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農文協トップ主張 2010年2月号

「安売り競争」に巻き込まれない

目次
◆安売り競争、「デフレスパイラル」
◆安売り競争とは逆に、売値が上がる直売所
◆直売所は、まだまだ伸びる
◆みんながよくなる競争
◆JAの「直販事業」と「安売りしない」生協
◆「地域という業態」の創造が「どん底への競争」を食い止める

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安売り競争、「デフレスパイラル」

「牛丼安値戦争が始まった」と話題になっている。「松屋」が「牛丼並」320円に値下げした後を追って「すき家」が280円に大幅ダウン。老舗・吉野家はどうするか。牛丼業界の経営はきびしく、その背景にはスーパー、コンビニによる安価弁当の影響があるという。衣類や家具でもユニクロ、ニトリなど、中国ほかで海外生産するPB(プライベート=自社・ブランド)製品の値下げラッシュがマスコミを賑わし、一方では、テレビが安売り競争を煽っているという声も聞かれる。

 そんななか、同志社大学教授でエコノミストの浜矩子氏による「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文が話題を呼んでいる(『文藝春秋』09年10月号に掲載)。浜氏は、価格が下がることで企業の利益が縮小し、それが人件費の切り下げにつながると述べ、その背景に消費者や企業、ひいては各国政府に「自分さえ良ければ病」があると指摘。「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」とも訴えている。

 昨年11月、菅直人副総理が「デフレ的な状況に入りつつあるのではないかとの懸念を持っている」と記者発表し、「デフレスパイラル」という言葉もよく耳にするようになった。

「デフレスパイラル」とは、簡単にいうと、物価の低下→企業・生産者の利益減→従業員の賃金低下や失業者の増加→購買力の低下→モノが売れない→物価の低下という循環がとどまることなく進み、不況が深刻化することをいう。

 実際、デフレ状況は進んでいる。全国消費者物価指数は、前年比マイナスが8カ月連続し、現金給与総額(平均賃金)は14カ月連続マイナスの厳しい状況が続いている(総務省発表09年10月段階)。

 農産物価格も低迷が続き、一方、全国に広がった直売所も飽和状態で「競争と淘汰の時代」が始まったという見方が生まれている。しかし農家は、安売り競争に巻き込まれてはいけない。農家が安売り競争しないことの意味と方法について、考えてみたい。

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安売り競争とは逆に、売値が上がる直売所

 まずは、直売所について。直売所が飽和状態で競争と淘汰の時代に入ったというのは本当か、編集部では全国的にも有名な2つの直売所の代表者に対談をお願いした。茨城県つくば市にある「みずほの村市場」の長谷川久夫さんと、長野県伊那市「グリーンファーム」の小林史麿さん。「みずほの村市場」は平場の都市近郊にあり、出荷者は専業農家中心で45名。一方、「グリーンファーム」は中山間にあり、出荷者は多様で約1600名。立地条件も担い手も対照的な直売所だが、「みずほの村市場」を見て小林さんがまず感じたのは、雰囲気がグリーンファームと同じだということ。きれいな近代的な売場を想像していたようだが、通路は土間で、「店舗そのものも決してきれいとは言えない」。

 直売所での値段のつけ方について聞いた。

「工場製品であれば品質は一定だ。だから安いのがいいに決まっている。だけど、農産物は命があるんだからみんな品質は不一定だ。不一定だから値段はその人の原価に基づいた値段で出すべきだ」と長谷川さん。

「みずほの村市場」では、独自の参入ルールで安売り競争を防いでいる。「後から参入する農家は、先に参入していた農家と同じか、それ以上の価格をつけなければならない」というルールだ。これによって、後から参入する農家が先発組に安売りで対抗するのを防ぐ。後から参入する農家が、先行農家と同じか、それ以上の価格で自分の農産物を売るには、味・品質で勝負するしかない。先発組も品質改善に努めなければ、後発組に押される。こうした品質競争が、「みずほの村市場」の人気の大きな要因になっている。

「再生産できる値段を自分でつけることが基本だ」と強調する長谷川さん。

「農家がやれなくなったら困るのは農家じゃない。食べる側だ。そうでしょう。食べる側に責任を持つのであれば、またつくれる値段をつけるべきだよ。たとえばヨモギを摘むんだって何にしたって、そのおばあさんの手間をきちんと価格に反映させるべきだ」

