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2013年6月号
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「農家の技術」は自然と不可分だから
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世の中 | 『現代農業』の流れ(一部) | |
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バブル時代
'01〜'06小泉内閣
'07 品目横断 '08 原油高騰 '09 民主党政権誕生 '11.3 東日本大震災 |
施肥改善 アイガモ特集('92. 1月号) 土着菌特集('95. 4月号、10月号) 竹特集('02. '05. '09. 4月号) 「発芽名人になる!」 |
今振り返ると、90年代には、明らかに農業技術上の大きな転換点があったと思う。米ヌカの仕業だ。米ヌカを農家が自在に使うようになってから、水田の米ヌカ除草が生まれ、気軽にできる米ヌカボカシが生まれ、菌で菌を抑える米ヌカ防除も生まれた。
95年頃に地元の菌・土着菌が出現し、菌は「買うもの」から「自給するもの」に変わったことも相まって、農家の基本技術に「発酵」が入ってきた。米ヌカで培養できるこうじ菌・納豆菌・乳酸菌・酵母菌という4つの発酵菌の名前もメジャーとなり(キャラクターもできて誌面で今も大活躍!)、99年には、堆肥づくりも不要となる究極の土ごと発酵にまで行き着いてしまった。米ヌカから始まったじつに目まぐるしい展開だ。
米ヌカがこの時期大ブレイクした背景には、歴史に残る93年の大冷害がある。作況74で、日本人が食べる米を日本でまかなえないという事態に陥った年だ。外国に迷惑をかけて大量に輸入したものの、上手な食べ方がわからず「タイ米はまずい」などの印象が消費者に広がった。そして「国産米を毎年ちゃんと確保したい」という多くの人の求めに応じて、この年以降、農家の米産直が一気に拡大したのだ。おかげで農家や産地で精米する機会が急増。米ヌカが農家の手元に大量に残るようになった。「玄米で農協に出荷して終わり」だった頃は自家用米分くらいしか入手できず、ヌカ漬けに使ったら終わってしまうくらいだった米ヌカが。
もう一つ、90年代の『現代農業』を特徴づける用語は小力技術だ。「省力」と書くのが普通だろうが、あえて「小力」の字を当てている。年をとってもラクに農業を続けるための創意工夫の技術のことだが、単に機械力・石油力でカバーするような「単純なラク」にはこの字は使わない。少し長くなるが、用語集から一部引用すると、
小力技術とは、「『自然力』を活用することで、人は『小さい』力しか使わずにすむようになる技術」である。
この言葉を初めて『現代農業』誌上で使ったのは群馬県のキュウリ農家・松本勝一さん。松本さんは若い頃はがむしゃらに肥料をやって多収をねらって頑張ってきたが、病気をして以来、土やキュウリの潜在力をなるべく発揮させる方向でラクな栽培に変えた。キュウリは株間1mの超疎植にして好き勝手な方向に伸ばす「伸び伸び仕立て」に変え、ベッドもわざわざ作り直すのをやめて表層に発酵鶏糞を混ぜただけの春夏連続利用にした。以来、日当たりがよくなったキュウリの潜在力がいかんなく発揮され、土も微生物が勝手に耕してくれたせいか、かえって収量も品質も上がってしまったというわけだ。
80年代は、どの産地も多収を目指して競争して、化学肥料をたくさんやった。肥料が多いから病気も出て、農薬もたくさん必要になった。農家も身体を壊すし、土も壊れる。若い頃はそれでもよかったが、年を取っても農業を続けていくのであれば、そろそろもっと作物や自然の声を聞いた栽培に転換したほうがラクでいいのではないか?――松本さんはその頃、そんなことを言っているように思えた。
この用語は当時、全国の農家に共感を持って受け入れられたように思う。農家に原稿をお願いすると、「小力の○○栽培」というタイトルをつけてきたり、最後を「これぞ究極の小力法だと思います」などの文句で結んでくる人が何人もいて、驚いた記憶がある。イネでは、水の保温力を活かしてかん水や換気作業をラクにするプール育苗や、深く起こさなくていい半不耕起栽培などが小力技術の代表格。果樹では低樹高はもちろんのこと、樹の力を無理に抑え込まない徒長枝利用や切り上げせん定、草を活かす草生栽培などの提案がなされた。先述の米ヌカや土着菌を活かした土ごと発酵なども、微生物の力を最大限借りて、堆肥作り・堆肥運びさえも不要にする小力技術として誌面を飾った。
