主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2005年7月号

地場産給食で、「地域に根ざした食育」を

目次
◆モロヘイヤがなぜ人気メニューか
◆給食野菜の地域自給率60%超へ
◆給食野菜生産に「後継者不足」なし
◆食べ物の旬は「採れたて」だけではない
◆手作りの「笹巻き」を出す思い
◆子どもたちの味覚を健康なものに
◆なぜ「食育基本法」が出てきたのか
◆地場産給食でふるさとの味に誇りを

モロヘイヤがなぜ人気メニューか

 夏の健康野菜として生産が伸びている、みどりの葉菜「モロヘイヤ」。これを使った料理が子どもたちの人気メニューになっている学校給食センターがある。

 島根県雲南うんなん木次きすき町木次学校給食センター。町内の中学校1校、小学校・幼稚園各5校、合計11校に1200食を供給しており、この中・小・幼の共通メニューのなかで、「モロヘイヤのかつお和え」が人気メニューなのだそうだ。同給食センターの陶山文江所長に見せていただいた子どもたちへのアンケート結果によれば、第1位が「カレー」で、2位が「ラーメン」、それに次ぐ第3位は「モロヘイヤ」なのである。カレーやラーメンが人気なのはわかるとして、なんで「モロヘイヤ」が3位なのか。

 ご存知の方も多いと思うが、「モロヘイヤ」は、エジプトあたりの北アフリカ原産で、かのクレオパトラも食べたという「王様の野菜」。暑い夏に旺盛に生育し、カロテンなどのビタミン類やカルシウム・鉄などミネラルが豊富な健康野菜としてここ10年、栽培が広がっている新野菜のひとつ。きざむとヌメリ(成分はムチン)があり、甘いわけでもなく、子ども向きとも思えないのだが、なぜかリクエストが多いのだという。

 陶山所長の話によれば、人気の理由はモロヘイヤの素材そのものの良さにあるようだ。給食センターにモロヘイヤを供給しているのは、地元の「木次町給食野菜生産グループ」会員50人。平均年齢74歳の年金世代が孫の通う学校に野菜を届けている。

 無農薬でつくるモロヘイヤが本格的にとれるのは、夏の7月に入ってから。7月下旬には夏休みが始まって給食もお休みだが、夏休みの間も伸びてくる新しい茎葉(やわらかく美味しい先のほう)を1週間ごとにつんで給食センターに出荷し、給食センターではこれをゆでて、冷凍保存する。それが2学期以降の秋・冬・春まで月に1回は「かつお和え」として給食に登場することになる。

 こうして旬のときにつんだモロヘイヤが1年間供給できているわけだが、子どもたちに好評なのは、もうひとつ理由がある。こだわりの味付けである。

 「モロヘイヤのかつお和え」のつくり方は、いたってシンプル。冷凍保存品をゆでて水切りして、花かつおを加えて、だし醤油をかけて和えるだけ。実はこの「だし醤油」にこだわりがあり、木桶の3年仕込みの醤油にかつおと昆布のだしを入れた小豆島産の本格的なだし醤油を使っている。つるっと喉を通るモロヘイヤの口当たりも、子どもたちに好評の理由のようだが、同時に子どもたちは「だし」の本物の味もわかるようだ。もっと食べたいと、自分の家で同じ「かつお和え」をつくってもらった子どもが「給食と違う。おいしくない」という。理由はだしの違いだとわかって、「こだわりのだし醤油」は今では町内の量販店や直売所に並ぶようになったということだ。

給食野菜の地域自給率60%超へ

 給食センターで使われる地元野菜は、モロヘイヤだけではない。平成6年から始まった「木次町給食野菜生産グループ」の取り組みは、最初は「とりあえず、畑にあるものを」ということでダイコン、ハクサイ、ジャガイモなど7品目を給食センターに持ち込むことからスタートした。その後、野菜の品目、量とも次第に増えて、現在では41品目、給食に使われる野菜全体の6割以上をまかなえるまでになっている(平成16年は64%)。

