「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年4月増刊号
 

3年生に英語の授業をする丹下晴美さん。英語で干支を学んだあと、同じ干支でも性格や考え方は違う、違うから伝えようと授業を展開する

食農教育 No.47 2006年4月増刊号より

■学校給食はいま

残食ゼロ作戦から環境、国際理解へ

給食は世界へとつながっている

愛媛・今治市立城東小学校の実践

フリージャーナリスト 佐藤由美

命のつながり・人とのかかわりを学ぶ教育を

 全校の子どもたちが給食の前後に通う調理場前の壁一面が、大きな世界地図で埋め尽くされている。「世界で八億人が飢えているのはなぜ?」と問いかける地図は、学校給食でスープを飲むタジキスタンの子どもたち、ジプチやアフガニスタンで食料不足を解決しようと活動する日本人など、食をめぐる世界の諸相を表している。

 この地図を作成した丹下晴美さんが、今治市立城東小学校の校長として赴任したのは二年前のことだ。中学校の英語教師だった丹下さんは、教え子を市内の進学校に合格させるために、有名大学に進むことが子どものしあわせだと考えていた。学習塾に行かなくとも高得点が取れる教授法を編み出し、少なからぬ子どもたちを有名大学に送り出した。

 東京大学に入学した教え子を東京に訪ねたときのことだ。大学構内をはじめ東京の街を案内してもらったあと、丹下さんは「将来は何になりたいの」と問いかけた。返ってきたのは「さあ」という一言だった。「私はこの子に何を伝えたかったのか」と自問した。

 当時、交流していたスウェーデンの子どもたちはだれもが将来の夢を語るのに、日本の子どもには語り伝えたい夢がなかった。目の前の高校入試のことしか考えられない状況が、英語力はあっても伝える内容はない子どもをつくりだしていた。英語を通して世界に関心をもち、自ら考え、行動する子どもを育てたつもりだった。学力はそのための手段にすぎないのに、子どもたちは入試に合格する学力だけを目的にするようになっていた。

 命のつながりと人とのかかわりを大切にする教育をしたい。それには中学生になってからでは遅すぎ、三年間では短すぎる。小学生のうちに基礎をつくっておきたい。こうして丹下さんは小学校の校長になった。前任校で六年を過ごしたあと、定年までの三年間を送ることになったのが母校の城東小学校だった。

 校長としての仕事をこなしながら、丹下さんは環境や平和につながる英語の授業も行なっている。校庭からは石油製品であるプラスチックプランターをなくして実のなる木を植え、コンポスターと雨水タンクを導入した。この学校では、子どもたちを取り囲むあらゆるものが学びの扉になる。そのなかでも学校給食は、命のつながりや人とのかかわりを学ぶ最良の教材になっている。

自転車置き場に設置した雨水タンクとコンポスター。雨水も堆肥も校庭の木々や野菜を育てるために使う
給食委員がクラスの残食の重さを測り、表に記入し、栄養士の石山香さんが全校の残食をグラフにつける

子どもたちが発案した残食ゼロ作戦

 給食を終えた子どもたちが残食を秤にかけ、針のゆくえを注視している。栄養士の石山香さんが針の示す数値を読み上げると、「やったー」と歓声があがる。石山さんが表に書き入れる残食調査の結果は、給食委員が翌日の学校放送で全校に報告する。

 丹下さんが城東小学校に赴任して驚いたのは、給食の残食が多いことだった。児童数二六六人の学校で一日あたり一〇kgの残食が出ている。多い日には二〇kgになることもあった。

 自校方式による今治市の学校給食は、センター方式からの転換を求める運動の末に市民が勝ち取った成果だ。そのうえ、城東小学校に設けられ、同小と美須賀小、美須賀中の三校の給食を調理する城東調理場には、この運動を主導した今治立花有機農業研究会の生産者が二〇年以上にわたって有機野菜を供給している。

