主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食と農 学習の広場 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2004年10月号

土ごと発酵で、ミネラルの循環をとりもどす

目次
◆中熟有機物の表層施用で、急速な土ごと発酵
◆未熟有機物のマルチ方式でゆっくり土ごと発酵
◆コンニャクの自然生栽培に学ぶ
◆進む土と作物のミネラルの貧困化
◆土ごと発酵で、生きものをとおしたミネラル循環を

 「現代農業」で「土ごと発酵」という言葉を初めて使ったのは2000年10月号である。それから5年目、土つくりの新しい着想や方法を示す言葉として、この「土ごと発酵」があちこちで使われるようになった。

 土ごと発酵をごく簡単にいうと、未熟な有機物を、土の表面・表層に施用し、発酵によって土の団粒化をはかる方法である。

 有機物としてまず、作物の茎葉や残渣、雑草など田畑にあるものを活用する。病気の巣になるからとふつうは持ち出す摘葉した葉や残渣をそのまま生かすやり方だから、大変小力的だ。それを基本に、地域の有機物を活用する。

 これらの有機物は、土の表面や表層に施用する。このとき、米ヌカを使うことが多い。米ヌカは微生物が利用しやすい養分が豊富で、残渣などとともに土の表面・表層に施すと、発酵がうまくすすむ。米ヌカは発酵への起爆剤だ。

 土ごと発酵によって、畑の土は団粒化していく(水田ではトロトロ層が形成される)。土の保水性や排水性がよくなるとともに、土のなかの溶けにくい成分が有効化し、これに微生物がつくるアミノ酸なども加わり、作物は健全に育つ。病気に強いだけでなく、甘味があるおいしい作物ができる。

 この土ごと発酵の大きな特徴は、土が、微生物の生活の場であると同時にエサにもなることだ。発酵の過程で微生物は、エサとして土のミネラルを溶解・吸収し、こうして土全体が発酵する。だから“土ごと発酵”なのである。

 だれでも簡単にやれて効果が大きい「土ごと発酵」、その価値を、土の面でも人間の健康の面でもなにかと話題になるミネラルに焦点をあてて、考えてみよう。

中熟有機物の表層施用で、急速な土ごと発酵

 宮崎県都農町では、土ごと発酵方式による土づくりが急速に広がっている。分解しやすい有機物を分解しにくい有機物とともに土の表層にすき込み、急速に発酵させるやり方だ。夏で1週間、冬でも2週間で発酵が進み、土が一気に団粒化するという(本号92ページ)。

 ハウスでミニトマトをつくる川南町の内野宮八洲雄さんは、中熟の鶏糞と牛糞堆肥を浅くすき込む。施用して2週間目、ハウスに入ると、ちょうど霜柱を踏んだみたいに、サクッ、サクッと靴が数cm沈む。土を掘ってみると、10cmくらいの層に白い菌糸がビッシリ。10cmくらいの層を30cmくらいの幅で持ち上げてみると、土の粒子がぜんぶ菌糸でつながっているせいか、崩れることなく持ち上がる。土ごと発酵で団粒化し、まるでパウンドケーキみたいだ。

 うまく土ごと発酵させるには、土の水分状態が重要だという。まず、材料をすき込んで3日間ほどは雨に当てないこと。ここで雨が当たると水分過多で腐敗してしまうからだ。そして、散布後10日から2週間したら畑を鎮圧する。火山灰土壌はとくに土が乾きやすく、この軽い土を鎮圧することで土壌水分を保ち、微生物を安定して働かせる。

 この方式を農家にすすめてきた三輪肥料店の三輪晋さんは、微生物による土の団粒化をすすめて、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルを効かせることが、土ごと発酵のねらいだという。

 「そもそも土壌は、風化された岩石に有機物が混じり、微生物が活動してできあがったもの。ミネラルは土壌中にある。作物にではなく微生物のためのエサとして有機物を与えれば団粒化がすすみ、ミネラルは施肥をしなくても吸われて、健全な作物体ができあがる」と三輪さん、ミネラルが順調に吸収されるためか、収量が増えるだけでなく、ビタミン類や、旨味成分でもあるアミノ酸が多く、硝酸の少ないおいしい作物がとれている。

