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農文協トップ主張 2006年2月号

食べ方提案とタネとりで、品種の個性が輝く時代

目次
◆コシだけが「売れる米」ではない
◆農家ならではの、品種を届ける食べ方提案
◆タネとりで育てる、かけがえのない「いい品種」
◆農家のタネとりが、食の豊かさを支え、平和に貢献する

 農家の品種選びが、ずいぶんにぎやかに、そして自由になってきた。毎年2月号の「品種特集号」でもこのところ、とりあげる品種の数が増えているが、書店での売れ行きも好調で、品種への関心が高まっていることをうかがわせる。高まっているだけでなく、品種をめぐって地殻変動がおきつつあるようである。

 農家にとっての「いい品種」は時代とともに変わってきた。米の場合では次のようだ。

 戦後の食糧難からしばらくは、たくさんとれる品種がいい品種であった。まずは、腹いっぱい食べたい。農家は多収品種で増収に心血を注いだ。

 次に求められたのは「つくりやすさ」。化学肥料や機械を利用した省力化のなかで、多収とともに、そろいがよく、化学肥料をやりすぎても倒れないとか、病気がでにくいなど、「つくりやすい」品種が求められた。

 そして、コメの「過剰」が問題になると、品種選択のポイントは「食味」へと大きく比重を移した。コシヒカリと、コシヒカリの血を入れた良食味品種が全国を席巻し、北海道でも独自に良食味にむけた育種と普及が進んだ。

 多収性、つくりやすさ、良食味、どれも重要なことで、農家もこの3つのことを念頭に、自分の条件にあわせて重点のおき方を変えながら、品種を選んできた。

 このように、選ばれる品種は変化してきたのだが、それと、いま、進んでいる品種の多様化には、大きなちがいがあるようである。今月号の事例を紹介しながら、現代の「いい品種」を考えてみよう。

コシだけが「売れる米」ではない

 品種選びの多様化の背景には、直売所や産直の大きな広がりがある。農家が食べる人に直接売るなかで、品種選びの様相も変わってきた。

 たとえば、米やもちの産直に取り組む石川県野々市市の林農産の場合(278ページ)。

 石川県の奨励品種にハナエチゼンという品種がある。つくりやすく、硬めのお米はお寿司やどんぶりものなど、外食むけに有望、そのうえお金のない盆過ぎには収穫できる、ということで林農産ではいち早くハナエチゼンをとり入れ、メインの品種になった。その後、栽培する農家が増えたが、肥料と農薬を大量投入して多収穫を目指すやり方が増えたためか、パサパサして味の悪いハナエチゼンが出回り、市場評価が落ちてしまった。

 林農産でもあきらめて「ひとめぼれ」に切りかえたのだが、4年前くらいから、わずかに直売所で売っていたハナエチゼンが、じわじわと売れ始めたのである。「コシヒカリより安くて、しかも歯応えのあるおいしさが、とくに40代までの若い層に受け始めたのです」と林浩陽さん。今では早々と在庫が売り切れてしまい、業者からの問い合わせが来るほどの人気ぶり。面積も4haまで増やし、主力品種の一つになった。「ハナエチゼンは、営農資金が底をつく夏場に、いつも林さんちを救ってくれる最高のパートナーなのです」と林さんは述べている。

 ふつう、市場評価が落ちた品種が復活することは稀である。しかし、直売・産直なら、市場評価とはちがった、食べる人の直接的な評価を知ることができる。年代によって、あるいは調理法によって品種の価値が違うことがわかる。コシだけが「売れる米」ではない。自分の都合と食べる人の要望を重ねあわせて、自分で納得できる品種を選ぶ。大量生産・大量流通のなかでは難しかった自由な品種選びが、それぞれの農家で、地域で広がっている。

 平成15年の秋からインターネットで業務用米を売り出している宮城県の阿部善文さんも、相手によって品種の好みが違うことを実感している(273ページ)。よく言われることだが、寿司屋さんは粘りが強すぎず米が酢とバランスよく混ざり、冷えてもおいしい「ササニシキ」を好む。

