『農村文化運動』 155号 2000年1月

「自分の本」をつくる情報革命がはじまった

-情報による新しい産業・教育・福祉の創造-


[目次]

はじめに

第1章 情報編集で個性的な経営・地域をつくる

−「農業情報」活用の新局面−
  1. 16歳で就農した纐纈さんが7年で一人前になれたわけ
  2. 自分の経営を通じて地域全体の課題が見えてくる情報利用
  3. コメの産直をはじめたら必要な情報が変わってきた
  4. 情報をなかだちにした新しい指導事業が見えてきた

第2章 情報で地域と農業をおこし、後継者をふやす

−新潟県「JAこしじ」の実践−
  1. むらの女性たちが「自給の社会化」、農業の生活総合産業化を進める
  2. 後継者が続々と生まれる時代が来た!
  3. 直売所は高齢者・女性の情報拠点
  4. 都市に「健康」を届ける越路町のコメ
      −−−イナ作技術の変革による生命の循環の回復
  5. 地域の暮らしを豊かにする「生産型福祉」
  6. 教育改革で町の未来づくりを始めよう
  7. 個性的な農村空間だから構築できるグリーンツーリズムと情報ネットワーク

第3章 「ふるさとで暮らし続けるための知恵」を育てる教育がはじまった

−地域と学校を結ぶ「食・農データーベース」の構築を−
  1. 地域の未来を託す学習活動−地域の食と農を教材化する初草小学校の実践
  2. 地域の個性を把握し、その中に学習テーマを掘り起こす三つの方法
  3. 学校が壁を乗り越え、地域に入っていく方法
  4. 都市の基層にも地域はある

第4章 農村の「自給の社会化」と「情報革命」が新しい時代を導く

−農文協の電子出版と市町村づくりの展望−
  1. 地域の未来・日本の未来は高齢者や女性とともにある
      −−−朝市・産直による地域の活力と、そのなかでの地域の子育てと
  2. 「情報革命」による市町村づくりの展望
  3. 農村部を情報の先進地にし、農村空間の生活文化で都市に働きかける

はじめに

「情報」で個性豊かな農村空間を形成し、社会を変える

 パソコンの値段が急速に下がって大幅に普及し、電話代やプロバイダーの接続料なども安くなるなど、情報化時代が本格的に到来するきざしがある。

 このようなきざしについて、「『産業革命』に次ぐ『情報革命』の時代がきた」といわれたりもするが、テレビとパソコンの結合や携帯電話とインターネットの結合など、新しい情報手段の開発について騒がれているだけで、肝心の情報の質的転換について語られることは少ない。あるいは電子出版などの分野でも、活字が電子に置き換わって検索が早くなったり文字の間に音や画像を入れ込んだりしているだけのことで、便利な新しい情報の手段ができたとはいえても、「情報革命」といえるような質的な変革はない。

 「情報革命」というからには、情報の編集・発信の主体が変わり、情報のあり方が大きく変わらなくてはならない。情報が出版社やマスコミから一方的に流されるのではなく、ユーザー自身が情報の編集や発信の主体にならねばならない。

 農文協は、情報による文化運動団体であるが、雑誌や本などの紙媒体の情報の時代から、農家の主体的な表現(=情報の発信)には意を注いできた。

 農文協は、農家の知恵が満載された市町村づくり雑誌『現代農業』や、地域自然と調和した暮らしを行なっていた昭和初期の食生活のあり方を聞き書きした『日本の食生活全集』、あるいはまた農業の科学的技術と精農家の技術を網羅した『農業技術大系』等々をもって村むらをまわり、農家と直接対話しながら農家を触発し、紙媒体による情報を普及して、農家の読書運動を推進してきた。

 雑誌や本の制作の面では、農民が本を読まないのは農民が悪いのではなく、農民が読めないような、インテリしか相手にしない当時の本のほうが悪いのだと捉え直して、わかりやすい表現に励んだ。そして、農家に働きかけ働きかけられるなかで農家の欲求を掘り起こし、独自の発想や知恵(生産や生活の技術)を学んでそれを深める形で雑誌や本がつくられる。そのような農家の知恵の結晶である雑誌や本が、農家のなかに普及されると、今度は、それらに盛られた技術情報が農家の田畑や生活の場で検証され、農家のなかで再構築されて独自な形で論理づけられるのである。このような形で農家に読書力(情報処理能力)をつけ、農家の思考を深め、農村の豊かな生活文化を形成すべく支援してきたのであった。

 このように農文協の情報による文化運動は、これらの雑誌や本をつくり普及する過程自体が、農家と農文協の双方向の関係によって成り立っている。そのような意味で農文協は、電子メディアが出現する以前から、農家の主体的な表現=情報の発信に意を注いできたのであった。

 このような文化運動の展開のうえに、いま農文協は、これまでの蓄積である紙媒体の膨大なデータを電子化し、さまざまな形で提供している(現在のところ、『現代農業』一九八五〜一九九九年、『日本の食生活全集』全五〇巻分、『農業技術大系』全六三巻、『病害虫・雑草の診断と防除』全二一巻などの、四データベース。詳しくは巻末広告参照)。データベースをCD―ROMで提供するのはもちろんのこと、四データベース全部をインターネットで検索できるようにした「ルーラル電子図書館」(有料会員制)や、地域情報ネットワークのサーバーやLANで結ばれたパソコンのサーバーにこれらのデータを入れて活用するレンタルサービスなど、現場の要望に応じてさまざまな形で提供しているのである。

 農文協の情報による文化運動において、このような情報の電子化は、文字通りの「情報革命」を可能にするといってよい。農文協情報の電子化は、農家や地域の独自の関心やテーマで情報を瞬時に集めることを容易にし、全国情報との比較による己の地域の個性の認識をとおして、地域に伏在していた資源やノウハウを発現させる。そして、特定の全国情報を自らの営農生活体系のうちに組み込みつつ再構築し、己の情報として発信することを可能にするからである。このように地域に伏在していた技術・情報や、農家主体で編集を加えられ再構築された情報などを「地域の知的資産」とし、地域の暮らしを豊かにし、その生活文化を都市に発信していくことができる。

 本号の特集では、これらのデータベースが、個別農家の技術・経営や、合理化を迫られる農協の指導事業や指導購買などに、あるいは村おこしに取り組む普及所の指導に、どう生かされているのかを調査して報告し(第1章)、四データベースを導入し地域情報ネットワークを築いた新潟県JAこしじで、これをどのように活用して水田単作農業から脱却していけるのかを追究した(第2章)。

 そして、折から進められつつある一大教育改革の要をなす「地域と連携した総合的な学習の時間」の学習などに、いかに活用しうるかも、併せて考えてみた(第3章)。

 第4章で述べるとおり、大量生産・大量消費の時代は幕を閉じ、右肩上がりの経済成長の時代は終わった。成熟した高齢化社会にむけてライフスタイルの転換がはじまり、国民のなかに農業への熱いまなざしが注がれつつある。朝市・産直の興隆や都市農村交流の活発化、定年帰農者の急増がそのことを端的に現しているが、そのことは、農家と地域自然が一体になった農村空間の生活文化が、行き詰まった都市文明の救済者として立ち現れてきたことを意味している。

 いま農村では女性や高齢者が元気である。朝市や産直で地域資源が生き人の個性が生きる。そのような農村の輝きが、朝市・産直・都市農村交流・グリーンツーリズムなどを通して都市民を魅了し、癒やしを与えるのだ。二十一世紀を迎えるにあたり、情報による市町村づくりをすすめ、農村空間のいっそうの充実を。

文化部


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