特集:葉緑体を介した植物の細胞内情報伝達
●巻頭言:科学技術利用の二面性とどう向きあうか(鈴木邦雄)……193
●原田明子:葉緑体を介した植物の細胞内情報伝達 特集の概要……194
●望月伸悦:プラスチドレトログレードシグナリングの発見とその研究……196
植物細胞内に見られるプラスチド(葉緑体を含む色素体の英名)は,細胞内共生で宿主細胞に入り込む前に持っていた遺伝情報の大部分を,宿主の核ゲノムにわたして身軽になる代わりに,核のしもべとなって光合成で得たエネルギーを吸い取られているというイメージがあるかもしれない.もちろんそのような一方的な関係ではなく,プラスチドも必要に応じて情報を発信し,核を逆支配していることがわかっている.本稿では,プラスチドが核を逆支配するレトログレードシグナルの発見とその研究について紹介する.
キーワード:レトログレードプラスチドシグナル テトラピロール レドックス シロイヌナズナ GUN
●華岡光正:共生によるレトログレードシグナリングの成立と進化……208
植物細胞は,シアノバクテリアの細胞内共生による葉緑体の誕生によって成立したと考えられるが,光合成機能を守り調節するための光応答システムは当初は葉緑体に局在しており,葉緑体で感受した光シグナルを核に伝達するしくみを構築することが光合成生物として進化していく上では必須であったと考えられる.本稿では,植物が生存する上で必要不可欠の光環境応答機構に着目し,共生によるレトログレードシグナリングの成立と進化について,高等植物における多様性も含めて考察する.
キーワード:細胞内共生,光応答,シゾン,プラスチドシグナル,プラスチド分化
●野村裕也:葉緑体を介した植物免疫応答……213
葉緑体は,別名環境ストレスセンサーといわれるくらい環境変化に対して敏感に反応し,その代謝を大きく変化させる.葉緑体の主な機能は光合成であるが,他にも植物のさまざまな代謝反応,たとえば,生存に必須な栄養素やストレスに対抗するための植物ホルモンや二次代謝産物の合成にも関わる.また,葉緑体シグナルによって核の遺伝子発現をも調節する.このことから,葉緑体は,受動的というよりはむしろ能動的にストレス応答に関与するというのが最近の考えである.本稿では,葉緑体機能の新しい概念に着目し,植物の免疫応答と葉緑体との関係を,分子レベルでの知見を踏まえて紹介する.
キーワード:葉緑体,免疫応答,Ca2+シグナル,CAS(Calcium sensor protein),活性酸素種
●原田明子:葉緑体から細胞膜への情報伝達〜光電位反応〜……224
いくつかの緑色植物の細胞では,光照射下で光合成が行われることにより細胞膜H+-ATPaseが活性化され,膜電位が過分極する.このことは,光合成が行われた葉緑体から細胞膜に存在する細胞膜H+-ATPaseへと何らかの情報が伝えられていることを示している.本稿では葉緑体から細胞膜への情報伝達の研究モデルとして,光合成による膜電位の過分極反応をとりあげ,その研究の歴史と最新の成果について紹介する.
キーワード:光電位反応,葉緑体,光合成,起電性ポンプ,細胞膜H+-ATPase
●吉田啓亮:葉緑体とミトコンドリアの代謝クロストーク……235
葉緑体の光合成系とミトコンドリアの呼吸系は,光照射下の植物葉において密接な代謝的相互作用を行っている.この“代謝クロストーク”は古くから知られた現象であるが,近年の研究成果により,その実態および重要性に関する新たな側面が明らかになってきた.ミトコンドリア機能が葉緑体の光合成システムを支えるしくみや植物ミトコンドリアに特有に存在する呼吸鎖バイパス経路の役割に焦点をあてながら,葉緑体とミトコンドリアの間で織りなされるネットワークを概説する.
キーワード:代謝クロストーク,光環境応答,光呼吸,レドックスシャトル,呼吸鎖バイパス経路
●書評—『なぜ理系に進む女性は少ないのか? トップ研究者による15の論争』『アジアの生物資源環境学―持続可能な社会をめざして』『見えない脅威“国内外来魚”―どう守る地域の生物多様性』『博物学の時間』『日本産哺乳動物毛図鑑―走査電子顕微鏡で見る毛の形態』『ネコの動物学』『鉄といのちの物語』『日本の自然環境政策-自然共生社会をつくる』『昆虫生態学』『動物行動の分子生物学』『新世界ザル(上・下)』『カニのつぶやき―海で見つけた共生の物語』
Suzuki Kunio : How should we cope with problems around a dual use for civil and military affairs in science and technology? (193)
Special feature : Chloroplast-mediated signaling in plant cells
Harada Akiko : Introduction (194)
Mochizuki Nobuyoshi : A review of plastid retrograde signaling (196)
Hanaoka Mitsumasa : Endosymbiotic establishment and evolution of plastid-to-nucleus retrograde signaling (208)
Nomura Hironari:Chloroplast-mediated plant immune response (213)
Harada Akiko : Signaling from chloroplasts to plasma membrane
-Light-dependent membrane hyperpolarization in plant cells- (224)
Yoshida Keisuke : Metabolic crosstalk between chloroplasts and mitochondria (235)
Book review (244)
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