「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2005年3月号
 

食農教育 No.39 2005年3月号より

フランスの肥満児対策はいま
加工食品、ファストフード漬けになった食の国

羽生 のり子

現地レポート

肥満は先進国共通の課題。あのフランスでついに政府が肥満対策にのりだしたという。日本も男性に肥満が急増しており、肥満児対策が急務になりつつある。フランスの実情を現地から伝えていただいた。(編集部)

ファストフード店で食事する若者たち
ファストフード店で食事する若者たち

なぜ肥満が増えてきたか

 米国で社会問題となっている肥満が、食の伝統を誇るフランスでも他人事ではなくなってきた。肥満はじわじわと増え、現在の全人口に占める肥満率は12%。1990年の2倍である。なかでも深刻なのが、肥満児の増大だ。1980年では5%だったのが、96年には12%、2000年には6歳〜13歳のうち16%、つまり6人に1人が肥満児である。

 フランスには北欧やドイツに比べて野菜や果物の種類が多く、ヨーロッパの中では、豊富に生鮮野菜を食べられる国の一つだった。また、もともと間食の習慣がなく、子どもを除いて、おやつを摂ることはなかった。だから、従来どおりの食生活を送っていれば、肥満に悩むことはなかったはずなのだ。

一般向け健康的な食生活の手引き
健康省、農業省がその他の政府機関と共同で発行した、一般向け健康的な食生活の手引き。左:「健康は食と運動から」(肥満児対策。親が対象)、右:「健康は食から」(全国民対象)

 原因は、フランス人の生活の変化にある。まず、家で料理をしなくなった。1月に発表された「国立・健康のための予防と教育研究所(INPES)」の調査によれば、フランス人の半数が、平日の夕食の支度に20分以下しかかけず、1、2品しか作らない。食事が簡素になれば、食べ足りない分を食後のチーズやデザート、間食で補うことになる。当然、糖分や油脂、たんぱく質の消費量は増える。また野菜果物は、1日に最低5点は食べるよう政府が推奨しているが、3分の2のフランス人が調査前日に3点以下しかとっていなかった。

 調理時間の短縮に比例して、冷凍ピザなどの調理済み食品や、出来合いのサラダドレッシングを買うようになったことも、この調査で明らかになった。

テレビも肥満に関係している。フランスの家庭の半分が、テレビを見ながら夕食をとっている。テレビでは、加工食品のコマーシャルが目白押しだ。特に、子どもをターゲットにしたスポットが多い。学校休みの水曜日に、6歳〜12歳の子どもが見るテレビ番組に出る食品のコマーシャルは、192回にのぼるという。2001年の世論調査では、11歳から18歳の子どもの49%が、「テレビで見たものを買いたくなる」と答えている。

「健康は食と運動から」の中身
「健康は食と運動から」の中身。チョコレートビスケットには角砂糖15個と油脂大さじ3杯が含まれていることが、イラストを使ってわかりやすく示されている
表
1日に何をどれくらいの量とればよいかの表。「健康は食から」より
寿司
「健康は食から」には「外国の食事もしよう」と、日本の寿司のすすめも

 こうしたコマーシャルの影響もあって、間食が増えた。食べるものは、チョコレートバーやクッキー、ポテトチップス、ファストフードの製品など。炭酸飲料のような糖分の多い飲み物も、子どもたちには人気だ。しかも、中・高校には、チョコバーや炭酸飲料の自動販売機があるから、学校でも簡単に甘い食べ物や飲み物が手に入る。

 工業生産の加工食品を多く購入し、新鮮な野菜や果物の代わりに糖分と油脂の多いものを食べ、間食をするという、今までにはなかったフランス人の食生活が浮かび上がってくる。

政府の対策

 フランス政府は、肥満を重要な社会問題ととらえ、2001年から2005年にかけて実施する「全国健康栄養プログラム」の課題の一つにした。その一環として、2002年に、「健康は食から」という一般向け小冊子が発行された。キヨスクで2ユーロという低価格で買える、栄養についての基本的な本だ。しかし、この本には子どもへの対処の仕方の説明が欠けていたので、それを補うため、昨年、乳児から思春期までの子どもを持つ親向けに、小冊子「健康は食と運動から」が出版された。この2冊は一般家庭向けだが、健康に関わる職業に従事している人たち向けに、「健康は食から―健康関係者のための補助手引書」という冊子も出た。

