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農文協トップ主張 2005年3月号

「集落の底力」を引き出す本気の話し合いを
農政改革の「選別政策」にどう立ち向かうか

目次
◆「最高のゼイタク」で、定住者が増える集落
◆「小さな農協」を集落のなかに
◆日本一安い受託料金を集落内完結で
◆集落法人は、村人が生涯現役で働く「受け皿」
◆定住人口増加作戦「金を残すな、家残せ」
◆農政改革の帰結は、「縮小均衡」で自給率低下か
◆徹底した話し合いで「集落ビジョン」に魂を

「最高のゼイタク」で、定住者が増える集落

 島根県津和野町の農事組合法人「おくがの村」を訪ねた。

 観光の町、津和野から狭い道を1日に2往復定期バスが通う、その終点が奥ヶ野。周りを山に囲まれた中山間地域にあり、戸数26戸のうち農家20戸で田んぼが30町歩。

 その前々日、「山に放し飼いにしとるんじゃ(笑)」という、地域生物資源が手に入った。やっかいものの野生のイノシシを7頭生け捕ったとのこと。組合の事務所でイノシシ肉をご馳走になる。スペアリブの炭火焼き、ソーセージ、レバーペースト、もちろん野菜たっぷりのイノシシ鍋。それに大きな焼きマツタケ、手打ちのソバ、くず米を材料に地元の蔵元でつくった焼酎「おくがの村」も。材料はすべて自給。みんなで食べて飲む。うまい。最高のゼイタク。

 18年前に「小さな農協をつくろう」と出資を募って、いま農事組合法人に17戸の農家が参加し、「ピンピンコロリ」を目指して生涯現役で田んぼを守り、自給の知恵を大事にした「お金の要らない暮らし」を追求。この魅力に惹かれて法人の研修生となり、自給の知恵を教わりながら、Iターンの新規就農者として、埼玉や福岡から奥ヶ野に定住を決めたのが20代から50代まで三家族ある。

 炭も焼く。2年前から遊休地にナタネを植えて油も搾る。2反歩の収穫で、軽油に準じた代替燃料が200リットル、ドラム缶1本。これでトラクタやコンバインを動かす。

 「やはりこれからは資源循環型で行かねば。こうなれば自衛隊がイラクに行かなくてもいい。地球温暖化防止・世界平和に貢献する集落営農をめざす」と、糸賀盛人代表理事が笑顔で語ってくれた。

「小さな農協」を集落のなかに

 奥ヶ野集落に農事組合法人「おくがの村」が設立されたのは昭和62年。いまから18年も前、島根県でも一番早く法人を立ち上げたのには訳がある。その年、細かい棚田だった圃場の整備事業が終わった。償還金は反当2万4000円、当時のコメ1俵分を15年間払うという計画だった。だが、この年あたりから生産者米価は抑制から引き下げへ向かう。転作でも反当2万4000円の所得があるのはない。何をどうやって毎年の償還金をひねり出すか。

 換地委員で相談した結論が「農業機械の共同利用」だった。個別に持っているコンバインやトラクタを、圃場整備を契機に共同の1台だけにして、浮いた経費を償還金に充てよう。……しかし、これでうまくいくか。

 「機械の共同利用は長続きせんよ」という意見があった。以前、田植え機もハーベスタ(自脱)も共同でやったことがあるが、故障して作業が遅れたりする。故障の原因は隣の使い方が悪いからだと文句も出て、結局は田植え機も2台目は個人個人で買うことになった。共同の場合は、誰が使っても自分の田植え機で、他人の使い方が気になる。

 「これでは、機械を新しく共同で入れても、おなじことになるだろう。何かいい方法はないかと、県の職員と一緒になってずいぶん思案した」と糸賀さん。思案のなかで気付いたのが、いまある農協という組織のこと。農家は、農協という組織に20万円、30万円の出資をしている。出資者である農家は、農協が車やトラクタを買っても、あれはうちのトラクタだとは言わない。農協がコンバインを持っていても、その何百分の一はおれの権利だとは言わない。