 完熟堆肥では、土ごと発酵しにくいという。高温発酵させよく完熟させた堆肥は肥料的な効果は高いが、高温発酵した分、有機物のエネルギーが失われ、すぐエサになる有機物も少ないので土の微生物を活性化する力が弱いのである。微生物のエサなら、有機物は未熟ないし中熟のほうがいい。中熟とは、雑草の種子を殺すなど、未熟の害を除くために、一度高温発酵させるが、まだまだ微生物のエサが多い状態のものだ。未熟ないし中熟の有機物を活用し、土の表面や表層で低温〈常温〉発酵させる土ごと発酵は、有機物のもつエネルギーをムダなく活かす方法なのである。

 こうして、土の団粒化が急速に進む。団粒化した土はエネルギーが高い土である。根にとっての環境も良好になり、ミネラル吸収は一層高まる。

 いっぽう、有機物や土のチッソ分は微生物に取り込まれ、硝酸として流亡することが少ない。硝酸のぜいたく吸収も起きにくく、作物体内に硝酸がダブつくこともなく、硝酸が少なくてミネラルが多い、おいしい作物ができる。そんな作物は病害虫にもやられにくい。

未熟有機物のマルチ方式でゆっくり土ごと発酵

 三輪さんたちのような、目にみえる、急速な土ごと発酵に対し、マルチ方式で、ゆっくりと土ごと発酵を進めるやり方もある。

 和歌山県の山本賢さんたちはマルチ方式で、地域にある有機物を徹底的に活用している(62ページ)。

 「以前は見えなかったけれど、今は、あれもある、これもあると、よく見えるんです」という山本さん、地域の有機物を見つけ、使いこなす達人だ。そのためには「マルチするに限る」という。

 米ヌカやモミガラはどこにでもある。ほかに捨て場に困っている木材クズ、魚のアラ、オカラ、茶ガラなどの食品カスもその気になればいくらでも入手できるし、山にいけば落ち葉がある。

 これらを発酵させて堆肥にするには水分や、炭素とチッソの比率(C/N比)を調整しなければならないし、切り返しも必要になる。といって、木材クズなどC/N比が高いものを土にすき込めばチッソ飢餓などを招き、チッソが多い素材をすき込めば、土壌のチッソが急激に増えて、作物がおかしくなってしまう。都農町のように、一度発酵させて表層施用する方法もあるが、それでも手間がかかる。 

 その点、土の表面に置くマルチ方式ならラクにできるし、土にすき込まないから、生のままでも害はでにくい。

 害がでにくいだけでなく、有機物マルチには、すき込みにはない利点や効果がある。

 「有機物マルチの一番のよさは、一年中、土の湿り気を保つことができることです」というのは、樹皮とせん定枝のマルチにヘアリーベッチの草生を組み合わせて、ウメを栽培している山本康雄さんである。有機物マルチによって直射光線が遮られ、土が乾燥しないようにすれば、細根が死ぬこともなく、微生物や小動物もよく生息し、これらが、少しずつせん定枝や樹皮を分解してくれる。「少しずつ」だから、マルチの効果も長持ちする。

 樹皮も細かく砕いたものではなく、大きな破片のほうがいいという。大きな塊のほうが乾燥を防ぐ効果も大きく、マルチとしての効果が何年も持続する。

 トマト農家の瀬川和哉さんは、ペットボトル茶の工場からもらってきた茶がらをウネの表面におき、その上に摘葉した葉をどんどん積み重ねていく。こうしてウネを乾きにくくしてかん水を減らし、糖度が高い美味しいトマトをつくっている。

 山本賢さんのバラのハウスは、羊毛クズ+せん定枝のマルチ方式。通路一面に厚く敷かれた白い羊毛クズにはびっくりするが、これをすき込むと、急激に分解して土もバラもおかしくなるという。

 有機物マルチと土の境目は、湿度が保たれ、小動物や微生物が繁殖し、土の団粒化が進む。ゆっくりした発酵で土が上からつくられていく、それが、マルチ方式の特徴だ。

時間はかかるが、土は上からだんだんよくなっていく。

コンニャクの自然生栽培に学ぶ

 マルチ方式で身近な有機物を活用する山本さんたちは、食品標準成分表を上回るミネラルやビタミンを含む作物をつくることを、目標にしている。単純化していえば、カルシウムが多く、マグネシウムがその半分ぐらいに多く含まれ、そして硝酸が少ない野菜や果物をめざす。現実には、両方のミネラルがともに少なく、相対的にカルシウムに対しマグネシウムが少ない野菜が多いのではないか、と山本さんはみている。

