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農文協トップ主張 1999年9月号

今、中山間地は日本の“先進空間”

高齢者の「生産革命」が新しい福祉と教育をつくる


目次
◆農業・福祉・教育の大転換が始まった
◆中山間地の不利な点に有利性をみる
◆不利が有利になる条件が大きく広がった
◆高齢者パワーで村の福祉が明るくなる
◆じい、ばあ世代と孫の世代がつながり、教育が変わる
◆農村が読書・情報の先進空間になって都市をリードする

農業・福祉・教育の大転換が始まった

 これからの農村を考えるうえで、大きな課題が3つある。

 農業をどうするか
 高齢者福祉をどうするか
 教育をどうするか
の3つである。

 そして今、この3つに大転換ともいえる新しい動きが急速に広がっている。

 農業では、産直の大きなうねりである。農水省婦人・生活課の最近の調査によると、朝市や観光農園、加工や農村レストランなどに取り組む農村の女性起業のグループ・個人は6000を超え、この数は5年間で3倍になっている。ほぼ1市町村に2つある計算だ。これ以外にも数字にあらわれないさまざまな取り組みが行なわれている。イギリスの「産業革命」に始まる工業化社会とその農業への適用である農業近代化が大量生産、大量流通を基本にした「画一的生産」であるのに対し、この産直、加工、農業の六次産業化の基本は多品目・少量の「個性的生産」である。その主な担い手は女性と高齢者であり、その素材も労働も産物も地域的で個性的である。農文協では、この農業の大転換を「生産革命」と呼んでいる。

 高齢者福祉も、その基本が大きく変わってきた。医療費負担が増え、介護保険導入にともなう市町村財政の圧迫や個人負担の増大が見込まれる中で、福祉を医療や介護にとどめず、健康を守り、生きがいをつくる運動にしようという動きが各地で広範におきている。国の施策にも変化がみられ、たとえば厚生省では新しく「在宅高齢者に対する生活支援・生きがい・健康づくり対策の総合的な実施」にむけた「在宅高齢者保健福祉推進事業」を100億円規模の予算措置で来年度よりスタートさせる。要介護者むけの事業から元気な高齢者も含む健康づくりへ、事業目的を転換、拡大させたのである。

 そして、教育である。先月号の本主張欄で述べたように、2002年からの「総合的な学習の時間」の新設に代表される教育の大改革が進んでいる。小学校から高校まで、国語や算数に次ぐ大きな時間があてられるこの授業時間は教科書もなく、教育内容は学校ごとに決めることになっている。そこでは、地域の人が「社会人先生」になり、地域の生産や暮らし、歴史や文化に触れるなかで自ら学ぶ力を育て「生きる力」を育むことがが重視されている。歴史上初めて、市町村が教育を担い、つくる時代になったのである。

 そして、暮らしにかかわるこの3つの大転換は、「不利地域」とされる中山間地の農村に、新しい生き方と価値をもたらすことになった。

 時代は変わった。今、中山間地は、3つの大転換を進める「先進空間」になろうとしている。

中山間地の不利な点に有利性をみる

 それでは、中山間地の「生産革命」はどのようなものだろうか。今月号の特集「いきいき中山間地 山の上に千客万来」で紹介した事例から、この点を整理してみよう。

 中山間地の特徴は、当然ながらまず山があり、耕地は傾斜地が多いことにある。そして高齢化が進んでいる。大量生産・大量流通の近代的な農業には明らかに不利だ。しかし、発想を変えて、不利な点をすべて有利な点としてみると、いろんなことが見えてくる。

 山は、山菜やキノコなどの地域資源の宝庫であり、標高が高いので、夏でも涼しく、昼夜間の温度較差が大きく、それが作物の味・品質を良くしてくれる。「畑は地味が肥えているわけでなく、雨が降っては硬くなる厄介な畑も多いが、それだけ育ち方がじっくりして味が濃い」と静岡市天竜市のおかあさんたちはいう。トマトもピーマンも色はきれいで甘みが強い。花の色も鮮やかで、そんな条件を生かした花卉産地もある。

