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農文協トップ主張 2007年4月号

農家・農村による「食の担い手」づくり
「地域に根ざした食育コンクール」の実践事例から

目次
◆スクラム組めばみんなHAPPY!
◆お互いにメリットがある30数組織のネットワーク
◆食から栄養、地域から愛情
◆ふるさとの味を誇りに思う子どもへ
◆交流が農と食への意識を変える
◆食育とは、「食の担い手」を育てること

 農林水産省が、日本の農家と農業を守るために、一番大事な、根本的な取組みを続けている。

 それは、農林水産省が提唱し、農文協が主催事務局となってすすめている「地域に根ざした食育コンクール」である。なぜ、この食育コンクールが、農家と農業にとって、一番大事な取組みだといえるのか。

スクラム組めばみんなHAPPY!

 今年度(2006年度)で6回目の開催となる「食育コンクール」の表彰式と受賞活動発表会が、この1月26日、東京・有楽町の朝日ホールで行なわれた。

 全国から334事例の応募があったなかで、最優秀賞の農林水産大臣賞を受賞したのは、佐賀県鳥栖市の「食ネット鳥栖」の取組み「スクラム組めばみんなHAPPY!〜立場を越えて『食』でつながり、人を育む〜」である。

 なぜ「食ネット鳥栖」が最優秀を受賞したのかといえば、

いま全国の県・市町村ごとに「食育推進会議」の設置がすすめられていて(「食育基本法」のもとでの「食育推進基本計画」で、設置が責務とされた)、この地域組織づくりのすぐれた先進的モデルとして、審査委員会で高く評価されたからである。

 これまではタテ割りで、横のつながりが少なかった地域の行政機関が、「食」への思いでつながった。食事で健康づくりをすすめたい保健サイド(保健所)の思い、農家の応援団として安全安心な食の供給・地産地消をすすめたい農業サイド(農林事務所、農業改良普及センター)の思いが重なって、連携活動が始まった。この背景には、普及センターの女性係長、保健所の栄養士、農林事務所の課長の「三馬鹿トリオ」の存在があったらしい。

 食と農に関わる人たちが、お互いの専門分野の力を発揮しつつ、できないことは協力し合う。そうすれば相乗効果が生み出せるはずとの確信が、多様な人と組織の参加を増やし、平成16年度には「食ネット鳥栖」を立ち上げた。

お互いにメリットがある30数組織のネットワーク

 キーワードは、「健康・安全安心、そして相互利益」。「いのちとみどりを守る地域ネットワーク」―健康な暮らしを「地産地消」で実現する結び合いを、お互いにメリットのある形でつくり上げようとする取組みだ。

 食ネット鳥栖のメンバーは、地域の保健所、農林事務所、普及センターに鳥栖市(農林課、保健福祉センター)の四者が中核となり、大学、農協、農家の直売加工組織、飲食店、食生活改善協議会、保育園、小中学校など、30数組織の大きなネットワークに広がった。

 運営がうまくいっているのには、理由がある。

 事務局を置かず、月1回の会議は、中核となる四者で会場を持ち回り、進行役もまったくの輪番制。事務局を置かないのは、事務局以外の機関に依存心が芽生えるのを避けたかったためだという。このことは、皆で楽しく力を合わせてやるための重要なポイントになった。会議には、話したいテーマによって、農家や学校関係者、飲食店などのリーダーにも参加してもらう。

 トップでなく、実働部隊が参加するので、建設的な意見やアイデアが出てくる。人事異動で人が代わっても、本音の話合いの中で仲間になっていく。予算がない悩みは、お互いの機関で従来持っている事業予算を活用し、相乗りで効果を倍増させる。

起業女性に自信、農家にやりがい

 食ネット鳥栖には3つの推進項目がある。

(1)食と農の総合的視点に立った健康づくりの推進

(2)環境にやさしい農産物の地産地消の推進

(3)食農教育の推進

 このうち、(1)の実践には、「食と農 まちの保健室」という取組みがある。まちのショッピングセンターのなかに出前保健所を開設して、血圧・骨密度・体脂肪測定、健康相談を行なう。ここまではよく見かける住民サービスだが、その隣りで、ゴーヤやアスパラガスなど地元農産物の調理や加工法の紹介も行なう。この紹介には、地元のエコファーマーや、女性起業の農産加工関係者など農家が参加する。こうした相乗りの催しのなかで、市民の健康と食・農がつながり、農家、とくに女性たちが自信をつけていく。

 (2)の地産地消の推進では、「食ネット鳥栖」を通じた、学校給食への地元農産物供給システムの実現が注目される。

 学校給食に地元産の新鮮で安心な農産物を取り入れたいという思いをネットワークで話し合う。地元農産物が集まる直売所から小学校の栄養士へ、収穫見込みの一カ月前に「今が旬通信」としておすすめの食材情報が送られる。その情報から栄養士が献立を考え、納入業者に発注をかける。農家との直接取引ではなく、専門の納入業者も参加する仕組みだ。業者は給食費の予算をにらんで価格を調整し、可能な限り地元産を優先して納める。