 農協は、農協法という法律のもとで設立・運営されており、農家が出資して組合をつくり、組合員が決めた理事、常勤役員で運営してよいことになっている。

 奥ヶ野集落のなかにも、農家に出資してもらって、その出資金をもとに、小さな農協を作れないか。そう思って考え出したのが農事組合法人だった。この農事組合法人も農協法に規定されているのだ。

 「ようするに農協のミニ版を集落につくったということです。その農協がトラクタやコンバインを買う、いろんなことを選ばれた役員の責任でやるということ」

 農家は、自分の集落の小さな「農協」に出資するわけだから、運営にも積極的に参加する。こうして「おくがの村」は、集落のビジョンを実践に移す「受け皿」となっていった。

日本一安い受託料金を集落内完結で

 「実際には、昭和62年に、トラクタ、田植え機、コンバイン、乾燥調製施設を全部揃えて、2000万円の事業で県の方にお願いしました。1000万円の補助に1000万円の自己負担で、このうち800万円については近代化資金を借り入れ、あとの200万円プラス運転資金100万円、合計300万円を準備しようということで、集落の皆さん方に出資をお願いしたわけです。20戸のうち賛同してもらった12戸で法人組織をつくりました」

 設立して18年。法人が所有するのはトラクタ、田植え機、コンバイン各1台、それに乾燥調製施設。この規模はこれまでずっと変えていない。

 受託作業の料金は、春の荒起し、くれ返し(砕土)、代掻き、田植え、秋のコンバイン収穫、乾燥調製まで全部の作業で、反当3万2500円。この料金も設立以来ずっと変わらず、上げも下げもしていない。普通は、秋の収穫乾燥だけで3万円くらいではないだろうか。

 「集落営農というかたちをとると、隣の集落に攻めていくわけにはいかない。自分の集落で完結できるしくみをつくる。集落営農が、株式会社とちがうのはそこなんです。集落のなかで面積が10町歩しかないなら、10町歩に対応できる機械でやればいい。予算があるからと大きな機械を準備すると、金がたりなくなって隣の集落に仕事をもらいに攻めていく。そうなると隣の集落は集落営農組織を作ろうとしてもなかなかできなくなる」

 ただし、どうしても欲しい機械があれば、その機械の償却費の確保に合わせて、集落の規模を超えざるを得ない場合もある。たとえば、農薬散布用の高価な無人ヘリコプター。この無人ヘリは、「おくがの村」だけでなく近くの6つの農事組合法人が共同で運営(90町歩)している。

 「おくがの村」の設立と運営を参考にして、今、津和野町内、田んぼ400町歩足らずのところに特定農業法人が6つあり、この春までにもう2つが設立の予定だ。

集落法人は、村人が生涯現役で働く「受け皿」

 無理をしない、身の丈に合った機械や施設の規模で運営している「おくがの村」という「小さな農協」は18年間、健全経営を続けている。20戸の農家のうち、出資参加農家は当初の12戸から現在は17戸。糸賀さんに言わせると、つぶれなかった理由は、非営利団体に徹して(とはいえ、平均30万円の出資農家には毎年6%の配当を続けてきて)、参加農家を増やしたことにある。

 それともう一つ、農地の利用権設定を積極的にはせず、基本的に田んぼの中の仕事を助けることに徹したこと。

 ただし、一部だが農地の預託も受けている。これは農業者年金の加入者が、年金受給の条件として「経営移譲」するときの「受け皿」として、移譲する後継者がいない人の農地を法人が預っているもので、現在4人、田んぼの面積が五町歩ある。「おくがの村」には常勤の雇用者がいないので、田んぼを預託した本人に草刈りや施肥などの作業を再委託しており、外から見ると自分で耕作しているように見えるが、経営は全部法人で行なっている。

 奥ヶ野集落も、法人設立18年を経過して高齢化が進んでいる。糸賀さんは57歳だが、人口80人の集落で60歳を超えた人が半数以上、75歳以上が24人。農家戸数20戸のうち、65歳以上の夫婦だけの農家世帯が11戸で過半数を占めている。