 そして山は、都市民にとって大きな魅力になる。山形の米沢盆地で「麦わらぼうし」というハーブと栗を生かした観光農園を経営している鈴木藤一さんは、「そんな山の中に客なんか来ないから、やめたほうがいい」という県の担当者に対し、「背景に山や川、自然がふんだんにあるところだからこそ、自家産物の店が生きるんです。国道のそばや住宅のそばに店をつくったんじゃ普通の土産物屋と同じになっちゃって、全然ダメなんじゃないでしょうか?」と反論した。天竜市のおかあさんは、観光地もないのに人がたくさんやってくる理由について、「何もないことが文化なんですよ」とお客さんに教わった。

 耕地は傾斜地が多いということは、多品目少量生産に向くということである。先の「麦わらぼうし」の棚田の転作田は、大きな自家用畑のようで、200種以上の野菜やハーブなどがつくられている。高知県大豊町の「庵谷水稲生産組合」がつくった農業公園にはクリやカキ、ウメが植えられ、ワサビ田もあれば4000匹のアメゴが泳ぐ池もある。起伏のある地形が、それぞれちがう特性をもつ作物をうまく配置するのに有利にはたらく。最近では「傾斜地資源」という言葉もある(四国農試・戸澤英男氏)。たとえばハウスを従来と発想を変えて傾斜に沿って建てると、上のほうと下のほうでは温度がちがうので収穫時期を分散できるという有利性が得られるという具合だ。

 そして高齢化だが、多品目少量生産には高齢者の力こそが頼りになる。重労働はむりだが、こまごとした仕事は得意だし、健康にもよい。阿蘇の蘇陽町の「ブルーベリーの里」は小さい実を一粒一粒根気よく収穫してくれる高齢者によって支えられている。高齢者は農薬散布は苦手で、農薬をできるだけ使わない作物や栽培法が選択され、それと品質・味がよいという特性があわされば、食べものとしての価値は一層高まる。そして、山菜など山の資源のことを一番知っているのも高齢者であり、アケビやブドウのツルなどで工芸品をつくる技をもっているのも高齢者である。地域資源の活用は高齢者ぬきにはおぼつかない。

 地域資源に富み、できる作物は安全でおいしく、これを利用したり栽培するのに最もむいている高齢者がたくさんいる。そしてこの有利性が、中山間の「生産革命」を可能にする。

不利が有利になる条件が大きく広がった

 さて、これほど有利な条件があるのに、耕作を放棄する田畑が増え、過疎化が進んだのはなぜだろうか。

 実は、中山間がもつこれらの有利性は、農業そのものの特質なのである。近代化以前の自給を基本にした農業は、地域資源を生かし、多品目少量生産で、高齢者も生涯現役で働き、それで暮らしが成り立っていた。しかし、その農業は、その後のお金を多く必要とする生活を支えることはできなかった。農業を近代化し、商品生産することなしには、農業で暮らしを立てることができず、この点において不利な中山間は苦境に陥ることになった。しかし、今、時代は変わった。中山間ならではの特徴、農業が本来もつ特質が、有利にはたらく条件が大きく広がってきたのである。

 まず、世の中が変わった。安全でおいしい食べものを求める人々の気持ちはますます高まり、中山間の農村がつくりだす景観に魅力を感じる市民がどんどん増えてきた。産直や観光農園という形で、こうした都市民とつながることで、農業の特質を失うことなく(失えば有利性は消える)、経済的にも成り立つ農業ができる。

 農業のやり方も、昔とは変わった。高齢者でもやれるように、技術が進歩したのである。これを、駆使できるかどうかが、極めて重要になる。

 大豊町では、足がぬかるんで仕事がしにくい棚田を小規模基盤整備で変えたことが、農家を元気にし、その後の市民を巻き込んでの棚田を守る取り組みを可能にした。中小機械の利用で昔のような重労働はいらなくなっているし、道路も整備され宅配便という小回りの利く流通手段も発達した。高齢者にむいた小力作物、小力技術もいろいろある。「不利」を「有利」にできる技術的条件ができてきたのが、現代の特質なのである。