 この地場産給食システムを継続していくため、鳥栖市が調整検討会を受け持ち、栄養士、調理師も参加して勉強会を続けている。こうした多くの人の熱意で、学校給食には地元産のアスパラガス、タマネギ、ジャガイモ、ホウレンソウ、ダイコンなど数多くの品目が使われるようになった。

 特産のアスパラガスでは、生産農家のオリジナル献立が給食のメニューにあがった。校内の放送を通して子どもたちに伝えられ、給食だよりで保護者にも連絡されて、農家と学校・家庭との絆が強くなった。もちろん、農家も食育の主役として、やりがいが強まっている。

食から栄養、地域から愛情

 この「食育コンクール」は、「食生活改善分野」「教育分野」「食品産業分野」「農林漁業分野」の四分野に分けて募集しているが、保育園、幼稚園、小中学校から高校、大学まで、「教育分野」からの応募が一番多く、今年度も160の事例が寄せられた。

 学校で「食育」が活発になっているのだが、それは日本の農家・農業を守るうえできわめて大切な「食の担い手」を育てる取組みである。

 今回、教育分野で優秀賞(農林水産省消費・安全局長賞)を受賞したのは、青森県鶴田町立菖蒲川小学校の取組み、「ぼくらの元気は『朝ごはん条例』から〜食から栄養・地域から愛情〜」である。

 米とリンゴのまち、鶴田町は全国に先駆けて「朝ごはん条例」をつくった町として知られている。この条例では、健康長寿をねらいとして、6つの基本方針を掲げている。

(1)ご飯を中心とした食生活の改善

(2)早寝・早起き運動の推進

(3)安全安心な農産物の供給

(4)地産地消の町の食材の提供

(5)食育推進の強化

(6)米文化の継承

 町をあげての食育推進支援のもとで、菖蒲川小学校の給食は、毎日がご飯給食だ。お米は、町内で生産された「鶴の輝き(つがるロマン)」。給食の時間には、保温ジャーに入った温かいご飯が運ばれる。そのほか、町内の「道の駅」にある直売所から、地域の農家がつくった野菜が直送され、献立のほぼすべてをまかなっている。デザートのリンゴは、少ない給食費のなかで地域の健康な食を支えようと、リンゴ農家からの無償の提供品である。

 全校生徒73名の小さな学校と聞けば、「だからできることだ」という読者もおられるかもしれない。しかし、同規模の小学校は、全国の農村にたくさんある。そこでは毎日の地元産ご飯給食が実現しているだろうか。小さいからできるのではなく、町行政と農家の熱い支援、「地域からの愛情」があるからこその実践である。

 地元農家の支援は、「米文化の継承」のための食農学習でも毎年行なわれている。種籾の発芽の学習から始まる5年生のイナ作体験、穫れたもち米でつくった餅をふるまう全校三世代交流の収穫祭。そして6年生は、特産リンゴの受粉作業から花摘み、袋かけ、袋はぎ、収穫、加工、販売と一連の過程を農家に教わる。リンゴに自作のシールを貼って絵文字入りのリンゴをつくり、「祝卒業」の文字が浮き出たリンゴを持って巣立っていく。

 成人して地元に残る子どもたちは少ないかもしれない。それでも、朝ごはんをしっかり食べ、地域の愛情がこもった給食を食べて健康な体に育ち、農業体験を体と心に染み込ませた「食の担い手」として、ふるさとを誇りに思う「応援団」に育っていくだろう。

ふるさとの味を誇りに思う子どもへ

 「教育分野」での今年度の受賞事例を、もう少し紹介しよう。

 北海道河西郡更別村の「どんぐり保育園」。給食担当の栄養士が「更別の食材をおいしいと感じる味覚をつくり、更別を大切に思う大人に育ってほしい」という願いを持って、園児と一緒に、ふるさとの味「いも団子」をつくるなど、地域の農家と一体となった食育を展開している。

 静岡県川根町立川根小学校では地元、川根町の茶園で、茶摘み、手もみ茶を体験し、交流校へ土産として持参し、改めて町のよさを実感する子どもが育っている。

 柿と梅の産地で、地元の中学生に栽培から加工までを体験させている奈良県五條市立西吉野中学校では、梅干しつくりの「達人」の指導で土用干しなどに取組む。仕上がった「作品」の深い味わいに「昔の人はすごい…」と感激、地域の人たちの願いと学校の教育が一つになった「ふるさと総合学習」の取組みだ。

 茨城県立真壁高等学校農業研究部では、農業科の高校生が、地元の中学生を対象に農場の畑で野菜作りを体験させ、それを材料に校内で「料理コンテスト」を実施して、将来の消費者たちと交流する取組みをすすめている。

