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「農産物輸出大国オランダを見習え」は間違っている

斉藤 章

10a当たり65tとっているオランダのトマト栽培

10a当たり65tとっているオランダのトマト栽培

地図

 TPP11が大筋合意。市場開放を推し進める政府は、農家の不安を打ち消すためか、この間、一貫して「攻めの農業」を謳い、農産物も輸出して海外に打って出るべしと強調してきた。2020年に1兆円まで伸ばすといってきた農林水産物・食品の輸出目標を、1年前倒しするほどの熱の入れようだ。小国ながら農産物輸出大国となったオランダを見習え、という声も聞こえるが、果たして実態はいかに――。オランダに学び、本誌で新しい環境制御技術について連載してきた(2015年1月号〜2016年12月号など)、(株)誠和の斉藤章さんにオランダの輸出農業の実態を紹介してもらう。

得意の品目を輸出用に栽培

 私は施設園芸先進国オランダを定期的に訪問、学んだ考え方や栽培技術を、日本全国の生産者に執筆やセミナーを通じて紹介しています。近年、オランダの施設園芸が世界から注目されている理由は二つあります。まず、大規模施設での高い生産性です。トマトのハウスは1棟10ha程度、一般的なトップ農家の10a当たり平均収量は日本の3〜4倍となる約65t。さらに、栽培技術の革新によってその収量が年々増加していることが注目に値します。もうひとつが、農産物の70〜75%を輸出していること。今回はオランダの農産物輸出について、トマトを例に紹介します。

 オランダの人口と国土面積は、日本の九州とほぼ同じ(表1)。農家1戸当たりの農地面積は、日本と比べると大規模ですが、欧州の他国からみると小規模です。オランダは小国ですが、欧州のほぼ中央に位置するため、古くからさまざまな貿易の中心地として発展してきました。現在、農産物の輸出金額はアメリカに次ぐ世界第2位。その中心を担っているのが施設園芸であり、中でもトマトは重要な品目です。

表1 日本とオランダの概要

日本オランダ
人口1億2700万人(10位)1680万人(64位)
国土3780万ha(61位)415万ha(131位)
農地455万ha186万ha
農家1戸当たり農地面積2.8ha25.9ha
農産物輸出額32億ドル(57位)893億ドル(2位)

( )内は世界ランキング

 オランダの施設園芸の特徴は、自国の気候に適していて、高く売れる品目に特化していることです。野菜ではトマト、パプリカ、キュウリ、ナス、イチゴの順に作付け面積が大きく、これらで総栽培面積の約80%を占めます。そしてトマトについてみると、生産面積は約1700haで生産量は約72万t。つまり、日本の約7分の1の面積で、同量以上の生産をしているわけです(表2)。当然、自国消費ではなく、そのほとんどが輸出用です。2016年のトマト輸出量は98万t、輸出額9.6億ドルで、こちらも世界第2位となっています。

表2 トマト栽培の概要

日本オランダ
栽培面積1万2100ha約1700ha
年間生産量65万3400t72万t
平均収量約6t(熊本県10.1t)約65t

日本の数字は「2015年産野菜生産出荷統計」より。露地・雨よけ栽培も含む。長期どりハウス栽培では10a当たり15〜20tとる農家も多い

「輸出」というより「輸送」

 今でこそ輸出大国となりましたが、1990年代、オランダのトマトは「水爆弾」と称され、お隣のドイツから見向きもされませんでした。しかしその後、品種改良や栽培技術の革新によって品質が向上、世界中から注目されるようになって、輸出量が増加しました。効率的な栽培により平均卸売単価が1kg1.47ユーロ(約200円)と安いのも、他国にとって魅力です。

 現在、トマトの主な輸出先はドイツが50%、イギリスが16%、スウェーデンが5%ほか、EU諸国で93%を占めます。アメリカや日本にも輸出しています。ただし、輸出といっても、主要な取り引き先であるドイツの首都ベルリンまでは約500km。欧州内では遠方となるスウェーデンでも、首都ストックホルムまで約1400km。これは、それぞれ東京〜大阪間、東京〜鹿児島間とほぼ同じです。また、EU諸国内は検疫も関税もありません。通貨も同じ。オランダの農産物は「輸出」というよりも、高速道路網が発達している欧州内をトラックでただ「輸送」しているようなものなのです。

輸入したトマトも輸出している

 オランダは一方で、生産量が少ない穀類や果実類は輸入しています(表3)。食料自給率よりも、品目を限定して栽培を効率化、競争力を高める「選択と集中」によって欧州向けの農産物輸出大国となったわけです。

表3 国民1人、1年当たりの食料供給量と品目別自給率
(農水省試算)

