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2000年12月号
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現代のテーマにあわせて江戸時代を調べる――地域に根ざした学習のために◆江戸時代のなにを学ぶか ◆「歴史を学ぶ」のでなく「暮らしを読みとる」 ◆200のテーマを簡潔に ◆地域に密着した学習のために 江戸時代からの情報を受けとって現代に生かそうとする2つの全集が完結した。『江戸時代 人づくり風土記』(全50巻)と『日本農書全集』(全72巻)である。 江戸時代の人たちが持っていた生活感覚や知恵と工夫のなかに、現代に生きる私たちが学んで大いに役立つことがたくさんある。それを探し出す手引きとして、この2つの全集を役立てていただきたいと思う。 現代人にとって、江戸時代のどこに学ぶべきものがあるのだろうか。まず、江戸時代とは、いったいどういう時代だったのかを考えてみよう。 江戸時代のなにを学ぶか江戸時代は島原の乱(1638年)という局地的な内戦以後は国内での武力行使はなく、また、徳川幕府成立直前の秀吉による朝鮮侵略(1592-98年)以後は海外への出兵もなかった。2世紀半も続いた平和の時代であった。 前半の70年ほどは開発の時代で、耕地は2倍半、人口は3倍近く増えたという。生活する場所は丘陵から野へと拡がり、村々に小農家族という形での庶民が誕生した。そして元禄の繁栄時代(1688-1703年)を迎える。繁栄の時代を到来させた開発の時代を、現代の高度経済成長期になぞらえてみると、元禄以後幕末までの約150年の間は、低成長の時代である。しかし、江戸時代のばあいは、この低成長期がまた、成熟と爛熟の時代でもあった。今でいう環境保全やリサイクルの知恵が、山野でも都市のすみずみでも発揮され、やがて諸国に物産の花が咲き、生活用品の総国産化が実現した。 いま日本は1960年代からの高度経済成長期を経て、91年のバブル経済の崩壊後、低成長の時代、不況の時代を迎えている。そして、人々は景気の回復をひたすら待っている。果たして好景気はふたたびやってくるのだろうか。それを待つのでなく、不況時代を成熟の時代に転化することを考えたほうがよいのではないか。そこに、江戸時代に学ぶ意味がある。そうしたねらいで、江戸時代からの情報を受けとめる2つの全集、『江戸時代 人づくり風土記』と『日本農書全集』を刊行したのだった。 全集『江戸時代 人づくり風土記』全50巻は、各都道府県別に1冊をあてて、地域単位に江戸時代の暮らしを具体的テーマ(場面)に即して扱ったものである。歴史の本というよりは全国各地方の固有の風土の上に、どのような暮らしが成り立っていたかを明らかにしたものだ。だから「風土記」と名付けたのである。そして、とりあげるテーマを、人が育っていく場に重点を置いたから「人づくり」なのである。 「歴史を学ぶ」のでなく「暮らしを読みとる」とりあげたテーマ(場面)は1巻に約50ある。その一つ一つはいわば読み切りの物語だ。寺子屋の場面、植林の場面、治水の場面、門前町の賑わい、商人の活躍、災害からの復興、旅と宿場、外国からの客人たち、その他たくさんの場面を、地域に即して描いていく。「××県の歴史」を知識として学ぶというのでなく、自分たちの住む場所の江戸時代の暮らしにタイムスリップしてみようというのである。そこに、安定し完結した先祖の暮らしを読みとり、そこから、新世紀百年の子孫に残すべき私たちの現世の一層の成熟を考える。歴史を暮らしの連続として学ぶよすがとしたいと思った。 歴史は、とかく時間の流れを追って、「通史」という形で叙述される。しかも、昔より今がよいという前提で語られやすい。しかし歴史は、下から上へと階段を上るように進歩、発展していくものではなくて、偶然と必然が織りあげていくパッチワークのようなものではないだろうか。脳内にこびりついた進歩と発展という観念を洗い流して、その時その時の光景をありのままに描き出してみたい。文書としての記録だけでなく、当時の生活のあり方をイメージする手助けになるような絵画や、今に残る遺跡などのカラー写真などもふんだんに使って、江戸時代の暮らしを再現してみたいと思った。東京巻と沖縄巻では、CDによって当時の“音”を再現する試みもした(東京巻は「大江戸四季の音巡り」、沖縄巻は「沖縄を聴こう」というCDで、町を行く物売りの声や新内流し、歌舞伎の音曲、あるいは沖縄の民謡とそのさまざまな楽器の単音などが収録されている)。
右図は歌川豊国(1769-1825年)が描いた、寺子屋での書き初めの風景だが、仔細にみると、注目したい点が2つある、一つは、机上にある手習いの紙のほとんどが字の形をなしていないことである。これは、運筆の練習を何度も何度も同じ紙の上で重ね書きしているから、紙がまっくろになってしまうのである。もう1点は、大あくびをしている子がいることだ。あきてしまえばあくびもするという、そしてそれをとがめもしないという当時の寺子屋の雰囲気が伝わってくるではないか。読むだけでなく、視覚にも聴覚にも訴えて、江戸時代の暮らしを伝えたかったのである。 200のテーマを簡潔にそういうさまざまな思いをこめて刊行をつづけた『江戸時代 人づくり風土記』が完結し、いよいよ索引巻をつくることになった。どのような編集をしたらよいか、いろいろと研究した結果(もちろん言葉の索引もつくるけれどもそれだけでなく)、各都道府県ごとに扱ったテーマを200の項目に集大成して、各テーマを見開き2ページにまとめた。