 それでも高齢農家はほとんどが元気で、田や畑の仕事に励んでいる。「忙しくて病院に行くヒマがない」という。

 「高齢になれば、機械仕事は危ないこともあるから、法人が日本一安い料金でさせてもらいましょうと。畦畔の草刈り、水管理、ヒエ抜き、これは年寄りでもできる仕事なんです。これは個人でやりなさい。田んぼはあんたの財産だと。これは経済の論理ではない。農地を集めて一人だけ金儲けさせればいいという論理は集落にはないのです」

 こうして「おくがの村」は、後継者のいない人も含めて生涯現役で働く「受け皿」として機能している。暇がないから元気。法人が進めているのは、元気老人をつくるピンピンコロリ(PPK)のむらづくりなのだ。

定住人口増加作戦「金を残すな、家残せ」

 糸賀さんには過去に苦い体験がある。それはかつて、集落内の2戸の農地を買ったこと。その2戸の主はしばらくの間は集落に住んでいたが、いずれも子どものいる都会へ出て行ってしまった。農地を買ったことが集落の人を減らし、むらを寂しくさせた。集落の社会的機能を維持するには、農家戸数を減らすわけにはいかない。

 しかし、老夫婦二人暮らしの農家が多い今、いずれは亡くなり、空家になる。何とかしようと考えたのが法人による研修生の受け入れである。トレーラーハウスに住まわせ、農業を教え、いま流行りのスローライフ「少しの収入でゆっくり生活」、農家の自給の暮らしの知恵を教える。

 さらに糸賀さんは巧妙な?作戦を立てた。

 じいちゃん、ばあちゃんが働いて何が残るかというと金が残る。農業の金というよりも、年金が通帳に残る。コロリといくのはいいが、金を残したままでは困る。葬式に来た子どもが金を下ろして懐にいれて都会に帰る。これは何とももったいない。

 「金を残すな、家残せ」と口説いた。金が残ったら風呂場、炊事場を直せ、バリアフリーにしろ、1000万も残ったら家を造り替えろ。気持ちのいい家で人生を送れ、と。たしかに、いま奥ヶ野にはきれいな家が目立つ。

 「コロリと亡くなったときに、いい家が残る。定年近い息子がいても、家を都会には持って帰れない。こっちに住むかと。田んぼの機械仕事は法人に頼めばいい。帰ったその日から営農できるんです」

 子どもも帰らず空家になれば、借りるか買うか。そんな空家に研修生を定住させ、集落の戸数は減らさない。人口増加作戦を着々と実践中なのだ。

農政改革の帰結は、「縮小均衡」で自給率低下か

 さて、「おくがの村」の取り組みを、この「主張」欄で紹介してきたのには、もちろん訳がある。糸賀さんに言わせると、いま「ブッソウな農政改革」が進んでおり、まさに正念場を迎えているからだ。

 農政改革の内容を一言で表現すると「市場原理の大幅な導入による効率主義にもとづく農業・農村の再編成」だというのは楠本雅弘先生(山形大学農学部教授)である。(農村文化運動175号・農文協発行より)

 この再編成を「スピード感をもって」進めようとしている理由のひとつは、国内問題としての「財政再建」。「3兆円以上を投入している農政予算を削減することが求められている」こと。そのため、とりわけ「過剰米に関する政策経費の思い切った縮減が可能になるような政策」(「米政策改革大綱」2002年12月)をとらねばならないこと。もうひとつは、国際環境の面で、WTO・FTAに対応したより一層の農産物輸入の拡大、そのための関税の大幅引き下げが現実の課題になっていること。

 このような政策環境のもとで進められる「農政改革」の方向は、「より低価格で農産物を生産できる『効率的かつ安定的な担い手経営体』を明確化し、政策対象を絞りこみ、施策を集中する路線」、つまり、農家の選別政策だ。

 この「農政改革」がプログラムどおりに進行すると、どうなるか。楠本先生は次のように予測する。

 「農業政策の対象となる『担い手経営体』数はきわめて少数に絞りこまれ、その経営体が農業生産のために耕作する農地面積は大幅に縮小するであろう。結果として農畜産物の国内生産は減少し、輸入はさらに増大する。ほぼ10年後には農政のねらい通りの農業像が実現するであろう」

