特集:生命圏倫理学:“農”の視点に立って(II)
●佐倉統:社会と大学と評価 ……193
●佐藤衆介:家畜福祉の倫理と科学……194
本稿では,家畜福祉に関する世界的潮流並びに様々な文化における動物への配慮を概観し,家畜福祉倫理とは畜産食を多分に取り入れた文化における必須の倫理であると主張した.そして,動物福祉とは「個体を取り巻く環境と適応する努力に関しての個体の状態」と定義され,適応に近づける方向として「5つの自由(解放)」説が一般化していることを紹介した.これらの結論にいたる研究の歴史を概観し,さらに家畜福祉研究の今日的課題を提起した.
キーワード:動物福祉,畜産,ウシ
●長谷部正:食と身体の倫理……204
人間は社会的な存在であり,生を維持するために食べることは,人々が互いに働きかけ合うことを含む社会的な出来事である.本稿で参考とする哲学者エマニュエル・レヴィナスの倫理の考え方に従えば,食の倫理は経済学の分析枠組みの埒外にあることになる.しかし,個人所有や協力よりも競争を強調する最近のきまりきった見方は,個人の心身の認識に対して悪影響を与える.こうした二つの事柄は,社会的な現象である食に反映されるだけでなく,むしろ悪影響を及ぼしている..
キーワード:生命圏倫理学,農業倫理学,環境倫理学,農業生命倫理学
●木谷忍:農業生産資源の私的所有と生産物の分配―形式モデルによる倫理規範的考察―……212
およそ1万年前,人類が農業を始めたころは,土地や天然資源の私的な所有という考え方はなく,一部の社会的特権階級を除いて農業生産物の分配は平等であった.18−19世紀の列強による植民地支配では,所有の概念のない先住民たちの土地を欧米社会の論理にもとづき次々と剥奪し,先住民の生産能力の搾取,さらには彼らの労働の自由といった基本的人権を奪っていった.現在の自由市場経済社会ではあらゆる生産財へのアクセスに私的な権利が張り付いている.このような恣意的に決められた権利社会において,自由を唯一の最大善におくことがはたして公正な社会を導くことになるのだろうか.
キーワード:分配的正義,土地所有,自己所有権,労働の自由,機会の平等
キーワード:生命圏倫理学,農業倫理学
●松田裕之:保全生態学における価値判断……222
自然保護の方法を究める保全生態学という分野が発展してきたために,生態学者は生態現象を理解するだけでなく,自然保護のあり方を問う価値判断に踏み込む機会が増えてきた.けれども価値判断自身は科学ではなく,科学的命題と価値判断の違いをわきまえる必要がある.この訓練は,まだ多くの生態学者には欠けていて,ようやくその必要性が自覚されだしたばかりである.
キーワード:自然保護,持続可能性,人間中心主義,日本生態学会,合意形成
●本田陽子:線虫Caenorhabditis elegansを用いた老化研究―その類似性と分子系統解析への利用―……228
家畜生産やそれを支えるアニマルテクノロジーに対し,批判がある.それは主に安全性,資源保全,動物の権利などを考える中での批判である.一方,家畜生産は医薬品・化粧品生産,移植医療への素材提供にも影響を与えているが,その安全性についても危惧されている.これらの批判や危惧がどのようなものであり,どのように考えるべきか紹介する.またアニマルテクノロジーはヒトの不妊治療へほぼそのままの形で導入されている.遺伝子組換え医薬品生産やヒトへ移植可能な臓器生産にも影響を与えている.ヒトの生命倫理とも関わる点についても考察する.
キーワード:家畜生産,家畜資源,安全性,アニマルテクノロジー,体細胞クローン,生殖細胞,遺伝子改変家畜,不妊治療,医薬品,異種移植
●福井由理子:日本における「2分岐説」の受容―大正・昭和期の高等教育の動物学教科書に見られる分類体系―……235
精子は雄がつくる受精の担い手であるが,動物によっては正常状態において受精する精子(正型精子)の他に受精能力をもたない精子を形成するものがある.このような精子は異型精子と呼ばれ,無脊椎動物では多くの例が知られている.近年,脊椎動物の魚類でも異型精子をつくるものが発見された.異型精子には,系統的に異なる動物群の間でも受精能力喪失の要因である無核化などが,減数分裂の欠如や不均等な核分裂を伴う減数分裂を経て起きるといった共通点が多く認められる.異型精子形成の適応的意義も,個々の動物の繁殖生態を反映したものが示されつつある.
キーワード:異型精子,正型精子,精子形成,カジカ上科魚類
●書評―『日本とEUの有機畜産―ファームアニマルウェルフェアの実際』/『哺乳類の卵細胞』/『人間にとって農業とは何か』/『ゲノムが語る生命――新しい知の創出』/『民族植物学―原理と応用』/『景観生態学―生態学からの新しい景観理論とその応用』
●三中信宏:“みなか”の書評ワールド
Special feature:Biosphere ethics : Biosphere ethics : a new subject
for agricultural science II.
Sakura Osamu : College and/in/for society?(193)
Sato Shusuke : Ethics and science on farm animal welfare(194)
Hasebe Tadashi : Ethics of diet and body(204)
Kitani Shinobu : Entitlements on agricultural resources and distribution
of products : normative thinking in ethical viewpoints using formal
mathematical frameworks(212)
Matsuda Hiroyuki : Value judgment in conservation ecology(222)
Honda Yoko : The nematode Caenorhabditis elegans for use in aging
studies(228)
Fukui Yuriko : Acceptance of ‘dichotomy theory’in Japan : classification
systems in textbooks of zoology for higher education in the Taisho
and Showa eras(235)
Book reviews(245)
Book reviews by Minaka(251)
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