主張

小さい農業、小さい林業が止まらない

 目次
◆農業も林業も減る一方ではない
◆下限面積廃止で小さい農業が増えた
◆農村RMO、貸し農園からも増えている
◆地域計画と「まるっと」方式
◆自伐型林業が止まらない

農業も林業も減る一方ではない

 正月に帰省した実家で、弟が引き継いだ田んぼの話になった。基盤整備の計画があるという。これを機に、農協子会社の農業法人か個人の担い手に田んぼを預けようかと考えているとのこと。わずか50aほどの面積だが、父親の後を継ぎ、小さいトラクタ、小さい田植え機、小さいコンバインを揃えて、弟はよく頑張ってきたと思う。 50代半ばで体力はまだあるが、休日をつぶして米づくりをする気持ちがあるのは、自分たちの世代までだというのだ。子供に余計な苦労をさせまいという親心もあるのだろう。

 正月のだんらんのひと時も奪われた能登半島地震の被災地のみなさんには、心からお見舞い申し上げる。誰もが無縁ではいられない自然災害の過酷さを噛みしめながらも、農地のことが年末年始に顔を合わせた兄弟姉妹の話題に上ったのは筆者の実家だけではないだろう。

 農家が減る。高齢化が進む。使われない農地が増える。それは一面の事実ではあるのだが、そうではない動きが起きていることにも注目したい。農業から離れる人がいる一方で、新たに農業を始める人もいる。同様の動きは林業にも起きている。

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下限面積廃止で小さい農業が増えた

 2023年5月号の本欄で下限面積廃止の話題を取り上げた。農地を買ったり借りたりする際、最低これだけの面積を経営(耕作)しなければならないという農地法上の要件が、23年4月からなくなったのだ。これを「第二の農地改革になるか」と、半ば期待を込めた見出しで伝えたのが5月号の「主張」。それから1年もたっていないのだが、この法改定が実際に小さい農業を増やしつつある。

 たとえば広島県熊野町。江戸時代から続く「熊野筆」の産地として知られる。周囲を低い山に囲まれた高原盆地にある町だが、広島市に比較的近いこともあり、ベッドタウンとして混住化が進みつつある。熊野町では従来、下限面積(町農業委員会で定めた「別段の面積」)を10aとしてきた。それを廃止したことにより、非農家が小面積の農地を取得する動きが10件ほど出ているという。地目は田んぼながら畑として使われてきた2aほどの農地を、そのすぐ目の前に家がある非農家が購入したり、元の地権者が高齢で維持できなくなった田んぼと畑を、以前から農業に興味があった方が、これから農機を購入し勉強しながら耕作していきたい、と取得するような事例が続いている。

 10aに満たない農地を取得する人が10人生まれても1haにも届かない。しかし、小さいとはいえ新たな農家が10軒も増える意義は大きいと思う。熊野町の農業委員会で申請を審議するため調査にあたった農地利用最適化推進委員も、「草が生えないようにしてもらえれば、地域の方も喜ぶと思います」「山が非常に近く、イノシシが畑を荒らすので少し苦労するかもしれませんが、譲り受け人の方もそれは承知されているので頑張っていただきたい」と応援する様子が会議の議事録に記されている。

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農村RMO、貸し農園からも増えている

 同じく23年5月号の主張で取り上げたように、専業農家ではなく生活の一部に農業を取り入れた「半農半X」を目指す人たちのための学校も各地に生まれている。下限面積廃止はこうした人たちの「就農」に拍車をかけているのではないだろうか。

 また、高齢者の生活支援などに加え、農地保全や地域資源活用に関わる活動をする「農村RMO」(RMO=地域運営組織)を立ち上げた愛媛県東温市の奥松瀬川集落では、遊休農地を貸し農園として利用し、その利用者から若い就農者が3人も生まれている。奥松瀬川集落の農家はもともとほとんどが兼業農家。就農した3人も他に仕事を持ちながらの半農半Xを始めている。

 ひと昔前は、貸し農園・市民農園といえば都市近郊にある印象だった。だが最近は、中山間地域の農地活用・農地保全のための貸し農園開設が珍しくない。しかもけっこう賑わっている。そこから小さい農業・小さい農家が生まれているのである。

 今年の通常国会ではまもなく「食料・農業・農村基本法」の改正案が審議される。1961年の農業基本法制定以来、政府は農業の大規模化、兼業農家減らし政策を意図的に進めてきた。これが現在の遊休農地・耕作放棄地拡大の要因の一つであるのはまちがいないだろう。残念ながら、新しい基本法も「相変わらず『専ら農業を営む者』による『効率的かつ安定的な農業経営』に固執し、農業者や農地の減少を止められなかった反省もない」(『季刊地域』年冬号、明治大学・作山巧教授)ようで、政策の大転換は期待できそうにないが、いま全国のあちこちで小さい農業が静かに増えつつあるのだ。