 地域の人たちがつくりあげたこの恵まれた給食はあたりまえのものではない。それをこれだけ食べ残すことに、丹下さんは衝撃を受けた。そして、「食べ残してはいけない」と教え諭すのではなく、給食委員会の子どもたちに生産者を訪ねることを提案した。

 生産者を訪問した給食委員会の子どもたちは、自分たちの健康を願って安全な有機野菜が栽培されていることを知り、すぐに新聞や放送、集会を通じて全校に報告した。これをきっかけに子どもたちは自発的に「残食ゼロ作戦」を発案し、実践に移す。毎日の放送で各クラスと全校の残食の量を知らせ、量が少ないクラスを表彰することも子どもたちが考えた。すると、残食は一日あたり五kgに半減した。

 「苦手だった野菜も自分たちが学級園で育てるとおいしく感じます。生産者の願いを知ることで残さず食べようという気持ちになります。食材に隠れた命のつながりと人とのかかわりが子どもたちの味覚に作用する。それが『ビタミン愛』なんです」

 どうしても出てしまう残食は、給食委員会の子どもたちが落ち葉や米ぬかと混ぜて堆肥にし、全学年で取り組む校庭での野菜づくりに利用する。コンポスターが一日に処理できる量は二kgしかない。子どもたちは五kgに半減した残食を二kgまで減らそうと、より高い目標を定めた。一人ひとりが給食を大切にし、みんなの努力を合わせれば、学校全体の残食を減らすことができた。自信を得た子どもたちは、新しい目標の達成も不可能ではないと考えている。

プラスチックプランターをなくす校庭改革で、ウッドプランターに実のなる木、みかんを植えた
校庭の改革をすすめる城東小では、ウッドプランターもなくして直植えにしようと、環境委員会の子どもたちが土を耕して移植の準備をしていた

食は世界とつながっている

 五年二組の教室では、間近に迫った家族参観日の発表を前に、子どもたちがグループごとに集まり、説明用のパネルと原稿の準備を進めている。野上祐介くんと北岡優駿くんは、「世界の国々の貧富」について発表する予定だ。「アジアやアフリカなど、食料が足りないためにたくさんの人が苦しんでいる国のことをみんなに考えてほしい」と、このテーマを選んだ。

 城東小学校の総合学習では、三年生から五年生までが環境を、六年生は平和を学ぶ(二〇頁)。三年生は「住みたい町」をテーマに、地球温暖化の原因となる自動車の使用を控える「車のないまちづくり」と、二酸化炭素を吸収し、しかも食べられる「実のなる木のあるまちづくり」を考える。四年生で「省エネルギー」を、五年生で「食と環境」を学ぶ。その後、六年生の平和学習では、最大の環境破壊である戦争が食料をはじめとする資源をめぐって起きることを知り、その予防について考える。

「食と環境」を学ぶ5年2組では、グループに分かれて家族参加日の発表の準備を進める。日本のフードマイルが世界一であることを示し、その解決方法を提案する予定だ

 「食と環境」に取り組む五年生は、一学期の「食の安全」で有機野菜の生産者を招いて話を聞き、二学期の「フードマイル」では市内で輸入食品について調べた。そして、「日本の食料自給率」「輸入食品の安全性」「世界の貧富の格差」などのグループに分かれ、図書館の本やインターネットで調査した。

 日本を含む先進工業国が飽食を謳歌し、肥満や生活習慣病に苦しむ一方で、開発途上国では八億もの人々が飢餓に瀕している。輸出国では生態系を破壊しながら日本に輸出する食料を生産し、その輸送のために膨大なエネルギーを消費しながら地球温暖化を加速させている。それにもかかわらず、日本だけでも、世界の食料援助の二年分にあたる年間二〇〇〇万tの食料が廃棄されている。複雑なしくみのために、関連のない個別の事象としてとらえられがちなこれらの問題を、丹下さんは食を通して結びつけてみせる。

 自分たちの食が世界とつながっている。しかも、ただつながっているだけでなく、これから自分たちが生きていく未来の地球環境を破壊し、多くの人々を飢餓に追い込むほどの貧困をつくりだしている。その事実に子どもたちは心を痛める。

