地域の昆虫・害虫相がみえてくる。防除の大変革にむけた情報活用の拠点として、本書をぜひ活用していただきたい。

 景観形成作物も含めて、地域の作付けや土地利用を構想する。多様な生きものがいて、地域住民や都会の人間にも魅力的な地域の空間づくりを構想する。消費者との結びつきも深まる。こうして、産直的販売が広がることで、作付けや土地利用もますます多様になっていく。

 今始まった新しい防除は、生きものも人間も元気になる地域の空間づくりの構想力に支えられ、これを支える。

(農文協論説委員会)

注1 以下の3つの事例は、有田博之・藤井義晴編著「畦畔と圃場に生かすグランドカバープランツ」(農文協刊)で紹介されている。
注2 「病害虫防除資材編」第9巻・チャ「総合防除の考え方と実際」(河合章)より
注3 詳しくは、有原丈二著「現代輪作の方法―多収と環境保全を両立させる」(農文協刊)をごらんください。


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