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地域計画と「まるっと」方式

 今年度から市町村が作成に取りかかっている「地域計画」の策定においては、政府・農水省にも農家減らし路線の反省がわずかに見て取れる。地域計画には、農業をやりたいという意欲のある人を、経営の大小を問わず「農業を担う者」として位置づける、としているからだ。「農業を担う者」には、いわゆる「担い手」と呼ばれてきた認定農業者だけでなく、小規模の家族農業や半農半Xも含まれる。

 では、担い手による大きい農業と小さい農業をどのように地域計画に位置づけるのか? そのヒントになりそうなのが「地域まるっと中間管理方式」だ。愛知県から始まった集落営農の新しい形で、農地中間管理機構(農地バンク)を利用して、まず、①集落等を範囲に非営利型一般社団法人を設立。担い手・自作希望・出し手みんなが会員となる。②地域のすべての農地を農地バンクを経由して一般社団法人が丸ごと借り受ける。③自作希望農家とは「特定農作業受委託契約」を締結し、従来どおり耕作を続けてもらう。④耕作できなくなったら、一般社団法人が直接経営する、というものだ(『季刊地域』19年春37号など)。

 ポイントは、設立した法人がすべての農地を預かるのではなく、地域の農地を守る一員である自作農家に可能な限り農業を続けてもらいやすい仕組みということだ。これなら半農半Xも位置づけやすいだろう。農地バンクを経由しているので、自作農家が続けられなくなったときは一般社団法人がスムーズにその農地を引き継ぐことができる。

「地域まるっと中間管理方式」の考案者である可知祐一郎さん(魅力ある地域づくり研究所)によると、すでに全国の20法人(地域)で取り組まれ、他に導入を検討中のところがいくつもあるそうだ。

 下限面積廃止のその後も含め、小さい農業の広がりの最新事情は、『現代農業』5月号と同時発売の『季刊地域』24年春57号で取り上げる予定なので、詳しくはそちらをお待ちいただきたい。

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自伐型林業が止まらない

 大きい経営を育てることばかりに政府が注力してきた残念な状況は林業も同じ。だが、大規模農業だけでは農地が守れないように、山林も森林組合や林業事業体だけでは管理しきれない。市町村の後押しもあり、いま自伐型の「小さい林業」が各地で増えている。その様子と意義を『季刊地域』24年冬56号(1月発行)の特集「小さい林業が止まらない!」が伝えている。

 群馬県みなかみ町は利根川の水源の町として知られる。人口1万8000人ほどのこの町では自伐型林業のグループが15も誕生し、約130人がそこに参加している。

 きっかけは2016年に町が開催した自伐型林業フォーラムだ。山の木を切っても金にならないといわれる一因は、施業を委託するためにその委託料がかかることにある。山の手入れを進めるよい手立てを探していた町の農林課の職員たちが、山主自らが切り出せばいいという自伐の発想に、今までとは違う山づくりの可能性を感じてフォーラム開催を企画したという。

 すると、山主や地域住民、林業関係者など約120人が集まった。参加者へのアンケートでは、約5割が「自伐型林業に挑戦してみたい」と回答した。それまでは誰にも見えていなかったが、じつは多くの町民が「できるのであれば自分で山を整備したい」と考えていたのだ。

 農林課の職員自らも参加してできた自伐グループが「リンカーズ」だ。リンカーズの活動紹介資料には「すぐ近くにあるのに山林との距離は遠かった」という一文がある。たとえ山主であっても、林業に関わらずにいると所有する山林の場所さえわからない。それくらい山は生活から離れたものになってしまっていた。

 だが、下草を刈ったり、間伐したり、自伐に取り組むと山の様子がはっきりと変わり、山が身近なものに感じられてくる。だから自伐での山づくりを広めて、住民と山、あるいは地域や歴史とをリンク(つなぐ)させたい。リンカーズという団体名にはそんな思いがこめられているという。

 自伐型林業への130人の参加者の中には、本業はアウトドア用品販売やガイドツアーとかITエンジニアといった移住者も少なくない。「半林半X」や週末林業でそれほど稼ぎが得られるわけではないが、子供の頃の明るくて楽しい山を取り戻したいという郷土愛や、「非日常の快感」といった山の仕事で感じる楽しさが参加の動機になっているようだ。

 農業基本法以来、農家が減らされてきた農村では、すぐ近くにある田んぼ・畑との距離も遠くなりつつあったのではないだろうか。だが「自伐」が山主のやる気に火を付けたように、高齢農家や兼業農家が踏みとどまる力を発揮できるような仕組みや工夫もあるのではないか。『季刊地域』冬号には、消防団員の若手兼業農家9人が、県の事業を利用して2条刈りコンバインと乾燥機を揃えて作業受託を始めたところ、地域の米づくり意欲を引き出したという記事もある。小さい林業特集とともにぜひご覧いただきたい。

 それに、もとからの農家だけで農地を守る必要もない。移住者や非農家の小さい農業を仲間に迎えることが、むらに新たな活気を生み出すに違いない。

(農文協論説委員会)

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