現代農業 特別号
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2007年4月別冊 購入する

むらの元気を引き継ぐ農家の知恵を1冊に

復刊60周年記念号 現代農業 ベストセレクト集

大判(B5版)552ページ 定価1500円

激動する時代のなかで生まれた農家の技術、家族の絆やむらを守る取り組みの数々。引き継ぎたい「農家の技術」を凝縮し、「地産地消」をひらいた農村女性の心意気を伝え、これからのむらづくりを励まし、そして祖父母、親世代の苦労と思いがわかる。農の原像、ふるさとの強さとやさしさ、忘れかけた日本のこころを彷彿させる一冊。

はじめに目次『現代農業』年表編集後記

別冊2007年4月号

はじめに

昭和21年に復刊した『現代農業』(当時『農村文化』)は60周年を迎え、これを記念して、60年分の記事から選び抜いた記事選集(復刻版)を発行することにした。

編集に当たって、以下の3つのことを基本にすえた。

一、農家が書いた、あるいは農家を取材した記事を選択した。『現代農業』には、研究者や技術者の方々なども多数ご登場いただき、農家への貴重なアドバイスをいただいてきたが、今回は、それらの記事は割愛した。

二、激動する時代のなかで生まれた農家の工夫、家族の絆やむらの共同性を守る取り組みの記事を中心に選択した。農政批判や農家の悩みを綴った記事もたくさんあるが、農家の実践を通して、変わりつつ変わらない農家力、農村力を伝える一冊にしたいと考えた。あわせて、「読者のへや」欄に寄せられた農家の声を随所に掲載し、また、長い間、本誌のグラビアを撮り続けた橋本紘二さんの写真も設けた。

三、時代を(1)戦後の復興期、(2)「農業近代化」が進められた時期、(3)近代化の矛盾が顕れ自給運動など暮らしから農業、農村を見直す時期、(4)これを土台に産直・直売所など地域住民や都市民を巻き込んむ新しいむらづくりが広がった時期、の4つに分け、記事を掲載した。

 以上の3つのことを大事にして懸命に選んだ一つの「ベストセレクト集」として、ごらんいただければと思う。

引き継ぎたい「農家の技術」を凝縮した本として、今日の「地産地消」をひらいた農村女性の思いを伝える本として、これからのむらづくりを励ます本として、そして定年帰農や新規就農者にとっては、祖父母、親世代の苦労と思いがわかる本として、本書をご活用いただければ幸いである。

2007年2月   (社)農山漁村文化協会

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

 今、引き継ぐ 農家の技術・暮らしの知恵 現代農業ベストセレクト集

時代を戦後復興期、「農業近代化」の時期、近代化の矛盾が顕れ暮らしから農業、農村を見直す時期、地域住民や都市民を巻き込んむ新しいむらづくりがが広がった時期の四つに分けて厳選した農家の技術・知恵集。引き継ぎたい「農家の技術」を凝縮。地産地消を拓いた農村女性の元気をたどり祖父母、親世代の苦労と思いがわかる元気が湧く一冊。 [本を詳しく見る]

田舎の本屋さん 

目次

復刊60周年記念号(別冊「現代農業」4月号)

現代農業 ベストセレクト集 目次

はじめに

「現代農業」年表

出稼ぎ農民
正月に一時帰郷した出稼ぎ農民(昭和52年 新潟県松之山町)
お母さんたち
田植えの時期ははお母さんたちが活躍する。耕運機のトレーラーに乗って、今日は本家、明日は隣の家の田んぼと駆け回り、助け合っていた。(昭和50年 松之山町)

グラビア1 一所懸命に働いた 村は人間味があった(撮影 橋本紘二)

グラビア2 冷たい風が吹き荒れた 新しい風が吹き始めた(撮影 橋本紘二)

I.戦後の復興のなかで
昭和20年〜30年代前半(戦後〜1950年代)

昭和22年から3年かけて農地改革が行なわれ、農家はみんな自作農になった。戦地からの引揚者と、団塊世代が生まれる戦後のベビーブームで、むらは賑やかで子どもたちの歓声がこだました。戦後の食糧難のなかで行なわれた米などの強権供出と重税で、むらは貧しかったが活気にあふれていた。やがて、工業の復興によって供給されるようになった化学肥料や農薬、農業資材も活用しながら、農家は、現金収入を求めて、水田プラス副業的農業=経営の多角化を進め、有畜化を進めた。家畜を飼う農家は増え続け、昭和30年前後にピークを迎えた。食糧不足を克服する増産が大きな成果を収める一方、昭和27年、MSA小麦輸入が開始され、パン食の普及など「食の近代化(西欧化)」とあわせて、食糧輸入大国への道も準備された。