 学校給食の野菜の地域自給率60%超を実現するのは、そう簡単なことではない。ジャガイモ・ニンジン・タマネギの「給食三大野菜」が材料の中心になっているいまの給食に、地元野菜が入りこむのは容易ではない。

 農水省の調査でも、公立の小中学校の給食で地場農産物を「恒常的に使用している」のは平成16年度で76.6%もあるが、問題は地域自給率が高いかどうかだ。

 木次町の給食で野菜の地域自給率60%超を実現しているのは、農家が旬の野菜を次々に供給しているとともに、受け入れる給食センター側も、多彩な地元野菜の旬の美味しさを子どもたちに楽しませようと、献立の工夫をしているからだ。

 たとえば、平成17年5月の地元野菜の主なものは「レタス、たかな、パセリ、ほうれんそう、キャベツ、にんにく、こまつな、たまねぎ、チンゲンサイ、ニラ、きぬさや、たけのこ」など。こうした地域食材が、給食の献立の素材となり、「パセリは唐揚げ、たかなは煮付け、こまつなはおかか和え、たけのこは若竹汁、たけのこご飯、チンゲンサイは中華卵スープ」などになって子どもたちの食卓に登場する。レタスはグリーンサラダの材料だが、酸性水で洗い、水道水で再度洗って生のままで給食に出される。ご存じのようにO‐157による食中毒事件以来、生の野菜をそのまま給食に出すのは原則禁止されているが、ここでは地元教育委員会の裁量で、シャキシャキの有機栽培レタスが生で給食に出されている。

 また、給食センターでは、モロヘイヤのほか、ほうれんそうやこまつな、きぬさやなどは、旬の出盛り分を冷凍保存して、献立に出す時期を広げており、これも生産農家の出荷ピークを調整して野菜の地域自給率を高めるのに貢献している。冷凍庫のほかに、野菜保存用の「恒温恒湿庫」も設置して、短期間の出荷・利用の調整に役立てている。

給食野菜生産に「後継者不足」なし

 こうして木次町では、給食センターの協力のもとで、給食野菜生産グループが多品目の野菜を供給してきた。発足当初から50名余り。やめる高齢農家もあるが、そのあとに定年帰農者が次々に加わって、給食野菜の生産に「後継者」不足はない。

 平均年齢74歳の年金農家が、地元の幼稚園から中学校までの給食野菜を届けるのだから、自分の孫やひ孫が食べる野菜をつくり、届けていることになる。

 では、給食に野菜を提供することで、生産農家の売上げはどの程度になるのだろうか。町内1200人分の給食材料費は年間約5000万円。このうち野菜の購入費は1割の500万円余り。その6割を地元産でまかなうとすれば、給食野菜生産グループの収入は年間で300万円ほどになる。包装代などの経費がかからないので、ほとんどが農家の手元に残るが、一人当たりにすれば平均10万円にもならない。

 それでも「後継者」が減らないのは、お金だけではない楽しみがあるからだ。最近まで給食野菜生産グループの代表を長く務めてきた井上静子さん(64歳)は、10aの畑で100品目もの野菜をつくり、自家用のほかは主に学校給食に出している。学校に通う孫が4人いて、井上さんの出す野菜を給食で食べている。

 井上さんがうれしいのは、孫4人が野菜の味にとても敏感になったことだ。「給食のニンジンがおいしくない」といわれたときは、地元の出荷が切れたときだった。学校給食の野菜を届けることで、野菜の本物の味がちゃんとわかる子どもに育ったことが、井上さんには売上げよりもうれしいことなのだ。

食べ物の旬は「採れたて」だけではない

 学校給食への食材提供を応援しているJA雲南市は、地域に直売所をつくり、県都松江市の量販店にインショップ(出張直売所)を開設するなど、「小さな流通」のネットワークを整備することで、高齢化する地域の農家の活性化を支援している。こうして広がる旬の時期を生かした無理のない多品目生産は、農家としての暮らしの豊かさ、ふるさとの食文化の見直しにもつながる。

