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農文協トップ主張 2008年8月号

「食料危機」
―日本の農家・農村に求められること

目次
◆「外国からいくらでも食料を買える時代」は終わった
◆「市場原理」に代わる原理が求められている
◆「暮らしと地域をつくる」農業・農村を創造する
◆地域が元気になる「生産振興」にむけて
◆地域型畜産を創造し、農業技術を伝承する

「外国からいくらでも食料を買える時代」は終わった

 連日、世界的な穀物価格の高騰や「食料危機」の話題がマスコミを賑わしている。

 輸入のムギやダイズを使った食品が値上がりし、庶民を悩ましているが、世界に目をむけると、アジア、アフリカなど「開発途上国」と呼ばれる国の民衆への影響は大変深刻で、食料をめぐる暴動も頻発している。

 この「食料危機」の要因は根深く、構造的である。人口増と所得増で穀物需要が旺盛になり、急増するバイオエタノール生産が穀物の逼迫に拍車をかける。地球温暖化や異常気象の頻発、砂漠化が生産を脅かし、原油価格の高騰が生産・輸送コストを増大させ、一方では水資源や肥料資源の争奪戦が激しさを増している。自国の食料を優占する「食のナショナリズム」も強まっている。

 端的にいえば、「金をだせば外国からいくらでも食料を買える時代」は終わった。日本が無理に買い漁れば、国際価格はますます高騰し、開発途上国の貧しい人々をさらに苦しめることになる。国連世界食糧計画(WFP)のシーラン事務局長によって「新顔の飢餓」と名づけられた飢えと栄養不足の増大に、日本が加担することになる。

 儲かっているのは、穀物の生産・加工・流通を支配している巨大多国籍企業(アグリビジネス)だけだ。今年1〜3月のモンサントとカーギルの利益は前年同期よりそれぞれ54%、86%も増えた。投機マネーも暗躍している。

 人口―食料―資源・エネルギー―環境。この4つが相互に絡みあい、投機マネーが加わって、 事態はスパイラル的に悪化している。一方、日本の農村に目をむけると、稲作では世界的なコメ不足にもかかわらず米価の低迷は続き、減反強化が余儀なくされている。輸入飼料の高騰で畜産農家も苦しい。今、何が求められているか。

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「市場原理」に代わる原理が求められている

 39%まで下がった食料自給率の向上を求める声が急速に強まっている。政府の経済財政諮問会議が2008年6月17日に提示した「骨太の方針2008」の素案でも、食料安全保障を確立するため食料供給力を強化することを明記し、一方、政府は自給率向上にむけ米パンなど米粉利用の拡大に本腰を入れ始めた。

「食料危機」が深まるなかで、国が食料自給率の向上を打ち出すのは当然といえば当然である。2007年8月号の本欄では「経済財政諮問会議『EPAの加速、農業改革の強化』を国民的・世界的に批判する」という主張を掲げ、輸入農産物への国境措置の撤廃、グローバリズム加速化の潮流を批判したが、それから1年、「食料危機」が急速に表面化するなかで、グローバリズム加速化の潮流は影をひそめ、「食料自給率の向上」を求める動きが強まっている。だが、そこには根本的な認識の転換がなければならない。

 グロバーリズム、新自由主義の潮流は徹底した「市場原理主義」に支えられている。世界を均一な市場とみて「高い、安い」だけを問題にする市場原理主義に対し、興味深い指摘がある。

 先月号の「意見異見」のコーナーで藤原宏志氏(宮崎大学名誉教授)は、「日本の米は安すぎる」と主張している。中国の一般的な米の価格は1kg3元(45円)、中国の庶民が一日働いて得られる賃金で買える米は8.3kgなのに対し、日本では、一日当たりの最低賃金・5600円でも18.6kgの米が買えるという数字をあげたうえで、藤原氏はこう述べる。

「中国から来た留学生が『日本の米と卵は安い』といっていたことを思い出す。ほぼ同質の米が、市場価格にすると日本では中国の6〜7倍。だから日本の米は高いといわれるが、働いて賃金を得て生活する視点から見れば、日本では中国の2倍以上の米を得ることができる。つまり、日本の米は中国の米の半分の価値しかないのである」

 さらにこうつけ加える。

「市場経済が金科玉条のように喧伝され、生活感覚まで狂わされているように思える昨今である。日本の米はやはり安すぎる。日本人の一日当たりの米の消費量は200gであり、金額にすると60円にしかならない。缶ジュースの半分の値段で主食がまかなえるというのは異常である。それを異常と感じないのは、生活感覚が麻痺している結果である」

「市場原理」の「高い、安い」ではなく、その国の庶民の労働・生活という別のモノサシで食料をみるべきだと藤原氏は主張する。庶民が暮らしのなかで築いてきたモノサシを奪うことに「市場原理主義」の本質があり、奪うことによって「市場原理」は世界を貫徹する。そして、この「市場原理主義」こそ、人口―食料―資源・エネルギー―環境という人類史的な難問をもたらしている元凶であることを、今、多くの人々が感じている。輸入農産物が高くなったから、国産物を見直すというだけでは市場原理の延長にすぎない。別の原理が必要である。