新しいふるさとをつくる引揚者たち 那須開拓 1949(昭24)年

女手一つでバタリー養鶏 新村三枝子 1950(昭和24)年

村の経営改善 茨城県玉川村の改造計画 1953(昭28)年

農村文化

共同して水道をつくった村 群馬県額部村 1953(昭和28)年

和牛の肥育ですすめる新しい村づくり 群馬県 1954(昭29)年

水田酪農に成功した村 愛媛県冨田村 1953(昭和28)年

村の実態調査をキソとした新しい村づくり

長野県大田村連合青年団の活動記録 1955(昭30)年

新しい演劇をつくる村の青年たち 岩手県 1953(昭和29)年

試作田活動をすすめる青年団 静岡県原田村 1954(昭和29)年

3割普及から7割普及へ 一改良普及員の活動 1956(昭31)年

八百屋を経営するオート三輪車部落 鎌倉市 1958(昭和33)年

暮らしを明るくする若妻グループ 富山県 1960(昭和35)年

農繁期こそもうけるチャンスだ 小島重定 1959(昭和34)年

「読者のへや」から 1960(昭和35)年

II.農業近代化のなかで
昭和30年代後半〜40年代前半(1960年代)

昭和36年「農業基本法」が施行され、「農業近代化」が強力に推進された。この農業近代化は、(1)稲作の機械化、規模拡大を進める、(2)輸入飼料を大量に使う多頭化・大規模畜産を振興する、(3)麦や大豆を「安楽死」させ、野菜、果樹の選択的な拡大を進めるもので、この背景には、食糧輸入の増大と工業発展のための労働力確保という財界の意向があった。

これに対し農家は、イネを大事にしながら野菜、果樹、畜産を組み合わせるイネプラスアルファ経営を確立し、耕地面積が少なくても所得を確保できる「下からの近代化」を進めた。イネへの増収意欲は、『現代農業』で精力的に追求した「片倉稲作」による大増収運動に発展し、当時、進められていた米輸入を阻止し、米の自給を確実なものにした。高度経済成長のなかで出稼ぎが増え、兼業化も急速に進んだが、それは、田畑と家とむらを守るためであり、こうして日本の小さな農家が維持されていった。

現代農業1960年11月

出稼ぎについて考える
出稼ぎ農民の告白/わたしはこう思う 1964(昭和39)年

これがおれたちの構造改善事業だ 秋田県

農業悲観ムードをたたきこわす金麓園の活動 1964(昭39)年

多収穫イナ作の解剖 長野県新村地区 1963(昭和38)年

片倉稲作 イネつくりの泣きどころ 1964(昭和39)年

不耕起直播で増収 愛媛県・福岡正信 1965(昭和40)年

トマトの苗つくり・秘訣はここだ 小島重定 1966(昭和41)年

リンゴの味を売る・通信販売で消費者と直結 1969(昭和44)年

ミカンの一本仕立て 静岡・内山清太郎 1970(昭和45)年

自分でつくった豚肉を食べる・中越ミートバンク1969(昭和44)年

酪農 本命の経営と技術 千葉県・金子茂 1963(昭和38)年

「現代の発言」から  1961(昭和36)年

III.暮らしから農業を見直す(1) むら・経営・家族  昭和40年代後半〜昭和64年 1970年代〜1980年代)

昭和47年(1972年)に稲作の減反政策が始まり、一方、野菜産地では土の悪化、連作障害が深刻になり、農薬中毒による農家の健康破壊など、経営面でも身体面でも農業近代化の矛盾がだれの目にも明らかになっていった。これに対し、『現代農業』は、主張欄を設けて近代化批判を開始する。

この農業近代化批判のなかで拠りどころになったのは、農家が農家であるかぎりもっている「自給」の側面であった。堆肥などの農業資材から、ドブロクなど暮らしの面まで、本誌では自給のとりもどしを訴えた。かあちゃんたちは、子どもや家族の健康を守り、農家ならではの豊な暮らしを求めて自給運動をくりひろげ、それが、産直や直売所など「地産地消」の大きな流れへとつながっていった。

大いに働き大いに遊ぶ おれたちの農村計画 1970(昭和45)年

複合経営を築く 宮城県・二階堂彦寿 1973(昭和48)年

私の自家用野菜ごよみ 福島・吉田トシ子 1975(昭和50)年

生命の樹の下に乳が流れて 立体農業30年 1976(昭和51)年

ばあちゃんたちの手づくりコンニャク 山口県 1981(昭56)年

ヤギのいる生活 長野県松川村 1984(昭和59)年

借金を減らす!子供のためにも 長野県 1985(昭和60)年

嫁っこたちの共同畑 秋田県仁賀保町 1985(昭和60)年

長生きしてね 嫁がつくりつづける本物の酒 1985(昭和60)年

リンゴジュース搾り機が広げる自給 岩手県 1986(昭和61)年

市販品に味でかつ 花巻市湯口農協の自給運動 1986(昭61)年

無農薬野菜産直13年 千葉県三芳村 1986(昭和61)年

嫁さんに20万円の給料を 小沢禎一郎 1986(昭和61)年

地元の酒屋と農家が提携 山形県高畠有機農研 1987(昭62)年

地域型献立学校給食実現 高知県三原村 1988(昭和63)年

朝の食卓に焼きたてのパンを 岩手県花泉町 1987(昭和62)年

IV.暮らしから農業を見直す(2) 農家の技術 
昭和40年代後半〜昭和64年(1970年〜1980年代)

