特集:トランスポゾンがもたらす進化
●巻頭言:『生物科学』について(藤原宏子)……1
●西原秀典・岡田典弘:SINEに由来するエンハンサーが寄与した哺乳類の進化……2
転移因子はゲノム中で転移または増幅を繰り返し,進化の過程でゲノム一次構造の多様性をもたらす主要因である.一般に転移因子はゲノム中の寄生配列と考えられているが,その一部は進化の過程で遺伝子発現を制御するシス調節配列としての機能を獲得し,生物進化に貢献してきたという報告が近年相次ぐようになってきた.本稿では転移因子がゲノムの多様化に与える影響について述べた後,とくにSINEに由来する2つのエンハンサーが哺乳類の脳進化に寄与したという研究について解説する.またそれ以外にも転移因子が生物進化の過程でさまざまな役割を担うようになったという事例についても紹介する.こうした研究を概観することで,生物進化学において近年ようやく明らかになってきた転移因子の重要性について議論する.
キーワード:哺乳類,脳進化,転移因子,SINE,エンハンサー
●伊藤秀臣:環境ストレス活性型トランスポゾンからストレス耐性遺伝子の誕生……10
トランスポゾンはさまざまな生物に保存された転移因子である.トランスポゾンの転移は宿主ゲノムの構造変化を引き起こし,ゲノム進化の原動力となりうる.トランスポゾンは通常眠った状態にあるが,環境ストレスなどの外的な刺激により活性化することが知られている.活性化したトランスポゾンが宿主ゲノム内で転移すれば,環境ストレス応答性遺伝子の発現に影響を与え,ストレス耐性を獲得する機会が増えると考えられる
キーワード:トランスポゾン,環境ストレス,エピジェネティクス,植物遺伝学
●金児-石野知子・石野史敏:LTRレトロトランスポゾン由来の新規獲得遺伝子群による哺乳類の胎盤進化……18
哺乳類は胎盤の獲得により,母親が子供を産む“胎生”という生殖様式を発達させた.この進化上の重要な変化には“LTRレトロトランスポゾン由来の新規獲得遺伝子群”が重要な役割をはたしたと考えられる.哺乳類特異的エピジェネティック機構であるゲノムインプリンティングの研究からLTRレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子が発見された経緯と“遺伝子獲得”というメカニズムが生物の進化にはたした重要性について紹介する.
キーワード:獲得遺伝子,哺乳類,胎生,ゲノムインプリンティング,LTRレトロトランスポゾン
●仲屋友喜・宮沢孝幸:霊長類および反芻類の胎盤形成に関与する内在性レトロウイルス……28
哺乳類のゲノムにはレトロウイルス由来の配列が存在し内在性レトロウイルス(ERV)と呼ばれている.ERVはゲノムの約10%をも占めているが,ほとんどのERVは不活化しており機能をもたないと考えられてきた.しかし最近の研究により,ERV由来のタンパク質が宿主の生理学的機能を担っているものもあることがわかってきた.我々は,反芻類の胎盤で見られる,三核細胞と呼ばれる融合栄養膜細胞の形成に関与するERVを同定し,フェマトリン1と命名した.本稿では,霊長類および反芻類を中心に胎盤形成におけるERVの役割について概括する.
キーワード:内在性レトロウイルス,胎盤,反芻類,霊長類,進化
●木内隆史・勝間進:カイコの性はW染色体由来の小分子RNAにより決定される……38
「カイコの性はW染色体の有無により決定される」.1933年の橋本春雄博士の発見から80年,私たちを含め多くの研究者たちがW染色体上に存在する性決定のマスター因子を探し出そうとしたが,同定には至らなかった.2014年,今までとは視点を変えたアプローチにより,私たちはついに性決定のマスター因子を同定することができた(Kiuchi et al. 2014).それは今まで考えられてきたタンパク質コード遺伝子ではなく,非コードRNAであり,しかも30塩基にも満たない単一の小さなRNAであった.
キーワード:カイコ,性決定,piRNA,遺伝子量補正
●上原正人:フグ目魚類の著しく短縮した脊髄から見た脊髄終糸の発生……47
フグ目魚類の脊髄は,著しく短縮し,長い終糸と馬尾を持つ群(マンボウ科,ハコフグ科,ハリセンボン科,フグ科,カワハギ科),一般魚類同様に短縮しない脊髄を持つ群(ベニカワムキ科,ギマ科,ウチワフグ科),およびこれらの中間的な群(モンガラカワハギ科,イトマキフグ科)に分けられる.これら極端に短縮した脊髄と長い終糸の発生の要因を考察すると共に哺乳類脊髄に見られる終糸と馬尾の形成との関連について論じる.
キーワード:フグ目魚類,脊髄,終糸,馬尾
●浅川満彦:“アサ”の書評ワールド
●上田恵介:『生物科学』との20年:退任のご挨拶
Fujiwara Hiroko : Bridging between scientists (1)
Special feature : Transposons have driven evolution
Nishihara Hidenori & Okada Norihiro : SINE-derived enhancers involved in mammalian brain evolution(2)
Ito Hidetaka : Creation of a stress tolerant gene from a stress-activated transposon (10)
Kaneko-Ishino Tomoko & Ishino Fumitoshi:Evolution of mammalian placentation by newly acquired genes from an LTR retrotransposon (18)
Nakaya Yuki & Miyazawa Takayuki : Endogenous retroviruses involved in placental morphogenesis in primates and ruminants (28)
Kiuchi Takashi & Katsuma Susumu : W chromosome-derived small RNA determines the silkworm sex (38)
Uehara Masato : The shortened spinal cord in tetraodontiform fishes with special reference to the development of the filum terminale (47)
Book review (56)
Asa’s world of book review (60)
Ueda Keisuke : A dream to the next generation (64)
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