主張

「みどり戦略」は、イネと田んぼの力を活かしてこそ

 目次
◆「みどり戦略」は食料自給率向上を避けて通れない
◆食料輸入大国はSDGsの願いに反する
◆アジアモンスーン地域にふさわしい「戦略」とは
◆水田フル活用で自給率向上を
◆有機農業の飛躍的拡大のカナメもイネと田んぼ

 農協から農家に支払われる2021年産米の仮払金や買い取り価格が前年比で1俵当たり2000〜4000円も下落している。新型コロナ禍による外食需要の大幅減が響いているという。

 米価の下落は農家の所得と地域の経済を直撃する。生活困窮者、学生、子ども食堂などへの支援を含めた在庫米対策や農家への経営支援など、「緊急事態」にふさわしい対策が必要だ。

 そのうえで、田んぼとイネを守る道筋を確かなものにしていく。それは、これから本格化する「みどりの食料システム戦略」にとっても核心的な課題であるにちがいない。「みどり戦略」のスタートにあたり、イネと田んぼの価値を改めて考えてみよう。

「みどり戦略」は食料自給率向上を避けて通れない

 本年8月号では「新しい農村政策と『みどり戦略』の一体化で地域と地球の未来をひらく」という「主張」を掲げた。「新しい農村政策」とは、昨年3月閣議決定の「食料・農業・農村基本計画」(以下、基本計画)を具体化するための方針だ。近刊の農文協ブックレット『どう考える? 「みどりの食料システム戦略」』では、15ページに及ぶインタビュー記事「農水省の政策立案担当者に聞く」で、基本計画の担当者でもあった岩間浩さんが、「みどり戦略」が基本計画をふまえて検討されたことを述べている。また、農的社会デザイン研究所の蔦谷栄一さんは、環境負荷低減など「本来は基本計画に盛り込むべきものを後出しすることになったのが『みどり戦略』であり」、みどり戦略は基本計画と一体化させて着手・展開していくべき、と述べている。

 小中規模の家族経営や半農半Xなどを含む多様な担い手による暮らしと仕事づくりを重視し、地域政策の復活・強化をめざしたのが基本計画の特徴だ。そしてその土台となる地域農業振興にむけ食料自給の強化を掲げた。今後の10年で総合食料自給率(カロリーベース)を37%から45%へ、飼料自給率を25%から34%へ、耕地利用率を92%から104%に引き上げる。

 しかし、「みどり戦略」では自給率についてほとんどふれていない。これまでも自給率は、目標は掲げるがむしろ下がるという状況が続いており、国の本気度が疑われる。この点も、先端的技術への偏重とともに「みどり戦略」への不信の要因になっている。

 だが、気候変動対応やSDGs(国連・持続可能な開発目標)などの人類的な課題を受けて、「二酸化炭素排出実質ゼロ」を目標に掲げた「みどり戦略」にとって、食料自給率の向上は避けては通れない重要課題であるはずだ。膨大なエネルギーと炭酸ガス排出をともなう大量の食料輸入をそのままにして、国内生産の炭酸ガス排出ゼロを目指せばよいというわけにはいかないだろう。ここでも基本計画と「みどり戦略」の一体化が求められる。

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食料輸入大国はSDGsの願いに反する

 大量の食料輸入を地球環境の面から考える指標に「フードマイレージ」がある。「食料輸送距離」のことで、輸入量と輸入国からの距離を乗じた値で表される。

 農林水産省農林水産政策研究所の中田哲也政策研究調整官(当時)が2001年に発表した試算によると、日本の年間フードマイレージは9002億800万(t・km)。欧米の3倍〜5倍で、世界でも群を抜いて大きく、国民1人当たりも1位だ。これを炭酸ガス排出量に換算すると約1700万t、1人当たり年間約1300kgで、これは夏の冷房温度を27度から28度に上げて削減できる炭酸ガスの12年分、毎日テレビを見る時間を1時間短縮した場合の11年分にあたるという。

 フードマイレージの内訳は、トウモロコシなどの穀物が50%強、大豆などの油糧種子が20%強。背景には米消費の減少、畜産物や油脂消費の急増という日本人の食生活の変化がある。

 コープくまもとの食育講座の際の弁当について、こんな試算もある。輸入食材も含めて市場から普通に調達した場合の弁当一個当たりのフードマイレージ(kg・km)は350、市場で国産食材を選んで調達した場合は80、すべて熊本県産の食材を使用した地産地消弁当では12だった。

 輸送手段などでも数値は変わるが、地産地消、国消国産、食料自給率向上への国民的な理解を促す一つの指標として、フードマイレージという概念を改めて活用したい(以上、『食農教育』2008年3月号、中田氏執筆記事〈ルーラル電子図書館収録〉より)。