 農業近代化への見直しは、これを支えている農薬、肥料、品種、機械などの「資材」の見直しへと進んでいく。昭和50年前後に、有吉佐和子の『複合汚染』が大きな反響を呼び、農薬を多用する農家を加害者とみる風潮が広がったが、『現代農業』は、農薬の最大の被害者は消費者ではなく農家なのだ、という立場に立ち、農薬のムダのない使い方や、農薬依存から脱却する方法を農家に学び、提案していった。こうして1980年代の前半に農薬、肥料、品種の特集号が始まり、この特集号は今日まで続いている。

 この時期、過剰施肥から脱却する「施肥改善運動」や、井原豊さんの「への字稲作」、福岡県から始まった「減農薬運動」など、資材依存から抜け出す「農家の技術」が続々生まれ、各地に広がっていった。

イネ 思い切った疎植で大増収 千葉県 1972(昭和47)年

かあちゃんたちが反収750キロ 長野県伊那 1979(昭54)年

倒さず増収 単肥深水稲作 中越イナ研 1981(昭和56)年

「レンゲ+代かきなし」の自然除草 1989(昭和64)年5月号

平均年齢48歳の4平成クラブ 井原豊 1980(昭和55)年

痛快 への字稲作の真髄 井原豊 1989(昭和64)年

減農薬イナ作の3カ条 福岡・八尋幸隆 1987(昭和62)年

チャレンジ小麦6石どり 井原豊 1984(昭和59)年

野菜のヤロビ処理(温度処理)で多収 1972(昭和47)年

野菜 超集約栽培で稼ぐ立体栽培 関屋武 1972(昭和47)年

野菜の害虫は野菜で防ぐ 奈良県・窪吉永 1972(昭和47)年

微生物農法 ナス1000個どり 高知県 1973(昭和48)年

肥料減らして腐れ解消 富良野タマネギ 1981(昭和56)年

病気ゼロの健全スター 私の自慢の床土 1984(昭和59)年

収穫後の元肥でダイコン連作30年 千葉県 1985(昭和60)年

自然農薬・自然流防除 熊本・古賀綱行 1986(昭和61)年

森林土壌方式で土を改善 埼玉県・須賀一男 1986(昭和61)年

捨てた技術に宝があった 木灰 水口文夫 1989(昭和64)年

促成トマト 病気知らずA品90% 養田昇 1987 (昭和62)年

リンゴ 夏のせん定で花芽づくり 永沢鶴松 1971(昭和46)年

リンゴ わい化栽培の本質を問う 永田正夫 1980(昭和55)年

リンゴ 下垂枝を使えば省力 斉藤昌美 1983(昭和58)年

ナシ 長果枝栽培 干ばつにも強い 茨城県 1978(昭和53)年

チャ 少肥で良質多収 静岡・山本周司 1981(昭和56)年

名人が語るシイタケつくり 静岡・飯田好美 1983(昭和58)年

養鶏 発酵飼料はムダがない 窪木杉信 1972(昭和47)年

青空養鶏 鶏をきたえる 高橋広治/山口信雄 1971(昭46)年

かあちゃんの養豚だより・フンは運 桜井鈴子 1972(昭和47)年

今評判の豚・昼間お産させる法 小林盛治 1979(昭和54)年

二本立て給与の実践 病気なし 小沢禎一郎 1973(昭和48)

年母ちゃん牛飼いは子牛との対話から 上田孝道 1978(昭53)年

V.地域とともに、都市民も巻き込んで  平成元年〜(1990年〜)

 直売所が各地に続々生まれ、農業体験、オーナー制、農家民宿、農村レストラン、地場産給食など、地域住民や都市民を巻き込む、元気な取り組みが多彩に生まれた。一方、資材依存から抜け出す「農家の技術」は、作物や自然を生かし、身体に無理がなく、年をとってもやれる「小力技術」の多様な工夫をもたらした。

むらの「危機」が騒がれて久しい。しかし、農家はむらを伝承していく。地域住民や都市民を巻きこんだ新たなむらづくりが広がるなかで、勤めにでていた団塊世代がむらにもどり、農山村にむかう若者も増え始めている。