 「子どもの純粋な心は、持続不可能で不公正な世界を許すことができません。けれども、知恵と工夫を働かせて、ぼくたちの地球をなんとかしなければ、と考えるようになるんです」

 子どもたちはこの事実から、健康に生きるための食べ方だけでなく、地球環境を破壊しない食べ方を模索し始める。そして、日本型食生活を見直し、地域の農業を支える地産地消に解決策を見出していく。

 城東小学校の子どもたちの地産地消に対する意識を調べた調査結果がある。丹下さんが愛媛大学医学部で環境教育の講師を務めたことがきっかけとなり、昨年、学生たちがアンケート調査を実施した。その結果、節電、節水、食のいずれにおいても、城東小学校の子どもたちのほうが大学生より高い意識をもち、行動していることがわかった。

 「今の小学生がこんな新しい教育を受けていることを知り、本当に驚いた」
 「教育によって私たちとは違う、環境に配慮する次世代の価値観が育てられていることを実感した」
学生たちが寄せた感想と調査結果から、子どもたちは大きな自信を得た。

子どもは世界を変えられる

5年1組は学級園で栽培したダイコンを収穫し、切り干し大根をつくった。同じ時期にたくさんとれる野菜を保存する昔の知恵を見直し、食料自給率の向上につなげようと考えている

 自分の食が世界とつながっているということは、食を変えることでいまの世界を変えられるということだ。「世界の国々の貧富」について調べを進める野上くんと北岡くんは、この問題を解決する三つの方法を考えた。

 「ひとつめは、肉を食べる回数を三回に一回に減らすことです。二つめは、食べられることに感謝して、残食をしないことです。三つめは、できるだけ輸入品を買わずに、日本でつくられるものを食べることです」

 家族参観日ではこんな提案をするつもりだ。たくさんの人にわかってもらい、いっしょに行動してほしい。その思いを伝えるために、調査したたくさんのことのなかからインパクトのある内容を選択し、データをわかりやすくグラフ化し、論理的に説明しようと思考をめぐらせる。その考えは仲間との議論を通して鍛えられ、説明資料にまとめられていく。総合学習はこうして算数や国語など他教科との関連を深め、学力の向上にもつながる。

 「社会も理科も国語も算数も、それぞれが切り離された断片のように見える教科を学ぶ目的が、命のつながり・人とのかかわりに収斂されて、六年生の平和教育につながっていきます」

 世界を変えるための小さな実践はすでに始まっている。冬休みに入る前、五年生はそれまでに学んだことを家族と話し合い、保護者とともに家庭で実践する計画を立てた。残食をしないよう、ごはんはつくりすぎない。買い物をするときには事前に冷蔵庫の中身をチェックして、必要なものだけを買う。マイバッグを持参する。輸入品ではなく、国産のものを買う――これらはその実践の一例だ。子どもたちは料理の手伝いをしながら、「こんなにつくるの」と料理の量を抑え、買い物に同行して、「お菓子、買いすぎやない」と買い物を制限した。

 「車のないまちづくり」を学ぶ三年生は自動車の利用を控え、アイドリングストップをするよう保護者に求め、「省エネルギー」に取り組む四年生は暖房がいらないように外で遊び、家族に節電の必要性を説いた。

 保護者は子どもたちの成長に驚き、喜ぶとともに、子どもたちの真剣な要求に心をゆさぶられ、意識や行動を変化させていった。総合学習のノートに保護者が毎回、書き綴る感想文がそのことを物語っている。

 「親が知っているようで知らないことを子どもたちから教えてもらいました。ちょっとしたことでも、自分や家族の身の回りで実行したいと思いました」
 「今の自分たちの暮らす環境よりも子どもたちの暮らす将来の環境が少しでもよくなるよう、今の大人たちが努力することが一番大事だと思います」

 保護者の意識の変化は、アンケート調査の結果にも現われている。昨年十一月には三三%だった「環境問題を意識する」という人の割合が今年二月には六四%と、ほぼ倍増していることがわかった。

