『農村文化運動』 174号 2004年10月

地域からの教育変革――「校区コミュニティー」形成への試論――


[目次]

はじめに

I 地域に根ざした地域のための教育・学習がなぜ必要か

一、コミュニティーの崩壊による子どもの危機を、地域と学校の連携で克服する
     法政大学教授/臨床教育研究所「虹」所長 尾木直樹

1 学歴社会の行き詰まりと「学校的価値」の強制の矛盾
2 共同体としての機能を失った家庭の問題
3 地域の共同性の崩壊と教育力の低下
4 学校のなかに地域をつくる
5 親たちは本当に学力重視なのか

二、地域の再生・地域教育の創造と、学校の役割――「本音の世界」「自然体の子育ての場」の回復を軸に――
     地域と教育の会・元代表 渋谷忠男

1 「学校教育」と「地域の自然体の子育て」は教育の車の両輪
2 教育の根源を「地域」で考える
3 地域のもつ無限の可能性と学校・教師の役割

三、地域とは何か、教育とは何か
     哲学者/立教大学教授 内山 節

1 「非文字の学問」と「文字の学問」の重なりのなかで人を育んだ地域の伝統的教育システム
2 「自由な個人」からなる理想的な近代的市民社会の幻想の破綻
3 国家と共同体の関係
4 地域共同体の伝統を土台に、新しい共同性復活の方向性を考える

 コラム 「国連・ESDの10年」の開始と、地域からの教育変革

II 地域に根ざした地域のための教育・学習の展開にむけて

一、地域の未来を拓く学校づくり
     上越教育大学学校教育総合研究センター 小林毅夫

1 『村を育てる学力』から五〇年
2 学力向上は風土との戦いか?
3 地域の「らしさ」を生かした教育論
3 地域の「らしさ」を生かした教育論
5 佐渡を一つの典型・象徴として考える
6 佐渡版学力向上運動と総合的学習創造への取組み

二、鹿児島県・高知県での地域に根ざした食農教育の取組みから
     農文協教育雑誌編集部

     

1 むらおこしの力を「豊かな体験活動」に生かす――鹿児島県川辺町の事例
2 学校存続の危機をばねに、地域ぐるみの学校に――高知県南国市奈路小学校区の事例
3 地域にとって学校とは――二つの実践から

三、新しい共同体をつくる試み――二つの実践を読んで
     文部科学省主任視学官 嶋野道弘

1 学校の教育、地域社会の教育
2 地域のアイデンティティーの確立
3 活動の<場>と<機会>の充実
4 指導者の育成と確保
5 新しい共同体をつくる
6 地域の実態を見据えて

III 地元主義の復権と教育の再生
     愛知大学助教授 岩崎正弥

一、地元主義への視点
二、地元主義の日仏比較
三、〈囲い込む〉フランス対〈られる〉日本

1 所有意識の濃淡
2 流れる時間の違い

四、郷土教育、あるいは場の教育論

1 郷土をめぐる思想と教育
2 郷土教育を超えて――江渡狄嶺の「場の教育論」

五、教育と地域の再生――〈おさまりどころ〉の発見から


はじめに

 地域づくりと次代を担う子どもたちの教育は一体の問題である。それというのも、人びとの暮らしが商品経済に深く巻き込まれることによって、従来はそれなくして生活が成り立たなかった家族や地域のコミュニティーが弱体化し人びとが孤立してきたことと、子どもたちの教育が、地域の生活のための教育から産業に労働力を提供するための教育に変質したこと、そしてそれらの結果、社会全体が自然性や人間性を失い、病んできたことは、皆、同根から発しているからである。そこで本号では、学校を核に「校区コミュニティー」を再生し、地域に根ざした教育を創造していく道を探ることにした。

 本号の特集は、三部から成っている。

 第I部で、尾木直樹氏(臨床教育研究所「虹」所長・法政大学教授)は、今日の子どもたちや若い人びとのさまざまの問題状況がコミュニティーの弱体化という社会の構造的な変化に根ざしていることを明らかにし、地域の再生と学校の閉塞状況の打破を同時にすすめる方法としての「スクール・コミュニティー」構想を提起している。

 渋谷忠男氏(地域と教育の会・元代表)は、かつての地域共同体に埋め込まれていた、さまざまの自然体の子育ての場にふれ、子どもたちが一面的な学校的価値に支配されず、自然性や人間性を発現することの重要性について指摘し、地域が共同して力をつけていくことや、学校と地域が胸襟を開き、本音で対話しつつ地域の教育を創造していくことを提起。

 内山節氏(哲学者・立教大学教授)は、江戸時代における非文字の学問と文字の学問の併存、近代合理主義の浸透のなかでの前者の否定、共同体の弱体化に寄与した「自由な個人」という近代的市民社会の幻想、国家と共同体の関係など――、前の二氏の所論を深める形で、地域と教育について根源的に考察を加えている。

 第II部では、よりいっそう子どもの教育に引きつけて、小林毅夫氏(上越教育大学講師)には、近年の学力低下論に惑わされることのない、学力のたしかな把握の仕方や、地域に根ざした学習のカリキュラムの提起をいただき、嶋野道弘氏(文科省主任視学官)には、農文協が調査した鹿児島県や高知県の地域教育の実践についてコメントをいただいた。

 そして第V部は、岩崎正弥氏(愛知大学助教授)に、思想史的な立場から、地元主義の復権と教育の再生について書いていただいた。岩崎氏は、地元主義の日仏比較や、天皇制国家と郷土教育の歴史、江渡狄嶺の場の教育論の画期的意味など、興味深い提起をしてくださっている。

 地域に根ざした教育の実現のためには、地域共同体を否定してきた日本の歴史や、商品経済に過度に巻き込まれてきた生活に反省を加え、今一度、地域を見直し、都市住民との関係づくりも視野に入れて、地域の新しい共同的文化と教育を形成することからなされなければならない。なお本号は、本誌170号「『校区コミュニティー』の形成と子どもの教育」の続編である。あわせてお読みいただきたい。 農文協文化部


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