6軒のむらの集会所 岩手県・バッタリー村 1992(平成6)年

利息で米を届ける 山口県・JAくほく 1995(平成7)年

働きやすい棚田、思いっきり野菜をつくれるしくみで

村を守る、人を呼ぶ 高知・大豊町 1999(平成11)年

直売部会はもうすぐ千人 農協が掘り起こす地域の農業の後継者

JA甘楽富岡の挑戦 2000(平12)年

アイガモ・水稲同時作 福岡・古野隆雄 1990(平成2)年

注目のイネ不耕起栽培 千葉県・新海秀次 1991(平成3)年

偶然に発見、米ヌカ農法 宮城県・佐々木義明 1997(平成9)年

土着菌で安くうまい米多収 福島県・藤田忠内 1998(平成10)年

ミントで防除 香りのあぜ道 今橋道夫 1999(平成11)年

イネ・プール育苗で大助かり 森良二 1992(平成4)年

海水散布でおいしい米 石川県・西出利弘 2001(平成13)年

強力 土着菌パワー 茨城県・松沼憲治 1995(平成7)年

トマト しおれ活着 千葉県・若梅健司 1991 (平成3)年

混植・混作の威力 井原豊 1994(平成6)年

マルチムギでラクに コンニャク産地より 1994(平成6)年

ナス ソルゴーで囲ったら農薬激減 岡山県 2000(平成12)年

広がるイチゴ・ウネ立てっぱなし 愛知県 1999(平成11)年

低樹高・超多収 大草流のモモ仕立て 山梨県 1999(平11)年

自慢のミカンは夏肥で完着完熟 和歌山県 1994(平成6)年

ミカンのナギナタガヤ草生 道法正徳 1997(平成9)年

豚舎には赤土、天然塩、土着菌 山下守 1997 (平成9)年

高泌乳追求に未来はあるか 北海道・三友盛行 1993(平成5)年

読者の皆さんの声 「読者のへや」から

パートI 昭和20年代〜30年代前半(1950年代)

躍進を望む・新潟県/村の信望を集める工門4Hクラブ・岡山県/目を丸くする年寄りたち・広島県/新しい農業生活確立のために・山形県/私たちの嫁の会・宮城県

パートIII 昭和40年代後半〜昭和64年(1970〜1990年)

自給の記事にわが意を得たり・大分県/子どもの自然食の献立を・栃木県/嫁さんたちに伝えたい、農業をしていてよかった・岡山県/命がけの酒づくり・東京都/「故郷」の作詞者の生家をたずねて・長野県/「人ネットワーク」をつくろう・北海道/生産者本来の権利を 「自由化」して今、「村に仕事をおこす」とき!・愛媛県/アトピーの子供と共にがんばる自信と喜びが・千葉県/楽しかった、「クリスマス会」で聞いた村に伝わる話・山梨県

パートIV 昭和40年代後半〜昭和64年(1970〜1990年)

わが小学校の疎植1本植え多収稲作・福島県/永遠なれ疎植栽培・秋田県/スライドで稲の勉強をしています・秋田県/井原様、稲の神様、家庭円満の神様です・高知県/小麦の育つ姿が老を忘れさせた・山口県/かわいい和牛で悲しい失敗・島根県/作付けは土地条件を考えて・長野県/もう一度、農業のとびこみたい・横浜市/田畑をゴミ棄て場にするなんて・愛知県/農業はかけがえのない私の生きがい・宮城県/園芸科1年です 農業に就きたいと思って農業・高知県/「現代農業」を通じて結ばれた北と南・山形県/お金以上の「何か」を求めて「なぜか」農業の道へ、農民志願者より・愛媛県/山を手入れしてやると楽しみが増しますよ・広島県/青森から大阪へ旅をしてきた指輪・青森県/お茶と生きた34年・

岐阜県/農家に嫁いで20余年うたをつくってみました・愛媛県/農文協図書館、ありがとう・熊本県 本田謙二

パートV 平成元年〜(1991年〜)

「小さい農業」に快哉を叫ぶ・福岡県/炭焼きは私にとっても天下の楽しみ・岡山県/日本の田んぼ、農業を支える方法を話しあいましょう・秋田県/人間は生き物から命をいただいている・長野県/懐かしさを感じるにおい、音・滋賀県/農業はやりたいが「農家の嫁」にはなりたくない・愛知県/今どき「家のかこいもの」なんて思っている農家の嫁はいない/20年前は私もそうでした・岡山県/「現代農業」に乾杯!・京都府/高齢化問題、私の場合はなんとか切りぬけたけれど/「こうろん」を見て思い出す祖母の姿・静岡県/有機農業以外の米は信用できないのか・秋田県/私の息のあるうちは「現代農業」を読み続けますよ・広島県/カマキリ4匹でストックのコナガが退治できた・島根県/夢は10年後の「お百姓さん」・北海道/アイデア農機具のネットワークをつくったら・福岡県/先輩農家の主婦パワーには負けていられません・青森県/これは、と思った記事は日記帳にメモします・島根県/カラー化した「現代農業」は元気や活気が溢れている・岩手県/井原豊さんのご逝去を追悼するお手紙・福島県/「リンゴにも夏肥」がいけるかも!・秋田県/いつかは有機農業、不耕起栽培もやりたい・愛知県/たくさんのウス情報ありがとうございました・北海道/猛暑に負けなかったニワトリの秘密は土着菌パワー・愛媛県/いつまでも威勢のいい農業雑誌であれ・新潟県