 それは農家・農村が根源的にもつ「暮らしと地域をつくる」力を伝承・創造し、市場原理にさらされ「生活感覚まで狂わされているように思える」消費者、住民に働きかけ、「地域コミュニティ」という暮らしの原理を取り戻すことにある。

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「暮らしと地域をつくる」農業・農村を創造する

 食料自給率向上というとき、米の消費拡大とともに、輸入に頼っているムギやダイズの生産振興が課題になり、現状ではその多くを担っている法人経営や集落営農などの「大きな農家」への期待が高まる。しかし、もうひとつの「生産振興」があることを忘れてはならない。

 福島県鮫川村、ここでは「小さい農家・高齢農家主義」宣言のもと、「大豆で達者な村づくり」を進めている(月刊現代農業2007年1月号)。

「昔は、どこの農家でも大豆を自給してました。いま60代以上の方たちが若いころは、その豆で味噌や豆腐、凍み豆腐をつくるのがあたりまえ。納豆や醤油をつくる家だってありました。村の高齢者には、大豆の栽培と加工の知恵があるんです」

 こうして始まった里山大豆特産品開発プロジェクト(通称「豆プロ」)。大豆のタネ代を村が補助し、自家用に余る分は村が買い取る。豆プロは、60歳以上の高齢農家、30aくらいまでの小さい大豆栽培が対象だ。

 豆プロの参加農家と栽培面積は、1年目の2004年から増え続け、2006年は170軒で14.2ha。村が買い取った大豆は、「達者の味噌」や「達者の豆腐」になる。味噌は1kg500円、豆腐は1丁150円、きな粉は300g450円で「手・まめ・館」で販売されている。大樂村長の意向で、村の人が買いやすいように値段はできるだけ抑えた。すでに大豆の生産が需要に追いついていない状態で、栽培面積は本当は20haくらいほしいという。

 豆プロが始まって、村の老人医療費が減ったという。大豆の成分が身体にいいだけでなく、畑に出ることや話のタネになることが高齢者の健康に役立っているようだ。

「農家の年寄りが元気になって、若い人にも活気が出てきた。これからは、『鮫川に行ってみたい』『鮫川に住んで子育てしてみたい』という人を増やしたい」と村長。「市場原理」が農と食、農村と都市を分断するのに対し、農家・農村の原理は農と食をつなぎ、農村と都市を結んで、暮らしと地域をつくる。

 全世界に浸透していった「市場原理」は、世界各国の「地域」と「家族」を破壊し続けている。市場原理は地域を疲弊させ、どこでも都市への人口集中を押しすすめている。

 2008年には世界で2人に1人が都市に住み、6人に1人がスラムに住むという。世界の都市や郊外は拡大を続け、その中で暮らす人の数が毎年約6000万人の規模で増えている(「地球白書」2007-08)。都市に集中した人々は、「市場原理」にさらされ、その一方では、地域の家族的な農業がつぶされていく。工業化や都市化は、土地と水を農家・農村から取り上げ、森林の乱開発や化学肥料・農薬・水を大量に使うモノカルチャー農業、そして工場的畜産が土壌の劣化や侵食、砂漠化を加速している。

 人口―食料―資源・エネルギー―環境という現代の難問は「市場原理」に代わる原理を求めている。鮫川村のように「暮らしと地域をつくる」農業・農村を世界の地域地域に取り戻し創造していくことこそ、人類史的な課題である。都市の繁栄を豊かさとみる時代はすでに終わりつつある。

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地域が元気になる「生産振興」にむけて

 食料自給率の向上は、暮らしと地域をつくる農業によってこそ可能となる。高齢者や女性が元気に活躍する「小さい農業」を豊かに展開し、法人経営や集落営農などの「大きな農業」によるムギやダイズ生産と食品加工をつなぎ、輸入に依存した業務需要、食品産業を地元産、国産に置き換えていく。「大」と「小」が相補いあいながら、地域が元気になる生産振興を進める。「食料危機」を背景にした消費者や食品関連業の国産・地域産への志向の強まりを活かし、「暮らしと地域をつくる」大きな流れをつくりだすこと、これにむけて国民的な合意形成をはかり、消費者も巻き込んだ「農的社会」を築いていくことが、日本が世界に貢献する道である。

 そのための技術・経営の伝承・創造に役立ていただこうと、農文協では、「年版農業技術」を発行した。年一回の追録で常に現場の技術・経営課題に応えてきた『農業技術大系』の最新情報をベースに、今求められる課題を特集し多くの方々に利用いただけるよう書籍にしたもので、今回「作物2008」と「畜産2008」を発行した。

「畜産2008」の「巻頭言」で、日本畜産学会理事長の佐藤英明氏(東北大学教授)が、飼料の価格高騰と環境問題という大きな課題を抱える日本の畜産の今後について、以下のように述べている。

