特集:イヌの生物科学
●巻頭言:生命現象の階層性(長谷川真理子)……127
●長谷川寿一:身近な生物教材としてのイヌ―特集にあたって……128
●茂原信生:形から探る――イヌ……130
人類の最初の家畜であるイヌは遺伝学的な研究によりオオカミ起源であるという考えが定着しつつある.家畜としてのイヌは実に多様な形態をもっており,それぞれの目的にあった品種改良がなされている.その中で,日本在来犬は大きな品種改良を受けることなく現代に至っている.家畜としてのイヌの形態について,イヌとしての特徴,同じ食肉類のネコとの比較,ならびに日本在来犬の歴史を通して考察した.
キーワード:イヌ,日本在来犬,形態学的研究,シバイヌ
●石黒直隆:イヌの分子系統進化……140
イヌはオオカミから約15,000年前に家畜化されたと考えられているが,家畜化が行われた時代,場所,イヌの起源種としてのオオカミ亜種については未だ定説はない.ミトコンドリアDNA(mtDNA)や核DNAの多型解析の結果は,イヌとオオカミが同一の系統に属し,お互いを区別することは困難であることを示している.また,イヌの家畜化は数亜種のオオカミから多元的になされた可能性が高く,イヌの品種の多さは,人為的になされたと考えられる.
キーワード:オオカミ,分子系統,ミトコンドリアDNA,系統樹
●村山美穂:イヌの行動を遺伝子から解明する……148
イヌは永年にわたり行動に着目した改良が行われてきた結果,犬種ごとに特徴的な行動特性を示す.私たちは,ヒトで発見された行動に関与する遺伝子を,犬種間で比較したところ,ドーパミン受容体遺伝子の型と攻撃性に関連を見いだした.さらに,遺伝子型による性格や適性の予測を目指して,行動と遺伝子の関連を調べている.
キーワード:行動,遺伝子,神経伝達物質,犬種,有用犬
●藪田慎司:イヌの性格の行動学的研究にむけて
―「状況横断的な行動相関」としての動物パーソナリティー―……157
動物の性格を「状況横断的な行動相関」と捉える立場から,まず,イヌ以外の動物についての性格研究について概観する.特に「Boldness - Shyness:大胆さ―用心深さ」と呼ばれる性格特性軸に注目する.次に,仔オオカミと成犬の個性についての研究を紹介する.最後に,イヌの性格研究の今後について,遺伝子からのアプローチも含めて若干の検討を行う.
キーワード:動物パーソナリティ,状況横断的な行動相関,大胆さ―用心深さ
●中島定彦:イヌの認知能力に関する心理学研究―歴史と現状……166
本稿では,イヌの認知能力に関する心理学研究の歴史を概観した上で,イヌの認知研究の最近の主要なトピックスである「探索行動」と「イヌとヒトの種間コミュニケーション」に関する諸研究を紹介する.イヌの認知能力の研究は,行動主義の学習理論(行動理論)の全盛時には不活発であったが,現在では,イヌという種の認知能力についての直接的関心と他種との比較に関する興味が,多くの実証的研究を生み出している.
キーワード:イヌ 心理学 比較認知科学 探索行動 種間コミュニケーション
●太田光明:イヌ―人関係の生物学……177
阪神・淡路大震災の前には,900万頭にも満たなかったわが国の家庭犬の飼育頭数はこの10年間に5割も増加した.今やイヌが人社会のなかで掛け替えのない存在になりつつある.イヌはオオカミから完全に馴化された種であり,北イスラエル・EinMallahaの遺跡に留める人とイヌとの関係は今日まで続いている.Lorenzはイヌの特筆すべき特性を「人への忠誠心」であるとして自著に記し,今日,イヌの活躍は人の健康にも及んでいる.
キーワード:オオカミ,コンパニオンアニマル,忠誠心,嗅覚,聴覚,人の健康,ストレス軽減
●エッセイ:イヌ遺体が語る,獣医解剖学の学としての終焉(遠藤秀紀)……187
●書評―『地球環境と生態系―陸域生態系の科学―』『新編 精子学』
Special feature : Biology of dogs
Hasegawa Mariko : The stratification in life (127)
Hasegawa Toshikazu:Introduction (128)
Shigehara Nobuo : The domestic dog: Morphological study (130)
Ishiguro Naotaka : Molecular evolution of dogs (140)
Murayama Miho : Genetic background of canine behavior (148)
Yabuta Shinji : To the ethological study of dog's personality : Animal personality as the correlated behaviors across situations (157)
Nakajima Sadahiko : Psychological investigation on cognitive abilities of dogs : Its history and current studies(166)
Ohta Mitsuaki : Biological perspective of dog and human interaction (177)
Endo Hideki : Essay (187)
Book Reviews (189)
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