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「現代農業」の歩み(PDF 176k)

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『現代農業』年表

社会情勢 「農村文化」「現代農業」の主な記事
1940(昭和15)大政翼賛会発足 (公益法人)農文協創立。月刊誌「農政研究」を会誌に継承
1941(昭和16)対米英宣戦会誌を「農村文化」に改題
1946(昭和21)日本国憲法広布 「農村文化」復刊第一号。古瀬「農村文化運動の本質」、暉峻「農村の欲求としての文化」、村山「青年演芸の問題」、平野「農山村工業の経済的条件」
1947(昭和22)米の強権供出鈴木清「農民の二つの性格」、奥谷「インフレと農産物価格」、岩上「芽生える地方の民主主義」、古島他「貿易再開と日本農業」、岩上「農民文学・土・について」
1948(昭和23)韓国・北朝鮮成立「百姓はなぜこんなに忙しいか」「正しい米価は平和の基礎」
1949(昭和24)中華人民共和国成立浪江「本を読まないと損をする話」、福島「供出制度と権力」「農民の肥料学(1)」
1950(昭和25)朝鮮戦争浪江「肥料の上手な使い方」一月号連載開始、「DDTとBHCの鑑定と使い方」「2・4―D、畜力除草機と農繁期栄養問題」、福島「輸入食糧で農業はどうなる」
1951(昭和26)日米安保条約調印「農村の失業問題」、「村の予算を調べよう」「インチキ肥料にだまされまいぞ」
1952(昭和27)麦統制撤廃編集部「土地改良をすゝめよう」、戸刈「統制撤廃後の今年の麦作」
1953(昭和28)MSA小麦協定 東北冷夏畜産講座「食われたエサの行方」「動力耕耘機は経営とどう結びつくか」
1954(昭和29)自衛隊発足 集約酪農地域制度「上手な養鶏」「農繁期をのりきる技術」「秋野菜作付計画」「乳牛の導入と交換」
1955(昭和30)GATT加盟 日米余剰農産物協定「果菜類の経営的特性」「イネの品種とり入れ方」「品薄時期をねらう野菜つくり」
1956(昭和31)日ソ国交回復 神武景気六大連載講座発足(イナ作、身近な政治経済、畜産物の売り方買い方、土地改良、あかるい生活、土と肥料)
1957(昭和32)ソ連・人工衛星打ち上げ成功。飼料講座「養豚飼料配合のコツ」「牛の個性に合せた配合」「ケトージス予防策」
1958(昭和33)桑園2・5万町歩整理「精農家にきくイネの追肥」「水田除草剤の安全散布」「エサ代半分の牧草養豚」
1959(昭和34)皇太子御成婚「こうして農協をおれたちのものにする「「リンサン多用のイネ増収法」「新産地はこうしてつくる」
1960(昭和35)国民所得倍増計画 11月号より「農村文化」改題して「現代農業」、片倉「きまって5石とれるイナ作技術」、「農協の助けで経営確立・茨城玉川農協」、「これからの農業は成長株だ」
1961(昭和36)農業基本法施行 「零細農がこうして経営を拡大した」「豚価が落ちても大丈夫の養豚法」
1962(昭和37)農業構造改善事業促進大綱「農業近代化の出発点」「月給五万円の共同経営」「六石どりイナ作の分析と応用」「豚肉価格の安定対策」
1963(昭和38)麦不足 地方農政局発足バナナなど自由化「大型機械化と農業の疑問点」「確実に増収できる三施肥法―下層施肥、深層追肥、追肥重点」「米はほんとに余っているのか?」
1964(昭和39)東京オリンピック・米不足「米が足りない」「片倉イナ作(1)」連載開始、「出稼ぎ、これだけは気をつけて」
1965(昭和40)いざなぎ景気 米消費ピーク339kg(現代農業、作目別編成になる)。「片倉イナ作(6)」「平均五石どりは可能になった」「玉川方式を実践して」
1966(昭和41)ベトナム戦争 田植機開発利用「V字イナ作・チッソを中断して増収」「片倉イナ作各地の実例報告(1)」「農民的経営合理化コース」
1967(昭和42)中国文化大革命 米大豊作「食糧をもたない国は亡びる」「イナ作技術のゆくえ(精農家)」「5石どりのイネは病気に強い」
1968(昭和43)大学紛争 「農業世界」廃刊「八産五万キロの酪農技術」「米は余ってない」「ベテラン農家のイネ実肥」
1969(昭和44)開田抑制 減反開始 182ページから366ページへ 「主張」欄創設(論説委員会)、「米のだぶつきは一時的現象」「これが自主流通米の正体だ」「イネ+畜産の安定経営」
1970(昭和45)第2次農業構造改善事業「主張・近代化路線にまどわされるな」 小西式イナ作始まる 「野菜の断根育苗」
1971(昭和46)ニクソンドルショック「農村つぶしの農村工業化計画」「減反の強制に応じられない」「青果市場のカラクリと主体性」
1972(昭和47)日本列島改造論 日中国交回復「戦後農政のあやまり―自信もって米を作ろう」「大型機械でコストダウン不可能―減反に応じないほうがよい」「経営の豊かさは自給度がバロメーター」「新しい複合経営への道」