 「健康は食と運動から」は、子ども時代を0歳から3歳まで、3歳から11歳までと思春期の3つに分け、各章でその時期に必要なアドバイスをしている。赤ちゃんには母乳育児を推奨し、「油脂を加えるのは生後6ヵ月以降」というように、離乳食の与え方を指示。3歳から11歳までの子どもには、「1皿の肉の量はつけ合わせの野菜や芋より少なく」「朝食用のシリアルには糖分や油脂が多いので、毎日ではなくときどき与える」など、食事のさいの具体的なアドバイスのほか、「チョコレートバーには角砂糖5個と小さじ1杯の油脂が含まれている」というように、加工食品に含まれる砂糖と油脂の量をイメージでわからせる工夫もしている。思春期の章には、過食症、拒食症、飲酒する子どもへの対応の仕方が書かれている。

 この冊子が推奨する、3歳から思春期までの子どもに共通の食事内容を紹介しよう。

平日の献立の例(3歳〜11歳)

朝:ココア、バターかジャム、ハチミツを塗ったパン、みかん
昼:ニンジンサラダ、鮭の切り身レモン添え、ジャガイモ炒めかブロッコリ、果物入りヨーグルト、パン
おやつ:牛乳、糖分の少ないシリアル
晩:野菜のポタージュ、半熟卵1個、チーズ、パン、りんご

平日の献立の例(思春期)

朝:白チーズ+栗のクリーム、バターを塗ったパン、グレープフルーツジュース
昼:キュウリのヨーグルト和え、ラザニア、焼きリンゴ
おやつ:バナナとヨーグルトのミックス
晩:クレソンのピュレ、タラの切り身のホイル焼き(セロリ、レモン、トマト)、チーズ、ぶどう、パン

●野菜果物:1日5点以上

●パン、穀物、ジャガイモ、豆類:食欲に応じて毎食

●乳製品:1日3点(カルシウムの含有量や子どもの背丈に応じて4点も可)

●肉、魚、卵:1日1点か2点

●油脂:少なめ

●甘いもの:少なめ

●飲み物:水はどれだけ飲んでもよい

●塩:少なめ

●運動:毎日30分〜1時間、早足で歩く

 フランスの肥満児対策は、これだけではない。国会では、昨年7月末、2005年9月(フランスの新学期)以降は、学校からお菓子や甘い飲み物の自動販売機を撤去することが決まった。同時に、テレビの子ども番組の時間帯にかかる食べ物や飲み物のコマーシャルには、健康について一言入れる、それをしなければ、企業は年間コマーシャル費用の1.5%を「国立・健康のための予防と教育研究所(INPES)」に振り込まなければならないことも決まった。この効果がでてくるのは、2006年以降だろう。

体格曲線グラフ
健康省による、0歳から18歳までの女子の体格曲線グラフ。これを使って子どもの肥満度をチェックする
肥満児
ファストフード店での肥満児

現場の小児科医の意見

 パリ郊外で診察する小児科医、セシル・アショール医師に、現場の話を聞いた。

 「子どもの体格曲線を見ると、生後すぐ体重が増えますが、1歳から6歳まで減り続け、6歳を境にまた増えはじめるのがふつうです。それ以前に増えはじめる子どもは、将来肥満になります。子どもの将来に関わる大切なことですが、これまで多くの小児科医がこのグラフを使っていなかったため、対応が遅れてしまいました」。

 体重を身長の2乗で割った体塊指数(英語ではBMI=body mass index)をグラフで示したのが体格曲線だ。

 肥満児を持つ親の反応はどうだろうか。

 「政府が発行した小冊子を薦めていますが、冊子をあげても読まない親もいます。肥満児は毎月診察しますが、3ヵ月たっても良い結果が出ない場合は、親が何もしなかったということです、肥満対策に成功するかどうかは、親の知的理解度、社会的文化的レベル、出身地によります」。

 トルコ、北アフリカ出身の家庭では、太った子どもは健康と見なされている。そうした誤解も、肥満児を作る原因の一つだ。また、肥満児の多さは社会的な層によってばらつきがあり、親の教育程度が低い層、社会的地位が低い層では、管理職の家庭の子どもに比べて肥満児が20%も多いという。

 大半の人たちは栄養の原則を知ってはいるが、実行していないのが問題だ、というアショール医師の言葉を聞いて、それは世界中どこも同じだ、と思った。

 親の社会層によって肥満児のばらつきがある、という点は、階級社会が色濃く残り、エリートと一般大衆のあいだに知的距離があるフランスでは、よくわかる話だ。

 日本では、1億総中流だった時代は去り、貧富の差が広がっている。フランスのように、親の社会的地位の差が子どもの知力の差、ひいては健康の差を作る社会にならないことを願うばかりである。

羽生のり子 環境・食物・健康・美術の分野でのフリージャーナリスト、翻訳家。パリ在住。

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