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農文協トップ主張 2006年6月号

どうみる どうする 残留農薬のポジティブリスト制

目次
◆「安全証明」・「残留農薬検査」競争を招いてはいけない
◆農薬の飛散防止は農家のためにこそ必要
◆これを機会に、総合的病害虫雑草管理(IPM)を
◆発生予察と要防除水準で、スケジュール的防除から脱却
◆「安全証明」より、消費者の意識を変える

 今年の5月29日より、食品衛生法の改定にもとづく残留農薬のポジティブリスト制が実施に移される。

 これまで、農薬250成分(ほかに動物用医薬品や飼料添加物)について、約130の作物・食品を対象に残留基準が設定されていた。しかし、世界には700近い農薬があり、農薬が多量に残留した農作物が輸入されても、日本で残留基準のない場合は、規制することができない。そこで、世界で使用されている農薬のほとんどについて、残留基準を設定することになったのである。この基準をオーバーした農産物は流通禁止の措置がとられる。

 このように、輸入農産物のチェックを主眼においた制度変更なのだが、日本で使用されていて、今まで残留基準がなかったものにも基準が設定されるため、現場では心配が高まっている。

 一番の問題は農薬の飛散(ドリフト)による基準超過である。たとえばイネに散布した農薬が隣の野菜に飛散し、その野菜から残留農薬が検出された。これまでは、イネ専用の農薬の残留基準が野菜に設定されることはないから、問題にはならなかったが、ポジティブリスト制では、基準オーバーの可能性がでてくる。

 そのため、基準オーバーの可能性がない品目だけに絞り込んで荷を扱う農協がでてきたり、果樹と野菜が隣接する地域で不安感がつのったり、混植・間作やマイナー作物の栽培がやりにくくなるのではと心配する農家もいる。

 産直・直売所の広がりのなかでこの間、農家は多品目化を進めてきた。田んぼにもいろんな作物がつくられ、観光果樹園では樹種の多彩さが魅力になる。こうした多品目化を、今回のポジティブリスト制が押しとどめることがあってはならない。どう考え、どうするか。

「安全証明」・「残留農薬検査」競争を招いてはいけない

 まず、大きな目でみてみよう。食の安全性のための残留基準ではあるが、しかし、今、残留農薬が食の安全性を脅かしているという事実はない。

 厚生労働省が平成16年6月に公表した、平成13年度の国産農産物約22万5000件(農薬数×作物数)の残留農薬検査の結果では、残留農薬が検出されたものが約900件(0.41%)。残留基準が設定されている農薬約12万件についてみると、農薬が検出されたものが約600件(0.51%)、そのうち基準を超えたものは8件、0.01%である。一方、残留基準が設定されていない農薬約10万件をみると、農薬が検出されたものが約300件(0.3%)で、残留基準が設定されている農薬よりも検出割合は少ない。輸入品もほぼ同様で、厚生労働省では「我が国で流通している農産物における農薬の残留レベルは、極めて低いものと判断される」としている。

 一方、日常の食事を通して摂取される農薬の量を推計することを目的とした同省の平成14年度の調査結果では、よく使われている農薬21のうち5種類の農薬が、それぞれ別の食品で検出されたが、いずれの農薬も1日摂取量はADI(*)に対して1%以下であり、「健康に影響を与えるものとは考えられない」としている。

  *ADI=体重1kg当たりの許容1日摂取量。その農薬を人が一生涯に渡って、仮に毎日摂取し続けたとしても危害を及ぼさないと見なせる量のこと。動物を用いた毒性試験のデータなどから得られる。

 このように、ポジティブリスト制が導入されなくても、農薬にかかわる食の安全性は確保されている。だから、気にしなくていい、ということになるところだが、これを契機に「安全証明」とそのための「残留農薬検査」がいたずらに求められ、それが農家を苦しめる恐れがある。