「最近の子どもは噛む能力が落ちている」と心配するこだわりの保育園は、粒がしっかりして噛みごたえのある米が欲しいということで「こころまち」を。「ライスおかわり無料」を掲げる焼き肉屋さんは、粒が大きくて炊き増えも大きく、なるべく「しっかり食べた」感が残る米ということで「まなむすめ」を。こだわりの病院食が売りの産婦人科は、白度が高くてご飯が光り、おいしいけれども妊婦の嫌う「もち臭」が強くない「ミルキークイーン」と「まなむすめ」のブレンド米を、というぐあいだ。

 食まで見通して売るとき、万人むきの「良食味品種」とは一味ちがった「いい品種」が多様に浮かびあがってくる。

農家ならではの、品種を届ける食べ方提案

 農家が食まで見通して売ることは、いわゆる「消費者ニーズに応える」といった話とは、実はおおいにちがっている。

 高知県の山間地・吾北村(現・いの町吾北地区)では、平成15年4月に、道の駅とそれに付属する農産物直売所を立ち上げた(70ページ)。その基本は「地域の実情・農家ニーズにあった名産品の開発」。「高齢者や女性でも栽培しやすい」という農家ニーズを大事にして、他の道の駅で例がないものを探し、生まれたのが、「ごほく名珍菜シリーズ」である。黄色トマトや緑ナス、地這ウリ、赤オクラ、そうめんカボチャ、ミニ生食カボチャ、白ニガウリ、赤タマネギ、食用ビーツ、ホワイトコーン、さや食用ダイコン、ミニブロッコリー、赤ソラマメ、ミニパプリカなどなど、カラフルな品種を50種以上も選んだ。軽いミニ野菜も多く、高齢者むきだ。

 珍しい野菜だから、料理法をはじめとする各種の情報提供に力を入れることにした。その中心になったのが、吾北地区農漁村女性グループ研究会。約100名のメンバーが、栽培の工夫とともに、料理・食べ方の研究、加工品開発などを進めた。地元高校の家庭科の学生もレシピ集の作成に取り組んだ。そうめんカボチャを器としてそのまま使ったカレー料理や、ズッキーニのケーキなど、若い感性による楽しいレシピが人気を呼んでいるという。

 マスコミなどでの紹介もあり、オープン後2年連続で道の駅販売額1億円(直売所の販売額6000万円)突破。地元の食品会社との名珍菜アイスクリームの共同開発計画など、新しい取り組みも始まっている。

 直売所はモノを売る場から、食べ方を伝え、提案する場所になってきた。珍しい野菜や忘れかけられた在来種・地方品種を「食べ方提案」とともに届ける。提案すれば反応がくる。直売所での農家とお客のやりとりが楽しくなる品種。それが今、「いい品種」の大きな要件になってきた。

 福島県の「佐藤総合農園」の佐藤次幸さん(53歳)こと、サトちゃんは、口コミで広がったお客さんだけでなく、レストランやペンションにも野菜を直接宅配する(60ページ)。シェフからよく「何か珍しいのない?」と聞かれるので、タネ屋から仕入れた最新品種や外国旅行のお土産、インターネットで見つけたものなど、いろいろなタネをまいているうちに、珍しい野菜がどんどん増え、ハーブも入れたら100種ぐらいになった。3年前にイタリアに行って「こんなにいろんな品種があるんだ」と知ってからは、また増えたという。

 冬の野菜はサラダ用の葉物が中心。メインはバターみたいにねっちりした食感のバタビアレタス。色が赤と緑の品種があり、並べたときのコントラストがいい。このバタビアレタスをメインに、いろんな葉物とハーブを混ぜて「ミックスサラダ」という名前で売ったら、個人で宅配している人にもレストランのシェフにも大好評。 