 そして、加工が中山間の有利性をさらに大きくふくらませる。中山間には良質で多様な地域資源がある。食品加工だけでなく、木工や竹細工などの工芸、炭焼きや木酢づくりなどの「農村工業」の展開も可能だ。こうした六次産業化、総合産業化によって中山間地はますます魅力的な「農村空間」になる。

 そこでは、高齢者が「生涯現役」で楽しく働き、それが「福祉」の土台をつくる。ブルーベリーが高齢者の仕事をつくり、生きがいをつくっている蘇陽町の一人当たりの老人医療費は、県下で最も低い水準にあるという。高齢者が元気に働くとき、村の福祉は明るくなる。こんな取り組みもある。

高齢者パワーで村の福祉が明るくなる

 愛知県足助町。奥三河地方の都市近郊山村である。高齢者率26%のこの村で兼業農家を中心に「明るく元気な高齢社会づくり」が進んでいる(注1)。今から20年前、「三州足助屋敷」という、昔の自給自足生活を再現した、高齢者が主体の「生きた民族資料館」が開設された。機織り、ワラ細工、紙すき、竹細工などを実演し、工芸品を販売している。当初は、そんな古臭いことをやってだれが見にくるかとか、お年寄りを見世物にするのか、という批判があったが、いまでは、どのお年寄りも生きがいをもって取り組んでいる。

 「足助屋敷」が「昔からの伝統文化、生活文化をお年寄りの生きた技で伝える空間」なのに対し、足助町の福祉センター「百年草」は、「年寄りが未知のものに挑戦しようという空間」だ。年寄りが主役になって何かをする場があってもいいじゃないかということで、ハムつくりの「ジジ工房」、パンづくりの「バーバラはうす」がつくられた。しっかり販売するが、すべて町内むけ。お年寄りだからていねいにつくるだろうという安心感も生まれ、ハム加工で1億5000万円、パンで7000万円もの年間売り上げがある。「福祉施設自体が金を稼ぐ場でもあるという施設にする。そうしていかないと、財政力に弱い過疎の山村は、維持費でまいってしまう」と矢澤長介町長。高齢者が「生産革命」を担うとき、村の福祉の展望が開ける。経済的な基盤をかためつつ、「独自のライフスタイルを築いていくことが、足助町に住むことのプライドになる」、そんな町づくりをめざしているのである。

じい、ばあ世代と孫の世代がつながり、教育が変わる

 そして、高齢者の生産革命は教育を励ます。「足助屋敷」案内パンフには、次のように書かれている。

 「ここの手仕事は民芸でも伝統工芸でもない。自分の生活に必要なものは自分でつくる、したたかな山の生活が甦っただけなのだ。土から離れ、手足を使わなくなった現代の生活が、慈しみを忘れ、いかに貧しいものかを考えてみたいものだ」

 そのメッセージは子どもたちに伝わっていく。「機を織るということがどういうことかは、百科事典を見ればわかることで、そうではなくて、おばあちゃんの生き様みたいものが伝わるような体験をしてほしい」と、館長を務めたこともある矢澤町長はいう。「お年寄りたちは、子どもたちに丹念に話してくれました。それは自分の孫に話すのと同じ気持ちだったと思うんです」。子どもたちは、年寄りの技に触発されて、竹を削り、竹とんぼをつくっていく。

 「一番苦労した者が今はまだ地域にいる。じいやばあはそうした生活の姿を我が子には伝えたいと思っている。が、しかしそんなつらい思いはもうさせたくないと子には語らなかった。また、高度経済成長で豊かになり始めたのが今のPTAの世代だ。だから地域の生活の姿や知恵はそれほどは我が子には伝わっていない。でも話を聞いてくれる孫がいることで元気になれる。伝えたい初草の生活の姿の大切さを孫が親に見つめさせてくれた。学校がその場を提供してくれるんだったらありがたい。元気にならんと嘘になる」

 これは、徳島県穴吹町のあるお年寄りの話である。穴吹町立初草小学校では、「総合的な学習の時間」を先取りする形で、村の長寿会と協力してコンニャクやソバ、ダイズ、石うすを素材にした授業つくりに取り組んでおり、そうした実践のなかでのお年寄りの言葉だ(注2)。