 スーパーなどが、ポジティブリスト制をクリアしていることを売りにしようと、仕入れ先の食品会社や産地に証明を求める。食品会社もまた仕入れ先の産地に証明を求める。それに応えるには「残留農薬検査」をするしかない。証明し続けるには膨大な手間と金がかかる。それでも、検査できるのはごく一部である。農薬使用基準を守っていれば農薬残留が問題になることはないが、飛散によって稀にひっかることはありうる。だが、それとて、食の安全性に響くような話ではない。「安全」のためというより、小売や中間業者が「安心」するための「残留検査」といえるが、そのためにやたらと検査が求められれば、農家や産地の負担が増大するばかりだ。「残留農薬検査」に懸命になるより、農薬を適正に使い、減農薬の工夫を積み重ね、その努力と、安全性になんら問題がないことを積極的にアピールしていくことがよほど大事である。

農薬の飛散防止は農家のためにこそ必要

 たしかに、今回の改定で、基準オーバーの可能性は以前よりは増えた。

 特に問題は、今回新たに設定された、「一律基準」である。新たな残留基準は、これまでの基準に加えて、農薬取締法に基づく登録保留基準や国際基準であるコーデックス基準、諸外国の基準を参考にして設定された「暫定基準」があり、そうした参考データがないものは、「人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量」として「一律基準」が設けられることになった。その量は、いろいろ議論があった末に、0.01ppmに設定された。この0.01ppmは従来の残留基準と比べるとかなり低い。だから、心配になる。特に心配となる場面は、葉物野菜やサヤエンドウなど軽量のために残留農薬の数値が高くでやすい野菜が収穫期を迎えたときである。しかし、注意どころをおさえれば、いたずらに心配する必要はない。

 畑の外側から内側にむけて農薬を散布すれば、飛散はかなり減る。今月号で紹介した「キリナシノズル」も大きな武器になる。防虫ネットは虫だけでなく飛散してきた農薬を進入させない効果も高い。隣接する作物に登録があり残留基準値が高く設定されている農薬を使うのも一つのポイントだが、幸い、マイナー作物の登録農薬がこの7月までに大幅に増える見込みである。その他、注意どころについては今月号166ページをごらんいただきたい。

 いずれにしろ、最大の課題は農薬の飛散対策である。そして、飛散防止は農家のためにこそ必要である。飛散が多いということは、農薬をムダ使いしていることであり、さらに、散布する人への飛散も多いということである。農薬の最大の被害者は農家であり、その被害は、空中に漂う農薬からくる。そして空中に漂う農薬が多いほど風で飛散する。自分の健康だけでなく、周囲に農薬が漂うのは地域の人々にも気分がよいことではない。

 むらは水とともに大気でつながっている。水の流れを共有するむらでは、自分のところで水をよごしてはいけないと、互いに気を使う。おなじように、農薬で空気を汚したくない。農家とむらの健康のために飛散防止に工夫したい。

 田畑や果樹園が隣接する農家どうしも協力しあう。互いに「危険視」するのではなく、話しあえば、両方とも困らない方法を見つけることは、難しいことではない。

これを機会に、総合的病害虫雑草管理(IPM)を

 ところで、農水省は昨年末、各地方農政局長あてに「農薬の飛散による周辺作物への影響防止対策について」という通達をだした。その文書では、地域として取り組むべき課題にふれたあと、「個々の農業者が行う農薬の飛散影響防止対策等」の冒頭で「病害虫防除については、病害虫の発生や被害の有無にかかわらず定期的に農薬を散布することを見直し、以下の3点の取組からなる総合的病害虫雑草管理(IPM)に努める」として、次の点をあげている。

(1)輪作、抵抗性品種の導入や土着天敵等の生態系が有する機能を可能な限り活用すること等により病害虫・雑草の発生しにくい環境を整える。

(2)病害虫発生予察情報の積極的な活用等による病害虫・雑草の発生状況の把握を通じて、防除の要否及び防除適期を適切に判断する。

(3)防除が必要と判断された場合には、病害虫・雑草の発生を経済的な被害が生じるレベル以下に抑制するために、多様な防除手段の中から適切な手段を選択し、病害虫・雑草管理に努める。