 そのために、山本さんは、魚のアラやオカラなどの廃棄物に苦土石灰を加えた、独自な有機質肥料の製造法まで開発しているが(140ページ)、その肥料の肥効を高めることも含め、有機物マルチは、ミネラルの吸収をよくする方法だという。

 有機物マルチで土の湿度が適度に保たれ、微生物の活性が高ければミネラルは効きやすくなる。元気な細根も、根から酸(根酸)を出してミネラルを溶かし吸収する力が強い。そのうえ、作物残渣やせん定枝などを活用することで、作物に吸収されたミネラルの多くを畑にもどすことができる。木材クズや落葉を使えば、樹木が山の鉱物から吸収したミネラルが供給される。

 有機物マルチに注目するようになったころ、山本さんは、『風土と環境』(栗原浩著 農文協刊)という本で、コンニャクの自然生栽培のことを知り、マルチ方式に確信を深めた。

 コウゾやミツマタ、キリ、茶などの間にコンニャクを混植し、落ち葉やワラなどを厚く敷き、肥料をやらずに育てる方法で、昔は各地にこの自然生栽培の産地があった。

 コウゾなどの樹木は土止めになり、夏の陽射しをやわらげ、冬は落葉して土を被覆する。さらに、山草、カヤ、ススキ、イナワラ、ムギワラなどを敷草する。山梨県のある産地では、敷草として生草で10a当たり7〜9tを各自の採草地や雑木林地からまかなっていたという。厚いマルチは土の湿度を保ち、微生物やコンニャクの根を守り、その微生物が有機物をゆっくり分解し、土をつくっていく。こうして、連作障害が問題になるコンニャクが、100年以上もの年月、連作されてきたのである。

 ふつうの畑でも、このコンニャクほどではないが、落葉や麦わら、雑草などの敷草が広く行なわれていた。土の表面・表層を大事にする日本の伝統的な畑作では、有機物マルチによる「土ごと発酵」の原理が働いていたとみることができる。

 この自然生コンニャクの群落が、化学肥料を使うようになって病気がでるようになり、やがて群落が消えていった、という証言がいくつもある。何がおこったのであろうか。

 化学肥料のチッソを施用すると、土のなかで硝酸が増え、作物の硝酸吸収が増えるとともに、土のなかでは増えた硝酸と見合うようにカルシウムなどのミネラルが溶けだし、雨によってそれらが流亡する。もともと山のミネラルは雨によって流れでる傾向をもつが、化学肥料のチッソがこれに拍車をかける。化学肥料の使用で敷草が減れば、雨によるミネラルの流亡は一層激しくなり、敷草から供給されていたミネラルも減る。こうして、土の酸性化がすすみ、作物はチッソ過多、ミネラル不足で病気に弱くなる。そんなことが、コンニャク群落の消滅の背景にあったのだろう。

 ふつうの畑でも同様なことがおこる。そこで酸性改良に石灰や熔リンを多用することになるが、、石灰でpHが上がり過ぎると微量要素が効きにくくなる。リン酸がたまることも微量要素の吸収低下を招く。ミネラルの流亡と不溶化―化学肥料を使うようになって、多くの畑で、こうした事態が進んだのである。

進む土と作物のミネラルの貧困化

 化学肥料によるミネラルの流亡は、世界的な問題である。アメリカのデビッド・マーシュ教授は「土壌の魂」と題する論文(「Resurgence」No.211・2002年3/4月号に掲載)で、ミネラルの貧困化を問題にし、「地球の再鉱物化は健全な生態系への鍵となり得る」と述べている。化学肥料を使う近代的な集約農法のもとで、土壌中の鉱物(ミネラル)は減少を続け、この論文に掲載されたデータをみると、たとえば北アメリカでは、もともとの鉱物レベルの85%が失われ、減少している。一方、1940年から1991年の間に、野菜と果物の鉱物含有量も大幅に減少しているというデータも掲載されている。野菜でみると、ナトリウム49%、カリウム16%、マグネシウム24%、カルシウム46%、鉄分27%、銅76%、亜鉛59%、それぞれ減少しており、「集約的農法による土壌中の鉱物減少とその結果としての作物中の鉱物減少は、人間の体内の鉱物欠乏へと形を変え、我々の免疫システムが最大限の能力を発揮することを妨げて病気への抵抗力を低下させる」と、同教授は警告している。