 これに対し、農家が原価を計算するのは実際にはむずかしく、「いくらで売ったらいいか、見当がつかないのが実態なんですよ」と小林さん。しかし、安売り競争にはならない。

「グリーンファームの場合には、大体の目安を決めてやるわけですよ。今月はダイコン1本150円ぐらいでいこうかと。すると、うちのやつはちょっといいから180円にしようということで、自分でそこのところは決めているわけです。原価計算ではないですよ」

「安売り競争をしているところは売れない直売所。売れない直売所は安売りになりますね。残しても困るから。売れるところは、安売りじゃなくてどんどん値が上がっていくんですよ。200円で出したけれど、みんな売れちゃったから明日は230円にしておこうかと。農家ってそういう心理があるんですね。

 売れなければただでもいいよと配りながら、売れればどんどん値上げしていく。グリーンファームでいえば、人よりちょっと高く、あの人のやつより上をつけたいという心理が働くんですね。安売り競争は大手スーパーの話であって、直売所には本来ないのではないかと思っています」

 そして小林さんはこうつけ加える。

「安売りの勝利者はない。しかし、その勝利を目指して安売りをするんですよ。敵を倒しておのれだけで生き残ろうというのは安売り競争の基本なんです。最後に残ったときに勝利者になるかというと、ならないんです。当面、相手を倒すことはできたとしても」

 呼応する長谷川さん。「相手が倒れるということは、自分もそれだけ体力を消耗しているんだから同じだって」

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直売所は、まだまだ伸びる

 小林さんは「売れない直売所での安売り」の話をしたが、といって、それは「飽和状態」になったせいとは考えていない。話は逆で、「直売所はまだまだ伸びる」というのが2人の見方だ。

「伸びると思うよ。幾らでも伸びる。8兆6千億までは伸びる」という長谷川さん。8兆6千億は日本の農業産出額だから、すべての農産物は直売所で、という意気込みだ。

 スーパーは今、適正規模の6倍もの農産物を扱っていて、だから安売りする。価格決定権をもたない農家の農産物をできるだけ安く仕入れようとし、それでいて農産物で利益を出しているところは1つもない。これに対し、直売所では農家が販売価格決定権を持ち、社会的責任を負い、雇用の場もつくっている。そんな正当性があるから、直売所はまだまだ伸びるというのが、長谷川さんの見方だ。

 一方、「伸びるという見通しの問題じゃなくて、これはもっと増やさにゃいかん」と小林さん。地産地消というけれど、長野県のような農村地域でも、よその野菜を食べている。日本列島中、野菜が回っていて、輸送するだけでもコストがかかる。環境破壊をしながら野菜が移動しているわけで、地域でつくったものを地域で食べるという役割を直売所が果たすという面から見れば、いま売り上げている金額なんてほんのわずかだ、と小林さんはいう。

「まだまだ伸びる」という両人にとっては、スーパーなどとの競争も眼中にないようだ。むしろプラスに考える。

「みずほの村市場」の周囲2kmの範囲、東西南北に大型ショッピングセンターができた時、「これで、みずほはつぶれるな」という声もあったが、逆にお客は増えた。

「ショッピングセンターができれば伸びるんだよ。大いにつくってくれ。頑張って便利にしてくれと。そのほうがいい。だってお客さんというのは、消費者というのは選択の自由があるわけだもの」と長谷川さん、「安売り300円の弁当が国民のニーズだなんて錯覚に陥っているんだよ。本当に国民が求めているのは幸せだから。健康だから」と、直売所の人気の秘密を語る。

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みんながよくなる競争

 直売所にも「競争」はあるけれど、それは、相手を負かす競争ではなく、みんながよくなる競争である。売れ残って安売り、なんてことにならないために、出荷時期をずらしたり、ちょっと変わった品種をつくったりなど、直売所農法をそれぞれ工夫することが、直売所の魅力・人気を大きくする。今月号では、そんな直売所名人のタネの買い方・品種選びを特集した。