 サトちゃんは、サラダを、人数分をまとめて大皿によそってほしいと、イタリア料理のレストランに話している。

 「そのほうが取り分けるときに、お客さん同士が話しやすい雰囲気になるじゃん。たくさんの種類を入れとくと、食べるほうも『何の野菜?』って、また話になるでしょ。食べる人同士の話題を提供できるサラダってことよ」

 サトちゃんは、料理のしかたにとどまらず、文字通りの「食べ方提案」をしているのである。

 「いつも『うちの野菜をどうやったらおいしく食べてもらえるか』って考えて、自分で実験してんだよ。だって、こっちは素材に詳しいんだから、その生かし方を知らないと作っててもつまらないでしょ」というサトちゃん。「こうしていろんな人といろんな話ができる仕事って、農家と医者ぐらいじゃないの?」と、楽しそう。

 もともと「食べ方提案」は、農家の得意とすることである。自分で育てた素材を、さきざきのことも考えながら、おいしく食べる工夫をする。むらには、行事の時にみんなで料理をつくったり、自慢の料理をお裾分けしたりする習慣がある。むらうちでの「食べ方提案」を地域や都市民にも広げていく。農産物だけでなく、「たべもの」まで含めた「自給の社会化」。「消費者ニーズに応える」のとは、本質的なちがいがある。

タネとりで育てる、かけがえのない「いい品種」

 昭和初期の農家、庶民の食生活を描いた『日本の食生活全集』(全50巻)には、むらうちでの「食べ方提案」のなかで生まれ磨きをかけられたわが家の、その土地その土地の食べものが5万2000種類も紹介されている。その食べものの多くは、農家が毎年、タネとりを続けて育ててきた品種が素材として生かされている。素材がちがい、寒さや水がちがい、そのうえ、むらうちでの「食べ方提案」のなかから生まれた料理、加工の手法が加わるのだから、どれをとっても同じ食べものはない。

 個性的な食べものを支えた、各地の個性的な品種(在来種)。地域の多様な在来種は、作物と農家と、地域自然とが一緒になってつくられてきた。生物としてその地に生きようとする作物と、それを生かして生存と楽しみを得ようとする農家と、そして受粉を助ける風や昆虫を含む地域の自然とが、時間をかけながら合わさっていく。その結果、それぞれの地域に、その地域固有の個性的な品種が生まれた。「個性」とは、その「合わされよう」のことであり、その「合わされよう」はそこにしかないがゆえに、個性的なのである。

 いま、この農家によるタネとりが、見直されている。大量生産・大量販売とはちがい、農家と食べる人とのつながりのなかでは、個性的な品種が輝きをみせるからである。

 千葉県多古町の宮内福江さんは、ジャガイモ、聖護院大根、黒豆の枝豆、ターサイ、モロヘイヤ、ヤーコン、セリホンなどいろいろな野菜を自家採種しながら露地栽培し、直売所や宅配で販売している(185ページ)。このうち「雪裡紅(セリホン)」は、お父さんの代から60年にわたってタネを採り続けてきた野菜だ。しだいに人気が高まって、自分だけでは対応できなくなり、セリホン部会をつくった。部会ができた初年、ほかの人たちは市販のタネを育てたのだが、初出荷を前に、それぞれの品を持ち寄ったところ、市販のタネのセリホンは茎も太く丈も大きく、カラシナを巨大にしたような姿。宮内さんのセリホンとは、姿も味もまるでちがう。それで翌年からは、宮内さんのタネでいこうということになったのである。

 タネとりを続けると、その地になじんだタネになっていく。農家の働きかけのなかで、タネが自らを変えながら育っていく。栽培は、タネからタネへと命を引き継ぐことでもあり、こうしてタネには農家の心が刻まれていく。

 「農作業のなかでいちばん楽しいときはどんなときですか?」と農業体験にやってくる中学生からの質問に、宮内さんは即座に、「タネを播くときと、タネを収穫するとき」と答えるという。宮内さんのセリホンは、お父さんの思い出もつまった、宮内さんにとってかけがえのない「いい品種」である。いい品種は、農業を楽しくする。

