●新旧住民による新たな町づくり
 今、ニセコでは新旧住民による新たな町づくりが進められています。農場開拓史や有島武郎が遺した精神遺産、ストーンサークルなどの独自の歴史と、スキー場をはじめとした観光とを効果的に結びつけ、町民だけでなく町外の人々をも引き込もうというものです。その中核となるのが、「ニセコ歴史・ロマンの道」という冊子づくりです。ニセコを歴史ロマンの里として、有島の精神遺産を引き継ぐ新たな「合衆国」づくりへの一歩が踏み出されているのです。


●町づくりの推進役「しりべつリバーネット」
 ニセコで今、町づくりの推進役を果たしているのが「しりべつリバーネット」という非営利の任意団体です。ニセコにとどまらず尻別川流域全部を視野に入れた、自然と文化を愛する意欲的な人々のネットワークです。事務局長の工藤達人さんは、ペンション村では先駆的な存在で、ペンションオーナーたちで作ったポテト共和国の初代大統領としても知られています。ニセコに移り住んで20年になりますが、好奇心と冒険心は衰えることを知らず、繁盛していたペンションをさっさと後輩に譲って、今度はアウトドアスポーツのリーダーになっています。
 そんな工藤さんですが、外からニセコに移り住んで来る新住民とまちの旧住民の交流が気になって仲間と相談を始めました。「ペンション経営を夢見てニセコに来る人も、数え切れないほどのスキー客も、有島と有島記念館を知らずにニセコを通り過ぎてしまう。住民だってストーンサークルを見たことがない人が大勢いる。せめてニセコの史跡案内ができるようなペンションオーナーを育てなければ」というのです。
 そこでリバーネットでは、冊子「ニセコ歴史・ロマンの道」を作ることになりました。教育長の篠原正男さんもそんな工藤さんを応援する一人です。「そんな冊子ができれば児童生徒の歴史教材にもなる。100周年のニセコ町にとっても是非実現させたいものだ」と協力してくれています。
 工藤さんのペンションを引き継いでポテト共和国の一員になった中川伸司さんは脱サラオーナー。「ニセコはユニークな町長や工藤さんたちがいて、外の人間も入りやすいところだけどまだ知らないことがたくさんある。冊子ができればお客さんより自分がまず読みたいし、自分にも何かできることがあるかもしれない」と語っています。

●散策ルートを策定する際の留意点
 ニセコには有島武郎の足跡など独自の歴史がありますが、精神遺産の普及・啓発活動だけでは、地域の歴史・伝統を町づくりに効果的に活用することはできません。
 そこで、しりべつリバーネットでは、ニセコの基幹産業である観光に歴史と伝統を結びつけようと考えました。また、冬場だけでなく夏場の観光集客や、尻別川によって二分されている町のスキー場側と反対側の往来を活発にすることも課題になります。
 こうしたなか、北栄のストーンサークル、有島記念館など、ニセコ町の歴史資源を地図で確認すると、尻別川を横断するように羊蹄山山麓からニセコ連邦山麓にかけて分布していることがわかりました。つまり、これらの歴史資源を結ぶ散策ルートを設定すると、尻別川の右岸と左岸が結ばれ、観光動員の均衡化を図ることができます。しかも、徒歩を前提にした散策ルートは夏場の観光集客を促す観光資源になります。
 さらに、町内に点在する史跡を実際に見て回ることは、町民の郷土学習や生涯教育の観点からも十分な意義があると期待されています。


●町内の代表的な史跡・歴史資源を結ぶ散策ルート案
 散策ルートの策定に当たっては、町内の代表的な史跡・歴史資源の洗い直しが行なわれ、景観や親しみやすさも選定の基準になりました。こうして選定されたのが次の5つです。これはまだ、しりべつリバーネットの独自の設定であり、今後町民の賛同を得る必要があります。
1 北栄ストーンサークル
 縄文時代後期のものと思われ、調査の結果、人骨や翡翠の玉などが発見され、当時の貴人の墳墓と推測されています。
2 曽我農場事務所
 ニセコ町最大の面積を誇った曽我農場は、神社を設け、寺を建て、水稲の試作や用水路の工事など、町づくりに多大な貢献をしました。農場の事務所があった場所の近くには東啓園という公園があり、羊蹄山を眺める憩いの場として親しまれています。
3 渡船場跡
 現在、尻別川の両岸は芙蓉橋によって結ばれていますが、明治時代は渡し舟によって行き来していました。渡船場跡はニセコのもう一つの歴史を物語る貴重な史跡です。
4 「親子」の坂
 有島武郎が大正12年に発表した「親子」の舞台となった坂です。「親子」は有島最晩年の問題作で、父との農場所有を巡る対立・葛藤が描かれています。
5 有島記念館
 農場解放後、狩太共生農団として再出発した元の小作人たちは、有島の理想を受け継いで有島農団の事務所の一部を有島記念館として残し、数回の再建、新築を経て現在に至っています。かつて有島農場があった一帯には、記念館のほか、農場解放記念碑や狩太共生農団解放記念碑など、有島と農場解放の事績を伝える史跡が数多く残されています。


●シンポジウムの開催
 町民への歴史意識の普及と郷土の歴史学習のために、しりべつリバーネットでは平成12年9月15日にシンポジウムを開催しました。第一部は北海道文学館理事の武井静夫氏による講演、第2部では有島武郎の足跡を中心に史跡を辿りながらニセコの歴史と有島の事跡を振り返りました。
 今後、しりべつリバーネットでは、「歴史とロマンの道」全体の誘導サインや、ルート全体をカバーする看板の設置も計画しています。