 多品目の産直野菜生産の中核となっているJA女性部の方々が集まっている場で、奥出雲の「ふるさとの味」の代表は何かと質問してみた。

 異口同音に出てきたのが「煮しめでしょう」「やっぱり奥出雲の郷土食の代表は、煮しめだね」という返事だった。

 正月、祭り、四季折々につくられる「煮しめ」。初夏の材料としては、ふき、たけのこ、ぜんまい、わらび、しいたけ、かんぴょう、こんにゃく、高野豆腐、油揚げなど。野菜や山菜、大豆加工品などをほどよく醤油味で煮込んだものだ。

 食べ物の旬は、必ずしも「採れたて」ではない。「煮しめ」の材料も「採れたて」だけではない。旬の時期に収穫してその美味しさ・栄養分を保存・加工したものも含まれる。「煮しめ」は採れたてに加えて、かんぴょう、高野豆腐、凍みだいこん、干し山菜、干しきのこなど、加工・保存食品利用の代表料理である。保存食があって季節の食材が美味しく料理できる。伝統的な加工・保存法は、旬に採ったものを、日に当てたりして、食材と日光、風などが一体となってさらに美味しい旬の味をつくる知恵であるとも言えよう。

 昭和初期の庶民の食事を記録した「日本の食生活全集」(全50巻・農文協刊)の『聞き書 島根の食事』には、「奥出雲の食」として「煮しめ」が登場する。

 「正月の煮しめは、塩出ししたわらび、ぜんまい、ふき、たけのこ、こうたけを使い、豆腐、油揚げ、里芋、ごぼう、こんぶ、かんぴょう、ながいも、にんじん、さんしょうの葉、こんにゃくなどをつぎつぎに煮て、もろぶた(長方形の浅い木の箱)にわらを敷き並べて重ねておく。これを『煮あげものをする』という」とあり、「もろぶた」に盛られた美味しそうな「煮しめ」が写真入りで紹介されている。

 この「煮しめ」は島根に限らず全国各地にある。ふるさとに帰って「煮しめ」などおふくろの味をひさしぶりに堪能すると、じきにお通じがよくなり、体調もよくなるのは、伝統食はすぐれた「センイ食」であるからだ。

手作りの「笹巻き」を出す思い

 この「煮しめ」のほか、初夏6月の「奥出雲の味」といえば何かと、改めて問うと、これまた異口同音に返ってきたのは「笹巻き」だった。

 奥出雲では、古くから6月になると、ひと月おくれの端午の節句を行ない、同じ頃田植えが終わり、その「泥落とし(骨休め)」の行事食として、自宅で笹巻きをつくる。もち米粉を練ったものを笹の葉で細長い三角錐状に巻き、ゆであげたのを風に当てて保存する。笹の香り、色、味、手触り、五感全部で季節を味わうのが笹巻きだ。食べるときは黄な粉や黒蜜をかけて、家族みんなで。巻き方も地域で個性があり、まさに匠のわざ、芸術品だと言う。この「笹巻き」も、笹の香りや殺菌力が一番高い旬のときにつくる保存食の知恵なのだ。

 いまでもこの笹巻きは、宅配便に乗せて、遠くはなれた家族、親戚に送られる。直売所でも人気商品となる。

 雲南市大東町の給食センターでは、毎年6月に山へ笹の葉を採りにいき、11人の職員総出で1600食の笹巻きをつくり行事食として給食に出す。残業をいとわず笹を巻くのは、子どもたちに季節の風物詩としての味を伝えたい思いがあるからだ。職員手作りの笹巻きは、子どもたちの心へふるさとを刻み込む。

 これぞ「食育」、「地域に根ざした食育」である。

子どもたちの味覚を健康なものに

 学校給食は、学校のなかで唯一、子どもたちが食事といういのちを養う時間と空間をすごす場である。この食事への思いの深さが、子どもたちの心と体の成長に大きく関係するのは言うまでもない。

 雲南市の給食センターを訪ねて知った「食」へのこだわりは半端ではなかった。たとえば木次町給食センターでは、給食10回のうち7回は米飯給食だが、その米は木次町産コシヒカリ1等米である。3回のパン給食も、小麦粉は国産小麦と県内産小麦の粉を混ぜたものである。