この時代に農業の主役を担っていた昭和一桁世代の人たちが、もう10年現役で続けるための工夫を考えたときに、「自然の力・作物の力をより引き出し、その中にわが身をおいてやる農業」を選択したことの意味は大きいと思う。農業の本質は、まさにここにある。
話を2000年代に移そう。『現代農業』の特集テーマはだんだん「竹(竹パウダーなど)」「落ち葉」「灰」「モミガラ」「炭」「木酢」など、農家の身のまわりにある「もの」を焦点にすることが多くなってくる。都会の消費者と違って、農家農村にはまわりを見渡せば使えるものがいくらでもあることに、農家自身が気づいた時代だったのだと思う。記事では、まわりにある「ただのもの」がこんなに役に立つ、活かしようがある、買わなくても自給できる、これは農村ならではだ、という喜びの報告が相次いだ。
何せ2001〜2006年は小泉構造改革の時代。世の中、景気はいいことになっていたが、米価はどんどん下がり、農家農村はどんどん苦しくなってきた頃だ。だからこそ、農家はしたたかに自給力を発揮し始めた。買わない・捨てない・つくりだす・知恵をしぼって工夫する・自然力を借りる・みんなで力を合わせる――こういう農家の本質的な部分を、『現代農業』では農家力と呼ぶことにしたのもこの頃だ。誌面ではそんなに多用した言葉ではないのだが、じつは大事にしてきた概念だ。
農家力の大輪の花が咲いたように感じたのは、2008年の原油高騰であらゆる資材が高騰したときだ。翌年1月号の巻頭特集は「堆肥栽培元年」。これまで土壌改良材としてしか見ていなかった堆肥(または地元の有機物)を肥料計算に取り入れて、肥料代減らしをしていこうという、農家渾身の対抗措置だった。
2000年代に入ってからの特徴に、農業の担い手が変化してきた、ということもある。2000年1月号の巻頭特集は「後継者が続々生まれる時代が来た!」であったが、その後、団塊世代を中心とした定年帰農や母ちゃんたちが、本当に農業の担い手に育っている。そしてそれを可能にしたのが、直売所という場ではなかったかと思う。
『現代農業』では90年代から直売所の記事には力を入れてきたつもりだが、07年9月号巻頭特集「直売所名人になる!」以降の記事は、直売所でどう安売り競争に巻き込まれず売り上げを上げるかという点にグッと肉薄した内容になっている。
ところで直売所名人というのも、『現代農業』独特の造語だ。用語集からその定義を一部引用すると、
直売所名人とは、安売り競争を軽やかに回避する人のことである。そのために品種・品目・出荷時期・栽培法・荷姿・ラベルやネーミングなどにもいろいろな工夫を凝らす。当然マネする人が出てくるが、そうしたらまた自分は次の工夫を考える。これを繰り返していくと、直売所にはどんどん珍しい品目や美味しい品種があふれ、いつ行っても素敵な荷姿の農産物がズラリとならぶ場所となっていく。
言葉としては「直売名人」のほうが普通だが、あえて「直売所名人」としたのは、こうして直売所という場をも魅力的に育てていく力を持つ人だからだ。
直売所名人がいろいろ工夫を始めると、いずれ栽培方法まで変わっていく。そこで次に出てきたのが直売所農法だ。
売り方が変わると、目指す野菜の姿も変わる。直売所なら市場出しと違って「ホウレンソウは必ず23cm」じゃなくてもいいし、大きくて立派なブロッコリーより、これまでは規格外品だった小さい「わき芽」の詰め合わせのほうがよく売れたりする。間引き菜だって商品になる。ずらし栽培したり、少量多品目を混植栽培したり、密植したり疎植にしたり……、お客さんが認めてくれるものなら何でもアリ。小さい農家でも、知恵を絞れば絞るだけ成果が出て、じつにやり甲斐のある世界が直売所には展開中だ。
もう一つだけ、2000年以降の『現代農業』のキーワードを挙げておくとすると、名人になる!だろう。今回の用語集では、この言葉を一番最初に紹介しているので、詳しくはそちらを参照願いたい。
サトちゃんと耕作くんのシリーズ(「耕耘・代かき名人になる!」や「田植え名人になる!」他)などは、農家の作業面に肉薄した記事をと思って始めたものだが、プロのサトちゃんと新規就農者の耕作くんの二人が登場する記事手法は、読者に「伝える」という面で新しい段階を開発できたかと編集部では思っている。そのことはどうやら農家読者にも理解されたようで、読者自身が若者や、むらの新しい仲間に「伝える」ためにも、これらの記事や、記事を元に作成したDVD作品を使ってくれているようだ。
今回の用語集も、そんなふうに農村の仲間を広げ、育てるのにも役立てていただければ嬉しい。
さて、もし2010年以降で区切った場合は、その後をどう見たらいいだろう?