農家のタネとりが、食の豊かさを支え、平和に貢献する

 そんな農家のタネとりを応援しようと、「固定種」を大事にするタネ屋さんも生まれている。埼玉県飯能市・野口種苗研究所もそんなタネ屋さん。この野口種苗研究所では「アロイトマト」というトマトの品種を販売している。「桃太郎を自家採種して、桃太郎よりおいしいトマトにした」人からタネを分けてもらったのである(194ページ)。

 自家採種の記事で本誌になんどか登場いただいた、長崎の岩崎政利さんの畑では、このアロイトマトから生まれた子孫が6代目を迎えている。「ちょっと肥料が効きすぎると暴れやすく、やっぱり桃太郎の系統だなと思ったが、3年目ぐらいから岩崎流の栽培になじみ、今では岩崎トマトになった」と話しているそうだ。

 「トマトが気候や栽培方法に慣れるには3代という世代交替が必要だったのでしょう。しかし、トマトと人間との長い歴史のなかでは『たった3年』。わずか3年でちがう気候風土に適応し、花を咲かせ、実をつけ、次世代のタネを結ぶ野菜の生命力は本当に凄いと感心します」

 「でも、固定種に生まれ変わったことをいちばん喜んでいるのは、子孫を残し続けられる当のトマトたちにちがいありません」と、野口勲さんは述べている。

 さて、自分の品種をつくる方法として、今月号で紹介した「自然生え」利用が、大きな反響を呼びそうである(カラー口絵、196ページ)。

 自然農法にむく固定種を育種している(財)自然農法国際研究開発センターの中川原敏雄さんらがすすめている方法で、「自然生え」とは、収穫したトマトやカボチャなどを実のまま植えて、そこからでた芽を育てていくやり方。収穫が終わった畑や、堆肥、生ゴミからカボチャやミニトマトが芽をだしたり、堤防の土手や線路沿いに咲き乱れるナタネやカラシナなど、「自然生え」は身近にみられる。

 自然生えしやすい野菜は、病害虫が少なく、少肥でよく育つものが多く、逆に自然生えしない野菜は、多肥性で無農薬栽培が難しいものが多い。「自然生えの野菜たちというのは、野生に戻ろうとしているのでしょうか」と、中川原敏雄さんはいう。

 自然生え育種では、農家がタネに進化の方向性を示すことが重要となる。自然に近い条件で生きられる生命力の強いタネを残し、それをもとに農家が手をかけて、その地にあった自分の品種をつくっていく。食べくらべてみて、おいしいものを優先的に翌年の自然生え用に選び、自然生えを繰り返す。最初は甘みが少ないものでも、選んでいくうちに、栽培者を満足させるタネに進化していくようだ。

 「自然生えしやすい環境をつくってやると、甘いトマトや葉の柔らかいケール、病気に強いキュウリなど、人間の気を引くような思いがけない株が出現します。これまでは食用にされるだけで自己主張することのなかった野菜たちが、野良野菜(野を良くする野菜)となって、肥料・農薬を使わなくても健康に育ち、おいしい野菜ができることを人間にアピールしているような気がするのです」

 自然生えの素材にするものは固定種でもよいが、固定種にくらべると、F1品種のほうが雑種性が強く、次世代でいろいろなものが出てきて強いタネが残る可能性が大きいと、中川原さんはみている。

 人類は長い時間をかけて野生種を順化し、多様な作物種を生み出してきた。しかし、商業的な農業生産が拡大するなかで、タネとりによって生まれてきた地域地域の多様な品種がどんどん姿を消し、一方では、多国籍バイオ大企業による種子の独占化が進んでいる。発展途上国では、高いタネ代とそれを育てるための資材代に金がかかり、小さな農家が苦しんでいる。

 タネは全人類共有の財産である。農家がタネをとりもどし、それぞれに「いい品種」を育てることが、食の豊かさを支え、世界の平和に貢献する。(農文協論説委員会)

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