 卵は平飼いの有精卵だし、牛乳は地元の木次乳業のパスチャライズ(低温殺菌)牛乳である。

 地元の野菜を使う取り組みは10年を経過して、地域自給率60%を超えるまでになった。雪国でのこの自給率は生産者・利用者の両方の努力なしには実現できない。

 子どもたちに地域産の本物を届ける努力、地元の旬の食材を自然素材のだしや調味料で味付けするなど、本物の味を届ける努力は、子どもたちに本物の味を見分ける力をつける。食材は、古くからあるものだけにこだわらず、モロヘイヤなど新しいものも利用する。旬の時期のものを保存し、調味料にもこだわる。とくに木次町のように幼稚園の給食から本物の味にふれさせることは、子どもたちの味覚を健康なものに育てる。さらには「ふるさとの味」への誇りを育てる。これこそ「食育」の基本である。

なぜ「食育基本法」が出てきたのか

 「食育」という言葉が巷間をにぎわすようになった。

 いま国会では「食育基本法」が審議されている。いま、にわかに「食育」が政策課題になったようにも見える。

 なぜこの法案が出されているかといえば、すでに、各地域でずいぶん前から「食育」の重要性に気づき、たとえば木次町の給食センターとそれを支援する農家グループの取り組みのように、「地域に根ざした食育」の活動が続けられてきたからである。

 戦後の食糧難の時期に始まった「パン給食」は、米が不足から過剰になり、減反が拡大するなかでも、全国どこでも続けられた。先進国のなかで唯一、その風土にかなった主食・米の消費を大幅に減らすように、食習慣を変えさせられたのである。これに対して反旗を翻し、米飯給食の拡大、地場産給食の拡大をすすめてきた地域の動きがあったから、ようやく国も「地域の特色を生かした学校給食等の実施」という当然の取り組みを、「食育」の基本的施策の柱として認知するようになったのである。

 「食育基本法」の価値は、この間、地道にすすめられてきた「地域に根ざした食育」の活動を支援することにある。

 法案では、「食文化の継承のための活動への支援」を明文化している。「国及び地方公共団体は、地域の特色ある食文化を継承するため、これらに関する啓発及び知識の普及の施策を講ずるものとする」(同法第24条)。

 農文協はすでに21年も前から「今やっておかねばならないことがある」として、地域の伝統的食事の総体を記録する壮大な志をたて、各県別の「日本の食生活全集」を自前で刊行した。『アイヌの食事』も含めて全50巻。

 本来、食生活は極めて地域性が強いものである。地域の自然に働きかけ、働きかけ返される、その長い歴史のなかでつくられた庶民の自然観・生活思想の表れとしての「食事」。その総体を記録した「食生活全集」は、地域の個性を生かした健康で持続的な食生活を創造していくための基礎資料として、「食育」を志す人々に必備のものとなっている。

地場産給食でふるさとの味に誇りを

 さらに、この「食育基本法」では、教育関係者と農林漁業者が連携して食育をすすめることを国が「責務」として提起している(第11条)。改めて責務を提起される以前から、教育関係者と農林漁業関係者が連携して「地域の特色を生かした学校給食等の実施(同法第20条)」をすすめてきたところが、まだ少数派だが、各地にある。

 地域に根ざした食育の基本的な舞台は、学校給食にある。「地域の特色を生かした学校給食」を実現する土台は「地場産給食」への取り組みにある。当然、水田がある地域であれば、給食のご飯は地場産の米である。野菜も旬の安全安心な地場産を届ける。子どもたちに本物の味にふれさせ、子どもの味覚を健康なものに育てる。これが子どもの心に「ふるさとの味」への誇りを育てる。これこそが「食育」の基本である。

 教育関係者と農林漁業者が連携しての「地場産給食」の実現。少数派が多数派になれば、地域が変わり、国が変わる。

(農文協論説委員会)

▼木次町の取り組みについては、本誌今年3月号316ページ「シリーズ『地産地商』の時代(1) 直売農業に後継者不足はありません」でも紹介しています。

次月の主張を読む