交流が農と食への意識を変える

 「地域に根ざした食育コンクール」には、「農林漁業分野」の応募として、農家の食育実践も寄せられている。

 宮城県大崎市のエコファーム佐々木農場。環境保全型農業の実践のなかで、子どもたちや保護者との交流を深め、健康な食の輪を広げる取組みである(地域に根ざした食育推進協議会会長賞受賞)。

 ここでは10年前から、地域ぐるみで減農薬に取組んできた結果、農業用水路にメダカやカエルが増え、田んぼにカイエビ、トンボなども復活して、生物多様性豊かな田畑が再生してきた。平成十八年に開設した「たじりエコベジタブル農産物直売所」の壁には、ニホンアカガエルやアキアカネなど、豊かな環境の水田にしか見られない生物の写真が多数紹介されている。

 食農教育には早くから取組み、子どもたちを対象とした初期の10年には、米づくりの体験、食文化の継承を目的とする活動をすすめ、「田植え・イネ刈り名人」「米食文化の伝達者」として、祖父母を活動に巻き込んだ。その後、環境保全型農業により、希少生物・絶滅危惧種が復活すると、こんどは、「食の安全学習」と「田んぼの生き物観察会」が始まり、食育や環境学習の組織「みちのく田んぼの学校」を主としたネットワーク活動へレベルアップ、大人も含めた交流に広がった。

 田畑で直接、農産物に触れる体験が、参加者の興味を引きつけ、食への意識を変える時代だ。トマトの摘み取り体験の後に、「野菜嫌いがなおったから」「トマトが食べられるようになったから」と、家族をつれて体験にくる参加者がいた。「摘み取って食べる機会をつくること、旬のもぎたてトマトやキュウリを食べることによって、野菜嫌いは克服できる。親の世代に生産の現場を知ってもらうことは、健康的な食生活につながり、家庭での食の乱れの克服につながる」と佐々木農場の当主・佐々木陽悦さんは自信を深めている。この実践も、農家・農業を応援する「食の担い手」をつくり、結び合う「交流型農業」をひらく取組みである。

食育とは、「食の担い手」を育てること

 どの国でも、どの地域でも、いのちを支える日常の食(食生活)は、「地産地消」を土台とする自立したものでなければならない。それぞれの国と地域の持続可能な「食の自給」こそ、自立と平和の礎となるものである。

 単純に「食べものは、安全で安いなら、どこの国からの輸入品でもいい」とする人は、自国の農業・農村、自然と自分とのつながりを思いやる「想像力」が不足している。

 経験も体験も乏しければ想像力も生まれない。食料の生産と消費、農と食が乖離し、生産体験の記憶がなく、「売られているものしか食べていない」いまの子どもたち(その親も)には、食とその背景への想像力が極めて貧しい状況になっている。いま食育が提起されている理由もそこにある。

 体験、交流を通して農業、農村と自分とのつながりに思いを馳せる。そんな価値観を共有する「食の担い手」を育てることが、食育の根本課題である。「食の担い手」を育てるのは農家・農村であり、それが農の担い手を元気にする。両者の連携推進が「食育」活動の根本だ。

 「売られているものしか食べていない」子どもたちを、自然とともにある「生きものとしての食べもの」の生産現場に連れ出さなければならない。

 その生産現場は単なる生産の場ではなく、地域の自然と農家が織り成す「歴史的生命空間」である。そのもとで、いのちある食べものを育てて、持続的で個性的な食が生まれ維持され、いのちが支えられてきた。子どもたちに、この「いのちの連鎖」を実感できる体験を豊かにし、記憶を積み重ね、伝承への思いをふくらませることが大人の責務である。

 いま、地域の農家・農業を応援する「食の担い手」を育てることは、「農の担い手」を育てる以上に、大事な取組みである。「食の担い手」が豊かに形成されなければ、経営規模や生産性からしか「農の担い手」をみることができなくなる。「農の担い手」を一部の農家に絞りこむことは、「食の担い手」の形成を一層、困難にする。

 「地域に根ざした食育コンクール」に参集した六年間の応募数は、北海道から沖縄まで1410事例に及ぶ。「地域に根ざす」ということは、農家・農村に根ざすということであり、元気で持続的な活動事例ではすべて、農家や漁家が主役となって活躍している。

 地域ごとの特徴を活かした個性的な食育活動は、地域の、日本の農家・農業を守る、根本の活動なのである。

(農文協論説委員会)

 「食育コンクール」の受賞事例の実践内容は、農文協のホームページで、写真付きで紹介している。(http://nipponsyokuiku.net/concour/

 最優秀賞の「食ネット鳥栖」の取組みは、「食育活動実践の手引き 食で育む生きるちから―実践編―」((社)佐賀県栄養士会編・農文協発売・定価1400円)に詳しく紹介されている。同書には、佐賀県内と全国のすぐれた食育実践が収録されているので、広く活用をおすすめする。

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