 従来の「スケジュール的防除」を見直し、耕種的防除と発生予察に努め、皆殺しではなく経済的な被害がどの程度かを防除をするかしないかの判断基準にして、適切な手段を選択せよ、ということである。ポジティブリスト制の実施を機会に、減農薬にむけた防除法の改善を本格的にすすめようというわけだ。大変もっともなことで、農家はこの間、減農薬にむけてさまざな工夫を重ねてきたし、本誌でもそんな農家の多様な工夫を紹介してきた。この3点についていくつかみてみよう。

 (1)にある土着天敵を生かす方法に、バンカープランツ(天敵温存植物)の利用がある。いま注目されているのが、ナス畑の周囲をソルゴーで囲うやり方。ソルゴーでヒメハナカメムシなどの天敵が増えそれがナスの害虫を食べてくれる。この方法、ナスのほか、キュウリや茶などでも広がりつつあるが(今月号106ページ)、好都合なのは、ソルゴーが農薬の飛散を防ぐ遮蔽物にもなることだ。異なる作物をつくる場合、その境目にソルゴーを植えると、減農薬とあわせて飛散問題はかなり解決できそうである。

 防風林や垣根なども、この際、見直したい。昨年8月号の特集「台風に負けないための100の知恵」では、3年で3mぐらいになるマツダナヤナギなど、防風林の工夫を紹介したが、防風林は遮蔽物になるとともに、風速を弱めて飛散を少なくする。天敵が増えるかもしれない。

 かつて、イギリスの果樹園で、規模を拡大するために園を区切っていた垣根を取り除いたところ害虫が大発生したという事件があった。垣根は天敵のすみかでもあったからだ。田んぼのアゼにハーブを植えて害虫防除に生かす「香りの畦みち」をすすめている北海道の今橋道夫さんは、防風林も大事にする。防風林にやってくる小鳥や大型のワシは、スズメを追い払ってくれる。ササやキノコなども生える防風林は天敵を育て害虫をも防いでくれる。「田園にクモ、トンボ、カエルや無数の虫たちがいて、小鳥がさえずる農村風景は、限りなく安全の証である」と今橋さんはいう。

発生予察と要防除水準で、スケジュール的防除から脱却

 次に(2)の発生予察の例。北海道の「栗山町玉葱振興会」では「北のクリーン農産物表示制度=YES!clean」に参加し、スケジュール的に12〜13回やっていた農薬散布を5回までに減らした。その大きな力になっているのが、発生予察だ。定点観察にもとづいて道中央農試が病害虫の発生状況を調査し、それを普及センターが防除のアドバイスとともにファックス通信で農家に伝える。

 農家も発生状況を自分でつかむ。「畑をよく見るようになった」という振興会会長の清水さんは、普及センターからネギアザミウマの警告がでたり、発生時期になったら、虫メガネをもって、土手近くのあたたかいところや、雑草が近くにある畑を重点に調べる。茎をかきわけ、心葉近くの株元の茎に白いカスリ状の斑点(食害痕)がないかどうかを観察する。食害が半分以上の株にみられるようなら、防除を開始しなければならない(「この時代、やるっきゃないのだ 減農薬・減化学肥料」2003年7月号)。

 農家が行なう発生予察といえば「虫見板」がある。田んぼに入り、イネの株元に虫見板を添えて、葉を軽く揺すって、そこに落ちてきた虫をのぞき込む。ウンカなどの「害虫」、それを食べる「天敵」、そして悪さをしない「ただの虫」など、どんな虫がいるのかがわかる。そして害虫の発生状況から、田1枚ごとの「防除適期」が推測でき、むやみに防除することもなくなる。こうして多くの農家が農薬の散布回数を減らすことに成功、イネの減農薬運動の大きな武器(農具)として全国で活用されてきた。

 虫見板以外にも、黄色粘着シート、フェロモントラップ、おとり作物(指標作物)の利用など、自分で調査する方法はいろいろある。今月号176ページで紹介した雨量計は、雨の量で大きく変わる農薬の残効期間を判断し、天候を無視したスケジュール防除から脱する、大きな力になる。