200のテーマを下段のような13項目に分類してある。たとえば江戸時代の治山治水について調べたいときは、「開発と環境」の項の各テーマを読めば、各地域での営みを全国的視野で概観できるし、さらに指示してある各県版の各項を一つずつ読めば、その全貌を捉えることができる。そうした内容の索引巻なので、書名は『近世日本の地域づくり.200のテーマ』とした。 現代の私たちが、地域を一層振興し、成熟させるために考慮したい、さまざまなテーマごとに、2世紀半の平和の時代に生きた江戸時代の先人たちが、何にどのように力を入れたかを知る。それを、低成長・不況といわれる時代の成熟に生かそうというのである。 ところで、いま学校教育の場では「生きる力」「調べ学習」などをキーワードとする教育改革の方向が打ち出されている。2002年度からは、地域の人々、地域の産業、地域の暮らしに密着した授業「総合的な学習の時間」がスタートする。「調べ学習」のテーマに沿って、ぜひ江戸時代という特異な繁栄の時代をも調べてみてほしい。『近世日本の地域づくり.200のテーマ』は、調べたいテーマをすぐにみつけられるように作られている。それを入口にして、『江戸時代 人づくり風土記』の全巻をフルに活用されることを願う。江戸時代の子どもたちは、教育する対象であるよりもまず、地域社会を構成する重要な一員であった。いまの子どもたちは、地域社会の中でどんな役割を果たしているのだろうか。地域を「調べ学習」することで子どもたち1人1人を、大人のタマゴでなく地域の繁栄をもたらす仕事に参加する一員としたいものである。 地域に密着した学習のためにもう一つ、完結を迎えた江戸時代にかかわる全集がある。『日本農書全集』全72巻である。江戸期の開発と成熟の時代に、全国各地にきそって出現した「農書」と呼ばれる文書群は、平和な時代にのびのびと生き、多くの知恵を生み出した農民のエネルギーが見事に記された、私たち日本人の誇りとすべき第一級の歴史資料である。全72巻に収録された300余の文書は、もちろん当時の農業のありようを知る基本文献であり、学問の上では農業史や経済史にかかせないものであるが、それだけではなく、たとえば現代の有機農業、環境保全型農業、持続可能な開発などへのヒントにあふれている。あるいは、製油や紙すき、酒造や塩蔵などの農産物加工の原点を知る、価値ある文献もある。総じて、地域に定住して農業を営むことへの確固たる信念に満ちあふれており、地域が形成されていくダイナミックな人間活動が活写されているといってよい。そこから当時の村々の暮らし方や人々の考え方全般をおのずと知ることができるのである。 「この日は1年の買い物はじめということで、男の子も女の子も夜が明けきらないうちから商店へ集まり、筆や墨、紙、元結(もとゆい)、油の類を買い揃える。夜は謡初め(うたいぞめ)といって謡曲の心得のある者もない者も集い、まことににぎやかなことである。農家は早朝から起きて『ちちぶて縄』という馬鍬に使う縄をなうことは昔と今も同じである。」 これは現・新潟県小千谷市片貝の庄屋、太刀川喜右衛門が書き残した「やせかまど」(第36巻所収)という日記風の感想文の正月二日の項の記述である。成立は文化6年(1809年)とされる。正月のようすが生(なま)の光景としてありありと浮かんでくるではないか。 この全集の最大の特色は原文の下に現代語訳がつけられていることで、古文書を読む素養のない者でもスラスラ読める。あまたの農書の中で最も有名な『農業全書』や『百姓伝記』は岩波文庫にもある。しかし、現代語訳はついていない。この『日本農書全集』によって、農書は現代の庶民に開放されたといっていい。原文を読みこなすのはかなり骨が折れるが、現代語に訳されていればすらすらと読みすすむことができるし、意味のわからない単語には逐一注解もついているのだ。 そのうえ、現代語訳を読んだあと、つい欲ばって原文にも目を通すと、なんとなく親しみ深く読めるのも楽しみの一つだ。一部を記すと「此日買物始なりとて男女の児、未明に商家に集り、筆、墨、紙、元結、油の類調(ととの)へ、夜分はうたひ初といつて謡を知るも知らぬも賑々敷(にぎにぎしき)ことなり」という次第だ。簡潔でリズム感さえある文章ではないか。 この『日本農書全集』は昭和52年から刊行し、ようやく完結をみた。四半世紀かかっての仕事だった。巻を重ねるにつれ、読者はまず農家に、そしてオイルショック以後の「成長の限界」の時期を経て都市の勤労者の間に、幅広く拡大してきている。 いま、索引巻の編集に取り組んでいる。72巻分の索引だから、1000ページ近い大冊になるが、これも『江戸時代 人づくり風土記』同様、言葉だけの索引にはせず、いろいろ工夫をほどこしている。一例だが、「除草」という言葉は江戸時代にはない。「草修理」「草そり」「草引き」「草かじめ」などと呼ばれた。「除草」を引いても、これらの言葉に行きつくようにしてある。 農書は、一部のものを除いて、成立の場所を特定できる極めて地域性に富んだ文書である。だから、地域に密着した「総合的な学習の時間」で、その地のむかしの暮らしを知るのにたいへん貴重な材料となることはまちがいない。『江戸時代 人づくり風土記』ともどもに、ぜひ学習の場に生かしてほしいものだ。 (農文協論説委員会) |
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