 山形県鶴岡市の人気の直売所「しゃきっと」に出荷する菅原幸一郎さんは、「365日1日も欠かさず」出荷に執念を燃やし続ける(58ページ)。その稼ぎっぷりは「しゃきっと」だけでも、年間なんと1000万円!。市場出荷とは、「品種の選び方やタネの買い方から、もう全然違います」と菅原さん。

 ホウレンソウは、7〜8品種をこまめにずらし播きして周年栽培。レタスは結球レタスと非結球レタスを組み合わせ、結球しにくい冬の間はリーフレタスが活躍、ベビーリーフとして小さいうちから出荷する。

 花も直売所に出すようになって、品目や品種がガラリと変わった。季咲きのものばかりを選んで年間15品目。冬も暖房は焚かない。決して新しい品種は追わず、つくりやすくて見栄えのするものを中心に選んでいる。1株から本数が多くとれることも大事で、キンギョソウは8月定植してから翌年7月までわき芽で出し続ける。

「売れない直売所」は、こうした工夫や「競争」が不足しているのかもしれない。ということは、直売所に出荷する人を多彩に増やすことが直売所の魅力を大きくすることになる。グリーンファームでは、耕作放棄地だった土地を活用して、これから農業で働きたいという若者や、定年退職者の新規就農を受け入れる「生き生き100坪実験農場」をはじめ、「みずほの村市場」でも研修生を受け入れ将来の直売専業農家を育てようとしている。

「デフレスパイラル」のなかで進む労働者の切り捨て、あるいは海外の安い労働力依存に対し、地域の直売所は農家を元気にし、新しい雇用までつくりだす。

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JAの「直販事業」と「安売りしない」生協

 さて、2人の話はJAの直売所にも及んだ。長谷川さんのところにもJAから視察がよく来るが、手段や方法の話ばかりで目的がはっきりしない。スーパーと同じような発想のJAも多く、これではうまくいかない、となかなか手厳しい。JAが直売所経営に本格的に乗り出すのもいいが、JAにはJAの力を生かした「直販事業」を展開してもらいたい、というのが2人の意向だ。

 そしてすでに、群馬県のJA甘楽富岡の取り組みに象徴されるように、JAの「直販事業」の新たな展開も始まっている。総合相対複合取引や特定仕向け市場ルート販売、ギフトなどの直販システム、あるいは価格形成力を高め雇用まで生むパッケージセンターなど、安売りしない産地主導の流通システムをつくっていく。

 今月号で紹介した、静岡県のJAとぴあ浜松では、市場流通だけには頼れないと、加工業者や流通業者、スーパー、ホテル、学校給食、病院などに直接販売する直販事業に力を入れている。その中心になっているのが業務加工用野菜の契約栽培で、JAと中間業者が協議して安定的な適正価格を設定する。市場販売はきびしいが、直販事業の実績だけは倍々で増えているという(187ページ)。

 直販事業の柱になっているキャベツでは、大きい玉から小さい玉までムダなくさばける体制をつくりだし、規格は簡素化し、15kgコンテナや鉄コンテナの利用で出荷経費も下げる。手間や経費をかけないやり方で、空いている畑をどんどん使って野菜をつくる人を増やしていきたいという。

 安売りしない小売業の取り組みも出てきた。パルシステム生活協同組合連合会もその1つ。このパル(友達、仲間)システムは、関東地方の一都八県約100万世帯の組合員が利用する生協で、「国産」「産直」「環境」にこだわり、週に一度の宅配で食材を届けている。

 パルシステムの子会社(100%出資)である(株)ジーピーエスの高橋宏通氏は、「パルシステムの無店舗産直事業─ “くらし課題解決” と“価格” への考え方」(『生活協同組合研究』2009年11月号)のなかで、次のように述べている。

「基本的な考え方として、つまみ食いのように売れるものを探し回る『チョイス・バイイング』でなく、決まった産地に対して、売れるものを作ってもらい、それをしっかり売る『生産者の販売代理人であり、消費者の購買代理人』の立場に立っている。

 たとえば、ジーピーエス(パルシステム青果部門)のある商品の担当商務が、提携先の産地に対して低い価格での納品を飲ませたとする。通常の小売業であれば『よくやった』ということになる。しかしパルシステムでは、低価格での販売が必要な場合、流通コストや包装資材、中間マージンなどのコストをまず切り詰める努力をしなければならない。どのようなものが消費者に求められているかを認識したうえで、品質にこだわった商品作りに努力し、あとは、それを消費者にしっかり伝え、適正な価格で買って消費してもらうことが大事である」