「『たいへんなことだ』と悲観的にいう人もいる。しかし、私はそのようには考えない。(略)私は、わが国の畜産は、世界のスタンダードを意識しながらも、強い心をもって、わが国の風土や文化、そして人々の期待を踏まえ、問題解決を図ることが重要ではないかと思っている」

「私は、(牧場の)心和む風景は、土、草、家畜、人、そしてそれらを繋ぐ技術の『相利共生』によって支えられていると考えている。畜産は本来、『相利共生』の中で営まれる心和む風景を生みだし、維持する役割を持つ。このような畜産の特徴を活かすことが、畜産の永続的存続を可能にし、さらに京都議定書の実現や環境問題の克服にもつながると思っている」

 こうして佐藤氏は、食品残渣の飼料活用や家畜糞尿を「第四の生産物」として活かす動きに着目している。畜産に限らず、地域資源を活用して地域農業を多彩に展開したい。

 佐藤氏は「本書を一読すれば、畜産で動きつつある知識や技術は畜産の課題解決に貢献するだけでなく、わが国の知的世界に広くインパクトを与えるものであることに気づくであろう」と述べ、農家や技術者以外の人々にも読んでほしいと、熱くアピールしている。現代の人類史的課題は「農の視座」なしには、解決方法がみえてこないのである。

 一方、「作物2008」の「巻頭言」では、日本作物学会前会長の国分牧衛氏(東北大学)が「理論と実践の架け橋に」と題し、次のように述べている。

「農業技術は、いかに革新的で精緻なものであっても、複雑な要因が織り成す圃場条件でその効果が実証されなければ、『机上の空論』にすぎないであろう。一方、いかに優れた『農家技術』であっても、それが理論的に説明され、一般の農業者が適応できなければ、その技術は『属人的技術』であり、その農業者限りで命を失ういものとなる。理論と実践が真に一体となって始めて『実用技術』であり(略)、(研究成果から基本技術、実例までを収録した本書が)理論と実践をつなぐ架け橋になり、わが国の食と農の発展を担う人々に大いに活用されることを願っている」

 地域自然を無視・軽視するモノカルチャー的農業ではない、農家の技と観察眼にもとづく自然を生かし破壊しない技術・農法が世界の地域に、そして日本にあったし、今もあり続けている。そうした農家の技術と試験研究が結びつき、環境保全と安定生産を可能する「農業技術」を次代に引き継いでいくことの大事さを、国分氏は熱く語っている。

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地域型畜産を創造し、農業技術を伝承する

「畜産2008」の特集テーマは8本立てで、1本目は「飼料高騰時代を乗り切る食品残渣活用」である。トップの記事は、阿部亮氏による「食品残渣飼料化の現状と展望」。阿部氏は記事の中でこう書いている。

「年間600万tの養豚用配合飼料の主原料は、トウモロコシが55.8%、コウリャン(マイロ)が8.4%、大豆かすが15.1%(2003年)と、グローバリゼーションのなかでの国際的環境からの供給である。一方、食品残渣の飼料利用はローカリゼーション(地域主義)の主張となる。廃棄物としてではなく、循環資源として食品残渣を位置づけ、地域の活性化に貢献する社会システムの一貫として事業が興されるべきであろう」

「小規模移動放牧による耕作放棄地利用」では耕作されなくなった山間の棚田や荒れた果樹園、集落近くの里山での放牧を特集。耕作放棄地に家畜を放し、雑草などをエサとして食べてもらい、美しい景観を蘇らせる。

 牛を新たに購入するのは大変だが、畜産農家と耕種・果樹農家が連携し、畜産農家から放牧になれた家畜を借りて放牧する例も多く、「レンタカウ」や「出前放牧」などの呼び方で広がり始めている。農家同士のつながりが強まったり、放牧された家畜が農村コミュニティの新たな主役になったりと、楽しい地域展開が始まっている。

『作物2008』の一本目の特集テーマは「ダイズ 安定300kgどりの栽培方式」。国の研究者、現地の指導者、農家が精力的に取り組んできたプロジェクトの成果を集大成した。「土の性質によって、耕し方や播種方法、うねの立て方は異なる」という設定で、全国に土壌条件が異なる現地試験圃場を設置。耕うん・播種・施肥機械の開発も連動してすすめられ、雨の多い時期の耕うん作業・播種・施肥作業を合理化し、各地で反収300kgどりが実現している。この成果をあますことなく収録し、あわせて生産組合、JAなど全国六つの生産者事例を紹介、ダイズの増収とともに地域全体が活気を取り戻していった様子が伝わってくる。

 他にパン用小麦など最新品種情報や、加工業者と連携したムギの生産者事例も興味深い。さらに、「イネの高温障害対策」では、発生のしくみと対策を徹底的に追求した。

 暮らしと地域をつくる農業には、農家の技術の伝承と創造が不可欠である。農家の技術と経営の豊かな展開を基礎とする地域の形成が、新しい人類史を呼び寄せる。

(農文協論説委員会)

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