 最新の「世界の穀物需給及び価格の推移」(2020〜21年度、農水省)によると、途上国の人口増、所得水準の向上等に伴い、穀物消費量は増加傾向で推移。20年前に比べ1.5倍になっている。生産量は、主に単収の伸びにより増加してはいるが、期末在庫率は、生産量が消費量を下回っていて低下傾向にある。一方、穀物等価格は2017年以降ほぼ横ばいで推移してきたが、2020年後半から南米の干ばつ懸念や中国の輸入増加などにより、大豆を中心に上昇している。今後、栽培面積の大幅な増加は見込みにくく、気象変動による不作の恐れも高まり、いまや、「需要が供給を上回る時代に入った」というのが、関係者の大方の見方だ。

 そんななか、世界では飢餓人口が増えている。

 ユニセフなど国連5機関による報告書・2020年版「世界の食料安全保障と栄養の現状」によると、飢えに苦しむ人の数は2019年に約6億9000万人にのぼり、5年間で6000万人近く増加したと推定。「高い価格により食料を手に入れられないことは、何十億もの人々が栄養を十分に摂取し健康でいられないことも意味」するとし、さらに、新型コロナによるパンデミックによって、2020年末までに1億3000万人以上の人々が慢性的な飢餓に陥るおそれがあるとしている。そして、「世界が飢餓、食料不安、あらゆる形態の栄養不良を終わらせることを約束してから5年経った今でも、2030年までにこの目標を達成できる見通しは立っていません」と警鐘を鳴らす。

 大量の穀物・飼料輸入を続けることは、貧困や飢餓の解消などSDGsに込められた世界の願いに反する。

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アジアモンスーン地域にふさわしい「戦略」とは

 こうした世界的、人類的な課題をふまえて、日本の「みどり戦略」の「戦略」について考えてみよう。

「みどりの食料システム戦略」のサブタイトルは、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」。ここで、「生産力の向上」を「食料自給率の向上」に、「持続性」を「環境負荷の軽減、耕地や地力、生物多様性の保全」ととらえ、そして「イノベーション」を先月号の「主張」で述べたように「新結合」ととらえてみる。おかしくはないだろう。

 こうして考えてみると、浮かび上がってくるのはイネと田んぼの価値である。「みどり戦略」では「欧米とは気象条件や生産構造が違うアジアモンスーン地域の新しい持続的な食料システム」をつくるとしているが、アジアモンスーン地域といえば、こんな原風景が思い浮かぶ。急峻な山に海からの湿った季節風があたって雨を降らせ、川が生まれ、大小の川の流域には水田がつくられ、イネが青々と育ち、やがて黄金の穂が波を打つ。

 世界的、歴史的にみて、この地域の人口扶養力とその持続性は高い。そして実際、イネと田んぼは生産力も持続性も優れている。

 水を貯める水田には森からの養分が流れ込み、田んぼのなかでは微生物の働きで空中チッソが取り込まれ、湛水による土壌pHの中性化でリン酸が効きやすくなる。水の力で連作障害はなく、無肥料でも一定の収量が得られるほどの生産力がある。

 田はアゼに囲まれているため表土の流亡はなく、湛水によって有機物が分解しにくく蓄積しやすいため地力は消耗せず生産力の持続性も高い。

 田の造成は人の力によるが、田んぼは開放系で微生物やミミズなどの小動物、ドジョウやカエル、トンボや鳥、アゼ草など生物多様性に富む。

 そしていろんなものとつながる力=結合力も高い。食料としての米の力は絶大だが、米とほぼ同量のイナワラも、家畜のエサや敷料、畑のマルチなどとなって耕地を巡り、農具やワラ細工にも使われる。そしてモミガラは、燃料のほか土つくりにも活躍してきた。

 水田農業の地力的特徴にケイ酸の循環がある。土の本体である粘土の主成分はケイ酸であり、ケイ酸の供給によって粘土の働き、活性が維持される。だが温暖多雨の日本の土では、有効態のケイ酸が流亡しやすく、力のある粘土が生成されにくく、土が老化しやすいといわれている。それでもなお高い生産力を保ってきたのは、水田農業があったからだ。

 田んぼそのものが巨大なケイ酸供給基地なのだ。

 日本の河川の水は世界の平均と比べるとカルシウムなどの養分はかなり少ないが、ケイ酸だけは明らかに多い。そして、林地や畑から流れるケイ酸を集める働きを引き受けたのが水田である。

 イネ1作に使われる水が反当1500tとすると、その水から約30kgのケイ酸が水田に供給されるという。水から供給されるケイ酸と土壌のケイ酸をタップリ吸収して育ったイネの稈やモミガラは、ケイ酸が豊富である。イネは1作で反当95kgのケイ酸を吸収するというデータもある。それらのケイ酸はやがて田畑に入れられ、粘土の活性を高め、粘土と有機物(腐植)の結合による団粒化を促す。かの井原豊さんも、モミガラは「地上最高の土壌改良資材」だといっていた。