 「『市場原理・効率生産基準』によって推進されようとしている『農政改革』は、結局のところ『縮小均衡』へ帰結することになることが、容易に想像できる」

 農水省の示す米政策の「経営所得安定対策」の対象となる担い手要件は「都府県4ha、北海道10ha、集落営農20haを上回り、さらに規模拡大をめざす経営体(認定農業者、法人化予定のある集落営農)」。

 この絞りこみ路線を提示しつつも、農水省内の「基本計画見直し」の議論は揺れている。現実のむらには「主業農家(農家所得の50%以上が農業所得で、65歳未満の農業従事60日以上の者がいる農家)が存在しない水田集落の割合が全国で5割に上る」という実態があるからだ。そのため「地域の実態を踏まえた担い手確保の工夫」が重要だという論点が提起されている(食料・農業・農村政策審議会企画部会 中間論点整理・平成16年8月)。

 また、絞りこまれた「担い手」への施策集中は、果たして「食料自給率向上」に結びつくのか。楠本先生が言うように「縮小均衡」で、さらなる自給率低下に帰結するのではないか。これも議論がまとまらず先送り状態にある。

徹底した話し合いで「集落ビジョン」に魂を

 さて、問題はこの「ブッソウな農政改革」にどう向かい合うかということだ。

 農政改革の争点は「担い手をどこに求めるか」にある。この「担い手」について、JAは農政と一線を画し、「現場実態に即した多様かつ幅広い担い手、地域が特定した担い手であるべき」だと主張している。「農政改革」は農家だけでなく、JAにとっても存立の危機を招きかねない正念場だ。農家、集落あってのJA。そこでJAは、地域の担い手をどうするか、集落単位で論議を重ね、将来を見通した「集落ビジョン」をつくろうと、ビジョンづくりと実践の強化運動をすすめている。

 どの市町村でも昨年3月までに「地域水田農業ビジョン」をつくったが、それは転作奨励金にかわる産地づくり交付金制度の対象となるために既存の計画を焼き直したものが多く、集落レベルの話し合いを踏まえたものは半分もない。

 そんななかで、JA全中は新作ビデオ「ビジョンに魂を!」を企画した。先行事例として、集落での話し合いを徹底してすすめてきた「JAいわて中央」の取り組みをとおして、「集落ビジョンはなぜ必要か、何をやるのか」、その重点課題を確認し、JA・行政・農家の連携で、本気でビジョンの策定・実践をすすめようと呼びかけている作品だ。集落の現状やこれからを何回も話し合う、その話し合いをJA職員全員が集落に張りついて支えていく。そんな、ビデオに映し出された、ふるさとを守り、つくろうとする人々の真剣な姿に、JAマンや農家から、「感心よりも感動した」との感想が聞かれ、この年明けから集落座談会などでの上映活動が広がっている。

 現行の「食料・農業・農村基本計画」のトップに掲げられている「食料自給率の向上(現状40%を平成22年までに45%へ)」を、よもや今度の見直しで引き下げることはないだろうが、「国民の多くが我が国の食料事情に不安を抱いていることを踏まえ」た「自給率向上」の大義をどうすれば実現できるのか。

 その基本は、奥ヶ野集落での取り組みのように、小さい農家の経営を守り、「地域の自給力」を高め、「最高のゼイタク」を共有し、集落人口を増やすことにある。市場原理に代わる「自給原理」で「暮らしをつくる農業」を守る、そんな「集落ビジョン」づくりがあってこそ、国民・消費者との連携も強まる。

 少数の人間で立派なビジョンをつくっても、先はみえない。集落のみんながそれぞれの悩みを出し合い、5年後、10年後の集落のありようを率直に話し合う時、「集落の底力」が浮かび上がってくる。 (農文協論説委員会)

*ビデオ「ビジョンに魂を!」は、農文協が発売元(VHS1巻・5000円税込)で全国のJA・行政へ普及活動を進めている。上映・視聴したい方は、地元のJA・行政に問合せを。

*楠本先生の論文が載っている「農村文化運動175号・特集むらづくりと地域農業の組織革新」は1冊400円送料80円。

*農事組合法人「おくがの村」の実践などが掲載されている「21世紀の日本を考える 28号・特集農業法人設立への提言と先行事例集」は1冊400円送料80円。農文協へ申し込みを。

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