渦中にあるのでまだよく判断できないのだが、それでも2011年の3・11は大きな時代区分となると考えておいたほうがいいだろう。農家は3・11以降、明らかに農家力や農村の持つ力を深く再認識する段階に入ったと思う。食べものはもちろん、エネルギーまで含めて農村は本来の自給力を取り戻していきたいと考えている。そこで用語集も、当初は「農業技術」にしぼったものにするつもりだったのだが、話題のロケットストーブやヌカ釜、『現代農業』伝統のドブロクまで含めて、「暮らし・経営・地域の用語」を最後に収録してみた。
だが、そこへもってのTPP参加表明だ。
今回、用語集編集で農家の技術を見直してみて、よくわかったことがある。農家がTPPに反対するのはなぜか? 関税がなくなって、外国の農産物が流入してくると、農業経営が成り立たなくなるからか? もちろんそれが大きなことだろう。だがそれだけではない。それだけだと、「補償を手厚くします」とか「TPPに負けない強い農業・農村を」とかいう政治家の口車にいずれ絡め取られてしまいそうだ。
農家は、自然に支えられ、かつ支配される中で生きている。生まれ育った土地条件とも折り合いをつけながら、自然の恵みを存分にいただけるよう創意工夫で農家力を高め、微生物ともつきあい、小力技術を生み出し、そしてそれを「むらの仲間」や「直売所のお客さん」に伝えている。自分でつくれるものは自分でつくるから、「おカネで買えるものは買えばいい」という発想にはならない。「むら」で生きているから、自分だけよければいいという発想にもならない。農業ではおカネが絶対ということはなく、それよりも自然が絶対。そして、そういう論理で動いている農業農村が、農家は好きなのだ。誇りなのだ。
TPPはおカネが絶対の世界。強いものはより強く、企業が儲けることが世の中をよくするという論理で来る。これは、農家が大事にする論理を否定するものだ。だから、農家はTPPに反対する。そうせざるを得ないのだ。
800号編集を終えて、今、そんなふうに思うに至った。
(農文協論説委員会)
この記事の掲載号
『現代農業 2013年6月号』
特集:防除機器を120%使いこなす |
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『農家に学び、地域とともに』農文協 編
出版史といっても「通史」的ではなく、テーマごとにその時期時期に話題になり、大きな影響力をもった作品を中心に記述し、農家や地域の取り組みに学びながら進めてきた農文協の出版活動の歩みを、個々の作品をして語らしめるという方法をとった。各テーマ・作品に関わってきた編集者が執筆し、さらに「普及から」ではその作品にまつわる普及の意気込みや苦労を普及職員が執筆、また単行本になった農家を中心に「農家列伝」のコーナーを設け、農文協の各支部での取り組みも紹介。結果として農家力、地域力を伝える異色の作品になった。 [本を詳しく見る] |
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『自然力を生かす 農家の技術早わかり事典』農文協 編 定年帰農で野菜や花の栽培を始めたり、親父から田んぼをまかされたり、身近な資源を生かして減農薬や有機農業をめざす人々に大好評の事典。基本の用語から、稲作、野菜・花、果樹、畜産、土と肥料、防除、資材・機械、そして売リ方まで、農家の知恵が凝縮した二五〇語を豊富なカラー写真を入れながらをわかりやすく解説。作物を育てる楽しさを楽しさを感じ、農業の魅力を満喫できる、実践的農業入門ガイド。オールカラー保存版。 [本を詳しく見る] |
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『今、引き継ぐ 農家の技術・暮らしの知恵』農文協 編 ▽「現代農業」60年分の記事から、農家が主役のむら・経営・暮らし・技術の記事を厳選 ▽あの頃、あの時の悩みや喜び 「読者のへや」から60人の農家の声を収録 ▽記事の理解を助ける案内文や「一口メモ」、「現代農業」年表、事項さくいん付 ▽本誌のグラビア・橋本紘二さんの懐かしい写真ページもあります(32ページ) [本を詳しく見る] |
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