1973(昭和48)石油ショック狂乱物価 世界食糧危機「主張、イネを育てる心をとりもどそう」「儲け主義で食糧自給はできない」「主張、農協を農家のものに」
1974(昭和49)物価暴騰パニック GNPマイナス成長「借金農業と借金しない農業」「畜力と機械とどちらが効率的」「自給優先の複合経営で消費者と直結」 「特集・石油文化は農耕と生活を滅ぼす」 「守田・堆肥では土はよくならない」
1975(昭和50)完全失業者100万人「ドブロク造りがなぜ悪い」「大圃場整備事業で得することなし」「品種改良の方向は狂っていないか」、渡辺高俊「エサ二本立給与」連載開始
1976(昭和51)水田総合利用対策「補助金にだまされまい」「果樹は畑や田に植えるものでない」 主張「農林・通産省をつぶさなければ食糧自給できない」
1977(昭和52)三全総(地方都市作り・定住圏構想) 「冷水害と農業共済―ごまかしのからくり」、「複合経営の指導にのるな」、「管理離れ労働―農業労働は最高のぜいたく」、11月号「施肥総特集号」開始
1978(昭和53)新農業構造改善事業「円高に仕掛けられた農業縮小の策略」「余り米は買わないの脅しに乗るな」「つきあい減反はやらない」「効かないT珪カルUの秘密」
1979(昭和54)第2次石油ショック(イラン革命) 5「農薬ガイドブック」、10「肥料、土ガイドブック」年2回総特集号恒常化 「ダイズ規格外は売れないは本当か」「うまいドブロク、焼酎の極意」
1980(昭和55)4年続きの不作の始まり「減反転作トクした人はどこに」「奨励金によらずできる作目は?」井原豊のイネつくり記事始まる
1981(昭和56)NIRA報告「施肥改善特集号 単肥路線・土壌溶液・過石入り堆肥」「異常気象と食糧危機」「主張、農薬メーカー天国・日本」「主張、補助金農政を断罪す」「主張、減反を返上して米の売り方を考えよう」 コシヒカリ・単肥深水栽培
1982(昭和57)中曽根臨調 東北上越新幹線開業「2年続きのコメ不足ー減反しているときではない」「世界の農畜産物価格政策に学ぶ」「米飯給食を妨げる文部省」
1983(昭和58)ロッキード事件裁判判決 三宅島大噴火主張「日本型食生活とは何か」「いま増産のとき―緊急輸入は一年ですまない」「明治老農林遠里に学ぶイナ作革新」「どうする減反・三期対策」
1984(昭和59)韓国から米輸入「本物時代の品種選び(野菜)」「カリフォルニア米輸入が迫る」「他用途米の出荷対策」「特集・借金暮らしから脱け出すには」「野菜の品質追究シリーズ」
1985(昭和60)ソ連ゴルバチョフ政権成立 プラザ合意(円高容認政策) 内容大幅改編、前半部に「豊かに食べる」「暮らしをつくる」「世の中を生きる」の三本柱をすえ、家族みんなで読み、話し合えるように。「主張、昭和六十年代をどう生きる―むら民主主義」。小特集「嫁にいきたくなる村」「健康食のかなめ自家用野菜畑」「税金実用百科」。品種・農薬・土肥の大特集は継続 「いま注目の民間施肥技術」
1986(昭和61)前川レポートチェルノブイリ原発事故 RMA日本にコメ自由化要求 「主張、住みよい地域づくりこそ農協の役割」。豊かに食べる「国産小麦パン大好評」、暮らしをつくる「母ちゃんがお金の出入りをつかむ」、世の中を生きる「借金減らしの手ほどき」、技術「無農薬・減農薬コーナー」「知らなきゃ損する特集」「防除大特集・自然農薬をあなたも」 「特集・注目の炭「減農薬で楽しみ稲つくり・虫見板(宇根)」
1987(昭和62)株式大暴落 狂乱地価生産者米価5.95%引下げ「主張、地域化こそ真の国際化への道」「主張、日本的共同社会を農村から」。「豊かに食べる」を「マメで達者に」に変更、健康相談の保健婦がつづる連載。暮らしをつくる「実践複式簿記」、世の中「農政ニュース」「風土技術の時代」。
1988(昭和63)ふるさと創生資金1億円 9月号復刊500号記念「食べものと農業が世界を救う」 「主張、中国でほんとうの村おこしをみた」「主張、地域内に農工商のネットワークを」「連載・ワクワク田んぼランド」「連載・痛快への字型低コスト稲作の真髄」「親爺さんの自給畑で地域型献立学校給食実現」
1989(平成1)消費税実施 中国天安門事件 ベルリンの壁崩壊 小学校・生活科新設「主張 地域資源、農家の知恵を生かしたふるさと創生を」、特集「中華人民共和国建国四〇周年を祝う」「地球温暖化で穀物不足時代がくる」、「追跡アトピー」、暮らし・89年版税金百科、「コメ輸入自由化論は世界の小数意見」、「への字型イナ作時代が始まった」「粘土・炭・木酢で施肥改善」
1990(平成2)バブルはじける 19号台風「品種特集 水田利用の魅力作目・品種」「防除特集 ノズルさばきで防除効果は大ちがい 」「水張りっぱなし栽培」 「50歳代は思案のしどき」「細根の活力で、味よく健全・施肥特集」 「アンパンマン登場 国産小麦パンを語る」
1991(平成3)湾岸戦争 牛肉オレンジ輸入自由化 ソ連邦解体「連載・アイガモ水稲同時作」「注目のイネ不耕起栽培」「ミカンは夏こそ元肥適期だ」「ネギ・ニラ混植最前線」