 最近、こんな気になる新聞報道もあった。

 長野県東御市・みまき温泉診療所顧問の倉沢隆平医師らは、日々接する患者や隣接の特別養護老人ホーム入所者に、亜鉛欠乏が疑われる病状が多いことに気づいた。患者に亜鉛を含む薬を投与すると褥創(じょくそう、床擦れ)が劇的に改善する、食欲や元気がわく、舌の痛みや口内異常感がなくなる、難治性の皮膚炎や発疹が治る、などの効果がみられた。

 北御牧村の村民1430人を対象に、血清中の亜鉛濃度を測定調査した結果、亜鉛不足は年齢が上がるほど増加し、3割を超える村民が亜鉛不足の状態だった。

 「亜鉛欠乏は高カロリー輸液や薬剤、ダイエットなどの影響と言われてきたが、これだけでは説明できない。地力の低下によって食物の亜鉛含有量が低下している可能性もあり、全国的な傾向だろう」と倉沢氏は指摘し、「多くの医師、保健婦、栄養士に現状を知ってもらいたい」と述べている(「信濃毎日新聞」2004年6月24日付社会面)。

土ごと発酵で、生きものをとおしたミネラル循環を

 土―作物―人体とつながるミネラルの貧困化は、現代的な問題であろう。そんななか、各種の機能性食品、ミネラル製品、サプリメントが、スーパーや薬局の店頭をにぎわしている。農業でも微量要素肥料など、サプリメント的な肥料がたくさんある。

 こうしたサプリメントが、適切に使用されれば、作物にも人間にも効果があがるし、必要な場合もあろう。ただし、微量要素は、過剰の害がでやすく、資材としての利用には注意が必要だ。

 それにしても、対症療法で解決するだけでは、未来は暗い。自然のなかで、食べものをとおして自然に摂取する。そのためのつながりをとりもどすことこそ、大切だ。

 江戸時代の農書『農稼肥培論』(農文協刊『日本農書全集』第69巻)で、大蔵永常は「肥の効きめを発揮させるには油と塩を与える以外はない」と述べている。「油」は植物が自分でつくるものであり、そして永常は「塩」として、小便を重視する。「小便は人の食べた塩気が混じって排泄されたものであるが、人のからだの持ち前の塩気も加わって、とりわけ塩の気が強い」として、水で薄めて使うなど、その効果的な利用法を解説している。塩の貯蔵に使って古くなった俵や海藻、干鰯、貝類など海の塩気にも肥として注目し、海水の利用もすすめている。草肥や泥肥も他の塩を含むものとして評価され、また温泉の水は塩気が強くよい肥になるとしている。

 この「油」を有機物、「塩」をミネラルと置き換えることができる。永常は、ミネラルを、人間も含めたつながりのなかでめぐるものと考えたのであろう。

 日本の農林漁業は、山―川―海のつながりのなかで営まれてきた。水田は水を通して山のミネラルを受け止める巨大な装置でもある。山の落ち葉、川べりや沼に生えるカヤやヨシもミネラルの供給源になっていた。人糞尿の利用は、食べものを通して、山や海や田畑のミネラルを供給していた。

 雨によって山から海へ流れていくミネラルは、生きものによって循環している。生体機能を調整する働きをもつミネラルは、生きものの体をめぐり、生きものをとおして、世界をめぐっている。

 「土ごと発酵」は、有機物、つまり生きものをとおしてミネラルの循環を促す技術であり、だれもが取り組みやすい、総合的な技術である。やり方はおおらかで、楽しい。

 素材もいろいろ、急速発酵もあればゆっくり発酵もある。それぞれの農家で、地域で、それぞれの土ごと発酵がある。

(農文協論説委員会)

次月の主張を読む