日本オランダ
供給量(kg)自給率(%)供給量(kg)自給率(%)
穀類104.92889.416
イモ類21.07491.9221
マメ類8.883.00
野菜類102.48086.3284
果実類46.741184.722
肉類47.95389.5176
牛乳・乳製品91.362357.5224

 そして意外なことに、輸出品目であるトマトも、年間約2億ドル分輸入しています。輸入先はスペインが45%ともっとも多く、EU諸国で91%を占めます。この輸入されたトマトの多くは、再度オランダから輸出されます。先ほど紹介したトマト輸出量が、国内生産量より多いのはこのためなのです。

 現在、オランダには野菜の市場は存在しません。生産者は生産物を出荷組合もしくはパッケージセンターに出荷、そこから欧州中のスーパーマーケットに直接販売されます。オランダのトマトは夏秋栽培のため、冬に生産量が減ります。出荷組合ではその補填として、越冬栽培するスペインなどから輸入しているのです。地中海近郊に自社農場を建設してトマトを栽培しているオランダの生産者もいます。スペイン南部にはアルメリアという一大施設園芸地帯があります。オランダまでの距離は約2300kmとなり、札幌〜鹿児島間とほぼ同じです。オランダは地の利を生かした流通拠点として、農産物の「中継貿易」もしているのです。

 ちなみに、オランダといえば酪農、そしてチーズが有名ですが、その原料も大半を輸入しています。輸入した生乳を国内で加工して、できたチーズを輸出しているのです。「加工貿易」です。

輸出するための認証、減農薬栽培

 欧州内での農産物輸出は容易だと述べましたが、グローバルGAPの認証取得が必須条件です。多くの生産者にとって、グローバルGAP認証取得は最低条件で、さらに、大手スーパーマーケットが独自にもつ認証もとっています。GAP認証なしに販売はできません。

 また、防除に関していえば、使用可能な農薬は国によって異なります。それもあって、トマトをはじめとするオランダの施設栽培では、年間数回程度しか化学農薬を散布していません。害虫は天敵で抑え、病気は湿度管理(環境制御)で抑えているのです。オランダ人にとって農産物の品質とは、単に食味がいいだけではありません。大規模施設で超多収栽培というと、収穫物の品質は低いとイメージされがちですが、高品質でなければ他国に受け入れてもらえないのです。また、閉鎖型施設での養液栽培など、環境に影響されにくい(環境に影響を与えない)栽培方法も諸外国との差別化にしています。

 オランダの栽培は輸出を前提にしており、それに対応した施設や品種、管理を行なっているわけです。出荷に際しても、パッケージセンターでは輸出先に合わせて容器を選んで梱包しています。例えば、検疫が厳しい日本へ輸出するトマトは、専用のパッケージラインや保管スペースを確保していて、害虫の侵入を防いでいます。

オランダのトマトは日本の自動車と同じ

 オランダは農作物だけでなく、その栽培に必要な技術も輸出しています。農産物貿易が盛んな欧州でも、地産地消の考えが広く普及しています。高品質なオランダのトマトを食べた輸入国の人々は、自国でも同じようなトマトをつくりたいと考えます。そのためには、オランダと同じ品種の種子が必要になり、高品質な栽培には同じ施設や機器も欠かせません。そして、計画的な栽培には知識と技術も必要です。そこで、オランダの各種コンサルタントには各国から声がかかります。

 このように、農産物の輸出が、モノや知識の輸出にもつながっています。オランダ政府にとって、施設園芸は重要なトータル輸出産業となっているのです。日本の自動車産業と同じようなものです。

オランダの技術、輸出戦略はコピペできない

 では、日本もオランダのように農産物輸出大国になれるのでしょうか。島国の日本と、貿易国として立地に恵まれたオランダ。その違いを考えただけでも、日本がオランダのような輸出大国になることは難しいでしょう。また、果たして施設園芸品目の輸出が必要なのか。オランダはドイツやイギリスなど、成熟した巨大消費地がすぐ近くにありますが、日本は自身が世界最大規模の成熟した消費地です。近年、新しい技術を学んで増収を果たしている農家が増えているものの、加工用を中心にまだまだ多くのトマトを輸入しているのが現状です。価格の面で見ても、海をまたいで安価に生鮮野菜を輸出することは容易ではありません。

 私がオランダから学んだ栽培技術の結論は、オランダの技術をそのまま「コピペ」しても使えない、ということです。これは輸出についても同じではないでしょうか。参考にすべきことは、その栽培や輸出産業の背景にある、日本にはない考え方です。そこに、日本でも活用できる技術が隠れています。国全体で取り組むオランダの輸出戦略と競争力の高い農産物生産、販売体制は、きっと今の日本政府の目指す方向とは違う形で、私たちの参考になるはずです。

(株式会社誠和)

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現代農業 2018年1月号
この記事の掲載号
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