1992(平成4)新しい食料農業農村政策の方向「元気ハツラツ! アイガモ・水稲同時作」「品種特集 今、青空市がスゴイ! 」「じいちゃんが先生、夏休みの宿題バッチリ」「葉やツルを、かじって食べて生育診断」「キラリ沖縄! 楽しく長寿、そして減農薬」
1993(平成5)細川内閣成立 大冷害 ウルグアイラウンド合意 EU発足「茨城玉川農協が韓国のすごい技術を見た、聞いた(土着菌)」「土寄りさせないロータリ操作コースどり」「防除特集 ニンニク・トウガラシが防除で効くわけ」 「楽しきかな! 米販売大作戦」「93年凶作に負けなかったイネを追う」
1994(平成6)緊急コメ輸入 自社さ連立政権 新食糧法成立95年11月から実施「イナ作施肥改善で1俵増収を(リン酸追肥)」「私のやり方これは小力栽培だ(松本勝一)」「防除特集 60歳からはラクして効かせる」「新兵器・無人ヘリの可能性」「土・肥料特集 石灰はこう効かす」 「農協の力も借りて米産直」
1995(平成7)WTO発足・阪神大震災「千客万来農業」「だから儲かる意外経営」「強力パワーの土着菌・植物活性力」「農産加工品 販売許可をとってどんどん売る」 「精肉で販売する産直型畜産経営」「パソコンは10人力の産直事務屋さん」
1996(平成8)BSE英国で発生 O-157「朝市・直売所でのお米の販売」 「品種特集 転作田んぼを目茶目茶おもしろく」 「農薬散布 かけたつもりがかかってない!」 「荒れ地を宝にかえる目のつけどころ」「日本の底力 いま米の加工が大評判」「発酵食品・納豆の元気をいただく」
1997(平成9)消費税5%実施温暖化京都会議 全面カラー化へ 「天敵を生かす・がぜん防除がラクになる(土着天敵)」「代かきでいっそうトロトロ、抑草効果を発揮(米ぬか除草)」「 村のシルバーパワー集団ここにあり」「田畑で学ぶ!夏休み自由研究」 「お米と一緒に町に『田舎』を届ける」
1998(平成10)新農基法推進本部設置「不況商店街に元気を呼ぶ農家の店」「これが米ヌカ菌体防除法」「農家のパソコン活用術(1)」「スーパー健康作物 ソバ」「転作大豆で地元味噌」「夏は土をよくするチャンス」「村へおいでよ農家民宿」「不況商店街に農家の店を」
1999(平成11)食料農業農村基本法成立「産直セラピーで10歳若返る」「百歳 現役!」 「学校と一緒になって村が元気に」「防除をラクに 天敵が居着く畑つくり」「弁当で村おこし」「土・肥料特集 パワー全開!米ヌカ肥料!」「空き教室・廃校の生かし方」「むらの福祉の舞台つくり」
2000(平成12)三省合同「食生活指針」策定 循環型社会形成基本法「祝2000年! 後継者が続々生まれる時代が来た(甘楽富岡)」 「まちの人を巻き込んでむらづくり」「 米ヌカで病気を防ぐ」 「米ヌカで『土ごと発酵」』「豆腐・納豆でダイズの販路が広がる」 「10年現役延長の運搬小力機械」
2001(平成13)中国WTO加盟 同時多発テロ「品種の力で直売所の魅力倍増計画 」「肥料でコストダウン200万円」「提案 転作にエダマメを!」「この加工機械に出会えてよかった!」「黒には愛がいっぱい 黒い作物の秘力」「土・肥料特集 簡単なのにスゴイ!土ごと発酵」
2002(平成14)「総合的な学習の時間」スタート アフガン戦争 台湾WTO加盟「苦土でリン酸貯金を下ろす」「無登録農薬問題」「特集・海のミネラル力」「芽が、樹が、果実が変わる 摘心栽培2002」「発芽パワーで健康!」「竹林のスーパー生命力は宝」「酢防除で病気が減って味がのる」「秋の果物で酢をつくる」
2003(平成15)イラク戦争「 ドブロク復権! 農家の発酵文化を取り戻す」「木酢はやっぱりスゴイ…」「自然農薬 おもしろいからやめられない」 「酢防除でダイエット 健康作物」「 米粉パンVS国産小麦パン」「土・肥料特集 苦土は起爆剤」 「なんでも粉に!」
2004(平成16)鳥インフルエンザ発生牛肉トレーサビリティ法施行「もっと使えるぞ! 炭」「自家採種の基礎知識」「生命の水 樹液」「有機物でマルチ」「農薬が減る 混植・混作」「『商品化』術を磨く」「ミミズはスゴイ」「地あぶらに火がついた」「有機物マルチで土ごと発酵」「落ち葉 いまどきの活用術」
2005(平成17)食育基本法「食事バランスガイド」策定 栄養教諭制度導入 経営所得安定対策等大綱 「大豆の健康力」 「月と農業」「草刈り・草取り 名人になる!」「台風対策100の知恵」「耕し方で変わる」「モミガラ 使わないなんてモッタイナイ」「ザ農具列伝 読者お気に入りの農具集」  2月号・復刊700号記念「『現代農業』用語集」
2006(平成18)品目横断的経営安定対策の加入申請開始「灰 究極のミネラル」「食べ方提案で届ける品種」「春のつぼみを食べる」「タネ・苗 いじめて強化」「 耕耘・代かき 名人になる!」「魚で元気になる/魚肥料の魅力」「土・肥料特集 耕し方で畑が硬くなる」 「クプクプ酵母菌の世界へ」