 「地域の生活の姿と知恵」は、具体的な「もの」と「こと」の物語として語られ、高齢者の仕事ぶり、技は無言のうちに、その背景にある地域の自然と人間のかかわりを子どもたちに感じさせる。それが、学習・教育の動機を見失っている子どもたちを励ます。科学知識を教えるというこれまでの学校教育は、家族や地域の教育力があって成り立っていた。その力が著しく弱まり、学校教育そのものが成り立たなくなってきたがゆえの「総合的な学習の時間」であり、だからこそ地域学習が必要なのである。そして、中山間には、暮らしをつくる産業として農業が築いてきた「歴史的生命空間」が今でも根強く息づいている。そうした農業の歴史を身体に刻み、今「生産革命」を進めるじいちゃん、ばあちゃん世代と孫の世代がむすびつくとき、教育は変わる。

農村が読書・情報の先進空間になって都市をリードする

 「生産革命(産直)」と「福祉」と「教育」、これらが互いに支えあって農村の暮らしがつくられる。そして、この3つをつなげる資源と人材に富んでいる中山間地は、日本の中でいちばんの暮らしの「先進空間」になりうるのである。

 その場合、重要なことが2つある。「行政技術」と「情報・読書環境の整備」の2つである。

 行政技術とは、各種の事業の活用も含め、中山間地の特質を有利性として生かすための手法の開発である。その特質は地域性が強いから、行政技術も地域的、個性的なものになる。

 ここへきて国の各種の施策も、市町村の自主性を重視し、また従来の「箱もの行政」からソフトを重視する方向に変わってきた。文部省の教育改革が地域の自主的な授業つくりを重視していることと同じ流れがここにある。

 重要なのは、これを使いこなす市町村の力量だ。市町村の自主性が大切ということは、逆にいえば市町村自らが構想しない限り、各種の事業も地域に生かす形に、動きにならないということである。その力量は首長を中心とする行政の理念と政策、関係機関の支援システムの力、そして地域住民の自治能力によって左右される。だから村の情報・読書環境の整備が重要になる。村の読書環境の「過疎化」の解消こそが焦眉の課題である。

 そのことに役立ちたいと、農文協では、「田舎の本屋さん」という書籍の通販システムを開設した。全国どこでも、今流通している全書籍を検索し、注文し、いち早く届けられるシステムである。

 こうした新しいシステムも活用して役場、普及センター、農協など、村内に「生産革命」のための読書・情報拠点をつくりたい。先月の「主張」でも述べたように、学校の図書館の整備・充実も急がれる。農文協の全絵本群は「総合的な学習」のためにつくられたものであり、伝統的な地域の食を克明に描いた「日本の食生活全集」や、江戸期の各地の産業と教育のありようを描いた「江戸時代 人づくり風土記」は、村おこしの着想をふくらませてくれるとともに、「総合的な学習の時間」の「調べ学習」にピッタリの情報である。単なる体験学習ではなく、地域にふれて問題意識をもち、書籍で調べ深めていく。中山間という空間がもっている豊かな資源・人材の力と村が育んできた文化と情報・読書環境の整備が結びつけば、農村は、日本で最も「学力」が高い地域になりうる。中山間は教育においても「先進空間」になるのである。

 時代は、自然とともに生きる知恵と技、人間らしい生き方の原点を農村空間から学ぼうとしている。時代は高齢者の「生産革命」「福祉革命」を求め、そして高齢者と教育の結びつきを求めている。市町村の、とりわけ中山間の市町村の役割は大きい。これまでの大量生産・大量流通、経済合理主義になじまなかった中山間地域こそ、人間らしく生きる空間の先進地なのである。

(農文協論説委員会)

注1 足助町の取り組みについては「21世紀の日本を考える〈食料・農業・農村〉第6号」(「21世紀の日本と農業・農村を考えるための行動」事務局編、農文協発行)掲載の「生涯現役 山里の高齢者自立の試み」(矢澤長介)を参照した。
注2 「食農教育5号(99年夏号)」(農文協発行)58頁「地域の底にある「つながり」を見つけよう―祖父母世代と孫世代をつなぐカリキュラムづくり」(藤本勇二)より


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