「生産者の収入確保には、やはり生産物の買い取り価格が決定的に重要である。(略)(一般の市場流通)のような『いくらで売れるか分からない』仕組みのもとでは、大胆な投資計画は立てられないし、環境保全型農業などの新しい農法・栽培方法の導入にも踏み切りにくい。ジーピーエスでは、品目ごとに生産者に産地会議を組織してもらい、『生産者が価格決定に参加できる仕組み』をつくっている」

 さらに、規格の簡素化にも取り組む。

「ネーブルの例で言えば、M〜2Lであれば出荷可とし、また軽微なスレ傷の類も可としている。生産者は、流通の都合を気にせず、消費者に喜ばれるような果実生産に向けて努力することができる」

 パルシステムは多数のJAと提携し、農都交流にも積極的に取り組んでいる。安売り競争とは別次元で、農家と消費者の新しい関係構築が進んでいる。

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「地域という業態」の創造が「どん底への競争」を食い止める

 先月1月号の主張「業態革命元年」では、これまでバラバラだった、農業、建設業、観光業などの地域の中のさまざまな業種がお見合いをし、相互に信頼関係で結びつき、それぞれ持っている知恵や情報、販路などを交換・共有することで、地域の内側から渦の広がっていく産業構造をつくろうという、「地域という業態」の創造をアピールした。

 この「地域という業態」は、農家と地域住民・都市民の連携とともに、安売り競争に巻き込まれない地域農業・地域産業を形成する大きな柱である。

 地域の土建・建設業も、宿泊費の値下げ競争が始まっている観光業も苦しい状況にある。つながりがなく単1的であるがゆえに他律的で対立的にならざるを得ない「業種」は「安売り競争」の影響をもろに受けてしまう。不況・デフレの中で、地方の業種間の競争が激化すれば、地方はますます衰弱する。これを防ぐには「地域という業態」の創造が不可欠である。「業態」は結びつきを旨とするがゆえに自律と共生によって安売り競争を遠ざけ、自立的な地域を形成する。

「どん底にむけての競争」という言葉がある。グローバル化のもとでの激しい国際的な競争が格差を拡大し、膨大な貧困層を拡大・固定化し、世界の地域を疲弊させ、環境を悪化させる。

 直売所もJAの直販事業も、世界が「どん底にむけての競争」へ向かうことを食い止める、地域からの大義ある取り組みである。

(農文協論説委員会)

(注)長谷川さんと小林さんの対談は、『増刊現代農業』2月増刊「人気の秘密に迫る ザ・農産物直売所―全国1万4000カ所の底力」に収録。ぜひご一読を。

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2010年2月号
この記事の掲載号
現代農業 2010年2月号

直売所名人はどうやってタネを買っているか/もっと活かせるカタログ情報/直売所農家のタネ選び/私のおすすめ品種・売り方/身体が喜ぶ健康品種/品種で病害虫に対抗 ほか。 [本を詳しく見る]

 増刊現代農業『ザ・農産物直売所

JAの直売所/その他の直売所など/無店舗・移動販売など/高校の人気直売所/高校の人気商品 ほか。 [本を詳しく見る]

 まだまだ伸びる 農産物直売所』田中満

自らが都市農山漁村交流活性化機構と一緒になって調査した資料を元に、伸び続ける直売所の経営を分析・整理し、もう一度「地域とともにあれ」と基本を訴える。経営発展のノウハウをわかりやすく解説している。 [本を詳しく見る]

 本農産物直売所(ファーマーズマーケット)運営のてびき』都市農山漁村交流活性化機構 編

地元農産物への信頼を元に、直接販売して流通コストを削減、生産者と消費者双方の利益を拡大していこうとするファーマーズマーケット。その運営を成功させ、地域活性化と所得向上に結びつくノウハウを集大成した。 [本を詳しく見る]

 農家のマーケティング入門』冨田きよむ

直売所・加工所から農家民宿・体験農場まで、実際の販売法別にポイントを解説。農家が苦手な販売価格の決め方から、顧客分析、商品構成の分析法など明日からすぐに役立つ入門書。 [本を詳しく見る]

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