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特集:今西錦司の遺産――清算の試み
●巻頭言:今西錦司再訪(佐倉統)……129
●フランス・ドゥ・ヴァール:静かな侵入―今西霊長類学と科学における文化的偏見―……130
1998年秋,私は,日本学術振興会(JSPS)の奨学金で,中国と日本を数ヶ月間訪れた.この間,本拠地の京都でも,日本全国北から南まであちこちでも,私は多くの霊長類学者たち,他の大学教官たちと話をした.これには故・伊谷純一郎との議論も含まれる.彼は,今西の初期思想の直接のほのかな光や,彼らへの日本や西洋の評価を提供してくれた.幸島への訪問と,島でのイモ洗いの研究をスタートから手伝ってきた三戸サツエとの議論も含まれる.私の日本の科学の印象や,西洋のアプローチとの差異と関係のより包括的な記述には,読者はドゥ・ヴァール(2001)を参照して欲しい.
キーワード:霊長類学,今西錦司,進化論,偏見,競争と協力,擬人主義,文化
●パメラ J. アスキス:社会性および進化の所産に関する今西錦司の観点を示す諸資料……142
自然選択説に対する遺伝学の貢献,もしくは現代の進化論の統合に先立ち,社会生態学者達は,自然選択に付け加えるべき,種の変化に影響を及ぼしうる要因を探求していた.進化の所産が決定される際には,生物学だけではなく,社会性socialityも重要であるというアイディアは,1920年代および30年代には社会生態学における研究では優勢だった.欧州の生態学界では,「伝承tradition」(あるいは,学習によって獲得された行動の世代を越えた伝播)の影響,および,動物とは偶然に影響される受動的な生物ではなく,自身の環境を選択する際には能動的であるという見解が自然選択説と同等の注目を受ける一方,米国では動物の集団と協力に関する研究が追求された.今西錦司の個人的な蔵書および彼の研究ノートや書類により,彼はこういった文献に対する十分な知見を得ていたし,自身の処女作『生物の世界(1941)』に自然に対する見解を記述する以前に,このような旧来の観点に大きく影響を受けていたことが明らかになった.彼が自身の理論を確立するにあたり,社会生態学における西洋の初期の議論に部分的に基づき,哲学者西田幾多郎,そして恐らくJ.
C. Smutsの著作にある自身の見解を表現するためのインスピレーションと方法を見つけた,ということを示す証拠を提示する.長く続いている今西の貢献の一つは,1950年代までに西洋でなされた研究の集大成から除外されてしまった進化に対するより広い観点を主張した今西と彼の弟子達が続いて実施した生態学的な研究と行動学的な研究の40年にも渡る結果の中にある.自然選択説を再度乗り越えようとするここでの試みは,協力の遺伝学的進化と文化的進化,「伝承」の生物学,動物社会における「文化」というアイディアを取り巻く議論を反映したものである.
キーワード:今西錦司,西田哲学,生物の世界,自然選択説,伝承,文化
●大串龍一:今西錦司がわれわれに残したもの……150
今西錦司の業績は4つに分けられる.(1)「種社会」を基本単位とした生物群集の構造として「棲み分け理論」の提出,(2)「社会」がすべての種に普遍的なものであるという認識の確立,(3)適応と選択を否定して,種に内在する傾向によって全個体が一定の方向に変わる生物進化の提唱など独特の学問体系の構築とともに,(4)生態学,霊長類学を主とする知的活動の広い範囲で,多くの優れた研究者を育てたことである.
キーワード:今西錦司,種社会,多極相説,生物社会,定向進化
●徳永幸彦:今西近似 『生物の世界』周りのテーラー展開として……157
今西錦司の展開する生態学および進化学理論を,今西の原点を示す著書『生物の世界』を軸に読み解き,現代進化・生態学における科学論としての位置付けを行った.その結果,棲み分け理論やidentication理論から導き出せる「分を弁える」という視点から,生態学的側面については肯定できる部分もあるものの,進化的側面には,現行のダーウィニズム以上の発展を見出すことはできなかった
キーワード:棲み分け理論,種社会,分を弁える
●伊藤嘉昭:今西錦司:人文・社会系の彼をほめる人たちは 彼の良かったところでなく,悪かったところを ほめている……166
いま「日本の生態学界で今西の進化論や棲み分け理論が表だって議論されることはほとんどないのに」,「森下正明や岩田久二雄をはじめ,今西に連なった人が日本の生態学の進展に重要な位置をしめてきたのはなぜ」だろう?(酒井2003の疑問)その理由の第一は(「欧米の生態学者の考えを打ち破らねばならん」と考えてのことであれ)今西が戦前と戦争直後の京大動物生態グループの中で欧米の生態学者の学説の勉強を特に強くすすめた人だったことと,英文誌Primatesの創刊と霊長類研究者に英文論文発表を中心とさせたという国際的姿勢,第二に若手に極めて親切だったことだと私は考える.今西をほめる人文・社会系の人たちは,この良かった面をほめるのでなく,「反科学」という晩年に特に目立つ彼の悪い面をほめている.
キーワード:今西錦司,現代進化論,血縁淘汰説,京都大学動物生態,霊長類研究
●河田雅圭:なぜいまさら今西錦司なのか……171
●伊勢一男:日本の農業研究における統計学的実験計画法導入の初期について……172
R. A. Fisherの統計学的実験計画法が日本の科学研究に導入された1930〜1940年代における,斎藤鉄造(台湾糖業試験所),明峰正夫(北海道帝国大学),片山廣(和歌山県農事試験場),杉原俊隆(中国克山農事試験場)らの先駆的な業績について報告する.また中国人統計学者汪厥明,土壌学者塩入松三郎,数学者佐藤良一郎,生物測定学の安田倫也らについて,農業研究における数理統計手法の導入との関わりやその貢献をあわせて紹介する.
キーワード:明峰正夫,分散分析,斎藤鉄造,塩入松三郎,汪厥明
●書評―『カブトムシと進化論―博物学の復権―』
●三中信宏:“みなか”の書評ワールド
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Special feature : A legacy of Kinji Imanishi
Sakura Osamu : Kinji Imanishi revisited(129)
Special feature : A legacy of Kinji Imanishi
Frans B. M.de Waal : Silent Invasion : Imanishi’s Primatology and
cultural bias in science(130)
Pamela J. Asquith:Sources for Imanishi Kinji’s views of sociality
and evolutionary outcomes (142)
Ohguchi Ryoichi:The legacy of Imanishi Kinji (150)
Toquenaga Yukihiko : Imanishi approximation : A Taylor expansion
of Imanishi’s ecological and evolutionary theories around “Seibutsu
- no - Sekai”(157)
Ito Yosiaki : On Kinji Imanishi(166)
Kawata Masakado : There is no reason supporting Kingi Imanishi’s
ideology.(172)
Ise Kazuo : A short history of the beginnings in statistical design
of experiments in Japan’s agricultural research(173)
Book reviews(184)
Book reviews by Minaka(186)
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