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編集後記

いただい農家の方々から、近況などお便りをいただきました。そのなかからいくつかを紹介します。

 *

▼大変懐かしい文章を読ませていただき、当時を思いだし、感無量です。三七年前の仲間づくりは間違っておりませんでした。今は七二歳になりましたが、地域活動や老人クラブなど、頑張っております。(岩手県・立花利通さん 160ページ掲載)

▼母は昭和五十七年に亡くなりました。私も今年で七七歳になりましたが、まだ現役の百姓として頑張っています。一昨年まで野菜の産直を続けてきましたが、体力の関係もあってやめました。が、米は全量直販を続けています。東京文京区の方々とは平成四年からすでに一四年ほど続いていますが、もうすっかり親せきみたいな信頼が生まれ、とても楽しくやっています。(福島県・吉田恒雄さん 172ページ)

▼定年後、「なべちゃんの自給の家」、そして平成十七年四月、食育工房「農土香(のどか)が誕生、地産地消で農の豊かさを発信し、次代を担う子どもたちに確かな農といのちを伝えることをめざし、農村レストランをやっています。(秋田県仁賀保(にかほ市)の渡辺広子さん 194ページ)

▼有機農業を始めて三三年が経過しました。昨年、その集大成といえる『いのちを耕す人々』(桜映画社制作)が完成し、全国的に上映会が拡がっています。ぜひ、ご覧下さい。(山形県高畠町 渡部務さん 224ページ)v

▼野菜の輪作栽培に専念しておりますが、暖冬のため安価で困っています。夏作に望みをかけて頑張りたいと思っております。(奈良県、窪吉永さん 294ページ)

▼今、集落では一ha区画の水田がもう一年で完成です。自分の田んぼは土着菌ボカシ利用で地力アップできるのですが、担い手として集落全体のアップ、そして、この水田をどう利用していくかが頭の痛いところです(福島県・藤田忠内さん 472ページ)

▼農業も経済成長に負けまいと拡大、工業化してきましたが、結局のところ、風土に根ざした基本に戻ることが生き残る方法だと、改めて思っております。牛には草を充分に与え、木を植え、堆肥で野菜をつくり、チーズ、肉を生産しています。21世紀の農業を求めて、同じことを繰り返し、日々を重ねております・(北海道・三友盛行さん 541ページ)

 *

愛媛の福岡正信さん(128ページ)からは、最近、不耕起直播が簡単にできる「泥棒播き」を開発したと、電話で元気な声を聞かせていただきまました。

「変わりつつ変わらないこと」を伝えていく。農家もむらも、積み重ねながらの息の長い営みなのだと、改めて強く感じた編集過程でした。(豊島至)

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

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時代を戦後復興期、「農業近代化」の時期、近代化の矛盾が顕れ暮らしから農業、農村を見直す時期、地域住民や都市民を巻き込んむ新しいむらづくりがが広がった時期の四つに分けて厳選した農家の技術・知恵集。引き継ぎたい「農家の技術」を凝縮。地産地消を拓いた農村女性の元気をたどり祖父母、親世代の苦労と思いがわかる元気が湧く一冊。 [本を詳しく見る]

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