 そして、病害虫が発生していても被害に結びつかない場合は、農薬散布はしない。「病害虫による被害の額が、防除の経費を上回らなければ防除をしても引き合わない」という考え方で、これを経済的被害許容水準といい、これを基本に、どの程度で防除をするかの「要防除水準」を決める。スケジュール的な防除から脱却するには、農家、地域で発生予察に取り組み、防除の目安をもつことが重要だ。

「安全証明」より、消費者の意識を変える

 この経済的被害許容水準は、農作物ごとに異なり、市場価格や消費者の意識によっても変動する。最近、農文協から発行された『フェロモン利用の害虫防除』(小川欽也/ピーター・ウィツガル共著)にこんな指摘がある。

 リンゴ10個を買って1個に虫がいればその1個は食べられないが、無駄になるのはその1個だけだ。食べられない1個のリンゴの取り替えを要求することは合理的であるが、1000円で買ったリンゴ10個の中の1個にでも虫がいれば、多くの消費者は全体が悪いといったクレームをつけ、店に1000円の返済を求めるか、新しく10個のリンゴを補償してくれるように要求する。その結果、販売店は流通業者に1箱補償するように要求する。または全く害虫の被害のないリンゴを要求する。流通業者はユーザーの非難を受けないように、より完全な防除をし、外見がきれいで害虫が1匹もいないリンゴの供給を生産者に要望する。各県の指導者もやむをえず、このような無理な要求にも応えられるような過剰な防除を指導する。したがって、害虫防除を指導している日本の指導者たちは、外国では1〜2%以下の被害(1000個のリンゴのうち10〜20個に害虫の被害を認める)を目標に防除指導をしている現状とその合理性を知りながら、0.1%以下の被害(1000個に1個しか害虫の被害は認めない)を目標に指導をしている。

 では1%の被害を許容して指導することと0.1%の被害を目標に指導することに、どのような差が生じるかを比較してみよう。0.1%防除とは、ほとんど害虫がいないことを意味している。害虫を食料として生きている天敵は、このような条件下では生存できず活躍もできない。急に害虫が増えた場合でも、ある程度の天敵がいれば天敵も増殖し、防除をする。しかし天敵がほとんど生存していない状態では、害虫の増加に天敵の増加が追いつかず、殺虫剤防除だけに頼ることになる。

 このように消費者の要求に従って防除水準を厳しくすれば、天敵による防除は期待できず、どうしても農薬の散布回数が増加し、残留農薬が高くなるおそれが高くなる。きれいで安全な農産物を要求している消費者の態度が、結果として残留農薬が高い可能性のある農産物を増加させているといえる。その結果われわれは、天敵も害虫も生存しにくくなった、昆虫類から見ると死の世界にも近い環境で生産されるリンゴを食べることになるのである。自然に帰れという人間の反省とは相反する状況を、無意識のうちに消費者は求めていることになる。

 産直・直売所はこんな消費者の意識を変える場でもある。受身の「安全証明」ではなく、防除の実情と工夫を消費者に伝えることのほうがよほど大事である。ポジティブリスト制で農家が萎縮してしまうのとは逆に、多品目化の流れをいっそう強めながら、生きもの豊かな減農薬空間づくりを進め、アピールしたい。 (農文協論説委員会)

*減農薬防除に農文協の「ルーラル電子図書館」をぜひ役立てていただきたい。カラー写真による各病害虫の診断と被害の出方・広がり方の解説は、的確な農薬選択とともに、発生予察や要防除水準を判断するうえで欠くことができない知見である。また、導入天敵とともに日本の土着天敵のカラー写真を収録し、天敵を増やす方法まで解説。さらに、総合的病害虫雑草管理(IPM)のための防除体系や各地の農家の減農薬の工夫、「登録農薬検索コーナー」まで、日本で最高・最大の減農薬防除情報の宝庫である。「ルーラル電子図書館」については裏表紙をごらんください。

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