 そして、家庭を巻き込んだ実践は地域へと広がり始めた。地域の盆踊りではマイカップを持参するよう呼びかけ、のみの市ではうどんの容器を発泡スチロール製から木製のものに変えるよう協力を求め、受け入れられた。それによってごみの量を大きく削減することができた。

 子どもは無力ではない。自分たちが世界の現実を知り、問題に対する解決策を考え、思いを伝えれば共感する人を増やすことができる。そして、ともに行動を起こせば、子どもにも世界を変えることができる。子どもたちはそう確信するようになった。

[資料]今治市立城東小学校の総合的学習の時間

 主体的に取り組み、自分の生き方を考える総合的な学習の時間

(1)ねらい

 ○身近な生活の中から課題を見つけ、問題解決的な活動や、体験的な活動を通して課題追究力を育てる。
 ○地域の自然や社会文化、そこに生きる人々と進んで関わり合いながら、自分の生き方や考え方を確かにし、地域や社会の中で実践しようとする力を育てる。

(2)全体計画

(3)評価規準

総合的な学習の時間 単元指導計画―5年生―

(1)テーマ  考えよう 食と環境

(2) ねらい

 ○環境保全型の農業に触れたり食について調べたりする活動を通して、安全な食の大切さに気がつくことができる。
 ○食料を作り出したり食べたりする過程の中で、環境破壊などいろいろな問題が発生していることをとらえ、自分の意見をもつことができる

ていねいな生き方を育てる教育活動

 今治市立城東小学校校長 丹下晴美

マジックで黒く塗ったペットボトルに水道水を入れ、教室の窓際の日当たりのいい場所においてあたため、清掃のとき使っている。この冬は寒かったが、ペットボトル内の水は最高32℃になった。身近なところに利用できるエネルギーがまだまだあることに気づく

 アスベスト、耐震偽装建築、BSE感染牛・鳥インフルエンザ、寄生虫入りキムチなど、私たちの住と食の安全が揺らいでいます。近くのスーパーで手に入る外来種の昆虫に寄生していたダニが繁殖し、日本固有の昆虫だけでなく人間にも感染の危険があります。グローバリゼーションが加速する世の中だからこそ、迅速・安価・利便性を求める安易で無責任な生き方を「ていねいな生き方」にシフトする必要があります。

 そこで、「ていねい」とは誠実で思慮深いことをキーワードとして、教育活動を見直しました。国語科では、論理的思考力を育てること、総合的な学習では、環境と食をテーマに、口に入れ排出するものに対して関心を示すことから、自分も人も地球も大切にすること、そのために誠実に考え、ちょっと賢い選択をする判断力を育むことを目指しています。「小学校でそんな判断力なんて」と思われるかもしれません。しかし、小学校だからこそ純粋にひたむきに考え、よりよく変えたいと決意する子どもたちが育つのです。

 一二時一〇分、調理室前。「いただきます」の大きな声がひびきわたります。地元の誠実な有機野菜農家が生産した食材や、校庭で自分たちが育てた野菜がメニューとなる自慢の学校給食。栄養士さんや調理員さんの顔が見える安心・安全な給食が、ていねいな生き方の入り口にもなっているのです。

 校庭の野菜栽培、森林での枝打ちや植樹体験、夏祭りのゴミ減量作戦、残食堆肥コンポスト、人権劇「飛べないホタル」等々、『命のつながり』を実感する豊かな体験を通して、自分が変わり、人を変え、世界を動かす大きな力が育つのです。

(注)「ていねいな生き方」については奈須正裕「学力ではなく『ていねいな生き方』ができる子どもを」(本誌二〇〇五年三月号)を参照ください。

→食農教育トップに戻る
農文協食農教育2006年4月増刊号

ページのトップへ


お問い合わせはrural@mail.ruralnet.or.jp まで
事務局:社団法人 農山漁村文化協会
〒107-8668 東京都港区赤坂7-6-1

2006 Rural Culture Association (c)
All Rights Reserved