 米ヌカの力も偉大だ。栄養分に富む米ヌカの最大の魅力は発酵力で、ボカシ肥など農家の多彩な肥料つくりを支え、水田の除草にも活かされた。

 そしてイネと田んぼは、人々をつなぐ力が大変強い。水路など田んぼは人々の共同で維持され、農村の相互扶助の文化を育んできた。

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水田フル活用で自給率向上を

 しかしこうしたイネと水田は、今日ではその様相を変えてきた。田んぼはイネ(主食用米)をつくるだけではない「水田フル活用」の時代を迎えている。

 食料自給率向上の面からみれば、主食たる米の重要性は変わっていない。食料自給率の低下は米消費の低下とともに進んだ。基本計画が目標としている自給率45%前後だった1990年代前半、1人当たりの年間米消費量は70kg。それが現在では、米消費量は53kgに、食料自給率は37%にまで下がった。米の消費を増やし休耕田を復活すれば、耕地利用率も食料自給率も確実に上がる。MA米(ミニマムアクセス米)約80万tの輸入をやめればなおよい。

 しかしそうはいかないとなれば、田んぼで自給率向上に直結する作物をしっかりつくることである。

 その柱はやはり飼料米である。飼料米は新制度開始の2010年に約70万tまで増え、米価が下落した2015年には440万tと大幅増。しかしここ2、3年は主食用米の米価が上がったためか、生産量、作付面積ともに停滞、飼料自給率も25〜27%で伸び悩んでいる。これを目標の34%まで引き上げる。最近は環境負荷の面から輸入飼料依存の「工業的畜産」など、畜産のあり方をめぐる議論が活発化している。恒久的な施策と農家の多収への意欲によって自給型・地域型畜産への道を強力に進めることが、ますます求められている。

 一方、小麦の自給率は14%前後で一進一退。大豆自給率は7%程度で相変わらず低水準だ。長雨、干ばつなど、気象被害も頻発している。地力の持続性が高い水田も、畑地化が進めば地力低下が問題になってくる。

 今月号では、気象不順に負けない排水対策大作戦として「明渠・暗渠・縦穴掘り」の特集を組んだ。来春には「地力アップ大事典」が発行となる。気候変動に負けない地力アップ。そしてそのための身近な有機物利用は、「炭素貯留」による炭酸ガス削減につながる。農家の技術は本来的に生産力向上と持続性の両立をめざしている。

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有機農業の飛躍的拡大のカナメもイネと田んぼ

 最後に「みどり戦略」の有機農業の飛躍的拡大をめぐって。ここでもカナメはイネと田んぼにちがいない。

 昨年暮れに急逝された民間稲作研究所の稲葉光圀さんは、「日本の水田の5割以上を有機水田に」と本気に考えていた。稲葉さんの実践と研究の集大成ともいうべき『あなたにもできる 無農薬・有機のイネつくり』(農文協)の「まえがき」には、「ここに示した農法は生物生産力の高いアジアモンスーンの風土のなかで成り立つ有機稲作の技術であって、多様性に富んだ水田生物を再生し、その生態を稲作に活用する手法です」とある。

 よく、アジアモンスーン地域は高温多湿で病害虫や雑草の発生が多く、有機農業は不可能という見方がされる。だが稲葉さんによると、有機農業はアジアモンスーンの風土にあった農業。だからこそ「有機農業は誰もが取り組める普通の農業」。有機稲作の大きな広がりの必要性と可能性を確信していたのだろう。

「この本をヒントにさらに大きな発展が築きあげられ、全国の農業者の共有財産になっていくことを心から願っております。そして1日も早く、日本の水田の5割以上が有機水田に転換することを目標に関係者が一丸となって頑張っていただくことを願うものです」

 そんな願いが通じてか、イネと田んぼの自然力に惹かれる若者たちも少なくない。

 先月号の「主張」でもふれたが、『季刊地域』最新47号(2021年秋号)の特集「使い切れない農地 どうする?誰に託す?」では、青森県黒石市・株式会社アグリーンハートのイネの自然栽培を紹介した。米農家6代目の代表・佐藤拓郎さん(40歳)が自然栽培を始めるにあたって目をとめたのは、市内の中山間地に広がる休耕田。米づくりはやめても地権者が耕起や草刈りを続けて荒れるのを防いでいる田んぼが100ha以上あったのだ。「私にとっては宝の山でした」と佐藤さん。

「休耕地だったところは草などの有機物が多く、様々な菌(微生物)が多いと感じます。南八甲田の伏流水が流れる川からはケイ素やミネラルも入るでしょう。『これぞ自然』という育ち方をします。それは『今年の気候だと、こんな感じでタネをつけるのがベストよ』という地球の声にも聞こえます。穂先に実が入らないモミがつくこともありません。同じ品種であっても自然栽培ではお米の形が変わることや、茎数の増え方の違いなど、自然栽培を知ることで慣行栽培がどんな農業なのかを知ることができました」

 ここでは田んぼを荒らさず引き継ぎたいと願う農家と、若い後継者が「結合」した。

 イネと田んぼの生産力、持続性、結合力を活かす方法はいろいろある。みどり戦略のスタートにあたって、米価下落に挫けず、イネと田んぼの力を信頼して、新年を迎えたい。

(農文協論説委員会)

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